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異端(仮)  作者: vastum
戦争編
20/103

第13話

人間の国の、正しい戦争


 帝国軍第七方面軍、参謀補佐官オルデンは、報告書の文字を三回読み直した。


 理解できない。

 理解したくない。


前線右側、敵戦略兵器崩壊

介入者:所属不明の五名

被害:不明

敵兵:撤退

交戦:記録不能


 “記録不能”。

 そんな言葉は、軍の書類に存在してはいけない。


「……ふざけるな」


 オルデンは机を叩いた。紙が震える。


「記録できない戦果など、戦果ではない」

「戦争は数字だ。数えられないものは存在しない」


 部下が、硬い声で答える。


「しかし事実として……前線は持ち直しました」

「共和国側も同様に混乱している模様です」


「共和国?」


 帝国が“共和国”と呼ぶのは方便だ。

 正式には、混成国家。

 人間以外が混ざり、英雄の伝説に縋って建った、歪な国家。


 帝国の教義は明快だ。


――人間が文明を作り、秩序を守る。

――人間以外は、従うか、排除される。


 だからこの戦争は“正しい”。


 混成国家は秩序を乱す。

 人間が築いた土地に、人間以外が旗を立てる。

 それは帝国の理念そのものへの反逆だ。


「……増援は?」

 オルデンが問う。


「予定通りです」

「ただ、兵の士気が……」


「何が落ちた」


「噂です」

 部下が言いにくそうに言う。

「『五つの影』が現れたと」


 オルデンは眉をひそめる。


「影?」

「兵士の迷信か」


「それが……帝国兵だけでなく、共和国側にも同じ噂が」


 オルデンは口を閉ざした。

 噂は、戦争の隙間から入ってくる疫病だ。放置すると広がる。


 彼は立ち上がり、地図に指を走らせる。


「影が現れた地点は?」

「この辺りと……こちらも」


 二点。三点。

 線で繋げると、そこには妙な“空白”ができる。


 敵の前進が止まった場所。

 味方の被害が最小になった場所。

 戦況図の歪み。


「……偶然ではない」


 言ってしまった瞬間、背中が冷えた。

 偶然ではない=意図がある。

 意図がある=意思がある。


 意思がある存在が、帝国の戦争を歪めた?


「所属不明の五名」

 オルデンは書類を持ち上げる。

「これを“存在しない”として処理しろ」


「参謀補佐官」

「それは……」


「帝国は数字だ」

 オルデンは言い切った。

「数字にならないものを認めれば、帝国が揺らぐ」


 部下が黙る。

 忠誠心ではなく、恐怖で。


「……しかし」

 部下が小さく言った。

「もし、それが共和国側の英雄譚と結びつけば」


 英雄譚。


 混成国家を建国した冒険者。

 英雄となり、人間以外を抱き込み、国にした異物。


 オルデンは歯を噛んだ。


「英雄は死ぬ」

「伝説は残る」

「だが帝国は、伝説で負けるわけにはいかない」


 彼は決断する。


「“影”を捕らえろ」

「殺すな」

「生け捕りだ」


「……可能でしょうか」


 オルデンは、即答しない。

 可能かどうかは重要ではない。命令が秩序を作る。


「可能にしろ」


 そして付け加えた。


「ただし、接触部隊は人間のみで編成しろ」

「亜人は使うな」

「感染る」


「感染……?」


 オルデンは自分が口にした言葉に少しだけ苛立った。

 迷信みたいだ。だが、噂は迷信から生まれて兵を殺す。


「数字にならないものは、兵の頭に残る」

「残れば、秩序が崩れる」


 会議が終わり、部下が去る。

 オルデンは窓の外を見る。


 戦場の向こうには海がある。

 帝国は海を欲している――そう説明されている。


 だがオルデンは知っている。

 帝国が欲しいのは海そのものではない。


 海沿いで生きている“混成国家”の存在が、許せないのだ。

 人間の秩序の外側に、国家が成り立っていることが。


「……異物め」


 オルデンは小さく呟いた。


 その瞬間、机の上の書類が風でめくれた。

 そこに、走り書きが残っている。


あれは、人間の戦い方じゃない


 オルデンは紙を押さえつけた。

 その言葉ごと、潰すように。


「……人間だ」

 彼は自分に言い聞かせる。

「帝国がそう定義するなら、人間だ」


 定義は力だ。

 帝国は定義で世界を支配してきた。


 だが、オルデンの胸の奥に残る。


 定義できないものが、戦争を終わらせた。


 その事実だけが、どうしても消えなかった。


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