第四話 示された選択
その事を理解した時、皆の心にどれだけの苦しみが生まれたでしょうか? 私も、冷静を装ってはいましたが、皆とそれほどの違いはありませんでしたわ。
だからこそ、あの方が私に願いを語った時――。その時私は――。
――語ってはならない言葉があった。
――語らなければならない言葉があった。
結局、どちらも声にはならず。
――全ては手遅れになってしまった。
ああ……、私は何故あの時――。
◆◇◆
天魔総司が魔王城へと帰還して、一ヶ月が経とうとしていた。
天魔族が現状抱えている問題はかなりのものではあったが、一旦、緊急時に対応できるように、総司の魔王としての基礎技術の習得を優先した。
反乱を行ったメンバーであったルーチェとその配下たちは無事魔王城に帰順を果たし、そして総司という新魔王のもとでの新体制がとりあえずの始まりを迎えた。
そして――。
その日、魔王城において幹部会議を行うための円卓を、総司、オラージュ、ルーチェの三人が囲んで話し合いを行っていた。
「ひとまず、魔王様の必須技術習得が一段落いたしましたので、今後の活動方針を考えようとおもいます」
そう口を開いたのは、メイド総長兼魔王城城主代理であるオラージュ・ヴェルゼビュートである。それを見つめる他二人は黙って頷いた。
「魔王様……、すでにいくつかの事実を皆から聞いているとは思いますが、これからの行動方針を決めるにあたって、明確な状況説明を行ないたいと存じます」
そのオラージュの言葉に、少年魔王・総司は頷いて言った。
「わかりました。……お願いします」
その言葉にオラージュは恭しく頭を下げて、――そして語り始めた。
「すべて切っ掛けとなった災厄、今から十五年前――、魔王様が物心付く前であると存じますが、その時、一度魔王城は失われております。――突如、歴史上観測したことのない魔力域異常――、それによる局所的空間破壊によって、魔王城と周辺区域が大崩壊したのでございます」
「……」
そのオラージュの言葉に総司は静かにつばを飲み込んだ。
「――それによって、保管されていた全繁殖種は全滅――、そして、先代魔王様はその神核に損傷を受けてしまった」
「ふう……」
ルーチェは渋い顔で目を瞑って、大きなため息を付いた。
「神核は我ら天魔族の中枢にして魂――、その損傷によって先代魔王様は、人類種――【魔人族】ですらありえない速度で、目に見える速さで老化を始めてしまったのでございます」
「老化……」
「はい、天魔族には寿命も老化もありません。でも――、その災厄によって先代魔王様は寿命と老化を得てしまった。そして、それが天魔族の心理に重大な影響を与えてしまった。それ以降に様々な混乱が起こり……、最終的には反乱にまで発展したのでございます」
自分を見つめる総司を、静かに見返すオラージュ。
「あの災厄の時、何があったのかはその時共にいた者が曖昧にしか語らず、結局、その者たちが反乱の主犯となったことで、真実の証明が難しくなっています」
「反乱の主犯?! それって……」
「……あの女……だ」
不意にルーチェが重々しく呟く。総司はその暗い雰囲気を察して言葉を詰まらせた。
「……あの女……、魔王直轄特務――、魔王権能の具現、魔王の剣――、天魔族最強。天魔七姫将、イラ・ディアボロス――」
「イラ・ディアボロス……」
「あの女は――、すべての災厄の切っ掛けが……、小僧にあると言って、それを次期魔王として推す先代魔王様をも排除すべきと言っていた。無論――、ヤツの口ぶりは、先代魔王様を医療施設に移送して、そのまま余生を暮らしていただく……、そういった言いかただったが。当時、私も小僧という存在になにか妙なものを感じていたし、これ以上先代魔王様を無理させないようにするのは賛成だった……。なにせ先代魔王様は――、無理にでも閉じ込めないと無茶をなさりそうだったからな」
オラージュは静かに頷いてそして続きを語り始める。
「イラ・ディアボロスの反乱によって、先代魔王様は決断なされました。――すなわち、天魔族魔王軍の一時解散による冷却期間の設置、そして――、今後も何かしらの形で命を狙われかねない魔王様を地球に送り出すこと、です」
「――!」
「幸い……、と言ってはなんですが、地球とテラ・ラレースには細々とした交流があり、地球に移住してそこに根付いた【魔人族】のご友人――、移住後天魔家を名乗った彼らに預けたのでございます。彼らは先代魔王様に命を救われた経験があり、そのためもあり快く引き受けてくださいました。魔王様の地球での名前である総司という名も、そのご友人と先代魔王様が一緒に決めた名前でございます」
「ばあちゃん……、じいちゃん……。……母さん」
そう言って沈む総司を、ルーチェは静かに見つめた。オラージュも優しく見つめて頷く。
