第二十三話 その拳は太極を示す
彼女が――スクリタが目覚めるしばらく前――。
(……あ、れ?)
その時、スクリタは夢の中にあった。
生命核が壊れて精神の動きが止まった彼女は、夢すらも見ないはずであり――その事実に少し困惑気味に小さく呟く。
(私は……、たしか総司を救うために……でも、なんで?)
そうして疑問を考えながら、ただ夢の中で横たわる彼女。その隣になにか温かい、懐かしい気配を得た。
(アレ?)
――スクリタ。
そこにいつの間にかおばあちゃんがいた。
(……おばあちゃん)
――スクリタ、ごめんね。貴方にあんな酷い選択を強いて、そして貴方をあんな道に進ませてしまった。
そうして涙を流すおばあちゃんに、スクリタは優しく微笑んで答えた。
(おばあちゃん……泣かないで。大丈夫だよ……確かに辛いことだらけだったけど……だからこそ総司と出会えて……、……だから私はその点に関しては後悔していない)
――スクリタ。
(……でも結局私はおばあちゃんをあんなふうにしか救えなくて……、ごめんね、苦しかったよね……)
その言葉に――涙を流すおばあちゃんは優しく微笑んだ。
――謝る必要なんてないさ……、ひとはいつか死ぬ……、それは逃れられぬ定め……、その事に関しては【サーガラ】の言葉は正しいんだ。
(……おばあちゃん)
――でも、ヒトは……見送るヒトは……、必ずその死になにかの想いを得る。……そしてその想いの証として墓を作る。
――墓とは……見送った相手のためではなく……、本来は見送った自分自身のためのもの……、親しいものの死というものの辛さも、悲しみも、そしてかつての笑顔も思い出にするために。
(……)
――見送った者は辛くても苦しくても、生き続けなければならない。そうして数多くの思い出を抱えてヒトは未来へと進んでゆくんだ。
(それは辛いことだね……)
――思い出にするとは過去にするということ。確かにそれはその相手を想うならば辛いこと……でもね。
(おばあちゃん……)
ふとおばあちゃんが笑顔に変わる。そしてその手で果てを指さした。
(……?!)
その指差す先を見て――スクリタは驚いた。
その先にあの総司がいて、自分に笑顔を向けていた。
(え?)
それだけではなかった――。その先には知ってはいるが……、本来自分に対してそんな笑顔を向けるはずもない二人が、自分に笑顔を向けて手を差し伸べていた。
【ほら……、行くぞ■■■■】
【ようこそ■■■■……、■■■■へ】
その二人の笑顔に逢えられて……、未来の私は……。
(……そうか、そういった未来も……)
そしてスクリタは辿る未来を走馬灯のように見る。
(……そうか……、これこそが私が生まれた本当の意味……。私は……使命としてではなく……、彼女らとの想いを繋げて……、自分の意志でそれを選択してゆく……)
――そう、それが貴方の辿る未来……、その中でも私という思い出は消えずに貴方を支える。
決して過去は――思い出は消えることはない。
それは過去であっても、ヒトの今を形成しその未来を進む力となる。
――だから怖がらずに……貴方の望む未来を選択なさい。そうして未来を生きて……その先にある終末で私は待っているから。
その言葉を聞いた瞬間、スクリタは自身の魂の鼓動が蘇り始めた事を理解した。
(……そうか、その先でおばあちゃんが待っているなら、なにも怖くないね……。まだそこに行くつもりはないけど……でも、待っててね、私もおばあちゃんになった時、きっとそこに行くから……)
死は逃れられず――それは必ず至る終末である。
しかし、その死は必ず残されたものに何かを残し――そうして命の連鎖は永遠に続いてゆく。
それ自体が大きな命であり――命は、そうした想いが繋がって未来永劫完全に死ぬことはありえない。
――そここそが【生誕のサーガラ】の矛盾。
彼女は命の終末を完全な終わりと定義づけた。その先はないのだと――そうして終わるのが正しいのだと言った。
(……終わりなどない。私の命が……未来の果てで尽きても……それを受け継ぐものはきっと生まれるのでしょう……)
いのちは生まれ、生きて、老いて、死ぬ。
しかし、その流れの中でヒトは交流を得て――その誰かになにかの想いを残して――
――その想いを受け継がせてから死ぬのだ。
――終末などない、この世界がある限り――。
(……ええ、私は安らかな死は望んでも……、想いが完全に消える事は望まない……。そんなのは嫌……。たとえ辛く苦しい思い出であったとしても、おばあちゃんとのあの日々は……あの最後も含めてかけがえのないものだから……)
――だから私は【完全な終末】を否定する! 私は――その未来に進みたい!!
