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異端(仮)  作者: vastum
王国編
11/103

第九話

止めるという暴力


 最初に崩れたのは、叫び声だった。


 怒号と罵声が重なり、

 意味を失った言葉が、ただの音になる。


 次に飛んだのは、石。

 そして、魔術。


 旧王都の広場は、一瞬で戦場になった。


「前に出すな!」

 カイの怒声が響く。


 正面からぶつかる二つの大規模勢力。

 人数は、合わせて百人以上。


 剣を振る者。

 棍棒を振り回す者。

 即席の魔術を撃つ者。


 統率はない。

 だが、勢いだけはある。


「……最悪だな」

 レナが歯噛みする。


「だから止める」

 フェリスの声は、冷静だった。

「予定通りだ。無力化優先」


 俺は、一歩下がった位置に立つ。


 前には出ない。

 だが、全体が見える位置。


 ――止めるための場所。



 カイが突っ込む。


 剣を振るわない。

 体当たり。

 蹴り。

 盾代わりの腕。


 真正面から、数人を押し返す。


「押すな! 引け!」

「今はやる時じゃねえ!」


 言葉は届かない。

 だから、体で分からせる。


 ユウは側面。


 影のように動き、

 足元を刈り、

 腕を極め、

 戦意だけを削っていく。


「……うわ、えぐ」

 レナが思わず漏らす。


「骨は折ってない」

 ユウが淡々と返す。


 レナは、広場全体に魔術を張る。


 炎でも雷でもない。

 音と光を歪める術式。


 距離感が狂う。

 味方と敵の区別が曖昧になる。


「混乱はしてる」

 レナが言う。

「でも……」


「完全には止まらない」

 フェリスが続きを言った。


 人は、暴力の途中で引き返せない。



 俺は、動かない。


 剣は抜いている。

 だが、振らない。


 視界の端で、

 子どもが転ぶのが見えた。


「……っ」


 反射的に、足が前に出そうになる。


「シオン」

 フェリスの声が、鋭く刺さる。


 止まる。


 代わりに、叫ぶ。


「下がれ!」

「そこ、危ない!」


 誰も聞かない。


 次の瞬間、

 飛んできた棍棒が、子どもの方へ――


 考える前に、体が動いた。


 踏み込み。

 剣を振る。


 刃は、当てない。


 棍棒だけを、弾き落とす。


「……!」


 一瞬、空気が凍る。


 俺は、その場に留まった。


「前に出るなって、言われたのに」

 レナが叫ぶ。


「出てない」

 俺は息を吐きながら言う。

「止めただけだ」


 剣が、微かに震えた。


 重くはない。

 熱もない。


 でも――

 空気の流れが、俺に寄ってくる。


「……抑えろ」

 フェリスが低く言う。


「分かってます」


 俺は、剣を下げた。



 だが、もう遅かった。


「なんだ、あいつ」

「一人で、あの動き……」


 視線が、集まる。


 敵味方の区別なく。


「……最悪だ」

 カイが吐き捨てる。


「でも」

 ユウが言う。

「流れは、こっちに来た」


 確かに。


 勢力同士の衝突は、止まりかけている。

 代わりに、全員が俺たちを意識し始めた。


 フェリスが判断する。


「第二段階に移る」

「強制的に、終わらせる」


「殲滅は?」

 レナが確認する。


「しない」

「だが――」


 フェリスは、はっきり言った。


「逃げ場を作る」



 合図と同時に、動きが変わる。


 カイが、正面を一気に押し切る。

 ユウが、退路を切り開く。

 レナが、恐怖を煽る魔術を限定的に放つ。


 逃げ道が、できる。


 人は、逃げられると分かった瞬間、戦わなくなる。


「引け!」

「今日は終わりだ!」


 叫びが、連鎖する。


 誰かが逃げ、

 誰かが追わず、

 戦場が、崩れていく。


 完全な勝利じゃない。

 でも、終わりだ。



 静寂が戻る。


 広場には、倒れた人間がいる。

 だが、死体はない。


 呻き声と、荒い息だけ。


「……最小限だな」

 ユウが言う。


「最善ではない」

 フェリスが答える。

「だが、最悪は避けた」


 俺は、剣を見下ろす。


 刃は、静かだ。


 何も起きていない。

 ……ように見える。


「シオン」

 フェリスが俺を見る。


「命令違反だ」


 一瞬、背筋が伸びる。


「はい」

「言い訳はしません」


 フェリスは、少しだけ黙った。


「……判断は、間違っていない」

「だが、覚えておけ」


 真っ直ぐな視線。


「次は、もっと多くの目が見ている」


 その言葉の意味を、

 俺はまだ、完全には理解していなかった。


 だが。


 この夜、旧王都で起きたことは、

 確実に――外へ漏れていく。


 そしてそれは、

 俺たちが名乗っていない名前で、

 記録されることになる。


 ――それを知るのは、もう少し先だ。


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