第34話
試されるのは、力じゃない
翌日、俺たちは“招かれた”。
歓迎じゃない。
呼び出しだ。
役所の窓口で、事務的な声が言う。
「異邦人。代表者が来い」
「“確認”を行う」
「確認って何だよ」
カイがぼやく。
「税金?」
レナが言う。
「首実検」
ユウが淡々と言う。
「言い方!」
フェリスが短く言った。
「行く」
案内されたのは、広い石造りの中庭だった。闘技場ほど派手じゃない。だが床には薄い紋様が刻まれている。魔力が流れているのが見える。
周囲には数人の立会人。魔人。竜人も混じる。
そして――昨日の黒衣の観測者。
黒衣は、顔を見せない。
代わりに、声だけが低く響いた。
「異端旅団」
「貴様らは、害か」
直球だった。
フェリスが前に出る。
「害ではない」
「証明しろ」
黒衣の横にいた、角のある男が一歩出た。眼光が鋭い。体格が良い。だが筋肉の威圧じゃない。制御の匂いがする。
「“力”を見たいわけじゃない」
男は言った。
「制御だ」
「抑えられるかを見たい」
「抑える?」
カイが笑う。
「俺にいちばん苦手なやつ言うなよ」
「得意だろ」
レナが即ツッコミ。
「口だけは」
男は淡々と続ける。
「この紋様の内側に入れ」
「禁止事項が三つ」
指を立てる。
「一、殺すな」
「二、壊すな」
「三、逃げるな」
「注文多いな」
カイがぼやく。
「できるか?」
男が聞く。
フェリスが答える。
「できる」
俺たちは紋様の内側へ。
相手は一人。だが立会人の視線がある。ここは試験場だ。
男が軽く手を上げた。
「開始」
――次の瞬間、俺は理解した。
これは戦闘じゃない。
距離と判断の試験だ。
男は攻めない。詰める。角度を変える。こちらの呼吸の乱れを待つ。
“崩れた瞬間”を拾う動き。
(ヴァンに似てる……いや、違う。もっと…生活に根ざした技術だ)
俺が踏み込むと、男は半歩引く。引きながら、俺の剣線に“触れない”。触れないまま、俺の体勢を崩す位置へ。
カイが前に出る。
「おらっ」
派手に行く。だが相手は動じない。カイの“勢い”を受けて、勢いのまま紋様の端へ誘導する。
「うおっ!?」
カイが止まる。
「逃げるな」
立会人の声。
「逃げてねえ! 歩いてるだけだ!」
カイが叫ぶ。
レナが短い詠唱で足場を固める。
ユウは視線で線を読んでいる。
フェリスは全員の位置を一瞬で整理し、指示を飛ばす。
「カイ、前に出るな。引き受けろ」
「シオン、二拍待て。突っ込むな」
「レナ、紋様を壊すな。魔力は絞れ」
「ユウ、相手の“癖”を言語化しろ」
その声だけで、俺の呼吸が整う。
「……癖」
ユウが短く言う。
「右足で“終わる”」
「右足の位置が、結論」
相手の男は、ほんの少しだけ眉を動かした。
(バレた)
俺は剣を構え直す。
規格外の力で押せば勝てる。
でも、それをやった瞬間――この国では「害」になる。
俺は、前任者の経験が染み込んだ“洗練”だけを使う。
余分な力を切り捨て、体重移動だけで角度を作る。
カイが笑う。
「お前、急に真面目になるなよ」
「かっこつけてるだろ」
「黙れ!」
俺は返す。
「今、真面目にやらないと帰れない!」
「帰れる帰れる」
カイが軽口を叩きながら、相手の視線を引き受けるように立つ。
「俺が変な顔して時間稼ぐ」
「変な顔の自覚あるのやめて」
相手の男が、初めて攻めの一手を出した。
カイの肩口を狙う――が、寸前で外す。
外したのではない。誘導だ。
カイがつられて動いた瞬間、俺に“隙”が生まれる。
そこを男は拾う。
(うわ、これ…連携を崩すタイプ)
フェリスが即座に声を落とす。
「分断されるな」
レナが短く呪文を切る。視界が少しだけ霞む。幻術に近い“誤差”を作る術だ。紋様は壊さない。最低限。
その一瞬の誤差で、男の“拾い”が空振る。
俺はその瞬間だけ踏み込む。
剣は当てない。
当てずに、男の“終わりの右足”の位置を塞ぐ。
男の体勢がわずかに詰まった。
――そこへ、フェリスの声。
「終わりだ」
その言葉通り、立会人が手を上げた。
「停止」
男は一歩下がり、静かに頷いた。
「……害ではない」
黒衣の声が落ちる。
「ただし、未評価」
完全な合格じゃない。
でも“追い出されない”評価。
カイが肩を回す。
「疲れた」
「殺すな壊すな逃げるなって、俺の人生否定されてる」
「否定されてるのは口だけ」
レナが冷たく言う。
俺は、黒衣の視線がリィナに向いたのを見た。
リィナは、笑っていない。静かな顔だ。
黒衣が、ほんの一拍だけ沈黙する。
「……この国の内側で動くなら」
「“線”を学べ」
それが、ヴァル=カディアの言葉だった。




