すべてを失った夜
「潰される……? それはいったい……」
「私たちの作った薬に、毒が混入されていたらしい。王族への謀反だと言われ……シュラール男爵家は指名手配されてしまったんだ……」
「そんな! 毒なんて、まさか!!」
そんなはずないです! と、後ろに立っているニコラも同時に叫んだ。
父は私やニコラをチラリと見たあと、悲しそうにハッと笑いを漏らす。
「ああ。もちろん、私たちはそんなもの入れていない。ドーファン宰相が、薬に細工をしたんだ。もうすぐ、王宮から監査団がやってくる。私たちが本当に謀反を企てていたのか、調べるために……」
「そこで誤解が解ければ、指名手配は解除されるのですね……!」
「いや……無理だ。監査団もドーファン宰相に手を回されている……。ありもしない証拠を出され、罪が確定されるだけだろう。それがわかったから、私は拘束される前に逃げ出し、家に帰ってきたんだ」
「そん、な……」
ドーファン宰相が何か動いているのは知っていたけど、まさかうちを潰しにくるなんて……。
私とリュカ様の婚約を破棄させるために、ここまでのことを……!?
ガタガタと手が震えて、うまく言葉が出ない。
もし父の言うとおり謀反の罪で捕まったなら、その先に待っているのは爵位の取り消しだけでなく……処刑だ。
父だけでなく、薬の調合に関わった自分も一緒に処刑されるだろう。
まさか……ここまでのことを……。
ドーファン宰相の非道さに愕然としていると、父は急に立ち上がり家にある宝石や金貨を袋に詰めて持ってきた。
今そんなものを集めたところでどうするのかと不思議に思っている私の手に、その袋を無理やり渡してくる。
「お父様……?」
「アミーリア。お前は逃げるんだ。この金があれば、しばらくは普通に生活していける」
「何を言って……」
「ニコラ。シン。悪いが、アミーリアにずっとついていてほしい。……ダメか?」
うまく頭が働いていない私の横で、ニコラとシンが片膝をついて父に頭を下げる。
2人とも状況を察したのか、いつもの明るい雰囲気などなく真剣な表情をしている。
「私たちは両親を亡くし家も何もかも失ったとき、旦那様とアミーリア様に雇っていただき救われました。何があろうと、アミーリア様の側を離れません」
「私たちが必ず、アミーリア様をお守りします」
「ありがとう。ニコラ、シン」
3人がそんなやり取りをしている中、私だけが状況をつかめずにボーーッとしてしまっている。
つかめずに……というより、気づかないフリをしていたいだけかもしれない。
父が、自分を犠牲にして私だけを助けようとしているという事実に――。
そんなの……絶対にダメよ!!
「お父様! 私もここに残ります! だって、これは私のせいで……!」
「アミーリア。お前のせいじゃない。力のない私のせいだ」
「違……っ」
「お前だけは……生き残ってくれ」
そう言うなり、父が私の首にそっと触れた。
ボソボソッと何かを呟いたあと、パァッと眩しい光に包まれ、首筋から鎖骨にかけて魔法の紋章が浮かび上がる。
「これで……数年はお前の魔力を感知できないはずだ。私の弱い魔力では、5年もつかどうか……だが、それで十分だ」
「お父様、何を……」
「お前はここで一緒に死んだことにする。1年お前の魔力を感知できなければ、きっと皆そう信じるだろう」
「私の死体がないのに、そんなことできるわけが……」
「大丈夫だ」
父はそれだけ言うなり、にっこりと優しく微笑んだ。
そして、ニコラとシンに何か目で合図を送ったと思った瞬間、2人に腕を掴まれる。
私が動けないように、2人で押さえているのだ。
「ニコラ!? シン!? 何するの!?」
「アミーリア様。旦那様の言うとおりに……」
ニコラが泣きそうな声でそう言うと、私たち3人の下に大きな魔法陣が現れた。
最後の魔力を振り絞っているのか、息切れしている父が床に手を当てて必死に魔法を唱えている。
私たち3人だけを、どこかに転移させようとしているのだ。
「お父様っ!!」
そう叫んだときには、私たちの体は転移空間の中に入ってしまっていた。
父の姿が薄くなっていく中、父の背後で炎が燃え広がっていくのが一瞬だけ見えた。
ありもしない嘘の証拠が出される前に、シュラール家の誇りが穢される前に、そして……私の死体を消してしまえるように、家に火をつけたのだとすぐに察する。
そんな……お父様……!!
こうして私は、大好きな父も、大切な家も、そして愛しい婚約者も……たった1日ですべてを失った。