「……ですから、総司という名も、本名であるジードと同じく、大切なお名前であると言えます」
オラージュは、一息ついてからもう一度他の二人を見回す。
「――そして、天魔族に関しては、魔王軍一時解散後の期間で、天魔七姫将をリーダーとしたいくつかの勢力が生まれることになりました。」
「勢力? ですか?」
「そのとおりでございます。――それを、こちらに近しい勢力を先に説明すると――」
オラージュは各勢力の詳細が書かれた用紙を他の二人に渡す。それを二人は静かに眺めた。
「……1つ目、マーレ医師団――」
★マーレ医師団:
移動要塞【アスクラピア】を拠点として大陸を周回して、大陸各地で医療を提供する【マーレ・ベルフェゴル】を団長とする医師の集団。
必要ならば、私兵を使って武力を行使することも行う(基本的に幻魔からの地域守護が目的)。
「おい、オラージュ……、アスクラピアだと?! ……なんであのデカ乳牛女が?! 借りパク?! 借りパクか?!」
「ルーチェ……、あのお方を貴方と一緒にしないでください。それとデカ乳牛女はやめなさい……」
オラージュは射抜くような視線でルーチェを睨み、それを見た総司は苦笑いを浮かべた。
「――彼女は、大陸中に医療を提供しながら、定期的に魔王城に帰還して、先代魔王様の病気の治療法の研究と治療をしていらっしゃいました。そのために、ある意味魔王城との軋轢が皆無だと言えます」
オラージュは次の紙を示す。
「……2つ目、ヴァロナ商会――」
★ヴァロナ商会:
元財務長官【ヴァロナ・アマイモン】が自由なビジネスを目的に生み出した勢力であり、天魔族だけでなく魔人族も所属している。
さらに言えば、この大陸全体の文明レベルを著しく上昇させた功績を持つ魔界有数の大財閥である。
交易都市ブライラスを拠点とし、超高層ビルを所有している。
「うわ……、でた成金女――。まあ、あいつが広めた視幻器は凄いんだが……」
「――まあ、ルーチェよりは遥かにマトモなお方ですよ? というか比べる事自体……」
オラージュのルーチェに対するツッコミが尖すぎる。まるで研ぎ澄まされたナイフのようだと総司は思った。
落ち込んだ様子のルーチェを無視して、オラージュは話を続ける。
「基本的に、娯楽関連・情報伝達機器関連を、地球の文明から取り入れて、テラ・ラレースとしてのものに組み直して大陸中に販売していらっしゃいます」
「それは……、すごいですね」
「ええ、彼女の広めた技術で、大陸の文明レベルはかなり上昇したと言えますね。無論、彼女らは商人ですので、我々とは武力的な敵対もなく、普通に商売上の付き合いを行っています」
さらに、オラージュは次の紙を示す。
「……ふう。ここからが少し問題になります」
「問題?」
オラージュは静かに頷いて、そして語り始める。
「……3つ目、叡智の塔とキルケ研究室――」
★叡智の塔+キルケ研究室:
天魔族が分裂した際に、術軍司令官であった【メディア・アスモダイオス】が、行き場を失った者の多くをまとめたことで生まれた勢力。
さらに、その双児の姉である【キルケ・アスモダイオス】の研究室が半ば独立した勢力として協力している。
大都市ダドリオットの【叡智の塔】を拠点として、大陸各地に兵を派遣し守護している。
「現状における、天魔族の最大勢力。そして、事実上大陸全土を守護している組織こそ、この叡智の塔。そして、大陸最高峰――、おそらく世界でも彼女を超える知恵者はいないとされる【世界を知る者】キルケ・アスモダイオスと、至高の四博士――。彼女らが叡智の塔に協力することで、最強最大の天魔族勢力となっております」
「……」
そのオラージュの言葉に息を呑む総司。オラージュは静かに続ける。
「現状……、彼女らとのコンタクトはほぼありません。――はっきり言うと無視されています。魔人族への術の指導を行って、術師としての補助戦力として運用している、とも言われています。大陸中に支部としての学府があって、その頂点に立っているのです」
「……これは、今後どう動くかわからん連中だな」
困った顔をして腕を組むルーチェ。総司もまた沈んだ様子で頷いた。
「そして、こちらは別の意味で困った勢力。……4つ目、無限海水軍――」
★無限海水軍:
安全で円滑な海洋交易の守護を名目に活動する【メイア・レヴィアタン】をリーダーとする水魔船団。
ただリーダーが自由人であるために、正式な活動内容はかなり適当である。
「……あいつが海洋交易の守護をしている、って話を私は聞かないんだが?」
「……まあ、一応、時々、忘れた頃ではありますが、そういった活動をした記録はあります」
ルーチェの言葉にため息を付きながら答えるオラージュ。
ルーチェは頭を掻きながら言った。
「……あいつガキでバカだから……、マジで適当に遊び呆けてるだけだろ?」
(――ルーチェさんが、他人をバカって?!)
