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第五話 対話と拒絶

 ああ……、(わたくし)は何故あの時――。


 ――ねえメディア……、私のお願い聞いてくれる?


 <……嫌です、■■■――、あなたの言葉は聞き入れられません>

 ――それは声にならなかった言葉――。


 そうなったら、メディア――、貴方が――……


 <貴方が……、■■■■■■■■■■■■ものですか! ■■■!!

 ――(わたくし)には無理です!!>

 ――それもまた声になることはなかった――。


 ああ……、(わたくし)は何故あの時――。

 アレは結局(わたくし)の■■■■■■■■■、そう■■■■■■■■■だったのでしょう。



◆◇◆



 招集の手紙が各勢力へと届けられ、そして一週間がたった。そしてついに、先代魔王が亡くなって後、初めて開催される魔王城姫将幹部会議が開かれようとしていた。

 各勢力の活動の邪魔にならないように、各勢力の代表一人と、そしてその補佐一人、を魔王城に招き――、一定の護衛兵力の存在も許可した招集である。

 魔王城の見晴らしの良いバルコニーから、総司と、その背後に控えるオラージュ、ルーチェの三人は、荒野の彼方から来訪する()()を出迎えた。


「……あ、アレは?! え?」


 総司は驚きの声を上げる、荒野の果てから見慣れたもの――、それでももはや見ることは出来ないと考えていたもの、が見えたからである。


「なんで?! 四輪駆動車?!」

「そうですね……、アレは地球で見られた、ガソリンエンジン式四輪駆動車です」

「……」


 このテラ・ラレースは、文明として中世ヨーロッパ的風景が広がっている。その光景からあの四輪駆動車は、明らかに浮いた存在であった。

 その自動車の()()()()()の窓が開いて、なんとも朗らかに笑う無邪気そうな娘がこちらに大きく手を振ってきた。

 その光景につい総司は手を振り返してしまう。


 ――その時――。


「ヴァロナ姉さま!! ――姉さま!! 手を振り返してくださいましたよ!! あの子が新しい魔王様ですよね?!」


 そう言って助手席ではしゃぐ妹を、運転席の姉――、ヴァロナ・アマイモンが嗜める。


「おいおい妹よ……、助手席でそうはしゃがれると運転ミスっちまうよ。それに、――第一印象が……、って聞いちゃいねえな」

「あはははは……!!」


 妹は姉の言葉を聞かずに、窓から身を乗り出し(なんと危険か?!)そしてひたすら笑って手を振りまくっている。

 どちらも金髪碧眼、どちらもエルフ耳、どちらもショートカット髪ではあるが、妹はまるっきりの子ども、姉はビジネススーツ姿の大人という対象的な姉妹が、四輪駆動車によって魔王城を目指していた。

 妹は――、天魔七十二姫、序列7番、ヴァロナ商会主任交渉人と呼ばれている【オイレ・アマイモン】であり、

 姉は――、天魔七姫将、元財務長官、兵站関連後方支援役を引き受けていた幹部【ヴァロナ・アマイモン】である。


 ――ヴァロナはその顔に、なんとも胡散臭い笑顔を貼り付けながら、遠く魔王城に見える少年を見つめる。


(……さてと……、あの子――)


 そうしてにやりと笑う笑顔は、まさしく()()()()()()()()()()()()の如き表情であった。


 その様子をしばらく観察してから、オラージュは別の方向に目を向けた。

 そこには、うって変わってこの世界的な馬車が静かに近づいてきていた。

 そして――、その馬車の中では、二人の女性が静かに魔王城に馬車が至るのを待っていたのである。


「……緊張しますねクラーヴァ、どんな子なのでしょうか……」


 そう言って緊張しきった表情でため息を付くのは、天魔七姫将、元医療部門長官、【マーレ・ベルフェゴル】。

 その角の生えた金髪碧眼牛娘の落ち着きのない姿に、向かい側に座る緑髪の牛娘――、天魔七十二姫、序列21番、医療の姉弟子に当たる【クラーヴァ・フォラクス】が静かに強い口調で答えた。


