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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
47/103

第33話

不干渉の国で、助けない選択


 ヴァル=カディアは、助けてくれない。


 でも、邪魔もしない。


 それは優しさでも冷たさでもなく――この国の“仕組み”だった。


「……ここ、ほんとに一切干渉しないんだな」

 カイが朝の通りを歩きながら言った。


「干渉は、責任を生む」

 ユウが淡々と返す。

「責任は、鎖だ」


「珍しく詩的」

 レナがぼそっと言う。


「事実だ」

 ユウは表情を変えない。


 俺は周囲を見回した。露店は並び、人は行き交い、匂いも音も生活そのものなのに、俺たちに向けられる視線だけが“測定器”みたいだ。


 見ている。

 でも触れない。


 まるで、檻の外から観察されている動物だ。


「……ねえ」

 リィナが小声で言った。

「これ、いつまで続くの?」


「答えは簡単だ」

 カイが肩をすくめる。

「“こいつらは害じゃない”って証明できるまで」


「それ、どうやって?」


「やらかさない」

 カイは即答した。

「そして、やらかしたやつを助けない」


 リィナの顔が曇る。


「助けないって……」


「助けたら“関与”だ」

 レナが言う。

「関与は“責任”を背負う。ここの国はそれを重く見る」


 フェリスは歩幅を変えずに言った。


「この国では、正義より線引きが優先される」

「線を越える者は、覚悟を問われる」


 その言葉の意味を、俺たちはすぐ理解することになる。



 昼前。市場の外れ。


 亜人――というより、魔人の若者が、地面に膝をついていた。周囲には数人。怒鳴り声はない。代わりに“静かな圧”がある。


「金を返せ」

「返せないなら、ここで終わりだ」


 脅し文句は短い。

 でも、終わりが何を指すかは想像できた。


 若者は震えながら、かすれ声で言う。


「……無理だ」

「俺は……」


 群衆の視線が、こちらに流れた。


 いや、流れたんじゃない。

 “こちらがどうするか”を測り始めた。


「……行く?」

 俺がフェリスを見た。


「行かない」

 フェリスは即答した。


 リィナが一歩前に出る。


 フェリスの手が、静かに彼女の肩を押さえる。


「まだだ」


「でも、あの人……」


「当事者の問題だ」

 フェリスは低い声で言った。

「ここで介入すれば、お前は“線を壊す者”になる」


「線より命でしょ!」

 リィナが声を荒げかける。


 カイが、ふっと息を吐いた。


「いい子だな」

 軽口みたいに言って、

「……でも、ここは“命の扱いが違う”」


 リィナが唇を噛む。


 その瞬間、若者の肩が大きく揺れた。倒れ込む。


「……っ!」


 リィナが動きかけた。


 俺も反射で足を踏み出しそうになった。


「止まれ」

 ユウの声が鋭い。


 同時に、レナが俺の腕を掴んだ。


「行くと、巻き込まれる」

 レナは小声で言う。

「この国の“裁定”に」


 次の瞬間、場にいた一人が静かに言った。


「……貸し借りだ」


 別の者が頷く。


「借りたなら、返す」

「返せないなら、働く」


 それは脅しでも救済でもなく、契約だった。


「逃げるか?」

 問い。


 若者は首を振った。


「……逃げない」


 その答えが出た瞬間、周囲の圧が引いた。誰も笑わない。誰も怒鳴らない。


 若者は、立ち上がらせてもらい、連れていかれる。


 助けられたのか。

 支配されたのか。

 どちらとも言える。


 俺は胸の奥がざわついた。


「……これが、この国の正しさ?」

 リィナが呟く。


「正しさじゃない」

 フェリスが答える。

「仕組みだ」


「嫌だね」

 リィナの声が震える。


「嫌でも飲むしかない」

 カイが言った。

「この国に入った以上、俺らは“外様”なんだ」


 その時。


 視線が、増えた。


 遠く、黒衣の人物がこちらを見ていた。

 追ってこない。近づかない。

 ただ、見て、記録している。


「……観測者」

 ユウがぼそっと言う。


 リィナの肩が、わずかに揺れた。


 知っている反応だ。


「リィナ」

 俺は小声で呼ぶ。


「……なに?」


「大丈夫?」

 俺が聞くと、


「大丈夫」

 リィナは笑った。

「わたし、強いから」


 強い、の意味が違う。

 そう思ったが、追及はしなかった。


 ノイズは受け身だ。

 だが、受け身には受け身の“選択”がある。


 この国では――

 助けることが善ではない。


 その現実を飲み込むのに、俺たちはまだ慣れていなかった。


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