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第二十二話 ――そして金鱗竜王は空を舞う

 魔王城のバルコニーで遥か戦場を眺めるオラージュ。その隣にはケロナ・アグレアスとアクイラ・ヴァサゴが控えている。

 そして、戦場に展開している敵軍の動きに関する情報をケロナから得たオラージュは、一人思考の中にあった。


(相手の動きが鈍いですね……。本格的に攻めるわけでもなく、上級幻魔を比較的後方に配置して、それを中級下級幻魔生産工場のように扱って、意図的に戦況を停滞させている?)


 アクイラの高度索敵によって、その三体ある上級幻魔の後方にそれぞれ一人から二人の幻竜八姫将らしき人影がいることは確認済みであり、そのうちの一部は天魔七十二姫と交戦状態にあるものもいる。現状において重要なのは、まずあの九つの侵食定理を持つ者と、総司が交戦したという固有権能を自身が扱える魔力リソースへと逆変換出来る侵食定理を持つ者、その二人の動向なのだが今のところ戦場で目撃されてはいない。無論、ここにはいないという可能性もあるにはあるが、それは余りに希望的観測であり、最悪の事態に陥る可能性がある予測である。


(どちらも、こちらの対上級幻魔戦力を迎撃する形で出てくる可能性が高い……、そうわたくしは思います)


 なぜなら、現状の戦況が敵側の意図する状況であるならば、上級幻魔をその場に維持することを最優先にするはずだからである。

 上級幻魔を倒すには固有権能の行使は必須となるだろう。ならば、それを妨害する形でその二人は戦場に現れる――そう予測できるのだ。

 それらの内、固有権能キラーに対しては、下手に固有権能で上級幻魔を狙えば、逆変換からのカウンターを喰らう可能性が高い。

 そうなれば、戦場に展開している友軍にも被害が及ぶ可能性がある。


(しかし……、このまま戦況を停滞させるのは何よりもマズイ話なのです)


 そういった事を恐れて、そのままの状況に甘んじることは何よりの間違いである。ならば――


(ようするに、相手側の固有権能への迎撃行動を阻止すればいい話です。例の固有権能キラーに関してはそれで十分対策が可能でしょう……)


 ――問題なのは、もう一人である九つの侵食定理を保有する者。

 そちらに関しては、この場にはいない――スクリタへの施術に参加している【キルケ・アスモダイオス】から策をもらっている。

 その言葉が正しいならば――。


(まずは……、例の固有権能キラーをおびき出しましょうか……、ルーチェ……)



◆◇◆



 ルーチェはその時、カミーラと魔剣士部隊を連れて南東の戦場にあった。

 露払いを務める魔剣士部隊は、的確に敵下級幻魔および中級幻魔を抑え込んで、ルーチェたちが上級幻魔へと迫るのを援護していた。


「カミーラ! もうそろそろ頼む!」

「わかった!」


 カミーラはその起術従機(ドローン)にセットされた【術式核芯(プログラムコア)】を稼働させる。当然、いつもの【斬撃強化】である。

 そのまま、上級幻魔の下へと奔った彼女はその不壊の刀【無銘】を構えて、そしてその言葉を紡いだ。


仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)!」


 その瞬間、ルーチェの身体から炎のように魔力が吹き上がった。


【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】

【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七姫将(てんまななきしよう)、ルーチェ・イブリース】


 そこに来て、何者かがルーチェと上級幻魔を遮るように現れる。

 それは【破戒のウパラ】であり、その侵食定理もすでに起動済みで、その右手をルーチェに向かって掲げていた。

 その姿を驚きの目で見たルーチェは――、


 ――すぐに不敵に笑った。


 その表情の変化に何やら察する【ウパラ】。そのままルーチェは――ある言葉を放った。


「固有権能実行キャンセル!」


【system LOGOS:Startup Failure――……、Mana Burnが発生します!】


 その瞬間、ルーチェの全身が震えて、各所から血が吹き出す。それを【ウパラ】は驚愕の目で見つめた。


「まさか! おびき出され……」


 その瞬間、【ウパラ】の胴体右肩辺りに矢が突き刺さる。そのままその威力に吹きとばされて地面を転がった。

 それを行ったのは、戦場においてその場から2kmほど後方に立つ、魔王城所属の戦列弓兵【リェレン・レライエ】であった。

 ――彼女は不敵に笑って言った。


「よし命中……、なかなかスリリングな射撃だったね」


 そして、彼女はそのまま他の友軍の援護をすべく戦場を駆けていった。


 そうして、戦場に倒れた【ウパラ】は急いで撤収のための術式を唱えた。

 Mana Burnで傷ついているはずのルーチェが自身を始末するために迫っていたからである。


(……ワシュキ様……、申し訳ないが下がらせていただきます)


