第24話
噂は剣より速く
街の門が見えた頃、俺は本気で思った。
戦争より怖いものがある。
――書類だ。
「止まれ! 氏名! 所属! 冒険者ランク!」
門前に立つ役人が、紙とペンを振り回しながら叫んでいる。顔が“正しさ”で固まっていて、目が死んでない分タチが悪い。
「うわ」
カイが露骨に嫌そうな顔をする。
「こいつらの方が怖い」
「分かる」
レナがため息をつく。
「剣は避けられるけど、書類は避けられない」
「避けるな」
フェリスが短く言う。
「避けると噂が増える」
「噂増えるの?」
カイが聞くと、
「増える」
ユウが断言した。
「人は空白を埋める」
最悪だ。
フェリスが役人に必要事項だけ伝え、最低限の手続きで通過する。隊長って呼ばれてるの、こういうところでも強い。判断が速い。線が引ける。
門をくぐった瞬間、ざわめきが耳に刺さった。
「……五人組だ」
「異端旅団だろ?」
「帝国のSとやり合ったって」
「生きて帰ったらしい」
――早い。
噂って、ほんとに剣より速い。
「本物って何だよ」
カイがぼそっと言う。
「生きてるだけで本物だよ」
レナが皮肉っぽく笑う。
「死んでたら伝説」
「やめろ」
俺が言うと、
「やめない」
ユウが言う。
「伝説は管理できない」
「噂は管理できる」
「管理できるのかよ」
「できない」
ユウは即答する。
「だが、方向は変えられる」
冒険者ギルドは地獄だった。
依頼書が壁一面に貼られ、受付には人が詰まり、戦場から戻った兵や冒険者が水を求めて並んでいる。受付嬢の目が半分死んでいた。
「次の方……次の方……」
「受付嬢が壊れてる」
カイが言う。
「言うな」
レナが睨む。
「私も壊れてる」
受付嬢は俺たちを見ると、目が一瞬だけ戻った。
「あっ……異端旅団の皆さま」
「え、ほんとに……?」
「本物って何だよ(2回目)」
カイが小声で言う。
受付嬢が慌てて書類を出す。
「軍協力者の登録と、状況聴取です」
「それと……噂の確認も……」
「噂?」
俺が聞くと、受付嬢が小声で言った。
「帝国のSと正面で……って」
「ランクA部隊ですら追いつけないって言ってたのに」
胸がきゅっとなる。
追いつけない。
その言葉は、俺の中にまだ刺さっている。
「追いつけないっていうより」
俺は言った。
「追いついた瞬間に負ける場所にいた」
ユウが頷く。
「正確だ」
受付嬢が目を丸くする。
「……怖い言い方ですね」
「怖いんだよ」
カイが言った。
「俺、まだ腹の底冷たい」
レナが肩をすくめる。
「でも、噂は盾にもなるよ」
「帝国が“追いにくくなる”」
「……盾か」
俺は呟く。
盾を持つのは得意じゃない。
でも、持たないと刺される時もある。
ギルド内の視線が増える。
英雄扱い――に近い何か。
俺は居心地が悪くて、ちょっと笑うしかなかった。
「隊長」
小声で言う。
「逃げたいです」
「逃げるな」
フェリスが即答する。
「今逃げると噂が増える」
「逃げても増える、逃げなくても増える」
カイが言う。
「つまり増える」
「増える」
ユウが頷く。
最悪だ。
でも、フェリスは淡々と書類を処理し、必要な聴取だけを済ませ、俺たちを宿へ押し込む段取りを組む。
戦争は終わってない。
でも、“戦争っぽい部分”は終わった。
ここからは、現実の後始末だ。




