第33話
不干渉の国で、助けない選択
ヴァル=カディアは、助けてくれない。
でも、邪魔もしない。
それは優しさでも冷たさでもなく――この国の“仕組み”だった。
「……ここ、ほんとに一切干渉しないんだな」
カイが朝の通りを歩きながら言った。
「干渉は、責任を生む」
ユウが淡々と返す。
「責任は、鎖だ」
「珍しく詩的」
レナがぼそっと言う。
「事実だ」
ユウは表情を変えない。
俺は周囲を見回した。露店は並び、人は行き交い、匂いも音も生活そのものなのに、俺たちに向けられる視線だけが“測定器”みたいだ。
見ている。
でも触れない。
まるで、檻の外から観察されている動物だ。
「……ねえ」
リィナが小声で言った。
「これ、いつまで続くの?」
「答えは簡単だ」
カイが肩をすくめる。
「“こいつらは害じゃない”って証明できるまで」
「それ、どうやって?」
「やらかさない」
カイは即答した。
「そして、やらかしたやつを助けない」
リィナの顔が曇る。
「助けないって……」
「助けたら“関与”だ」
レナが言う。
「関与は“責任”を背負う。ここの国はそれを重く見る」
フェリスは歩幅を変えずに言った。
「この国では、正義より線引きが優先される」
「線を越える者は、覚悟を問われる」
その言葉の意味を、俺たちはすぐ理解することになる。
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昼前。市場の外れ。
亜人――というより、魔人の若者が、地面に膝をついていた。周囲には数人。怒鳴り声はない。代わりに“静かな圧”がある。
「金を返せ」
「返せないなら、ここで終わりだ」
脅し文句は短い。
でも、終わりが何を指すかは想像できた。
若者は震えながら、かすれ声で言う。
「……無理だ」
「俺は……」
群衆の視線が、こちらに流れた。
いや、流れたんじゃない。
“こちらがどうするか”を測り始めた。
「……行く?」
俺がフェリスを見た。
「行かない」
フェリスは即答した。
リィナが一歩前に出る。
フェリスの手が、静かに彼女の肩を押さえる。
「まだだ」
「でも、あの人……」
「当事者の問題だ」
フェリスは低い声で言った。
「ここで介入すれば、お前は“線を壊す者”になる」
「線より命でしょ!」
リィナが声を荒げかける。
カイが、ふっと息を吐いた。
「いい子だな」
軽口みたいに言って、
「……でも、ここは“命の扱いが違う”」
リィナが唇を噛む。
その瞬間、若者の肩が大きく揺れた。倒れ込む。
「……っ!」
リィナが動きかけた。
俺も反射で足を踏み出しそうになった。
「止まれ」
ユウの声が鋭い。
同時に、レナが俺の腕を掴んだ。
「行くと、巻き込まれる」
レナは小声で言う。
「この国の“裁定”に」
次の瞬間、場にいた一人が静かに言った。
「……貸し借りだ」
別の者が頷く。
「借りたなら、返す」
「返せないなら、働く」
それは脅しでも救済でもなく、契約だった。
「逃げるか?」
問い。
若者は首を振った。
「……逃げない」
その答えが出た瞬間、周囲の圧が引いた。誰も笑わない。誰も怒鳴らない。
若者は、立ち上がらせてもらい、連れていかれる。
助けられたのか。
支配されたのか。
どちらとも言える。
俺は胸の奥がざわついた。
「……これが、この国の正しさ?」
リィナが呟く。
「正しさじゃない」
フェリスが答える。
「仕組みだ」
「嫌だね」
リィナの声が震える。
「嫌でも飲むしかない」
カイが言った。
「この国に入った以上、俺らは“外様”なんだ」
その時。
視線が、増えた。
遠く、黒衣の人物がこちらを見ていた。
追ってこない。近づかない。
ただ、見て、記録している。
「……観測者」
ユウがぼそっと言う。
リィナの肩が、わずかに揺れた。
知っている反応だ。
「リィナ」
俺は小声で呼ぶ。
「……なに?」
「大丈夫?」
俺が聞くと、
「大丈夫」
リィナは笑った。
「わたし、強いから」
強い、の意味が違う。
そう思ったが、追及はしなかった。
ノイズは受け身だ。
だが、受け身には受け身の“選択”がある。
この国では――
助けることが善ではない。
その現実を飲み込むのに、俺たちはまだ慣れていなかった。