「落ち着きなさいな、情けないですよ、団長……。お見合いをするわけでもあるまいし……」

「な……! 何を言うんですか!! ……新任魔王様とお見合い結婚?!」

「……そこまでは言ってませんよ、団長……」


 ジト目で答える姉弟子に、あわあわしながら慌てた様子の()()()()()()()()であった。


 そういった話があったとは知らない総司達は、静かに両者が近づくのを眺めていた――、が……。


「む? メイアのバカ……、無限海水軍は?」

「……」

「オラージュ?」


 ルーチェの疑問に対し、オラージュはしばらく黙り込んでから答えた。


「無反応ですよ?」

「はあ?! 無反応?!」

「ええ、……全くの無反応です。手紙自体は然るべきルートで届けたので、招集自体は分かっている……はず、ですが……」

「あのバカガキ……」


 ルーチェはため息を付いて頭を抱えた。――と、不意に背後から誰かの声が響いた。


「……おい」


 背後にプリメラが現れて――、そして静かに荒野の先を指で指し示した。

 困惑顔の三人はその指差す方向を眺めて――、そして静かに絶句した。


「なんとも……、()()()()だな……」


 そう静かに呟くプリメラに、オラージュ・ヴェルゼビュートは黙って目配せをした。そのまま再び、何事もなかったかのようにプリメラは魔王城内へと消えていった。


「……なんのつもりだメディア……」


 ルーチェは静かに呟く。その光景はそう呟くのも当然の光景であったからである。


 先頭をゆく二騎の軍馬――、その背にはそれぞれ、

 ――天魔七姫将、元術軍司令官、【メディア・アスモダイオス】。

 ――天魔七十二姫、序列32番、世界を知る者【キルケ・アスモダイオス】。


 そしてその背後には――、

 天魔七十二姫、叡智の塔所属総勢25姫のうちの16姫と、それに静かに付き従う戦士兵科45姫、術師兵科45姫、弓兵兵科40姫、騎兵兵科30姫、そして後方支援兵力多数、という天魔族の大部隊が見えていた。

 各天魔七十二姫のうち六名が、それぞれ叡智の塔の紋章の入った旗を掲げ、その()()がその行軍を規律正しく威圧的なものへと変えていたのである。


「……」


 流石に、その光景を見て言葉が出ない総司。オラージュはその肩に手をおいて、そして遥かメディア・アスモダイオスを睨んだ。

 静かに、そして確実にオラージュとメディアの視線は繋がっていた。


「オラージュ・ヴェルゼビュート……。ええ……、魔王様の最後を看取ってくださったこと感謝しますわ……、でも」


 ――でも、勝手な行動は謹んでくださらないかしら?

 ――(わたくし)は、ええ……(わたくし)はその()()の存在を認めてはいないのですから。


 その異様な光景を、前方を進む【ヴァロナ・アマイモン】【マーレ・ベルフェゴル】両名が緊張した様子で見る。

 ――波乱の前兆は――、まさに最高潮に達していたのである。



◆◇◆



 かつて頻繁に天魔七姫将の幹部会議が行われていた円卓会議室。そこに、各勢力の代表者たちが集結していた。

 ヴァロナ商会は【ヴァロナ・アマイモン】と【オイレ・アマイモン】、マーレ医師団は【マーレ・ベルフェゴル】と【クラーヴァ・フォラクス】、叡智の塔は【メディア・アスモダイオス】と、その顧問としてキルケ研究室【キルケ・アスモダイオス】、それぞれが四方に座席を持ち、かの総司――、新任魔王とオラージュたちの到着を待っていた。


