第78話
触れてはいけないもの
異変に、最初に気づいたのは――
本人だった。
夜は、まだ終わっていない。
焚き火は小さく、赤い光を残すだけになっている。
誰も深く眠っていなかった。
それでも、目を閉じている時間はあった。
その、隙間。
「……っ」
短い息が、漏れた。
シオンは、反射的に身体を起こした。
胸元に、鈍い痛み。
刺すようなものじゃない。
だが、確実に“そこにある”。
(……今の)
手を当てる。
外傷はない。
呼吸も、乱れていない。
それでも。
胸の奥で、何かが引っかかっている。
違和感では足りない。
異常、と呼ぶほど派手でもない。
だが、無視できない。
立ち上がろうとして、足が止まる。
(……待て)
身体が、勝手に判断した。
無理に動くと、
何か“壊れる”。
シオンは、ゆっくりと深呼吸をした。
一つ、二つ。
その時。
「……シオン?」
フェリスの声。
彼女は、すでに起きていたらしい。
焚き火の残り火を見つめながら、こちらを見ている。
「どうした」
「……分からない」
正直に答えた。
「胸が、ちょっと」
フェリスは、すぐに近づいてきた。
膝をつき、視線を合わせる。
「痛む?」
「痛いってほどじゃない」
「……変なんだ」
そのやり取りで、
他の面々も目を覚ました。
「なんだなんだ」
カイが、欠伸混じりに起き上がる。
レナは、シオンの様子を一目見て、眉をひそめた。
「……魔力反応」
「昨日より、はっきりしてる」
「はっきり?」
カイ。
「境界の“向こう側”と」
レナ。
「微妙に、噛み合ってる」
アリスが、静かに言った。
「……触れたのね」
その一言で、空気が変わった。
「触れた?」
ユウ。
「境界」
アリス。
「完全には越えていない」
「でも――」
一拍、置く。
「影響を受けるには、十分」
エッグが、焚き火の向こうで小さく舌打ちした。
「……やっぱり来たか」
「一番、触れやすいところに」
シオンは、視線を上げる。
「……俺?」
「他に誰がいる」
エッグ。
「規格外の動きして、境界の真ん中を切り裂いたの」
笑いはない。
「……今すぐ、どうこうなる?」
シオン。
「分からねえ」
エッグ。
「分からねえのが、一番厄介だ」
フェリスは、短く考え込んだ後、言った。
「……進行は、緩やか」
「今すぐ戦闘不能にはならない」
「でも」
レナ。
「放置できない」
シオンは、拳を握った。
いつもと同じ感触。
なのに。
(……ズレてる)
世界との距離が、ほんの少しだけ。
フェリスは、静かに告げた。
「夜明けまで、様子を見る」
「動くのは、その後」
誰も反対しなかった。
そして――
誰も、眠れなかった。




