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異端(仮)  作者: vastum
アリス編
109/110

第87話

まだ名前のないもの


 遺跡内部の空気は、確実に変わっていた。


 足音が、もう反響しない。

 壁が音を吸っているわけじゃない。

 聞かれている。


「……完全に中だな」

 カイが、声を落とす。


 前方の影が、わずかに揺れた。


 さっき見えた“人の形をしたもの”は、

 まだ完全には姿を現していない。


 だが、いる。


 それだけは、はっきり分かる。


 シオンの胸が、強く熱を帯びた。

 剣を握る手に、自然と力が入る。


(……近い)


 恐怖ではない。

 嫌だという感情でもない。


 引き合っている。


 フェリスが、手で合図を出す。


 前へ。

 ゆっくり。


 影が、一歩、こちらへ出た。


 人の輪郭。

 腕も、脚も、頭もある。


 だが。


 顔が、曖昧だった。

 削れたように、溶けたように。


「……っ」

 レナが、息を詰める。


 “それ”は、口を動かす。


 声は出ない。

 だが、空気が震えた。


 ――まだ、ここにいる。


 ――まだ、終われない。


 ユウが、低く言う。


「……意思が、残ってる」


「残りすぎだろ」

 カイ。


 “それ”の視線が、シオンに向く。


 胸の奥が、強く引かれた。


(……俺か)


 分かってしまうのが、怖かった。


 フェリスが、はっきりと言う。


「……通す気はないみたいね」


 “それ”が、一歩踏み出す。


 床が、軋んだ。


 戦闘――

 その直前。



 同じ頃。


 遺跡の外側。


 エッグは、歪んだ岩肌の前に立っていた。


 ただの裂け目だ。

 入口でも、通路でもない。


 だが。


「……ここ、だな」


 近づくだけで、

 皮膚の内側がざわつく。


 境界が、薄い。

 いや――重なっている。


 エッグは、慎重に手を伸ばした。


 触れた瞬間。


「……っ!」


 世界が、一瞬だけ裏返った。


 景色が変わるわけじゃない。

 色も、形も同じ。


 なのに――

 意味が違う。


「……なんだ、これ」


 岩肌の奥に、何かが見える。


 文字でも、模様でもない。

 概念の“痕”。


 誰かが、ここで何かを定義しようとした。


 エッグは、息を殺した。


(……忌み子、じゃない)


 違う。


(……これは)


 頭の奥で、言葉にならない理解が組み上がる。


 ここで作られようとしていたのは、

 “選ばれた存在”じゃない。


 境界を安定させるための“楔”。


 人でも、魔獣でもない。

 意思を持たせる必要すらない。


「……だから、失敗する」


 呟きが、漏れた。


 忌み子は、失敗作じゃない。

 想定外だ。


 管理者は、

 “従うもの”を作ろうとしていた。


 だが、境界は。


 境界は――

 応えるものを選ぶ。


 エッグは、ゆっくりと手を引いた。


 世界が、元に戻る。


 だが、

 戻らなかったものが一つある。


 胸の奥に、

 確かな“確信”が残っていた。


「……シオン」

 誰にも聞こえない声で言う。

「お前は――」


 言葉を、最後まで言わなかった。


 言えなかった。


 まだ、形にしてはいけない。


 エッグは、背を向けた。


「……やっぱり」

「俺は、ここまでだな」


 だが、笑っていた。


 それは、諦めの笑みじゃない。


 答えを見つけた人間の顔だった。



 遺跡内部。


 “それ”が、腕を持ち上げる。


 ぎこちなく、

 それでも確実に。


 フェリスが、低く告げる。


「……来るわよ」


 シオンは、一歩前に出た。


 胸の奥の熱が、静かに燃えている。


(……まだだ)


(……でも、近い)


 ノイズは、

 遺跡の“答え”に、

 確実に近づいていた。


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