「あれ? レパードさん?」

「ふふふ……、ソージくんこんにちわ」


 会議室前に、短髪を黒と黄色に色分けした有翼人の女性が、その手に短槍を持って待っていた。総司は笑顔で彼女に駆け寄って声をかける。

 声をかけられた彼女は嬉しそうに微笑んで、総司の隣に立って一緒に歩き始める。その光景を、背後についてきていたルーチェが、訝しげな表情で見つめて言った。


「ん? レパード……、お前、小僧といつそんなに仲良くなったんだ?」

「……ふふふ内緒です」

「は?! お前、どっちかと言うと女好き……」


 その言葉は最後まで言えなかった。レパードが見たことのないほど怖い顔で睨んだからである。

 ルーチェは、何かを察して黙り込んで、小さくため息を付いた。


「でも……、どうしたんです? レパードさんも会議に?」

「ええ、そうです。会議中における魔王様の護衛として、オラージュ様から指名されました」

「オラージュさんが?」


 そう言って総司は背後にいるであろうオラージュの方を振り向く。オラージュは何やら思案しながら歩いており、こちらの視線に気づいてはいなかった。

 総司は考え事の邪魔をしないように、黙ってレパードと共に会議室の扉へと歩み寄った。


「さて……」


 総司は扉に手をかけて一瞬止まる。その姿を優しい笑顔で見つめながらレパードが言った。


「ソージくん大丈夫よ……。みんなが付いてるわ」


 その温かい笑顔に心を癒やされつつ、総司は満を持してその扉を押し広げた。


 そして――、()()()()()()()()()()()()()()のである。


(――ほほう、アレが新任魔王君だね? 普通の子どもに見えるが……、いや――)


 品物を値踏みするように【ヴァロナ・アマイモン】が、不気味な笑顔をそのままに総司を見つめる。隣の妹は馬鹿みたいに笑いながら手をふっている。


(……あ、近くで見ると思ったより可愛い。ちょっと好み……)


 眼をキラキラさせつつ金髪牛娘【マーレ・ベルフェゴル】が総司を見つめ、それを横目に【クラーヴァ・フォラクス】がため息をつく。


 そして――、


(……魔王様の息子にして――、天魔族の特異点。変異魔王種ジード、そして()()()()……か。ええ魔王様――、()()()()……)


 メガネを光らせつつ【キルケ・アスモダイオス】が総司を見つめる。


「……」


 それとは対象的に【メディア・アスモダイオス】は視線を総司に向けることなく黙って目を瞑っている。


「……」


 しばらくその雰囲気に圧倒されていた総司だが、レパードに肩を叩かれて我に返る。そして微笑むレパードに頷くと、静かに円卓の四方の一角に座った。

 それはちょうど、ヴァロナ商会とマーレ医師団を左右に、叡智の塔を正面に見据える位置であった。

 総司の座席の左右に、ルーチェとオラージュが立つ、レパードは一歩下がって膝立ちで控えた。


「……では、これより幹部会議を開催いたします」


 そうオラージュが宣言して――、そして、その波乱の幕は上がったのである。



◆◇◆



 魔王城の門前にて門番をしつつ、豹型半獣少女で銀の鎧を身に着けた重装槍士【チェルナ・フラウロス】が、一緒にいる何やら不気味にぶつぶつ呟く【ヴール・アミィ】に話しかける。


