第八話
旧王都は、まだ生きている
王都アルフェインの外縁に広がるその地区を、人々はただ「スラム」と呼ぶ。
だが正確には――
そこは旧王都だった。
かつて城があり、貴族が住み、王が統治していた場所。
時代が変わり、王都が移され、役目を終えた街。
残ったのは、
壊れかけの石造建築と、
用途を失った広場と、
そして――行き場を失った人間たち。
「……広いですね」
思わず、そんな言葉が漏れた。
路地が続くスラムを想像していたが、違う。
崩れた城門跡。
半分だけ残った石橋。
広場だったであろう場所に、無秩序に建てられた家屋。
「旧王都だ」
フェリスが静かに言った。
「捨てられた王都」
「だから、土地がある」
ユウが周囲を見渡す。
「勢力が多いのも納得だ」
実際、空気が違った。
視線が多い。
隠す気もなく、値踏みしてくる。
「……何人いると思う?」
レナが小声で聞く。
「全部で?」
カイが肩をすくめる。
「数十勢力はいるな」
小さな集団。
家族単位。
元冒険者。
元兵士。
宗教の残党。
そして、その上に君臨する――大きな塊。
「最大規模が、二つ」
ユウが即座に判断する。
「数は……五十以上ずつ」
「よりにもよって、そこ同士が近い」
カイが舌打ちする。
理由は、見れば分かる。
旧水路。
旧備蓄庫。
半壊した防壁。
価値のある場所を、両方が押さえている。
「……ぶつかるな」
俺が言うと、
「もう、時間の問題だ」
フェリスが答えた。
⸻
怒号が聞こえ始めたのは、広場の向こうだった。
「水は俺たちのもんだ!」
「先に使ってたのはこっちだろ!」
理由は単純。
だが、引く理由がない。
周囲には、
子ども。
老人。
逃げ遅れた住民。
それでも、誰も止めに来ない。
「兵は?」
俺が聞く。
「来ない」
フェリスは断言した。
「ここは、王都の外だ」
地図上は近い。
だが、制度上は別世界。
「……じゃあ、ギルドは?」
「同じだ」
「旧王都は“管轄外”」
つまり。
「殺し合っても、自己責任」
レナが吐き捨てる。
「そういう場所だ」
フェリスは淡々としていた。
「だから、勢力が増えた」
秩序がないからこそ、
小さな秩序が無数に生まれる。
そして――
それが衝突する。
⸻
第一陣が、動きかけた。
石が飛び、
魔術の詠唱が始まる。
「……どうする」
カイが、低く聞いた。
フェリスは、すぐには答えない。
視線を巡らせる。
地形。
勢力の配置。
逃げ道。
そして、俺たちを見る。
「関わらない選択肢はある」
重い言葉だった。
「介入すれば、確実に目立つ」
「王国は、私たちを“危険”として記録する」
「でも」
レナが言う。
「このままだと、たくさん死ぬ」
「それも事実だ」
フェリスは、否定しなかった。
俺は、剣の柄に触れた。
静かだ。
何も言ってこない。
だからこそ、判断を迫られる。
「俺たちが止めたら」
俺は言った。
「この街は、少しは変わりますか?」
フェリスは、少し考えた。
「一時的には」
「だが、根本は変わらない」
現実的な答え。
「……それでも」
カイが笑った。
「見捨てるのは、俺たちらしくない」
全員が黙る。
その言葉が、決定打だった。
⸻
怒号が爆ぜた。
魔術が放たれ、
人が倒れ、
悲鳴が上がる。
「……もう遅い」
レナが呟く。
フェリスが、深く息を吸った。
「介入する」
即断だった。
「だが、殲滅はしない」
「無力化を最優先」
「逃げ道を確保する」
指示が飛ぶ。
「カイ、正面で圧をかけろ」
「ユウ、側面から分断」
「レナ、混乱を抑えろ」
そして――
「シオン」
俺を見る。
「前に出るな」
「止める位置にいろ」
一瞬、胸が詰まった。
「……了解です」
それが、今の俺の役割だ。
⸻
剣を抜く。
刃は、静かだ。
熱も、重さもない。
それでも――
旧王都の空気が、確実に揺れ始めている。
この街は、まだ生きている。
だからこそ、血を流す。
「……来るなよ」
誰に向けた言葉かは、分からない。
次の瞬間、
旧王都は本格的な戦場になった。
――
これは、まだ始まりにすぎない。