その言葉に驚く総司に、ルーチェは額に青筋を立てて言った。
「……小僧、お前今……、私に対して失礼な事考えたろ?」
「何も考えてません! 何も考えてませんとも!!」
総司は必死になって首を横に振った。そのやり取りを、呆れた様子で小さく笑って見つつオラージュは言った。
「まあ……活動が適当で、更には連絡の一つもないので、もはや放置されているのが無限海水軍ですね」
――と、そこまで言ったオラージュが、真面目な表情を作って言った。
「最後に……、彼女らを勢力――と呼んでいいのかはわかりませんが……、彼女らを一旦【反魔王軍】と呼びましょうか……」
★反魔王軍:
かつて先代魔王への反乱を起こした【イラ・ディアボロス】を主とする集団。
人数的には最少勢力だが、リーダーである【イラ・ディアボロス】が恐ろしく強いために、かなり危険な存在だと言える。
現在、どこに潜伏しているのかは不明。
「反魔王軍……、反乱の首謀者とされるイラ・ディアボロスさんとその仲間……」
「ええ……、一応、出奔後に人員の変動がなければ……、以下の者たちがこの勢力のメンバーです」
――勢力リーダー、天魔七姫将、元特務、【イラ・ディアボロス】。
――元副官、天魔七十二姫、序列37番、【コル・フェニックス】。
――元副官、天魔七十二姫、序列4番、【アヌ・サミジナ】
――元副官、天魔七十二姫、序列3番、【アクイラ・ヴァサゴ】
――配下天魔族、重装槍士八名。
「特に――、イラ・ディアボロスの副官の一人、アクイラ・ヴァサゴは、自身の眼が見えない代わりに、超長距離遠視術による広範囲監視、さらには他者の視覚を利用しての監視すら行えるために、――すでに魔王様の帰還を知っている可能性もあります。そして――」
総司は苦しげに俯いて黙り込む。その様子を見て、ルーチェが代わりに言葉を発する。
「――かつての再現――、小僧の暗殺を目指すかもしれん……か」
その言葉にオラージュは静かに頷いた。
「でも……」
小さくため息を付いたオラージュは、気を取り直すように努めて明るく話し始める。
「……それはとりあえず置いておかなければなりません。……本題はこれからなのです」
「……はい」
その言葉にしっかりと頷く総司。
「――魔王様はこれから先、ある選択をしなければなりません。それは――」
――全天魔族の魔王城再集結か、それとも現状維持か――。
「……ん? 現状維持? ――各勢力の魔王城再集結を促さない……と?」
「そのとおりです」
ルーチェの疑問にオラージュは頷く。
「かつての幻魔竜王襲撃を考えれば、天魔族再集結、魔王軍再編成は急務であると言えます。が……」
「……無理にそれを行うことは、彼女らに対して――、【手に入れたものを捨ててこい】と言っているのと同じ……ですね?」
オラージュの言葉を予測した総司の答えに、オラージュは満足そうに頷く。
「それは……、さらなる混乱を呼ぶ可能性を秘めている選択なのです」
まさしく、今後の幻魔との戦いを考えれば帰還を促すべきであろう――、しかし、そうなれば彼女らが手に入れた多くのものを捨てさせて、それに対する不満が争いの火種となる可能性が高いのだ。だからこそ――、
「……」
総司は静かに考える。ルーチェは頭を掻きつつ言った。
「天魔族――、魔王軍は世界の守護者だ。個人的な理由がどうとか――、そんなことで、使命を放棄していいわけ無いだろ」
「……」
ルーチェのその言葉に対し、オラージュは密かにジト目で睨む。
――貴方がそれを言うのか。
それに気づかずに見守る視線の先――、総司が決意の表情で頭を上げた。
「――オラージュさん。現状維持でいきましょう」
「よろしいのですか?」
静かに聞き返すオラージュの目を見て総司は答える。
「はい……、ただ――。今後、親密な協力関係を築けるように、一旦交流会のような――、会議のようなものを開催できないでしょうか?」
「なるほど? ……魔王軍という形にとらわれない、新しい防衛体制を築く――、そのために話し合う、ということですね?」
「そのとおりです……、お願いできますか?」
その総司の眼をしばらく見つめたオラージュは、小さく微笑んでから頭を下げた。
「承知致しました魔王様――、全ては魔王様の御心のままに」
――こうして、魔王城から大陸中の各勢力に向かって、幹部招集のための手紙が送られた。
そして――、その事が一つの波乱と、そして決着を示すことになる。
◆◇◆
届いた手紙を手に、耳が長い赤い髪の魔女服の女性が、静かな思考を行っている。その隣には、メガネを掛けた赤い髪の白衣を身に着けた女性が、薄く笑いながら成り行きを見守っていた。
「――機会が出来ましたわ」
「まあ……そうだな」
魔女がそう言って、それに白衣が答える。それは何やら暗く陰鬱な雰囲気を示しており――。
「例のシステムの準備を……、キルケお姉様」
「――はいはい、一度決めたからには、精々最後まで付き合うとするさ……。メディア――」
――では、私のもとに、皆を招集してくださいませ――。
これから、戦に関する作戦会議を執り行いますわ……。
かくして――、新たな……、かつての想いの物語が綴られる。




