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第二十一話 魔王城防衛戦開始

 夜の帳が下りてゆく中、修道女を中心とした幻魔の使徒たる六人が魔王城への道を進んでゆく。

 その中で修道女【極天のワシュキ】が皆に静かに言葉を放った。


「皆もいいですか? なるべく戦いを長引かせて、別行動をしている【ナンダ】の魔王城潜入と作戦遂行を手助けしてください。今回の我らの仕事は天魔族の殲滅ではなく、あくまで【サーガラ】の残骸の処分なのですから……」


 その言葉に白い髪、白い瞳の少女に生まれ直したばかりの【凍餒のアナバタッタ】が、胸に抱えるツギハギのぬいぐるみを抱えて甘えた様子で答えた。


「危ないなら逃げていい? 痛いのは嫌……」

「まあ、逃走しても戦場から離脱せずに、裏方に回るのならば良しとするさ……」

「むう……」


 少々不満そうに頬をふくらませる【凍餒のアナバタッタ】に、スーツ姿の黒髪剣士に生まれ直した【暴炎のマナス】が、その服を内側から押し広げる筋肉を誇示しながらニヤリと笑っていった。


「そうだな……、適当に戦って相手をおちょくるのは得意だぜ。任せておけ……」


 それを呆れたようすで、妖艶な美魔女に生まれ直した【呪毒のトクシャカ】と、一周回った感じで最初期の外見・性格に戻った感じの【征人のバツナンダ】がため息を付いた。

 そのうちの【バツナンダ】が不満の声を上げる。


「ねえワシュキ……。アタシはあらかじめ人を殺してないとそんなに力出せないんだけど? 死んでこいって話?」

「ふむ……、だから君には【呪毒のトクシャカ】を同行させるのだ……」

「ふむ……」


 ようするに【トクシャカ】が病毒で弱体化させた天魔族を相手にすればいい、という話で――まあ、それならば悪くない、と【バツナンダ】は考えた。

 そして、何より――。


(……サーガラだっけ? なんか気に入らないソイツを始末するための戦いだし……。まあ多少の不満は我慢しよっか……)


 そう言って怪しくほくそ笑んだ。

 そして、【極天のワシュキ】がその場の皆に宣言する。


「今回、現場で末梢端末――、使役幻魔を直接召喚する時間はないでしょうから、あらかじめ無限異界に封印しておいた【上級幻魔】を計三体、各メンバーに各一体ずつ貸し与えます。この護符を砕けば召喚できますから有効に使ってください」

「ああ……、アタシと【トクシャカ】は二人で一体ってことね?」


 そう言って【バツナンダ】は護符を受け取りつつ頷いた。


「私と……、そして【破戒のウパラ】は使役幻魔無しですが、適度に仲間を支援する役に回ります」


 そういって【ワシュキ】がそばに控える【ウパラ】に視線を送る。

 【ウパラ】は静かに頷いて、そして笑った。


 ――かくして幻竜八姫将たちの陽動作戦の幕が上がる。



◆◇◆



 その日、移動要塞【アスクラピア】の屋上でプリシア・アンドロマリウスとトロ・バラムは、夕日が沈んでいくのを眺めていた。

 プリシアは静かに笑いながらトロに言った。


「修練頑張っているようでありますな、トロ……」

「はい! もちろんです! 前のような無様はもう晒したくないですし……」

「……そうでありますか」


 そう言って微笑むプリシアは少し意地悪な表情でトロに言う。


「トロの限定的固有権能の効果的に、自分が弱いほうがパワーバランスを逆転させた時、有利だと思うのですが?」

「……む! それはそのとおりだし……。少しだけそのほうが……と、考えもしましたが……」


 トロはプリシアの目をみてはっきりと答える。


「私が目指すのはそんな強さではありません! 固有権能として不利になろうが、私は私が目指す強さを望みます!」

「……ふふふ、それでこそトロであります。貴方は正しい……」


 そのプリシアの答えにトロは笑った。プリシアは笑顔で話を続ける。


「トロの限定的固有権能は、あくまで暫定的機能であります。おそらくは同系列、似た効果の正しい効果に今後変化するであります。おそらく本官の予測では、敵の能力を参照した上で、それを基準に自身を超強化する方向に変化すると考えています。現在のパワーバランスの交換は、いわば能力が育っていない現状の救済機能なのでしょう」


