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異端(仮)  作者: vastum
戦争編
18/103

第11話

予定にない影


 この戦は、もう終わっていた。


 終わっていた、はずだった。


 俺たち第三歩兵中隊は、夜明け前から動いていた。

 命令は単純だ。

 時間を稼げ。退路を確保しろ。


 つまり――

 勝つ必要はない。

 生き残れればいい。


「敵、前方! 数、二百以上!」


 斥候の声に、誰も驚かなかった。

 昨日から、ずっとそんな感じだ。


「……多いな」

「向こうはまだ余裕がある」


 指揮官が歯を噛みしめる。


「陣形を維持しろ! 押し返すな、耐えろ!」


 分かっている。

 押し返せば、囲まれる。

 耐えていれば、そのうち潰される。


 どっちにしても、長くはもたない。


 矢が降る。

 魔術が走る。

 地面が揺れる。


 前線が、少しずつ削れていく。


「……くそ」

 誰かが吐き捨てた。

「増援は?」


「来ない」

「来られない」


 この戦場は、すでに“切り捨てられた”場所だった。



 異変は、音から始まった。


 戦場の騒音が、

 一瞬だけ――薄くなった。


「……今、何か」


 誰かが言いかけて、言葉を失う。


 敵陣の動きが、乱れた。


 理由は分からない。

 魔術でもない。

 突撃でもない。


 ただ、流れが変わった。


「前線、押し返されてる?」

「いや、違う……崩れてる?」


 敵の隊列が、妙な形で割れていく。

 まるで、見えない楔が打ち込まれたみたいに。


「何が起きてる」

 指揮官の声が低くなる。


 説明できる者はいない。



 次に来たのは、静けさだった。


 敵の一角が、完全に沈黙した。


 爆発音もない。

 悲鳴もない。


 ただ、いなくなった。


「……は?」


 思わず、そんな声が漏れる。


 そこにいたはずの兵が、

 倒れているでも、逃げているでもない。


 戦場から、消えている。


「報告!」

 指揮官が叫ぶ。

「前線右、状況を――」


 返事が来ない。


 代わりに、別の方向から声が上がる。


「左もだ!」

「敵の圧が、急に……!」


 圧が、消えている。


 数が減ったわけじゃない。

 戦意が折れたわけでもない。


 なのに、

 前に来ない。



「……見ろ」


 誰かが指をさした。


 戦場の中央。

 煙の向こう。


 五つの影が、歩いていた。


 速くもない。

 遅くもない。


 武装は、ばらばら。

 旗もない。

 どこの軍かも分からない。


「……味方か?」

「知らん」

「でも、敵じゃない……?」


 確信はない。

 だが、あの五つを中心に、戦場が歪んでいる。


 敵が、近づかない。

 味方も、近づけない。


 まるで――

 戦争そのものが、道を空けている。



 その時だった。


 敵軍の奥から、咆哮が上がった。


 戦略兵器。

 この戦の切り札。


 出てきた瞬間、

 周囲の兵が引く。


「……終わった」

 誰かが呟いた。


 だが。


 五つの影のうち、一つが立ち止まった。


 細身の剣を持った影。


 そいつは、振り返らずに言った。


「――そっちは、任せる」


 声は、驚くほど普通だった。


 仲間に向けた、

 ただの確認みたいな口調。


 他の四つが、迷いなく動く。


 布陣を変え、

 敵を遮り、

 戦場を分断する。


 そして。


「……あとは」


 剣を持った影が、前に出る。


 走らない。

 叫ばない。


 ただ、一歩。


「俺がやる」



 次の瞬間、

 戦争が終わった。


 爆音はなかった。

 閃光も、なかった。


 ただ、戦略兵器が――

 崩れ落ちた。


 どう斬ったのか。

 どう壊したのか。


 誰にも分からない。


 分かるのは、

 あれが“もう脅威じゃない”という事実だけ。


 敵軍が、退く。


 命令もなく、

 統率もなく。


 ただ、本能で。



 静寂が戻る。


 五つの影は、もういない。


 最初から、いなかったみたいに。


「……なあ」

 隣の兵士が、震える声で言った。

「今の、見たか?」


「ああ」

「見た」


「説明、できるか?」

「できるわけない」


 指揮官が、ゆっくりと息を吐いた。


「……報告書は、どう書く」


 誰も答えられなかった。


 名前も、

 所属も、

 数すら、曖昧だ。


 ただ一つ、全員が一致していた。


 あれは、人間の戦い方じゃない。


 戦場に、

 予定にない影が現れた。


 そして――

 戦争は、終わった。


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