愛しい婚約者と、嵌められた家
「リュカ様!」
魔法陣の光が消えるなり、リュカ様が私のもとに駆け寄ってきた。
心配そうに下がった眉を見れば、なぜ突然彼がうちに来たのかわかる。
ナディア様が来たって、誰かに聞いたのね。
「アミーリア! 大丈夫!?」
「大丈夫ですよ」
ニコラと同じように、リュカ様も私に傷がないかジロジロと確認してくる。
以前私が叩かれていることをメイドたちが伝えてしまったため、ナディア様の暴力についてご存じなのだ。
リュカ様は悔しそうに顔を歪めたあと、グッと拳を握った。
「……今すぐ文句を言いに行きたいところだが……アミーリアと結婚するまでは……」
「私は大丈夫ですから」
「悪いな……こんな思いをさせて」
「いいえ。リュカ様と結婚するためなら、どんなことでも耐えられます」
私の言葉に、リュカ様が泣きそうな顔で微笑む。
婚約をしてからずっと、それだけを望んで2人で耐えてきたのだ。今ここで台無しにするわけにはいかない。
ここで問題を起こしたら、それを理由に婚約解消させられてしまうもの……。
私たちは、今すぐ結婚することができない。
ナディア様の父親であるドーファン宰相の計らいにより、教会の許可が下りないのだ。
魔術師の中でも、優秀なクラヴェル公爵家と未熟なシュラール男爵家との婚約をよく思っていない貴族は多い。
そんな貴族を味方につけ、ドーファン宰相は私たちの結婚を邪魔し、婚約を破棄させようと裏で動いているのだ。
「今、父と教会に抗議しているところだ。もう少しだけ待っていてくれ」
「ええ。もちろんです」
私の頬に添えられていた手に、自分の手をそっと重ねる。
温かいリュカ様の手に触れた瞬間、あの夜のことがブワッと脳裏に浮かんだ。
大雨で帰れなくなり、一緒に泊まったホテルでの……初めて結ばれたときのあの生々しい映像が──。
「……あっ」
2人同時にそう呟くなり、お互いパッと同じタイミングで手を離す。
リュカ様の顔が少し赤くなっているけど、きっと私の顔も真っ赤になっていることだろう。
私ったら、こんなときに何を思い出して……!
いつの間にか少し離れた場所に移動していたニコラが、私たちの反応を見てニヤ〜と笑ったのが見えた。
あの夜のことは話していないけど、鋭いニコラのことだから察していたのかもしれない。
少しだけ気まずい沈黙が流れたあと、リュカ様が口を開いた。
「あ……っと、じゃあ、俺はそろそろ仕事に戻るから……」
「え、ええ。心配してきてくださり、ありがとうございました」
「また何かあったらすぐに俺に言ってね。じゃあ……また、あとで」
「ええ。また」
ニコッと爽やかな笑顔を残して、リュカ様はまた移動魔法を使ってパッと姿を消した。
まさか……この挨拶を最後に、彼に会えなくなるなんてこのときは思ってもいなかった──。
その日の夜。
私はニコラとその双子の弟シンと一緒に、薬剤を調合しながら談笑していた。
シンはニコラとは違って、寡黙でおとなしい。
運動神経がとても良いので、使用人の仕事をしながら鍛練をこなし、将来は騎士になることを目指している。
「今日シンが取ってきてくれたこの薬草、とっても珍しいものよ。お父様も驚くわ!」
「崖を登ってたら、たまたま生えてるのを見つけた」
「ふふっ。珍しい植物を見つける天才ね。ただ、崖を登っていたなんて……危ないわ」
「これくらい余裕」
淡々と無表情で答えるシンに、ニコラが「ちゃんと気をつけなさいよ!」と怒っている。
私と同じく母親のいない2人。シンを怒っているニコラの姿は、まるで子どもを躾ける母親のようだ。
「お父様もそろそろ帰ってくる頃ね」
今日は大量の治癒薬を持って王宮に行くと言っていた。
今作ってある薬を全部持ってこいという命令を受けたらしいけど、こんなにたくさん買い取ってくれるなんてありがたい……そう感謝をしていると、玄関ホールで叫ぶ父の声が聞こえた。
「アミーリア!!」
「!」
切羽詰まったような必死な声に、3人ですぐに顔を合わせる。
何か良くないことでもあった──そう察したときには、3人で玄関ホールに向かって走り出していた。
「お父様! どうかしましたか!?」
「ああ……アミーリア……。すまない……もう、この家はおしまいだ」
「……え?」
ほんの数時間前に会ったというのに、父は20歳は老けたかと思うほどにやつれてしまっている。
げっそりとした様子の父は、私の腕をガシッと掴み、震えながら嘆きの声を出した。
「嵌められたんだ……ドーファン宰相に……。この家は……潰される……」
新連載始めました!
ブクマや評価で応援してくださると嬉しいです。
しばらくは毎日投稿しますので、よろしくお願いします!