「なんか拍子抜けだな……、アレ」

「え、あの、ごめんなさい?」


 ――なぜ謝る、とは言わない。ヴールにおいてはいつもの事なのだ。だから、チェルナはそのまま話を続けた。


「叡智の塔のアレだけの軍隊……、間近で見たらヤバいかと思ってたら、なんだよアレ――。ほぼ遠くて見えない距離じゃねえか……。……はあツマンネ」

「……でも、あれ、もし戦ったら……」

「うーん……、まあ、負けるかな? どうだろ?」


 腕を組んで悩み始める同僚の頬に、ヴールの指がツンツン触れる。


「ん? なに? ヴール……」

「あれ……、動いてない?」

「は?」


 そのヴールの言葉に、チェルナはもう一度遥か彼方に展開する叡智の塔の大部隊を眺める。確かにその大部隊が陣形を組み替えているのが見えた。


「まさか……こっち来る?」

「違う……、あれ――」


 それは確かにヴールの言う通りに近づいてはこなかったが――。


「部隊を分割して左右に移動を始めてる?! ……ヴール」

「な、に?」

「ちょっと魔王城に走ってくれる?」


 チェルナの静かな言葉に、ヴールは黙って頷いた。



◆◇◆



 その会議は比較的和やかな雰囲気で続いた。

 何かと楽しげに喋りまくる商人と、眼をキラキラさせながら微笑む牛娘が、総司と早くに打ち解けたからである。無論、かの()()()()は黙り込んだままであったが。

 商人【ヴァロナ・アマイモン】が算盤を手に楽しげに笑う。


「……それじゃあ、各種物資に関する取引に関してはこれで――、本来ならば徴収という形になるんでしょうが……」

「もちろん今後も正規の商取引でお願いします! ヴァロナ商会の大陸全土への貢献度は十分理解していますので、もちろんその活動を保証いたします!」

「それは……、話が分かる――。魔王様……でいいですか?」

「組織間の同盟という形ですし、一旦その呼び方はやめておきましょう、ヴァロナさん……」


 ヴァロナはその言葉に少し驚いてから、胡散臭い笑顔を取り戻して答えた。


「じゃあ、少し砕けて魔王君……、って呼んでいいです?」

「え?」


 総司はヴァロナのその言葉に、そんなに変わらないかな? と思いながらも頷いて言った。


「ええ……それでも構いません」

「ありがたい!!」


 ヴァロナはそう言って頷いて隣の妹を見た。その妹【オイレ・アマイモン】はそんな姉に笑顔で頷いた。


 次に牛娘【マーレ・ベルフェゴル】が楽しそうに総司と会話を始める。


「マーレさん……、うちの母さんの病気を診ていただいてたそうで、息子として感謝いたします」

「い、いえ!! 結局役立たずだったし……」

「役立たずなんて……、万人に医療を提供するマーレ医師団の話はオラージュさんから聞きましたよ。本当に素晴らしいです!」


 その総司の言葉に、マーレは涙目になって隣の【クラーヴァ・フォラクス】の服で鼻をかんだ。


「おい……」


 無論、マーレはクラーヴァにしこたま叱られた。

 そんな感じで和やかに――、そして賑やかに進んでいた会議だが、突如冷水を浴びせる言葉が発せられる。


「はあ……、()()と楽しげに会話するなんて、困った人たちですね……」


 ――?


 突然のメディアの発言に、その意味を理解できない一同は言葉を失った。

 オラージュが静かにメディアへと語りかける。


「なにか発言なさいますか? 遠慮せずにどうぞお話になってください」

「……ふむ、では――」


 そう言ってメディアは静かにオラージュを見つめる。少し疑問を得ながらもオラージュは彼女を見つめ返す。


「魔王種の研究と機能保存の為に――、()()を叡智の塔及びキルケ研究室に引き取りたいのですが?」


 その言葉の意味を正しく皆が理解するのは少し時間がかかった。

 ルーチェが呆けた様子でメディアに言う。


「ソレ? ソレって……もしかして小僧のことか?」

「他にありますか?」


 その言葉にルーチェは目を見開き――、そして吹き出し始めた怒りを抑えながら静かに言った。


「なあ……、小僧はいちいち呼び方を気にするようなタチじゃねえが……ソレはないだろ?」

「はあ? じゃあ何と?」

「何なら魔王様でいいだろうが……」


 ルーチェがこみ上げるものを抑えつつそう言い、それをメディアは驚いた表情で見つめて言葉を返した。


「はあ……? ソレ……を魔王様と? 魔王様のことを侮辱するおつもりです?」


 ドン!


 その言葉に、流石に頭にきたルーチェが一歩前に出ようとした。ルーチェの体が円卓と接触して大きな音が響く。

 オラージュはそんな彼女を手で制した。


(ルーチェ!)

(しかし! この女!)


 そうして円卓会議室の雰囲気が一気に冷えて、最悪に塗り替えられてゆく。

 総司の背後に、膝立ちで控えるレパードすら、メディアへの怒りを隠さなくなっていた。


「あ……あの、メディアさん……、どうか僕の話を聞いてもらえないでしょうか?」

「……」

「僕は叡智の塔の活動を妨害しませんし、できれば協力できたらと……そう思っているんです」

「……」

「だから……」

「……」


 総司が話すたびに、周囲のメディアへの視線が冷えてゆく。

 総司自身は必死に訴えていたため気づいていなかったが――、


(この女……、小僧のことを完全に無視してやがる――。言葉を聞いてない上に視線も向けてねぇ!)


