第26話
落ちてきたのは、面倒ごと
野営は静かだった。
戦争が終わったあとに訪れる静けさは、どうにも落ち着かない。
風の音がやけに大きく聞こえて、焚き火の爆ぜる音にいちいち神経が反応する。
「……最近、何も起きてなくない?」
カイが、わざとらしく言った。
「言うな」
レナが即座に睨む。
「そういうフラグ立てるのやめて」
「いやいや」
カイは笑う。
「平和ってことだろ。いいことじゃん」
俺は焚き火に薪を足しながら答える。
「カイが“平和”って言う時、だいたい面倒が来るんだよな」
「偏見!」
「実績」
ユウが淡々と補足する。
フェリスは少し離れた場所で地図を広げていた。
次の進路――というより、避けるべき場所を確認している顔だ。
「隊長」
俺は聞く。
「次、どこ向かいます?」
「まだ決めていない」
フェリスは答えた。
「噂の動きを見てからだ」
「噂?」
カイが眉を上げる。
「帝国側では」
フェリスが言う。
「“異端旅団は戦争を壊さないが、放置もできない”」
「面倒くさい評価だな」
カイが笑う。
「混成国家側では?」
俺が聞く。
「“便利だが、信用しきると危ない”」
フェリスは淡々と続けた。
「どちらも正しい」
「どっちも信用してないってことだよね」
レナが肩をすくめる。
「そうだ」
フェリスは頷く。
「だから、当分は自由に動ける」
「自由って言葉、怖い」
俺が言うと、
「責任が少ないという意味だ」
ユウが補足した。
その瞬間だった。
――空が、歪んだ。
「……え?」
焚き火の真上。
空間が、ぐにゃりと捻じ曲がる。
「うわっ!?」
カイが跳ね起きる。
「転移!?」
レナが即座に魔力を探る。
「でも、術式が――違う!」
落ちてきた。
人影が一つ、裂けた空間から放り出されるように落下し、焚き火の横に転がる。
「……っ!」
反射で俺は飛び出し、衝撃を殺すように抱え込んだ。
「大丈夫か!」
小柄で、軽い。
体温が、異様に高い。
「……あっつ」
「シオン!」
レナが駆け寄る。
「火傷してない!?」
「俺は大丈夫」
首を振る。
「それより、この人――」
腕の中で、少女がうめいた。
角はない。
尻尾もない。
それでも――
魔力の質が、人間じゃない。
「……やっちゃった……」
少女はそう呟いて、ゆっくり目を開けた。
金色の瞳。
光の当たり方で、竜の鱗みたいに見える。
「……ここ、どこ?」
「知らん」
カイが即答する。
「俺らも通りすがり」
「通りすがり……?」
フェリスが一歩前に出た。
「名を名乗れ」
少女は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……リィナ」
即席だ。
誰が聞いても分かる。
ユウが小さく息を吐く。
「嘘だな」
「ち、違う!」
少女は慌てて起き上がろうとして、ふらつく。
「ダンジョンの転移が暴走して――事故で!」
「一人で?」
レナが眉をひそめる。
「……うん」
それだけで異常だった。
高位ダンジョンの転移暴走に巻き込まれて、
生きて、正気で、ここにいる。
フェリスは短く考え、言った。
「拾う」
「即決!?」
カイが叫ぶ。
「置いていけない」
フェリスは言い切った。
「このままでは、魔物に食われる」
「戦争帰りとは思えない優しさだな」
カイが笑う。
「戦争帰りだからだ」
フェリスは答えた。
少女――リィナが、俺たちを見回す。
「……あのさ」
おずおずと言う。
「あなたたち、冒険者?」
「まあ、そんな感じ」
俺が答える。
「よかった……」
彼女はほっと息を吐いた。
「変なのに拾われたらどうしようかと」
「変なのだよ」
カイが即ツッコミ。
「ひどい!」
レナが小さく笑った。
「この子、竜人?」
小声で聞かれる。
「魔人かも」
俺も小声で返す。
「どっちにしても、普通じゃない」
フェリスが口を開く。
「目的地は?」
少女は一瞬だけ迷ってから言った。
「……南」
「山を越えた先」
竜人国家にも、魔人領にも通じる方角。
フェリスは頷いた。
「我々も、その方向だ」
「え、ほんと?」
リィナの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ一緒に――」
カイがにやりと笑う。
「条件がある」
「な、なに?」
「余計なことしない」
「正体隠す」
「勝手にダンジョン入らない」
一瞬の沈黙。
それから、勢いよく頷く。
「わ、分かった!」
――絶対、破る。
俺は苦笑して剣を背負い直した。
帝国にも、混成国家にも、完全には属さない。
だからこそ自由で、だからこそ面倒を拾う。
異端旅団の新章は、
どうやら――
空から落ちてきた厄介ごとと一緒に始まったらしい。




