第30話
戻れない線の手前で
町は、どこか歪だった。
建物の形は人族圏と変わらない。
酒場も、宿も、露店もある。
なのに。
「……空気、違わない?」
レナが小声で言った。
「違うな」
俺も頷く。
「視線が、重い」
人族だけじゃない。
耳の長い者、肌の色が違う者、明らかに体格がおかしい者。
混ざっている。
無理やりじゃなく、当たり前のように。
「ここ、境界の町だ」
フェリスが言う。
「人族圏と、別種族国家の緩衝地帯」
「つまり」
カイが笑う。
「一番ややこしいとこ」
「正解」
ユウが淡々と頷く。
リィナは、町を見渡していた。
さっきまでの“観光客の目”とは違う。
「……静かだね」
ぽつりと呟く。
「そうか?」
俺が聞く。
「うん」
リィナは曖昧に笑う。
「知ってる匂いがする」
その言い方が、引っかかった。
宿に入ると、主人は俺たちを見て一瞬だけ眉を動かした。
「……人族ばかりじゃないな」
「通りすがりです」
フェリスがいつも通り答える。
主人はリィナを見る。
ほんの一瞬、だが――態度が変わった。
「……嬢ちゃん」
「なに?」
リィナが自然に返す。
「……いや」
主人は首を振った。
「部屋は空いてる」
それ以上、何も聞かなかった。
「ねえ」
カイが部屋に入ってから言う。
「今の、見た?」
「見た」
レナが頷く。
「気づいた」
「……?」
リィナが首を傾げる。
「この町」
ユウが言う。
「“分かる人には分かる”」
「何が?」
「立場」
ユウは短く答えた。
夕方、町を歩く。
酒場の前で、亜人の男たちが言い争っていた。
人族の衛兵が、一定の距離を保って見ている。
介入しない。
でも、逃がさない。
「……線がある」
フェリスが言う。
「線?」
俺が聞く。
「越えていい線と」
「越えてはいけない線だ」
リィナが、無意識に一歩前へ出た。
「……ここから先」
フェリスが、彼女を止める。
「まだだ」
リィナは、はっとして立ち止まった。
「……ごめん」
夜。
焚き火を囲みながら、カイが言う。
「なあ」
「ここから先、どうなると思う?」
「分からない」
俺は正直に答えた。
「分からないから、行く」
カイは笑う。
「……ここから先は」
フェリスが静かに言う。
「戻れない」
誰も、冗談を言わなかった。
リィナは、焚き火を見つめたまま呟く。
「……明日」
「越える?」
フェリスは、一拍置いて答えた。
「越える」
境界の町は、眠らない。
ここは、
戻るための場所じゃない。




