第32話
不干渉の洗礼
ヴァル=カディア魔人連邦の街は、静かだった。
騒がしくない。
だが、活気がないわけでもない。
人族圏の街にある「ざわめき」とは違う。
必要な音だけが、必要な分だけ存在している。
「……なんかさ」
カイが小声で言う。
「怒られてるわけでもないのに、居心地悪くない?」
「それが通常運転なんだと思う」
レナが周囲を見回す。
「ここ、感情を外に出さない」
「出さないというか」
俺は言葉を探す。
「向けてない、って感じ」
視線はある。
確実に見られている。
だが――
誰も声をかけてこない。
店に入っても同じだった。
「宿、空いてるか?」
カイが声をかける。
「空いている」
店主は短く答える。
「金は前払いだ」
「愛想ないな」
カイがぼやく。
「愛想は、必要ない」
店主はそれだけ言って、鍵を置いた。
値段は適正。
ぼったくりでも、特別扱いでもない。
「……きれいだね」
リィナがぽつりと呟く。
部屋は簡素だが、手入れが行き届いている。
必要なものは揃っている。
「最低限は保証する」
フェリスが言った。
「だが、それ以上はない」
「線引き、はっきりしてる」
ユウが頷く。
街を歩く。
魔人の姿は様々だった。
角の形、肌の色、魔力の濃淡。
だが共通しているのは――
こちらに干渉しないこと。
「なあ」
カイが俺に耳打ちする。
「これ、完全に“観察用の檻”だろ」
「檻って言うな」
俺が小声で返す。
「聞こえる」
「聞かせてるのかもな」
冗談めかした口調だが、笑っていない。
役所に行くと、対応はさらに端的だった。
「滞在理由」
「旅だ」
フェリスが答える。
「期間」
「未定」
「危険物の持ち込みは?」
「武器はある」
「登録しろ」
それだけ。
拒否もない。
歓迎もない。
ただ、記録される。
「……ねえ」
リィナが小さく言う。
「怒ってる?」
「怒ってない」
レナが即答する。
「興味がないだけ」
「それ、余計に怖くない?」
カイが言う。
昼過ぎ、小さな騒ぎがあった。
市場の端で、魔人同士が言い争っている。
内容は分からないが、感情は高ぶっている。
「……行く?」
俺がフェリスを見る。
「行かない」
フェリスは即答した。
「でも」
リィナが一歩前に出かける。
フェリスが、静かに手を伸ばして止めた。
「ここでは、当事者以外は介入しない」
「……でも、怪我しそう」
「怪我は、当事者の責任だ」
冷たい言い方だった。
だが、街の誰も動かない。
数分後、騒ぎは自然に収まった。
仲裁も、罰もない。
「……すごいね」
リィナが呟く。
「すごい、じゃない」
ユウが言う。
「徹底している」
夕方。
宿に戻る途中、リィナが足を止めた。
「……ねえ」
「ここ、嫌われてる?」
「嫌われてない」
カイが言う。
「歓迎もされてないだけ」
「違いは?」
「信用がゼロ」
カイはあっけらかんと言った。
「マイナスじゃないのが救い」
「救いなの、それ」
レナが苦笑する。
夜。
部屋で簡単な食事をしながら、カイが言った。
「俺さ」
「この国、嫌いじゃない」
「珍しいな」
俺が言う。
「分かりやすい」
カイは肩をすくめる。
「やらかしたら、ちゃんと自分のせい」
「やらかさなきゃ、放っといてくれる」
「ノイズ向きだな」
俺が言うと、
「まさに」
カイが笑う。
フェリスは、窓の外を見ていた。
「……今は」
低い声。
「“客”ですらない」
「じゃあ、何ですか」
俺が聞く。
「異物だ」
フェリスは言い切った。
「害か、無害かを測られている」
リィナが、ぎゅっと拳を握る。
「……早く」
「証明しなきゃ」
「焦るな」
フェリスは静かに言った。
「焦ると、減点だ」
その言葉に、リィナは黙って頷いた。
ヴァル=カディアは、優しくない。
だが、理不尽でもない。
異端は今、
歓迎されないという洗礼を受けていた。
――そして、それはまだ始まりにすぎない。




