魔女……って、ナディア様のこと??
「ねぇ、ママー。なんで悪者はママをねらってるの?」
「悪者ってどんな人? いじわるするの?」
「ママを連れていかないでってお願いしたら、悪者は聞いてくれるかなぁ?」
「…………」
リュカ様に会ってからというもの、毎日のようにリュカ様の話をしてくるようになったレオルド。
自分の想像していた恐ろしい魔獣のような姿ではなく、美しいその姿に驚いて興味を持ってしまったらしい。
もう悪夢を見ないようになったのは嬉しいけど……回答に困るのよね。
レオルドがリュカ様に対して怯えなくなったのにはいくつか理由があるのだけど、その1つが怒鳴られたり攻撃されたりしなかったことだ。
「この悪者!」と本人に言ってしまったそうだけど、特に激昂することなく冷静に対応されたようだ。
悪者は思っていたより怖くなかった――それが、リュカ様への恐怖が消えたことの1つ。
私に対して何か攻撃してくることがないとわかって、少し安心したらしい。
それでも、私が連れ去られないかって警戒してはいるみたいだけど……。
そして、リュカ様に怯えなくなった最大の理由は――。
「ママは、魔女に会ったことあるの? 人を食べるこわい魔女なんでしょ?」
「悪者に文句を言うと、魔女に食べられるぞって言われた!」
「やっぱり魔女ってこわい顔してるのかなぁ?」
「…………」
この、『魔女』という新しい敵が現れたからだ。
リュカ様に「ママに近づくな」と言ったら怒り出す魔女……間違いなく、ナディア様のことを言っているのだろう。
リュカ様ってば、ナディア様を魔女に例えて脅すなんて。
……まぁ、ちょっと納得しちゃったけど。
レオルドからこの話を聞いたとき、ニコラは我慢できずに爆笑し、あのシンですら肩を震わせて笑っていた。
私は2人が笑っているのを誤魔化すために、「そう! あの魔女は本当に恐ろしい人だったわ!」と言ってレオルドの意識をこっちに集中させなければいけなくなり、そのせいでレオルドはさらに魔女に興味を持ってしまったのだった。
でも、それでレオルドを守ることにつながるのなら、心苦しいけど嘘をつくしかないわ。
だって……またリュカ様のところに転移してしまう可能性はゼロではないもの。
「レオルド。もし……もしまた悪者のところに転移してしまったら、もう悪者に逆らってはダメよ。魔女が出てきたら困るもの。この前みたいに、誰もいないところで魔法を使ってこの家に帰ってきて。わかった?」
「でも、悪者はママを……」
「ママは大丈夫よ。このネックレスがあるもの。それより、レオルドにもしものことがあったら、ママは耐えられないの。だから、お願い」
「……わかったよ」
まだ完全に納得いっていない様子だけど、レオルドは口を尖らせながらも頷いてくれた。
そんなレオルドの頭を撫でながら、そっと抱き寄せる。
「ありがとう。……それから、誰かに私の名前を聞かれても絶対に答えてはダメよ。ニコラとシンの名前もね。あと、魔法も人前で使ってはダメだし、森の中に住んでることも言ってはダメだし、あとは……」
「もー! ママ! ダメばっかり!」
「あ……」
レオルドに指摘されて、自分の口を手で塞ぐ。
近くで話を聞いていたニコラが、クスッと笑ったのが見えた。
いけないわ。つい、心配で……。
あまりダメダメ言ったら嫌な気持ちになっちゃうわよね。
「ごめんね、レオルド」
「いいよ! ゆるしてあげる! ……あっ。でも……」
「ん?」
「今のは、悪者に会ったときのお話だよね? 魔女は? 魔女に会っても逆らっちゃダメなの?」
「…………えっ」
――魔女に会ったら。
その言葉に、私は頭が真っ白になってしまった。
ナディア様とレオルドが向かい合っている姿を、想像してしまったからだ。
「…………っ!」
ゾワゾワゾワッと、全身に鳥肌が立つ。
急に極寒の地に移動してしまったのかと思うほど、寒気がしてガタガタと体の震えが止まらない。
ナディア様に……レオルドが見つかったら……。
彼女はリュカ様の家に住んでいるけど、2人は顔を合わせないように暮らしている。
そのため、たとえレオルドがリュカ様のところに転移しても、近くにナディア様がいることはない。
レオルドとナディア様が顔を合わせる可能性は、とても低い。
それでも、もし……もし2人が会うことがあれば。
もし、レオルドがナディア様にも暴言を吐いてしまったら……。
昔と何も変わっていなかったナディア様。
気に入らないと判断したなら、子どもだろうと容赦なく攻撃してくるだろう。
ダメ……!
レオルドに手をあげるなんて……そんなの、絶対に許せない!!
「ママ! だいじょうぶ!? すごいふるえてるよ! 魔女がこわいの?」
「……ええ。とても怖いわ。だから……ダメよ、レオルド。魔女に会ったら、すぐに逃げて。どこかに隠れて、すぐに転移魔法でここに帰ってきて」
「えーー? 魔女にも魔法使っちゃダメなの? 魔法の対決なら、ぼく強いよ!」
「ダメよ! 絶対にダメ!!」
魔法なんて使って、もしリュカ様の子だとバレたら……折檻どころの話じゃなくなるわ!
今までは、クラヴェル公爵家にバレたらレオルドを奪われると心配していたけど、ナディア様にバレたらそれどころではない。
彼女が、リュカ様の子どもの存在など許すはずがない。
きっとまた父親の権力を使って、レオルドの命を狙ってくるはずだ。
絶対に……ナディア様にだけは知られたくない……!!
「ママ、またダメダメ言ってる〜!」と怒るレオルドを、私は「ごめんね……」と呟きながら強く抱きしめた。




