第九話
止めるという暴力
最初に崩れたのは、叫び声だった。
怒号と罵声が重なり、
意味を失った言葉が、ただの音になる。
次に飛んだのは、石。
そして、魔術。
旧王都の広場は、一瞬で戦場になった。
「前に出すな!」
カイの怒声が響く。
正面からぶつかる二つの大規模勢力。
人数は、合わせて百人以上。
剣を振る者。
棍棒を振り回す者。
即席の魔術を撃つ者。
統率はない。
だが、勢いだけはある。
「……最悪だな」
レナが歯噛みする。
「だから止める」
フェリスの声は、冷静だった。
「予定通りだ。無力化優先」
俺は、一歩下がった位置に立つ。
前には出ない。
だが、全体が見える位置。
――止めるための場所。
⸻
カイが突っ込む。
剣を振るわない。
体当たり。
蹴り。
盾代わりの腕。
真正面から、数人を押し返す。
「押すな! 引け!」
「今はやる時じゃねえ!」
言葉は届かない。
だから、体で分からせる。
ユウは側面。
影のように動き、
足元を刈り、
腕を極め、
戦意だけを削っていく。
「……うわ、えぐ」
レナが思わず漏らす。
「骨は折ってない」
ユウが淡々と返す。
レナは、広場全体に魔術を張る。
炎でも雷でもない。
音と光を歪める術式。
距離感が狂う。
味方と敵の区別が曖昧になる。
「混乱はしてる」
レナが言う。
「でも……」
「完全には止まらない」
フェリスが続きを言った。
人は、暴力の途中で引き返せない。
⸻
俺は、動かない。
剣は抜いている。
だが、振らない。
視界の端で、
子どもが転ぶのが見えた。
「……っ」
反射的に、足が前に出そうになる。
「シオン」
フェリスの声が、鋭く刺さる。
止まる。
代わりに、叫ぶ。
「下がれ!」
「そこ、危ない!」
誰も聞かない。
次の瞬間、
飛んできた棍棒が、子どもの方へ――
考える前に、体が動いた。
踏み込み。
剣を振る。
刃は、当てない。
棍棒だけを、弾き落とす。
「……!」
一瞬、空気が凍る。
俺は、その場に留まった。
「前に出るなって、言われたのに」
レナが叫ぶ。
「出てない」
俺は息を吐きながら言う。
「止めただけだ」
剣が、微かに震えた。
重くはない。
熱もない。
でも――
空気の流れが、俺に寄ってくる。
「……抑えろ」
フェリスが低く言う。
「分かってます」
俺は、剣を下げた。
⸻
だが、もう遅かった。
「なんだ、あいつ」
「一人で、あの動き……」
視線が、集まる。
敵味方の区別なく。
「……最悪だ」
カイが吐き捨てる。
「でも」
ユウが言う。
「流れは、こっちに来た」
確かに。
勢力同士の衝突は、止まりかけている。
代わりに、全員が俺たちを意識し始めた。
フェリスが判断する。
「第二段階に移る」
「強制的に、終わらせる」
「殲滅は?」
レナが確認する。
「しない」
「だが――」
フェリスは、はっきり言った。
「逃げ場を作る」
⸻
合図と同時に、動きが変わる。
カイが、正面を一気に押し切る。
ユウが、退路を切り開く。
レナが、恐怖を煽る魔術を限定的に放つ。
逃げ道が、できる。
人は、逃げられると分かった瞬間、戦わなくなる。
「引け!」
「今日は終わりだ!」
叫びが、連鎖する。
誰かが逃げ、
誰かが追わず、
戦場が、崩れていく。
完全な勝利じゃない。
でも、終わりだ。
⸻
静寂が戻る。
広場には、倒れた人間がいる。
だが、死体はない。
呻き声と、荒い息だけ。
「……最小限だな」
ユウが言う。
「最善ではない」
フェリスが答える。
「だが、最悪は避けた」
俺は、剣を見下ろす。
刃は、静かだ。
何も起きていない。
……ように見える。
「シオン」
フェリスが俺を見る。
「命令違反だ」
一瞬、背筋が伸びる。
「はい」
「言い訳はしません」
フェリスは、少しだけ黙った。
「……判断は、間違っていない」
「だが、覚えておけ」
真っ直ぐな視線。
「次は、もっと多くの目が見ている」
その言葉の意味を、
俺はまだ、完全には理解していなかった。
だが。
この夜、旧王都で起きたことは、
確実に――外へ漏れていく。
そしてそれは、
俺たちが名乗っていない名前で、
記録されることになる。
――それを知るのは、もう少し先だ。