 その言葉を聞いてトロは頷いて言った。


「ええ……、その正しい機能が覚醒するまで、もっと私は強くなってみせます」

「その意気であります!!」


 そう言って笑い合っていたプリシアとトロだったが――、不意に荒野の果てに振り返ったプリシアが、その表情を固くした。

 トロは何事か察してプリシアに聞く。


「プリシア? どうしたんです?」

「……なにやら嫌な気配を感じるであります」


 荒野の果てを眺めて眉を歪めるプリシアにトロが言う。


「それって……、まさか」

「トロ……、今すぐ魔王城へ連絡を取ってほしいであります。本官はこの異様な気配の正体を確認してくるであります」

「一人で大丈夫?」


 そうして心配そうに見つめるトロに、プリシアは――。


「ふふふ……、本官とて無謀なイノシシではないでありますよ。トロに定期的な連絡を送るので、支援要員……、できればフィールドワークと治癒術式に長けた者を送ってほしいであります」

「わかった! そのように手配するよ!」


 そうしてトロは【アスクラピア】内に走ってゆく。それを見送ったプリシアは再び荒野の果てを睨んで――そして行動を開始した。



◆◇◆



 ――夜闇が魔王城を包む頃、その周辺に数体の中級幻魔と無数の下級幻魔群を引き連れた上級幻魔が現れる。

 それを率いる指揮官として、北方面には【凍餒のアナバタッタ】、南東方面には【暴炎のマナス】、南西方面には【征人のバツナンダ】が立っていた。

 それを認めた魔王城と移動要塞【アスクラピア】の天魔族達は、まとめて陣形を組んでそれを迎撃すべく動き始めた。


 魔王城内は戦の気配に騒然となって、メイド兵たちが走り回っている。

 それをみて総司は、隣に控えるオラージュ・ヴェルゼビュートに言った。


「これは……、まさか」

「ええ、おそらくは……、スクリタさんを奪い返すための襲撃かと……」

「僕は……」


 魔王剣を手に取ろうとする総司を、オラージュ・ヴェルゼビュートは征した。


「魔王様は……、スクリタさんがいる施術室の前にいてくださいませ」

「でも……」

「今のスクリタさんに必要なのは、その大切な交流の相手である魔王様です」


 そしてオラージュは優しく微笑む。


「魔王様には……、彼女が目覚めてすぐに話すべき言葉も、話したい言葉もあるのでしょう? ならば……ここは我らを信じておまかせを……」

「オラージュさん……」


 心配そうに自分を見つめる総司に、不敵に笑ってオラージュは言う。


「たとえ例の……、強力な二人が現れようと、わたくし達は勝ち……、必ず魔王様の元へと帰還いたします。ええ……、お約束したします」

「わかりました……、皆を僕は信じます」


 そうして総司はオラージュに背を向けて、スクリタのいる施術室へと歩いていった。

 その背中を眺めて見送ったオラージュは、静かに決意の表情で頷いたのである。



◆◇◆



 【征人のバツナンダ】の遥か前方で、無限に中級下級幻魔を湧き出させる使役上級幻魔がその配下とともに、敵天魔族部隊と戦闘を開始していた。

 その天魔族の制圧速度はかなりのものではあるが、中枢である上級幻魔を滅ぼさない限り中級下級幻魔は無限湧きしてくるので、それほどうまく前進できていない様子であった。


「たしか……、天魔七姫将の中には上級幻魔キラーとか言う厄介なのがいるって話だけど……。そこら辺考えてるのかな? ワシュキって……」


 そう考えてため息を付く【バツナンダ】だが、そういった事は【ワシュキ】本人や【ウパラ】あたりが考えることだと、そう考えて幻魔群の指揮に専念することにした。

 しかし――、


「……なるほど、やはり本官の予想は正しかったようでありますな」


 不意に、そう言葉を発しながら、バツナンダの背後の夜闇からプリシア・アンドロマリウスが現れる。

 突如、背後に現れた天魔族――それも天魔七十二姫らしき姿に、驚きそして構えるバツナンダ。


「ち……、いつの間にか回り込まれてた?」

「ふむ……、戦場が整う前に動いて正解だったでありますな……」


 バツナンダの言葉にプリシアが無表情で答えた。

 バツナンダは周辺にナイフの群れを召喚して【刃列】の準備をする。それを見ながらプリシアは言葉を続けた。


「……前回も同じような姿の者が現れて……、同じような力をもって戦っていました。それは多分……」


 静かに、しかし確信を持った声音でプリシアは言う。