そして魂の鼓動が早くなる。その力は二つ感じられて、それが胸の中で互いを支えているのを理解した。
(おばあちゃん……もう行くよ……。なんか皆待ってるみたいだし……)
――そうね、寂しいけれど、私はいつでもスクリタの思い出の中で会えるから……ね。
(うん……、ありがとう、そして一時だけさよなら……。いつかの果てで笑顔で会いましょう……)
そしてスクリタの意識は浮上してゆく。
その邂逅で得た【未来】は静かにその記憶から消えていった。
――そして。
「……ん? あれ……」
「……スクリタさん」
不意に見知らぬ何処かの部屋でスクリタは目覚めた。それを心配そうに見つめる総司を見て、何があったのかスクリタは察した。
「……アンタ、ほんとお人好しがすぎるね……、幻魔である私を助けたってこと?」
「ふふふ……そうですね」
そのスクリタの言葉に総司は笑って答える。
「でも後悔はしませんよ? それに……もう貴方はただの幻魔ではない……」
「え?」
その時、スクリタはその心の奥に温かい鼓動を感じる。
「あ、れ?」
なにか――今までになく心が軽くなっている自分をスクリタは理解した。
――総司は笑顔で話し始める。
「貴方の生命核は、幻魔と天魔の構造を正しく統合できたみたいで……、もう貴方は幻魔の滅びの運命に従う必要はなくなったんです」
「それって……」
驚くスクリタに総司は話を続ける。
「貴方はもう自由です……、自由にこの世界を生きてゆけるんです」
「……あ」
その言葉にスクリタは全てを理解して、そして総司に笑顔を向けた。
「……はあ、ほんとアンタって奴は……、散々命を狙った私を生かそうなんて……」
「ふふふ……そうですね」
そうして二人は笑顔で笑いあった。
――と、不意になにかの気配を感じてスクリタは総司を見つめる。その表情の変化に何かを察する総司。
「……スクリタさん?」
「目覚めてそうそう仕事が出来たみたい……」
そうしてスクリタはその胸に手を当てる。
彼女はそうすることで正しくその身に宿る機能を理解し始めていた。
◆◇◆
黄金の弾丸が空を奔って、よろけて立ち上がる【征天のナンダ】の居る場所に一息で到達する。
――その拳が一閃された。
ズドン!
咄嗟に張った【征天のナンダ】の防御シールドを貫いて、その拳が彼女の腹に衝撃を与える。
そのまま吹き飛んで地面に転がって、その口から血反吐を吐いた。
その光景を眺めつつ、スラスターで姿勢制御をしつつ着地するスクリタ。
「……はあ、防御シールド有りとはいえ……、ほんと頑丈ねアンタ……」
「さー、がらぁああ!!」
反吐を吐き散らしながら怒りを示す【ナンダ】を、スクリタは静かに睨みつけた。
「いいわ……かかってきなさい。真正面からブチのめしてあげる……」
その言葉に呼応するようにナンダがその刀を高速で振るった。
スクリタはそれをヘッドマウントディスプレイ越しに見つめながら、その両腕部の重甲殻でその凶刃を捌き――凌いでいった。
(なるほど……、金鱗装殻【弐式機竜】は、その機能で私の運動能力や反応速度を強化してくれるのね……。さらに【弐式機竜】そのものが、相手の情報をこのディスプレイ上に示してくれる……と。まるっきり何処かのパワードスーツみたいな……)
そうして苦笑いしつつ凶刃を捌くスクリタに、ナンダは焦りの表情を浮かべ始める。そして……
「竜骨の刃よ……舞え!!」
その瞬間、ナンダの刀が無数に分割して空を舞い、そのままスクリタに襲いかかった。
その瞬間、スクリタの脳裏に声が聞こえた。
【――ma'am.】
「……了解! 【ラピッドナックル】!!」
そのヘッドマウントディスプレイ上で、無数に飛翔する全刃がロックオンされる。そのままスクリタの拳が無数の閃光に変化する。
ドドドド……!!
そのまま正確に全ての刃を撃ち落とした。
その光景を見てナンダはその刃群をもとの刀に戻す。そして――
――補助術式【超加速】。
そのままその身を加速させてその場から掻き消えた。
目標を見失って驚くスクリタだが――、
ドン!
