第20話
勝ったはずの場所
砦の中は、まだ血の匂いが残っていた。
戦いは終わった。
少なくとも、この場所では。
「……助かった」
守備隊の将校が、深く頭を下げる。
「あなた方が来なければ、持たなかった」
頭を下げられている相手は、ランクAの冒険者たちだ。
19話で活躍した、あの五人。
俺たちは、その横に立っているだけだった。
「いや」
女剣士が首を振る。
「持たせたのは、私たちじゃない」
将校が眉をひそめる。
「……どういう意味です?」
「戦線が、予定通り下がった」
「補給線も、寸断されていない」
「“誰か”が、全体を見ている」
双剣使いが、苦々しそうに続ける。
「帝国側だ」
「ランクSが出ている」
その言葉に、砦の空気が変わる。
「S……」
将校が声を落とす。
「本当に、いるんですか」
「いる」
大柄な男が断言する。
「しかも――前に出ていない」
俺は、思わず口を挟んだ。
「前に出てない?」
「ああ」
術師が答える。
「俺たちAは、前線を張る」
「だが、そいつは違う」
彼は、地図を指でなぞる。
「この戦線」
「不自然に、負けていないだろ」
確かに。
崩壊していない。
だが、勝ってもいない。
「……時間を、奪われている」
フェリスが、静かに言った。
大柄な男が、フェリスを見る。
「分かるか」
「ええ」
「“勝たせないが、負けさせない”」
「戦争を前に進めるやり方だ」
女剣士が、低く言う。
「帝国に、そういう戦い方をする男がいる」
「名前は――ヴァン」
その名を聞いた瞬間、
俺の胸が、微かにざわついた。
知らないはずの名前。
なのに、引っかかる。
「……その人」
俺は、慎重に聞いた。
「どういう立場なんです?」
ランクAの五人が、一瞬だけ目を合わせる。
「表には出ない」
「英雄扱いもされない」
「だが――」
女剣士が言葉を切り、続ける。
「帝国の“上”と、直接話ができる」
将校が息を呑む。
「まさか……」
「断定はしない」
双剣使いが遮る。
「だが、少なくとも」
「皇帝の戦争を、壊さない側だ」
その言葉が、胸に残る。
――壊さない側。
つまり、
成立させる側。
俺は、無意識に剣の柄を握った。
まだ、姿は見ていない。
だが、確信がある。
この戦場で、
一番厄介なのは、まだ出ていない。