 そのあんまりな態度に、ルーチェの怒りが頂点にまで達しつつあった。

 さすがのオラージュも鋭い視線をメディアに向けて言葉を発する。


「メディア様……」

「何でしょうか?」

「この会議の主催者は――、そこにいらっしゃる魔王様でございます。……たとえそれを認めないとしても、その言葉自体を聞かないことは――、会議の意義に反します」

「……ふう」


 メディアは小さくため息を付くと、やっと総司に視線を向ける。総司は少し安堵して語り始めた。


「あの……メディアさん。僕は……」

「貴方はご自分の事を理解しておいでですか?」

「え?」

「貴方という存在は、本来の天魔族で言えば繁殖種なのですよ?」


 そのメディアの言葉にレパードの眼が鋭くなる。


「そのクセ魔王種としての機能を持っている()()()()なのです」

「メディアああああ!! テメエ!!」


 メディアの言葉にルーチェがついにキレる。


「貴方を受け入れた挙げ句に何かしらの異常が起こる可能性を考えると――、魔王種としての機能を保存して活用できる仕組みを作るべきなのです」


 そのメディアの言葉に、オラージュが静かに言う。


「それは……、魔王様を、魔王種の機能を抽出した機器として利用すると言うことでよろしいですか?」

「その通りです……、流石オラージュですね……」


 メディアの言葉に絶句していた総司は、なんとか言葉を絞り出す。


「僕の話を……」

「ごめんなさいね……、貴方の話を聞く気はないのよ」

「……」

「そうね……、昔、そこのルーチェが言った言葉を借りるなら――、貴方は()()なのよ」


 ――異物。

 その言葉を聞いた途端、総司の意識が混濁し始めた。

 メディアとの一連のやり取りで疲弊した精神に、鋭い一撃が与えられていた。


 ――異物、――異物、この世界でも僕は異物――。


 もうレパードは、静かに見守る事はできなかった――。背後に控えていたレパードが、その手の槍を構えて立上がってその穂先をメディアへと向けた。

 ルーチェもまた、足元に置いていた刀を手にしてメディアを睨みつける。

 それは――、もはや最悪の状況であった。


「そうね……、それでいいのよ皆さん。会議の主催者がソレである以上、(わたくし)は話し合いをする気はないですし……」


 そう言ってメディアが立ち上がる。その隣のキルケもまた不気味な笑顔を顔に貼り付けてメディアに従った。

 オラージュが、静かにその両手に長剣を生み出しつつ言う。


「やはり……、あの部隊は――」

「いいえ……、アレはいわば保険よ――」

「保険?」

「基本的に動かす気はないわ」


 その言葉に困惑の表情を浮かべるオラージュ。

 ――と、そこまで黙って見ていたヴァロナが口を開いた。


「おいおい……、せっかくのビジネスチャンスを台無しにすんじゃねよ」

「ふふふ……、そんなこと言って――、貴方、(わたくし)と対立でもしますか? 貴方の扱う商品には、キルケ研究所が関わっているものもありますよね? そして……、世界全土に拠点を持つわが叡智の塔と敵対するならば……」

「……」


 メディアの言葉に、ヴァロナは舌打ちして黙り込む。そこに至って、流石のマーレも抗議の声を上げるが。


「メディアさん!! このようなこと――、いくらなんでも!!」

「マーレ……、貴方の医師団の活動範囲――、(わたくし)の叡智の塔も入ってますわね?」

「う……」


 マーレもまた絶句して言葉を失う。

 そうして、二人の様子を見て満足そうに笑ったメディアは、静かにオラージュを見つめる。

 オラージュは背後の扉に視線を送っている。

 ――だからメディアは言った。


「無駄ですわよ? 友軍も来なければ、逃走経路にもなりません。すでに()()()()してますから」


 そのメディアの言葉にオラージュは目を見開き、そしてその隣で佇むキルケに視線を向けた。


(空間封鎖?! 術発動の痕跡は感知できなかった! ……ならば、間違いなくキルケの開発した何らかの機器!)