 そう考えながら転移術式を起動した【ウパラ】は、何とかルーチェの凶刃から逃れることが出来た。

 それを見送ったルーチェは小さく舌打ちしてから、自身に迫りくる上級幻魔の方に向き直った。


「……ま、これでとりあえず一人排除……」


 そう言って笑った。



◆◇◆



 北方の戦場ではプリメラ・ベールが一人上級幻魔へ迫っていた。

 無数の幻魔群を軽く切り捨てながら駆け抜けるプリメラが一瞬、その場に止まって周囲を見回した。

 それに向かって襲い来る幻魔の群れは、そのプリメラの刃によって切り捨てられてゆく。

 そして――、


「……襲ってこないならばもう行くぞ? 私を覗き見している奴……」


 そう云うプリメラを闇の中で睨むのは【極天のワシュキ】であった。

 ――【ワシュキ】は静かにため息を付く。


(有効な未来がそれほど見えませんね……、いずれもあの者に勝利する事は可能ですが、その過程でこちらに少なくない損害がある……)


 今回の件で自身の命までかけるのは得策ではない……、そうワシュキは考えて静かに戦場を後にした。


(……まあ、もうそろそろナンダは魔王城に潜入しているでしょうし……、私の仕事はここまでですね……)


 【ワシュキ】の気配はそうしてプリメラの感覚の外へと離れていった。それを理解してプリメラは一人考えた。


(キルケの言葉通りか……、あの九つの侵食定理を持つ者の未来視は、正しくは自身にとってある程度有利な未来を決定する行動を指し示すものだと……)


 【ワシュキ】の直近未来視は、自身が確定で行動を失敗する、もしくは死亡する未来を見ることは出来ない。ある程度行動が成功する、もしくは確実に行動が成功する、そのために行うべき行動を示してくれる能力なのである。――そういった失敗の未来しかない場合、当然のごとく完全な機能不全に陥る。

 キルケが現れた事で未来が見えなくなったのはそういうことであり、要するにその直近未来視とはゲームのRPGなどによくある【次のルートに進むために行うべき行動を表示する】ような仕組みと同一のものなのである。

 だからこそ、固有権能キラー【ウパラ】を押さえた後の【ワシュキ】しかいない状況ならば、プリメラのような有効な未来が見えにくいであろう者をスルーする可能性は高くなるとキルケは考えた。今回の襲撃が【天魔族殲滅】が目標でないならばその選択をすることは確実だろう……とも。

