第86話
内へ、外へ
遺跡の入口は、思ったよりも静かだった。
巨大な石門があるわけでも、
派手な魔法陣が輝いているわけでもない。
ただ、
そこに“穴がある”。
岩盤が抉れ、
人が通れるだけの隙間が口を開けている。
「……口開けて待ってる感じが一番嫌なんだよな」
カイがぼそりと言った。
「分かる」
レナ。
「歓迎されてる気がしない」
フェリスは一度だけ、後ろを振り返った。
森は静かだ。
エッグの気配は、もう届かない。
「……行くわよ」
誰も反対しなかった。
中に入った瞬間、空気が変わる。
冷たい。
湿っている。
それ以上に――古い。
音が、鈍る。
足音が、少し遅れて返ってくる。
「……これ」
ユウ。
「壁が、記憶してる」
「気持ち悪い言い方するな」
カイ。
「事実だ」
ユウ。
「使われていた痕跡が、消えていない」
シオンは、無意識に剣に触れていた。
胸の奥が、また熱を帯び始めている。
だが、さっきまでとは違う。
拒まれていない。
(……来たことは、間違ってない)
そう思えてしまうのが、怖かった。
通路は、ゆるやかに下っている。
壁には、削れた跡。
爪か、刃か、あるいは――
「……これ」
レナが足を止める。
「人の手ね」
床に残る、引きずった痕。
不規則で、逃げるような跡。
誰かが、
ここを人として通った。
「……なあ」
カイ。
「ここ、本当に“実験施設”なんだよな」
「ええ」
フェリス。
「でも――」
一拍。
「生活していた形跡もある」
沈黙が落ちた。
シオンは、喉が少しだけ乾くのを感じた。
⸻
――同じ頃。
遺跡の外側。
エッグは、岩場に腰を下ろしていた。
呼吸を整えながら、
自分の腕を見る。
皮膚の内側で、
微かに何かが脈打っている。
「……やっぱ進んでるな」
笑う気にもならない。
だが、後悔はなかった。
(あいつらが中に行ったなら)
(俺は、外でやることがある)
視線を上げる。
遺跡の輪郭は、ここからでもはっきり見える。
だが、“入口”は見えない。
見えるのは――
歪み。
「……ここか」
管理者が嫌がる場所。
境界が薄い場所。
エッグは、立ち上がった。
「……待ってろよ」
誰に向けた言葉かは、分からない。
⸻
遺跡内部。
通路が、少し広がった。
天井が高く、
中央に、何かの台座がある。
「……何もない?」
カイ。
「違う」
アリス。
「……“もうない”」
台座の周囲には、
壊れた拘束具。
小さなものも、大きなものも。
「……子供用」
レナが、静かに言った。
誰も、否定しなかった。
空気が、重くなる。
その時。
シオンの胸が、強く反応した。
「……来る」
言葉にした瞬間、
奥の通路で、何かが動いた。
足音。
不規則で、
引きずるような。
人の歩き方に、
よく似ている。
「……構えろ」
フェリス。
闇の奥から、
影が滲み出る。
輪郭は、人。
だが、どこか――足りない。
目が合った。
その瞬間、シオンは確信した。
(……ここにいた人だ)
逃げようとして、
逃げ切れなかった。
その“結果”。
影が、口を開く。
声は、出ない。
だが、
確かに意思だけが伝わってきた。
――まだ、終わっていない。
フェリスが、一歩前に出る。
「……行くわよ」
ノイズは、前へ進む。
内側で。
そして同時に――
外側でも、何かが動き始めていた。




