そのままで
コンビニの前の植え込みに、ずっと曲がったままの札が立っている。
「自転車放置禁止」と書かれたその札は、ある日強い風にあおられて、少しだけ傾いたらしい。
朝、歩いて出勤するたびに、真奈はその札を見ていた。「誰か、まっすぐに直せばいいのにな」
そう思いながら、自分も通り過ぎる。少し指で押せば済むことなのに、急いでいるときほど、その「少し」を出し惜しみしてしまう。
ある雨の日、コンビニの軒下で雨宿りをしていると、近所の小学生が二人、自転車でやって来た。「わー、また曲がってるし」
「なおしてあげよっか?」
男の子が札に手を伸ばしかけて、ふと止まる。「でもさ、これ、ちょっとカッコよくない? 向かい風に負けてない感じ」
「たしかに。ツッパリ看板」
二人は笑いながら、結局そのままにして行ってしまった。
真奈は思わず、ぷっと吹き出した。
ツッパリ看板、か。たしかに、まっすぐじゃないけれど、倒れてもいない。
雨にも風にもさらされて、それでも立っている。
ちょっと傾いたくらいで「ダメ」って言われなくても、いいのかもしれない。
その日の帰り道、真奈はわざと看板の前で立ち止まった。朝よりも、傾きは増しているように見える。
でも、そこに妙な愛着が湧いている自分に気づく。
「……そのままで、いいか」
小さくそうつぶやいて、真奈は自分の肩の力が抜けていくのを感じた。仕事で怒られたことも、家に持ち帰ってしまった心配ごとも、
看板みたいに、いまはちょっと斜めなだけなのかもしれない。
まっすぐでなくても、立っていれば、それでいい。
ちゃんとしていなくても、生きていれば、それでいい。
雨上がりの空は、少しだけ明るくなっていた。コンビニの前を離れながら、真奈は自分の胸の中にも、
風に揺れる看板と同じくらいの、ささやかな強さがある気がしていた。