 いわゆる術のたぐいであるならオラージュたちも発動なりを感じ取れたであろうが、オーバーテクノロジーすら操る、常識はずれな科学者である【キルケ・アスモダイオス】の開発した機器ならば術のような痕跡を知覚することは不可能であろう。

 まさにメディアとキルケによって、円卓会議場が出入り不可能な密室空間に変化していた。

 ルーチェが怒りのままにメディアの方へと一歩踏み出すが――。


 シュン!


 その間の空間に、お互いを遮るように数人の武装した天魔族たちが現れた。


「な?!」


 その場に現れたのは、八名の天魔七十二姫――。

 魔剣士を含む前衛兵科三名、戦術術師を含む術師兵科三名、そして補助要員である盗賊一名と、そして――最後の一名。


(天魔七十二姫、序列18番、【スース・マルティム】――。彼女の固有権能は、部隊をあらゆる妨害を無視して瞬間移動させるものでしたね……)


 その姿を認めたオラージュは、メディアの作戦を理解する。

 超科学の産物で術式でも突破不可能な空間封鎖を行ない、それでも利用可能な世界律管理機能の産物である【固有権能による部隊空間転移】によって、兵力を封鎖空間内に投入した。

 それは、まさしくこの空間封鎖が通常の転移術では突破できず、現状のこちら戦力では友軍の到着が望めず、同時に自分たちの撤退も不可能であるという事であった。

 メディアが静かに、そして不敵に笑う。


「ふふふ……、いくら天魔七姫将お二人がいるとはいえ、この数相手に天魔族三名と魔王種の出来損ない一人で立ち向かえますか?」

「なるほど……、見事にしてやられたと言うことですね? 今後の警備体制の参考に致します」


 メディアの言葉に静かにオラージュが返す。しかし、その心のうちは沈んで暗いものだった。


「……」


 その中にあって、総司は地面を見つめて意識を正しく取り戻すことが出来ないでいた。その姿を心配そうに見つめたレパードは、その表情を真剣なものへと変えて総司に言った。


「ソージくん!! しっかりなさい!!」

「――!」


 その叱咤に総司の目の光が戻る。顔を上げてレパードの目を見た。

 その眼に小さな涙を見た総司は、その目の光を取り戻して、そしてしっかりと頷いた。


 パン!


 突然の音に周りが総司の方を振り向く。総司がその両手で自身の頬をはって出た音であった。


「……」


 メディアがつまらなそうに総司を見る。総司はその眼を強い力を込めて見つめ返した。


「わかりました……」

「はあ、何が分かったと?」

「貴方の言い分を理解しました……、が、それは十分ではありません」

「……?」


 その総司の眼には、それまでにない光が宿っていた、それはもちろん怒りも含まれていた。


「貴方の本心がまだわかりません」

「……(わたくし)の本心? バカなことを……。(わたくし)の方針は……」

「いいえ……、今おっしゃったのは、叡智の塔の主として――、天魔族たちのリーダーとして冷徹に選択した事でしょう?」

「……はあ? 貴方などに……(わたくし)の何がわかると……」

「ええ……わかりませんとも」

「――!」


 その総司の突然の、拒絶とも言える言葉にメディアは目を見開く。しかし、総司はしっかりとメディアを見据えて、そして力強い口調で言葉を放った。


「わからないからこそ――! 僕はこの場でこう言います! 叡智の塔代表【メディア・アスモダイオス】! そしてキルケ研究室【キルケ・アスモダイオス】! 両名に対して僕との対話の席に、正しく着くことを要求します!!」

