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異端(仮)  作者: vastum
戦争編
19/103

第12話

火のそばの、当たり前


 焚き火の音は、どんな戦場より信用できる。

 ぱち、という小さな爆ぜ方は嘘をつかないし、火は敵も味方も区別しない。冷えた指を温めるのに、資格なんて要らない。


「で?」


 カイが肉をひっくり返しながら言った。焼けた脂が落ちて、火が一段明るくなる。


「今のは、何だったんだ?」


「戦争」

 レナが即答した。

「たぶん」


「たぶんで済ませるな」

「じゃあ何?」

「いや、それは……」


 会話の温度が、いつも通りすぎておかしい。

 さっきまでの光景が、嘘みたいだった。


 俺――シオンは膝の上に剣を置き、刃を布で拭く。

 血はついていない。俺は“当てて”いない。そういうことにしておきたい。

 なのに、刃の縁が妙に澄んで見えるのが、嫌だった。


 王都アルフェインの灯りはもう見えない。

 背後にはただの闇があり、前には知らない土地が広がっている。


「王国を出たんだな」

 ユウが短く言った。


「出たっていうか、追い出されたっていうか」

 カイが笑う。


「追い出されたなら、門番が来る」

 フェリスが淡々と切る。

「来ないなら“放された”だけだ」


 その言い方が嫌だった。繋がれていた覚えはないのに、解放されると腹が立つ。


 レナが焚き火の向こうを見て眉をひそめた。


「……誰か、来る」


 次の瞬間、草を踏む音がした。

 俺たちは一斉に体勢を変える。カイは立ち上がり、ユウの気配が薄くなり、フェリスが前に出る。レナは焚き火の火力を“少しだけ”上げた。


「……止まれ」


 フェリスの声が夜に落ちる。


 闇の中から現れたのは、武装した兵じゃなかった。

 疲れた顔の家族連れ――いや、家族とも言い切れない。寄せ集めの列だ。


 最初に目に入ったのは、耳だった。長い。尖っている。

 次に、背の低さ。肩幅。腕の太さ。

 それから――目が三つある少年。

 さらに、腕が四本ある女。荷物を二つ持ったまま、赤子を抱えている。

 最後に、巨人。いや、巨人というほどではないが、人間の倍はある。肩に布を巻き、視線だけで周囲を警戒していた。


「……混成国家へ行く途中だ」


 そう言ったのは、エルフらしき男だった。声がかすれている。

 彼はフェリスではなく、焚き火を見て話した。火の方が信用できるからだ。


「ここは帝国の境界に近い。人間の兵が巡回している」

「だから、火は消した方がいい」


 レナが反射で焚き火を弱めようとしたが、フェリスが手で制した。


「消さない」

「代わりに、あんたらが火を越えて来るなら、今だ」


 列がざわつく。

 恐れと、期待と、警戒が混じる音。


 四本腕の女が一歩前に出た。


「……あなたたちは、どこの兵?」


「どこでもない」

 カイが言った。

「俺たちは、ただの旅団だ」


「旅団……?」

 三つ目の少年が小さく呟く。


 巨人が、低い声を落とした。


「……なら、なぜここに?」


 フェリスが答える。


「通り道だった」


 列の空気が一瞬固まった。

 冗談だと思ったのか、理解できなかったのか。どっちでもいい。事実だから。


 エルフの男が、ゆっくり頷く。


「混成国家へ行く」

「俺たちのような者が……居られる場所だと聞いた」


 混成国家。

 噂でしか聞いたことのない国。

 英雄が建てた国。異種族が共に住む国。人間の外側が、生きていい国。


「帝国から逃げて?」

 レナが聞く。


「逃げて、というより」

 四本腕の女が言葉を探す。

「……“残れない”んだ」


 ユウが冷たく言った。


「人間至上主義か」


 それを聞いた瞬間、列の誰かが小さく笑った。乾いた笑いだ。


「そう呼ぶと、賢く聞こえるな」

 巨人が吐き捨てる。

「向こうはもっと単純だ。『人間以外は人間じゃない』。それだけ」


 俺は剣の柄を握り直した。

 さっきの戦場で聞いた「人間の戦い方じゃない」という言葉が、別の形で戻ってくる。


 フェリスが問う。


「混成国家は、どこに?」


「海沿いだ」

 エルフの男が答えた。

「海と、古い港と、砦がある」

「英雄がそこに国を作った」


 カイが目を細める。


「海沿い……か」

「帝国が欲しがりそうだな」


 四本腕の女が苦く笑う。


「欲しがるんじゃない」

「嫌うんだ」


「嫌う?」

 レナが首を傾げる。


「混成国家は、許せないんだろう」

 ユウが言う。

「人間以外が“国家”を名乗るのが」


 エルフの男は、焚き火越しに俺たちを見た。


「……あなたたちは、人間だろう?」


「まあな」

 カイが軽く言う。


「でも」

 俺は思わず口を挟んだ。

「人間でも、残れないことはあります」


 言ってから、しまったと思った。

 列の視線が一斉に刺さる。怖いというより、同じ匂いを嗅いだ目だ。


 フェリスが俺の横に立った。


「この集団に、居場所はない」

「だから旅をしている」


 エルフの男が、ゆっくり息を吐いた。


「……なら、お願いがある」

「この先の街道に、帝国の検問がある」


 列が小さくざわめく。

 検問。つまり、選別。つまり、排除。


「手伝えとは言わない」

 男は言った。

「ただ……火のそばで、少しだけ休ませてくれ」

「子どもが、もう歩けない」


 レナがすぐ頷いた。


「もちろん」

「ね、隊長」


 フェリスは短く頷く。


「十五分だけ」


 冷たいようで、優しい。

 十五分あれば、子どもの足は動く。十五分以上だと、情が増える。

 増えた情は、判断を鈍らせる。


 列が焚き火のそばに寄る。

 三つ目の少年が、俺の剣を見て目を丸くした。


「……それ、こわい」


「え?」

「きれいだけど、こわい」


 俺は笑ってごまかした。


「普通の剣だよ」

「たぶん」


 レナが横から突っ込む。


「たぶんって言うな」


 カイが肉を分けてやると、列の空気が少しだけ柔らかくなる。

 巨人が、焚き火の反対側でフェリスを見た。


「……混成国家に行けば、俺たちは人間扱いされるのか?」


 フェリスは答えない。

 代わりに言った。


「生きていけるかは、あんたら次第だ」

「だが、少なくとも“最初から死ね”とは言われない」


 それだけで、巨人は目を伏せた。

 泣いていない。でも、救われた顔だ。


 十五分が経つ。


「行け」

 フェリスが言う。


 列が立ち上がり、闇に溶けていく。

 最後にエルフの男が振り返った。


「……さっきの戦場」

「噂で聞いた」

「五つの影が、戦争を終わらせたと」


 俺たちの空気が一瞬止まる。


「……あれは、あなたたちか?」


 カイが笑って、肩をすくめた。


「さあな」

「噂ってのは盛られるから」


 エルフの男は、もう一度俺の剣を見る。

 何か言いたげだったが、言わずに去った。


 焚き火だけが残る。


「……混成国家」

 レナが呟く。

「行ってみたいな」


「行く」

 フェリスが答えた。

「通り道だ」


 俺は、剣を見た。

 刃は静かだ。


 でも、さっきの少年の言葉が残る。


――きれいだけど、こわい。


 自分のことを言われたみたいで、少しだけ寒かった。


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