さようなら。リュカ様
炎に包まれた父の姿が消えた瞬間、私は森の中に座っていた。
私の腕を押さえていたニコラとシンが、ゆっくりその手を離す。
月明かりでなんとか見える薄暗い森の中には、小さな2階建ての家がポツンと建っている。
2人が立ち上がって周囲を確認しているけど、私はその場に座り込んだまま泣き崩れていた。
お父様……っ!!
「……ここは、国の外れにある森……かな? シン。ここ、知ってる?」
「うん。ここはあんまり人が来ない森。……俺は一度だけ旦那様に連れてきてもらったことがある」
「そうなの?」
「ここの気候でしか作れない薬草があるからって、たまに来てた」
「ああ……。だから薬草畑があるのね」
そんな2人の会話を聞きながらも、涙が止まらない。
私を気遣って2人ができるだけ普通にしてくれているのもわかっているけど、今はまだ父を死なせてしまったショックから立ち上がれそうにない。
私が……リュカ様との結婚を諦めなかったから……。
そのせいで、お父様は……!
ナディア様に執着されたときに。
ドーファン宰相が裏で動いていると知ったときに。
潔く身を引いていれば、こんなことにはならなかった。
それでもリュカ様との結婚を望んでしまった自分勝手な私のせいだ。
「アミーリア様……」
いつも元気なニコラが、泣きそうな声で私の名前を呼ぶ。
後ろからギュッと抱きしめてきたその手が震えていたことで、私の涙はさらに止まらなくなる。
わかってる……泣いてたってどうにもならない。
でも、今は……。
「とりあえず家の中に入ろう。このままここにいたら風邪をひく」
「そうね……。シン、アミーリア様を運んで」
「うん」
シンに抱きかかえられ、家の中に入る。
中にはキッチンや4人用テーブルなどの生活品だけでなく、薬を作るための道具などが置かれていた。
来るたびに浄化魔法が使われていたのか、とても綺麗な室内だ。
「あ……」
薬剤や道具が置かれている棚に、写真立てが飾られていることに気づく。
幼い頃の自分と、事故で亡くなった母、父との家族写真だ。
幸せそうな笑顔で写っているこの家族が、数年後にこんなことになろうとは誰が思っただろうか。
お父様……お母様……。
懐かしさと悲しさ。そして……小さな怒りが湧いてくる。
なぜ父がこんな目に遭わなければいけなかったのか。
ここまでされるほどの何かを、父がしたというのか。
ナディア様の想い人が、たまたま私と恋仲だっただけ。私たちは、何も悪いことはしていない。
「許せない……。よくもお父様を……」
ポロッと涙が頬を伝ったが、これは悲しみの涙じゃない。
深い怒りの涙だ。
ナディア様やドーファン宰相、敵に回った魔術師たち、そして無力な自分への怒りの気持ちで、体が熱くなってくる。
いつか……いつかきっと、シュラール家に着せられた汚名を晴らしてみせるわ……!
お父様やお母様の名前を、汚したままになんてしない……絶対に。
写真立てを包み込むように抱きしめて、そう誓う。
心が壊れてしまいそうだったけど、なんとかこの目的遂行のために生きていけそうだ。
……リュカ様。
私が死んだと知って、悲しむかしら……。
生きていると伝えられなくてごめんなさい。
リュカ様は、いつも私の魔力を探知して転移魔法を使っていた。
今の私は魔力探知できない紋が刻まれているため、いくらリュカ様といえど私を捜し出すことはできないだろう。
きっと、本当に死んだと思うはずだ。
これでリュカ様とナディア様が結婚することになったとしても、今の私には何もできないわ。
自分を犠牲にして私を守ってくれた父のためにも、私は絶対に見つかってはいけないのよ……。
最後に見た彼の笑顔が浮かび、また涙が滲んできた。
もう一度だけ、優しく抱きしめてもらえばよかった――そんな後悔が押し寄せてくる。
さようなら。リュカ様。
……お元気で。
私が妊娠していると知ったのは、それから2ヶ月後のことだった。