「な――!」


 その言葉にメディアは言葉を失い、キルケは驚きの瞳をたたえて静かにメガネに触れた。

 そして――、総司は号令をかける。


「オラージュさん! ルーチェさん! レパードさん!」

「「「は!!」」」

「これより魔王城防衛戦を開始します!!」


 その光景に、メディアは怒りの表情を作って総司に言い放つ。


「貴方ご自分の状況を理解していらっしゃるの? この状況で何処に勝利できる要素が――」

「勝ちますよ? 貴方がたと対話がしたいので」

「……」

「それに……、ええ、それに、先程いろいろショックで忘れかけましたが、僕にはみんながいるんです。ここにいる三人以外にも頼れる大事な家族が……」


 その総司の言葉は確信に満ちたものだった。



◆◇◆



 総司とメディアのやり取りのほんのしばらく前――。会議室扉前にてプリメラが言う。


「空間自体が閉じられている。これは外部に何らかの装置があるな……。まあ……これは、あのキルケあたりの仕業だろうな……」


 プリメラの言葉にケロナが答える。


「それじゃあもしかしてあの大部隊って……、魔王城を攻めるのではなく、その装置を守るためのものとみていいね?」

「だろうな……、だから魔王城に近づくことなく、そして今動いた……。ケロナ……」

「なんだいプリメラ……」


 プリメラは静かに宣言する。


「部隊の動向から装置の位置を割り出せ……。おそらくあの大部隊は保険……、こちらの戦力では反抗してこないと考えての、ただの装置警備要員だろう。そしてお互いの戦力を比べた本来の戦略・戦術ならばそう考えるのは当然……」

「まあね……」

「だが奴らは一つ、理解していないことがある」


 ――魔王様の成長具合だ。


「あの部隊の組み換えが、今言った戦術に基づく行動ならば、正しい情報が渡っていない証明だろう。だからケロナ……、部隊の動きから推測して、複数あるであろう装置の位置を割り出して、その中でも一番大規模な部隊を私に知らせてくれ。それ以外は現在の戦力をなるべく均等に振り分けて、各部隊を攻略する……」

「……一人で相手する気? また油断して」

「油断しないさ……。すると思うか?」


 プリメラのその目の光を見たケロナは小さく笑って頷いた。


「現状の魔王城所属、全天魔七十二姫に知らせろ――。各自攻撃的【固有権能】をもって先制攻撃にて即座に相手を殲滅――、無力化。相手がこちらの意図に気づいて【固有権能】を打ち返してくる前に、すべてを終わらせろ――」

「了解、プリメラ――」


 ――そうして反攻作戦は始まる。



◆◇◆



「ええ……、みんなが状況を打開すべく動いてるはずですから! 僕もここでくじけていられません!」

「ち……」


 メディアが舌打ちし、キルケが意味ありげに笑う。

 ――と、不意に拍手と笑い声が響く。


「ブラボー!! 最高!! いい啖呵だ!! スッキリしたとも魔王君!!」

「ヴァロナ! 貴方……」


 メディアの言葉を無視してヴァロナとその妹が総司の元へと歩いてゆく。そして……


「魔王君……、ビジネスの話をしましょう。この状況の打開、一つ貸しでよろしいですか?」

「……あ、はい!」


 総司は頷いて、そしてヴァロナは「毎度あり」と呟いた。その光景にメディアは怒りのまま叫ぶ。


「貴方……、(わたくし)に逆らえば……」

「メディアぁ……、テメえなに商人を武力で良いようにしようとしてんだコラ。商人舐めてるだろ?」

「く……」

「ってわけで……」


 胡散臭い笑顔をそのままに静かにメディアを見据えた。


「……ふう、そうですね」

「……?!」


 今度はマーレが立ち上がって、クラーヴァと共に総司の側へと歩いていった。


「マーレ?! まさか貴方まで(わたくし)に敵対する?! 正気……」

「だまらっしゃい!!」


 それまでにない口調でマーレが言葉を放つ。


「メディア……、貴方はせっかく魔王様が用意してくださった対話の席を破壊して、そして無用な争いを引き起こした! 故に医療に携わるもの……、そしてマーレ医師団の団長として、厳重に抗議しその態度の是正を求めます! 無論、武力行使も辞すことはありません!」


 あまりの状況に、メディアだけでなく配下の天魔七十二姫たちにすら驚きが伝播し始める。

 その場に――、総司の周りに集結した天魔族は、総司に視線を向けて、そして総司もまたその視線を受け止めた。


「じゃあみんな――、立ち向かいましょうか」

「「「「「「「了解!」」」」」」」


 ――かくして総司に天魔族は集い

 ――反撃の狼煙はあがった。

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