「貴様は、最初に出会ったあの【刃列】使いの別の姿……、あるいは分身体? 辺りが正解なのでしょうな……」

「く……!」


 その鋭い指摘にバツナンダは眉を歪める。


「貴様の気配はかつての者と全く同じで、その次の者とも同じであります。前回、前々回ともに確かに貴様は死んでいる。ならば、貴様らは何らかの方法で復活しており、外見や一部特徴の変化、そして記憶の欠落辺りは、復活の弊害……といったところでありますな? ようするに、本官の戦闘感覚はやはり間違っていなかったということであります」

(……コイツ、脳筋剣士に見えるのにやたら鋭い……)


 プリシアはその腰の剣の柄に手を添えてバツナンダを睨みつける。

 バツナンダはこの状況に眉を歪めて周囲を見回した。


「ふむ……、何処かに仲間がいるでありますか?」

「う……」


 その不用意な行動で相手に余計な情報を与えてしまうバツナンダ。だが……


「はあ……バツナンダ……。余計な事をしてわたくしの手を煩わせないでいただけます?」


 そう夜闇から何者かの声が響いた。


(ふむ……これは……)


 その闇に潜むであろう何者かの気配を探るプリシア。即座にその場所を特定して闇を奔った。


「ほら……もう」


 向かう先から白い霧が広がってくる、それがなにか即座に察して手で口を押さえるプリシア。

 しかし……


「ごめんなさいね……、それ()()()なのよ。口を抑えても無駄……」


 その瞬間、プリシアのその身の感覚が麻痺し始めた。


(――ち、これはまた……)


 退避も出来ずその場に跪くプリシア。その目の前に妖艶な女【呪毒のトクシャカ】が現れて笑った。

 さらには、嘲笑を浮かべながら【刃列】を伴った【征人のバツナンダ】も近づいてくる。

 絶体絶命の状態にプリシアは眉を歪めた。


「くふふ……、やはり脳筋剣士には絡め手が一番ねぇ? 剣士ってのはたいていそれ以外は無能だからねぇ」


 そう言って笑う【バツナンダ】をプリシアは睨む。


「一人でこんなところまで来たのは愚策だったわね。愚かな剣士さん……」


 その【トクシャカ】の嘲笑を受け止めながら、そしてプリシアは頷いた。


「ぐ、ふ……、確かに愚かな……行動でありましたな……。何かと……、目標し……か見えなくなる、事は……本官の悪い癖であります……」

「ならば、それを自覚して死になさい」


 そう言って【バツナンダ】が周囲の【刃列】を動かし始める。それを見てプリシアは――、


 ――ニヤリと不敵に笑ったのである。


 その表情の変化に気付いたのは【トクシャカ】だけであった。

 なにかを察して周囲を見回す【トクシャカ】であったが……、その耳にある言葉が聞こえてきた。



仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)

「え?」


 その声にやっと異変を知る【バツナンダ】。


【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】

【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫(てんまななじゅうにき)、序列6番、レーベ・マレフォル】


固有権能行使(リミットブレイク)


【system LOGOS:――固有権能・薬効領域(Medicinal Area)】


 その瞬間、【トクシャカ】の広げる白い霧をかき消すかのように、薄く朱の色をもった霧がその場に広がっていった。

 それに触れたプリシアが静かに立ち上がる。それを【バツナンダ】と【トクシャカ】は驚きの表情で見た。

 プリシアは笑って言った。


「やはりトロの見立ては正確でありますな。状況に合わせて【薬効】を入れ替えることが出来る、万能な治療師レーベ・マレフォルを支援に送ってくれるとは……」

「く……」


 その言葉に【トクシャカ】は、自身の病毒が無効化されてしまった事実を理解した。

 そしてプリシアは不敵に笑って敵二人に答える。


「まあ、本官は正しく馬鹿ではありますが……、皆の支えでここに立っているであります。だからこそ……」


 ――それを害する者は、すべからく本官にとって【悪】なのであります。


「……ならば、今から悪を滅する――正義執行の時間であります!」


 そうしてプリシアの宣言は闇夜に響き渡った。

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