 プリメラは静かに微笑んで、そして目前に近づきつつある上級幻魔を睨んだ。



◆◇◆



 そして、残る南西の戦場にはイラ・ディアボロスが兵を連れて上級幻魔へと迫りつつあった。

 彼女もまた【ワシュキ】の未来視を力技でねじ伏せかねない存在であり――、戦況はまさに終わりに近づきつつあった。

 そんな彼女が、前方の闇の向こうで魔力が爆発するのを感じた。それは――


「プリシアの正義執行か……。これで終わったな……」


 そうして静かに微笑んで、そして自らの黒剣を振るいながら一直線に上級幻魔へむけて奔ったのである。


 そうして――、


 【征人のバツナンダ】は怒りのままに侵食定理を発動しようとする。


仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)!!」


 それを膨大な魔力を纏ったプリシアが睨む。


【system ALAYA:――分割竜核機能・世界律への強制干渉――、侵食を開始致します】

【system ALAYA:――個体識別符名・幻竜八姫将げんりゅうはちきしょう、バツナンダ】


侵食定理行使(リミットブレイク)!!」


【system ALAYA:――侵食定理・滅刃連華(Flower of Death)】


 その瞬間、周囲に展開する短剣が、そのナイフそのもので花びらを形成して無数の華を開かせる。

 その華一つ一つをゲートにして、無数のナイフが召喚されてプリシアめがけて撃ち出された。


 しかし――、


「目標定義――。前方……、幻竜八姫将の殺人鬼――、 ――正義執行開始。制限時間三十秒――」


 そう静かに呟いたプリシアが夜闇を、目にも止まらぬスピードで奔った。

 ――そして次には、【征人のバツナンダ】の胴が上下に分かれていたのである。


「け、は?」


 そのまま【バツナンダ】は生まれ直しに移行する。そして――、


「……後の一人も……、逃さないであります」


 そういって、その手の剣についた鮮血をふるい落とした。



◆◇◆



 状況が決しつつある中、ナンダは一人魔王城内を駆けてゆく。

 本来は殺すべき対象がたくさんいる魔王城ではあるが、今回やるべき行動はサーガラを確実に始末することである。

 そのために、見つからないように慎重にルートを決めて、サーガラの気配を頼りに魔王城内を走っていた。

 そして、魔王城に潜入して数十分後、やっとサーガラのいるであろう場所へと到達した。


「この向こうか……」


 それは壁に施術室とプレートがかかった大きな両開きの扉であった。

 その【施術中】ランプの消えた部屋の扉を押し開いて、ナンダは一人その奥へと進んでいった。

 それを驚きの目で迎えたのは、天魔族の王である総司であった。目標であるサーガラは静かに目を瞑って、総司が座る椅子の近くのベッドに寝かされていた。


「……ふむ魔王か……。申し訳ないが預かりものを返してもらいに来た……」

「……貴方、()()()こんなところまで……」


 静かにナンダを睨む総司に彼女は嘲笑を浮かべて答えた。


「くくく……、大人しくソイツを渡せ……。まあ、この状況ならば抵抗してくれても構わんが……」

「く……」

 

 そうして一瞬立ち上がりかける総司であったが、静かにサーガラを見つめて、そして頷いてからナンダに言った。


「いいですよ……。彼女を、スクリタさんを連れて行ってください……」

「なに?」


 そう言って、立ち上がって壁際に離れる総司を不審な目で見たナンダだが、静かに嘲笑してからサーガラの元へと歩いていった。

 そして――


「哀れなサーガラよ……、貴様が想っていた魔王にすら見捨てられて……。このまま人思いに……」


 そうして竜骨の刀に手を添えるナンダの耳に、総司の小さく呟く声が聞こえてきた。


「……貴方にそれが出来たらの話ですが……」


 ――その瞬間、ナンダの腹に激しい衝撃が生まれた。



◆◇◆



 魔王城のバルコニーに立つオラージュの耳に破砕音のようなものが届く。

 それは魔王城内部から聞こえるものであり、それを聴いて近くにやってきていたキルケとマーレと不審そうに顔を見合わせた。


 ドン!!


 そんな破砕音が数度響いた後に、魔王城の壁が内側から吹き飛んで、その穴から黒いなにかが飛び出てきた。

 それは地面を転がって、そしてその場に突っ伏した。

 その正体を見てオラージュが眉をひそめる。


「あれは確か幻竜八姫将の一人……」


 ボロボロにされて突っ伏していたその者――、【征天のナンダ】が闇の底から響くような怨嗟の声を吐き出す。


「サーガラアアアアアアアアアアア!!」


 その声に反応するように、魔王城の壊れた壁の奥から、金属を踏みしめるような規則的な音が響き初めた。


 ガシャ、ガシャ、ガシャ……。


「……はあ、アンタって結局……、私の事……」


 ――スクリタって呼ばなかったよね?


 魔王城の粉砕された壁の向こうから、黄金粒子の奔流が吹き出し始める。

 それを纏って魔王城の奥より現れたのは、竜頭の金鱗外骨格を纏った――、


「サーガラあああ!! キサマアアアアアアア!!」


 反吐を吐きながらナンダが睨むのは、まさしく()()()()を纏ったスクリタであった。

 その手のひら、その手の甲に異世界の宗教的印である【太極図】を描かれたそれを眺めながら一人呟くスクリタ。


「……はあ、あの科学者……、私の【機竜】を、こんなにめちゃくちゃに改造しやがって……」


 スクリタはため息を付いてから、その竜頭のヘルム――、そのヘッドマウントディスプレイの端に手を触れてから言った。


「【機竜】の初期設定完了……、試験起動を終了し本起動へ……」


【system LOGOS:――本起動要求検知】

【system ALAYA:――干渉発生】

【system LOGOS/ALAYA:――衝突中……】


 そのままシステムが停止した事実を理解してスクリタは呟く。


「あ……そっか、一旦どちらかのシステムを選択しなきゃいけないんだっけ……。じゃあ……」


 我は天より地に降りて、人世生命、生誕を守護する者なり。

 双極を統合し、太極に至らん――。


【system LOGOS:――統合理論《太極定理》承認】

【system LOGOS:――侵食定理の太極定理への改変……】

【system LOGOS:……全工程終了】


 その瞬間、その身に纏う金鱗のパワードスーツの各所か黄金粒子が放たれ始める。

 その背にある黄金の両翼が展開して、そこにある四つのバーニアに光が灯った。


【――両腕部、両脚部、胴体部、頭部、翼部、全機能の再起動を完了。いつでも戦闘を開始可能です。――ma'am.】

「了解……、じゃあ行こうか? 【弐式機竜】……」

【――Yes, ma'am.】


 かくして、黄金の奔流を纏った竜王【天魔竜姫】は空へと飛び立ち、その拳を握った姿でその身を弾丸として【征天のナンダ】めがけて飛翔したのである。

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