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異端(仮)  作者: vastum
分岐編
38/103

幕間

王女は名を落としたまま眠る


 ――最悪だ。


 落下の衝撃で、背中がじん、と熱を持つ。

 転移酔いで視界がぐらぐらするし、魔力は空っぽ。

 何より、ここがどこか分からない。


(……あーもう……)


 わたしは内心で頭を抱えた。


 やった。

 完全にやった。


 ダンジョンの転移装置は、確かに不安定だった。

 でも「ちょっと調べるだけ」だったし、「触るだけ」だったし、「暴走するとは思わない」じゃない。


 ――いや、思え。


 王族教育で何を学んできたんだ、わたしは。


(護衛、絶対怒る……)


 いや、怒る以前に泣くかもしれない。

 あの人たち、過保護にもほどがある。


 うっすらと目を開けると、知らない顔がいくつも見えた。


 焚き火。

 夜。

 野営。


(……人間?)


 瞬時に判断する。


 角はない。

 魔力の質も、人族寄り。

 でも――


(……変)


 一人、やけに静かな人がいる。

 立ち方が、王城の近衛に似ている。

 別の一人は、視線が“測る側”のそれ。

 騒がしい男は……うん、よく分からない。


 そして。


 わたしを抱えていた少年。


(……この人)


 魔力が、変だ。


 強いとか、弱いとかじゃない。

 形が合ってない。


 まるで、器と中身が噛み合っていない感じ。

 それなのに、剣を持つ手だけは異様に落ち着いている。


(なにそれ……)


 ぞくっとした。


 ――やばい人たちに拾われた。


 でも。


 不思議と、怖くなかった。


 声をかけられる。


「大丈夫か?」


 優しい声。

 ちょっと間抜けで、でも真っ直ぐ。


(……あ、これ)


 嘘つける。


 わたしは瞬時に判断した。


 正体は隠す。

 絶対に。


 こんなところで

「竜人王国第三王女です」とか言ったら、

面倒が雪崩みたいに来る。


 だから、名を捨てる。


「……リィナ」


 即席の名前。

 響きだけそれっぽい。


 案の定、疑われた。


(そりゃそうだよね)


 でも、追及はされなかった。


 代わりに――


「拾う」


 静かな人が、そう言った。


(拾う……?)


 その言葉に、ちょっと笑いそうになった。


 王女を拾うって。

 字面だけなら、物語みたい。


 でも、今のわたしは本当に“拾われる側”だ。


(……情けない)


 でも。


 その判断は、ありがたかった。


 この人たち、強い。

 多分、かなり。


 なのに、威圧しない。

 奪わない。

 縛らない。


(……異端、ってやつかな)


 どこの国にも属してない匂いがする。


 だからこそ、危ない。

 だからこそ――安全。


 わたしは、こっそり息を整えた。


(とりあえず……)


 魔力の回復。

 転移の痕跡は隠す。

 王族特有の癖は出さない。


 ――あと。


(ダンジョン、勝手に入らない)


 ……いや。


 無理かも。


 わたしは心の中で、ちょっとだけ反省した。


 でも。


 焚き火の向こうで、あの少年――シオンと呼ばれていた人が、仲間と笑っているのを見て。


(……少しだけ)


 少しだけ、この旅を楽しんでもいいかもしれない、と思ってしまった。


 正体を隠したまま。

 名を落としたまま。


 王女は今夜、

 異端ノイズの焚き火のそばで眠る。


 ――嵐の種だと、誰も知らないまま。


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