不意に【弐式機竜】のスラスターが軽く噴射される。その光の奔流に、いつの間にかスクリタの背後にいたナンダが吹き飛ばされた。
「ぐお!!」
「……あ」
そして、自分が【弐式機竜】に助けられた事実を理解する。スクリタは笑って言った。
「ありがと【機竜】……」
【――ma'am.time limit……】
「うえ? タイムリミット? なにそれ聴いてないよ?」
不意に【弐式機竜】から返ってきた予想外の返答に、驚きを隠せないスクリタ。
「……むう? じゃあそれカウントして……」
【――Yes, ma'am.Remaining time――、1 min 53 sec――】
「うえ?! ……二分切ってるじゃない!! マジ?!」
驚き焦るスクリタの様子に気付かずナンダは怨嗟の声をあげる。
「サーガラアアアアアアア!!」
「……う」(……そっか、私の【機竜】は、私の生命核が壊れた時に一緒に壊れて……、それは仕方ないね……)
その亡霊のようなナンダを睨みながらスクリタは拳を握る。
「こうなれば……我が侵食定理で!!」
「む……? ちょうどいいわ……、アンタの侵食定理……、このまま真正面からぶち壊してあげる」
そうして不敵に笑うスクリタと、ナンダの言葉が重なった。
「「仮想魔源核――開放」」
【system ALAYA:――分割竜核機能・世界律への強制干渉――、侵食を開始致します】
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system ALAYA:――個体識別符名・幻竜八姫将、ナンダ】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔竜姫、スクリタ・サーガラ】
「侵食定理行使」「太極定理行使」
【system ALAYA:――侵食定理・終末竜剣(Doomsday Slash)】
【system LOGOS:――太極定理・終末竜拳(Final Strike)】
その瞬間、【征天のナンダ】の竜骨の刀が膨大な光刃を生み出した。それに対するように、スクリタのその金鱗装殻の各所から黄金粒子が吹き上がり始め、――その拳が眩く輝き始める。
「サーガラアアアアアア!! しねえええええええ!!」
ナンダの怨嗟の声が戦場に響く。それに呼応するかのように、スクリタのその握って構える拳に変化が起こった。
スクリタの、その拳周辺に花びらが開くように、細やかな文字列の術式法陣が現れる。
【終末法陣展開。目標の全妨害貫徹可能を確認――】
【打撃してください――ma'am.】
その頭に響く【機竜】の指示に、笑顔でスクリタは答えた。
「――了解!!」
そして、その拳が一迅の閃光と化して、目標へ向かって一直線に空を奔った。
ズドン!!
その瞬間、ナンダの光刃とスクリタの光拳が真正面からぶつかる。その両者の間に、衝撃波と力の奔流が生まれて天地に轟音とともに広がった。
「「はあああああああああああ!!」」
そして二人はそのまま全力をぶつけ合う。力の奔流が大地を砕いて、その地面に跡を刻んでゆく。
――しかし……。
「……?!」
不意に終わりは来る。ナンダの光刃に無数のヒビが入り始め、そのまま光の粒子へと変わりながら消滅していった。
「さ……、さーがらああああああああああああ!!」
そして【征天のナンダ】は断末魔の悲鳴をあげる。そのままスクリタの拳がその胴に到達し――、
「……あああああああああああああああああああああああ!!」
そのまま光の粒子へと変わりつつ……、【征天のナンダ】はその生命を終えたのである。
スクリタがそうして拳を振り抜いた後――。
【time out――、お疲れ様でしたma'am.】
「……ふ、アンタ結構喋るようになったね……」
そう云うスクリタの言葉に返事はなかった。
そのまま金鱗装殻が光の粒子に変化してゆく。そのまま空中で集まって、そして金鱗の子竜に姿を変えた。
「アギャ!!」
「りゅうちゃん!」
嬉しそうに飛んでくる子竜をスクリタは抱きとめた。
そして――、
「……終わったみたいだな」
そうして声をかけるのは、すでに上級幻魔を葬った後のプリメラ・ベールであった。
他の天魔族たちも、戦闘を終えてスクリタの元へと集まってくる。それをスクリタは驚きの表情で見つめて――、
その天魔族たちの表情が一様に笑顔なのを理解して、そしてスクリタも笑ったのである。
「……」
そういったやり取りを遥か彼方から眺めながら【極天のワシュキ】は静かに呟く。
「全軍撤退開始……、作戦は失敗だ……。そして……」
――私の今後の行動に、……多少の修正が必要になった。
そのまま【ワシュキ】は生き残りの幻竜八姫将――【破戒のウパラ】【暴炎のマナス】【凍餒のアナバタッタ】らと共に姿を消す。
未帰還である【征天のナンダ】【征人のバツナンダ】そして、結局プリシアから逃げ切れなかった【呪毒のトクシャカ】は、しばらく後に母竜に生み直されるだろう。
「……生み直したら、今後は【歪んだ生誕のサーガラ】を部品にして戦力強化をするべきか……」
そうした呟きのみが夜闇に消えていった。
◆◇◆
その昔、その国を恐ろしい竜王が襲った。
それは世界を滅ぼす悪い竜王であり、それがもたらす死が人々に絶望を与えた。
――しかし、希望はあった。それは天より飛来して地に降り立って、人の国を悪い竜王から守った。
その鱗は黄金に輝き、そして美しい乙女の姿――、
救われた人々は彼女のことを――、
――スクリタ、そう呼んで伝承として未来に残した。




