第12話
火のそばの、当たり前
焚き火の音は、どんな戦場より信用できる。
ぱち、という小さな爆ぜ方は嘘をつかないし、火は敵も味方も区別しない。冷えた指を温めるのに、資格なんて要らない。
「で?」
カイが肉をひっくり返しながら言った。焼けた脂が落ちて、火が一段明るくなる。
「今のは、何だったんだ?」
「戦争」
レナが即答した。
「たぶん」
「たぶんで済ませるな」
「じゃあ何?」
「いや、それは……」
会話の温度が、いつも通りすぎておかしい。
さっきまでの光景が、嘘みたいだった。
俺――シオンは膝の上に剣を置き、刃を布で拭く。
血はついていない。俺は“当てて”いない。そういうことにしておきたい。
なのに、刃の縁が妙に澄んで見えるのが、嫌だった。
王都アルフェインの灯りはもう見えない。
背後にはただの闇があり、前には知らない土地が広がっている。
「王国を出たんだな」
ユウが短く言った。
「出たっていうか、追い出されたっていうか」
カイが笑う。
「追い出されたなら、門番が来る」
フェリスが淡々と切る。
「来ないなら“放された”だけだ」
その言い方が嫌だった。繋がれていた覚えはないのに、解放されると腹が立つ。
レナが焚き火の向こうを見て眉をひそめた。
「……誰か、来る」
次の瞬間、草を踏む音がした。
俺たちは一斉に体勢を変える。カイは立ち上がり、ユウの気配が薄くなり、フェリスが前に出る。レナは焚き火の火力を“少しだけ”上げた。
「……止まれ」
フェリスの声が夜に落ちる。
闇の中から現れたのは、武装した兵じゃなかった。
疲れた顔の家族連れ――いや、家族とも言い切れない。寄せ集めの列だ。
最初に目に入ったのは、耳だった。長い。尖っている。
次に、背の低さ。肩幅。腕の太さ。
それから――目が三つある少年。
さらに、腕が四本ある女。荷物を二つ持ったまま、赤子を抱えている。
最後に、巨人。いや、巨人というほどではないが、人間の倍はある。肩に布を巻き、視線だけで周囲を警戒していた。
「……混成国家へ行く途中だ」
そう言ったのは、エルフらしき男だった。声がかすれている。
彼はフェリスではなく、焚き火を見て話した。火の方が信用できるからだ。
「ここは帝国の境界に近い。人間の兵が巡回している」
「だから、火は消した方がいい」
レナが反射で焚き火を弱めようとしたが、フェリスが手で制した。
「消さない」
「代わりに、あんたらが火を越えて来るなら、今だ」
列がざわつく。
恐れと、期待と、警戒が混じる音。
四本腕の女が一歩前に出た。
「……あなたたちは、どこの兵?」
「どこでもない」
カイが言った。
「俺たちは、ただの旅団だ」
「旅団……?」
三つ目の少年が小さく呟く。
巨人が、低い声を落とした。
「……なら、なぜここに?」
フェリスが答える。
「通り道だった」
列の空気が一瞬固まった。
冗談だと思ったのか、理解できなかったのか。どっちでもいい。事実だから。
エルフの男が、ゆっくり頷く。
「混成国家へ行く」
「俺たちのような者が……居られる場所だと聞いた」
混成国家。
噂でしか聞いたことのない国。
英雄が建てた国。異種族が共に住む国。人間の外側が、生きていい国。
「帝国から逃げて?」
レナが聞く。
「逃げて、というより」
四本腕の女が言葉を探す。
「……“残れない”んだ」
ユウが冷たく言った。
「人間至上主義か」
それを聞いた瞬間、列の誰かが小さく笑った。乾いた笑いだ。
「そう呼ぶと、賢く聞こえるな」
巨人が吐き捨てる。
「向こうはもっと単純だ。『人間以外は人間じゃない』。それだけ」
俺は剣の柄を握り直した。
さっきの戦場で聞いた「人間の戦い方じゃない」という言葉が、別の形で戻ってくる。
フェリスが問う。
「混成国家は、どこに?」
「海沿いだ」
エルフの男が答えた。
「海と、古い港と、砦がある」
「英雄がそこに国を作った」
カイが目を細める。
「海沿い……か」
「帝国が欲しがりそうだな」
四本腕の女が苦く笑う。
「欲しがるんじゃない」
「嫌うんだ」
「嫌う?」
レナが首を傾げる。
「混成国家は、許せないんだろう」
ユウが言う。
「人間以外が“国家”を名乗るのが」
エルフの男は、焚き火越しに俺たちを見た。
「……あなたたちは、人間だろう?」
「まあな」
カイが軽く言う。
「でも」
俺は思わず口を挟んだ。
「人間でも、残れないことはあります」
言ってから、しまったと思った。
列の視線が一斉に刺さる。怖いというより、同じ匂いを嗅いだ目だ。
フェリスが俺の横に立った。
「この集団に、居場所はない」
「だから旅をしている」
エルフの男が、ゆっくり息を吐いた。
「……なら、お願いがある」
「この先の街道に、帝国の検問がある」
列が小さくざわめく。
検問。つまり、選別。つまり、排除。
「手伝えとは言わない」
男は言った。
「ただ……火のそばで、少しだけ休ませてくれ」
「子どもが、もう歩けない」
レナがすぐ頷いた。
「もちろん」
「ね、隊長」
フェリスは短く頷く。
「十五分だけ」
冷たいようで、優しい。
十五分あれば、子どもの足は動く。十五分以上だと、情が増える。
増えた情は、判断を鈍らせる。
列が焚き火のそばに寄る。
三つ目の少年が、俺の剣を見て目を丸くした。
「……それ、こわい」
「え?」
「きれいだけど、こわい」
俺は笑ってごまかした。
「普通の剣だよ」
「たぶん」
レナが横から突っ込む。
「たぶんって言うな」
カイが肉を分けてやると、列の空気が少しだけ柔らかくなる。
巨人が、焚き火の反対側でフェリスを見た。
「……混成国家に行けば、俺たちは人間扱いされるのか?」
フェリスは答えない。
代わりに言った。
「生きていけるかは、あんたら次第だ」
「だが、少なくとも“最初から死ね”とは言われない」
それだけで、巨人は目を伏せた。
泣いていない。でも、救われた顔だ。
十五分が経つ。
「行け」
フェリスが言う。
列が立ち上がり、闇に溶けていく。
最後にエルフの男が振り返った。
「……さっきの戦場」
「噂で聞いた」
「五つの影が、戦争を終わらせたと」
俺たちの空気が一瞬止まる。
「……あれは、あなたたちか?」
カイが笑って、肩をすくめた。
「さあな」
「噂ってのは盛られるから」
エルフの男は、もう一度俺の剣を見る。
何か言いたげだったが、言わずに去った。
焚き火だけが残る。
「……混成国家」
レナが呟く。
「行ってみたいな」
「行く」
フェリスが答えた。
「通り道だ」
俺は、剣を見た。
刃は静かだ。
でも、さっきの少年の言葉が残る。
――きれいだけど、こわい。
自分のことを言われたみたいで、少しだけ寒かった。




