執着
「あんな女と結婚なんてするわけないだろう?」
「…………」
あんな女?
リュカ様は元々ナディア様のことをよく思っていなかったけど、『あんな女』なんて言い方はしたことがない。
心底不快そうな顔をしているし、昔よりもさらに嫌っているように見える。
「ドーファン宰相は権力にものを言わせて無理やり俺たちを結婚させようとしたが、俺は今も婚姻証明書にサインをしていないよ」
「そう……なのですか?」
「ああ。あの女は周りに嘘をついて、俺の妻になったと言いふらしているようだけどね」
「…………」
じゃあやっぱりニコラの予想通り、ナディア様が勝手に言ってるだけ……ということ?
すんなり納得してしまうくらいには、ナディア様らしいと思える。
きっと、いつかは諦めてサインしてもらえると思っているのだろう。
もし私が生きていたと知ったら、ナディア様はどうするのかしら?
私と彼の間に子どもがいると知ったら?
……また私たちを殺そうとするのかしら?
今度はどんな卑怯な手を使ってくるのか。
この命をかけてもレオルドを守らなければ……という不安な気持ちの奥に、彼女に絶望を与えたいという復讐心が顔を出す。
……ダメよ。
復讐のためにレオルドを利用しては。
ふぅ……と自分の心を落ち着かせるように息を吐く。
まずは、ここから帰る方法を考えなくては。
「一緒に暮らしていると聞きましたが、ここはリュカ様のお家なのですか?」
「そうだよ。ここは俺の部屋の隣で、俺の部屋からしか入れない場所……。あの女もこの家にいるらしいけど、会ってないからよく知らない。この部屋には近づけないよう、魔法かけてるからね」
……本当に夫婦として成り立っていないのね。
こんな扱いをされているのに、諦めずにこの家に住み続けているナディア様をある意味尊敬してしまう。
それほどリュカ様のことを愛しているのか、ただの執着になっているだけなのか。
でも、それではここから逃げる方法がないわ。
誰も入れないうえ、魔法がかけられているなんて……。
私の低い魔力でリュカ様の魔法をどうにかできるわけがない。
それに、もしこの家から出られたとしてもすぐに魔力探知で見つかってしまうだろう。
ここから逃げて、早くレオルドのもとに行きたい。
でも……逃げる方法、逃げたあとのこと、きちんと考えてからでないと、レオルドが危険だわ。
ニコニコと満足そうに私の髪を撫でているリュカ様を見つめながら、私は心の内を見破られないように笑顔を作った。
*
リュカ様と再会した2日後。
私はベッドの上に座りながら、部屋に1つしかない扉を睨んでいた。
リュカ様の話によると、あの扉の先にあるのはリュカ様のお部屋らしい。
時々掃除をしている音やメイドの話し声が聞こえてくるけど、あの扉が開く気配はない。
ドアノブが動くこともないし、向こうからは扉が見えないのかしら?
声が聞こえてから「助けて」と叫んでも反応はないし……。
魔法をかけていると言っていたし、見えない・聞こえないようにされているのかもしれない。
私はこの拘束魔法のせいで扉には近づけないし……どうしたらいいの?
あれから2日も経ってしまったわ。
リュカ様は昼間に数時間ほど出かけて、帰ってきてからは朝までずっとこの部屋にいる。
この6年間のことを詳しく聞かれたらどう答えようか迷っていたけど、意外にも深く聞かれることはなかった。
「俺の知らないアミーリアの話は聞きたくない。その間に君と会っていた人物、全員に嫉妬してしまいそうだから」
そう言って微笑んでいたリュカ様の目は笑っていなかった。
あれは怖かったわ……。
男とか女とか子どもとか関係なく、本当に嫉妬する気がする……。
この2日間で、彼がどれだけ私に執着しているのかがわかった。
その少し歪んだ愛情を実感するたびに、逃げたい気持ちと逃げたあとが怖いという葛藤に襲われる。
もし私が逃げたら、リュカ様は……。
「本当に何か怪しいものはないの!? あなたたち、ちゃんと探したんでしょうね!?」
「!」
そんなことを考えていたとき、また隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
普段の静かなメイドの声とは違う、迫力のある怒声――ナディア様の声だ。




