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第二十話 突破口

 魔王城――、その一角に最新の医療設備が組み上げられて、その中心に複数のナース兵と、マーレ・ベルフェゴル、そしてその補佐としてクラーヴァ・フォラクスとキルケ・アスモダイオスがいた。その中心に設置されたベッドの上にはあのスクリタが目を瞑って眠っている。

 それを上空に複数あるカメラアイの機能で観測して、それを視覚情報として映像化して情報結晶素子へと記録してゆく。

 マーレは顕微鏡に似たその情報探査機器をしばらく覗いていて、大きなため息をついて目を離した。


「……やはり、ぼやけて見えませんね」

「だな……、これはワタシが設計した最新式の生命核調査機器だ……。何とか情報を取得することには成功しているが、ワタシらがそれを覗くと途端にぼやけて認識不能になっちまう。ようするに、像は取得されているのに、観測者の認知回路がノイズ化する——、視覚ではなく()()が弾かれているんだな」


 そのキルケの答えにマーレはそばにあった椅子に座り込んで、そして頭を抱えて言った。


「これが、あの反属性ゆえに理解が及ばない……。それを根本から理解できないということでしょうか」


 そこにクラーヴァが口を出す。


「魔人族に観察させる……、という方法をとっても、そもそも魔人族では生命核構造への干渉は不可能ですから、根本的に彼女の治療は……」


 その言葉にマーレは沈んだ表情で項垂れた。


「この方は……、スクリタさんは、幻魔として生まれながらも、魔王様をその種族の使命を違えてまで救ってくださった方です」


 マーレは拳を握ってただ俯いて言葉を吐き出す。


「……私は、また……救うべき人を救えないのでしょうか……」

「マーレ……」


 クラーヴァが心配そうにマーレを見つめ。キルケは何かしらの手がかりがないかと、自分の手で生命核調査機器を操作し始めた。

 その顕微鏡を覗く瞳が忙しなく動く。しかしながら、そこに見えるのはぼやけたなんの情報も得られない視覚情報だけであり……。


(……少年は……、こうなった責任を感じてしまっている。どうにかしたい……、どうにかしたいが……。やはり相手が幻魔である以上、天魔族である我々では救えないのか?)


 そうして観察していた時に、不意にキルケの機器を操作する手が止まる。


「あ……」

「……? どうしました?」


 何やら気がついた様子のキルケに、マーレが不審そうな目を向ける。

 キルケはマーレを見つめ返してそして――。



◆◇◆



 魔王城にある総司の自室で総司はベッドに腰掛けて項垂れていた。

 それをただ一人オラージュ・ヴェルゼビュートだけが心配そうな表情で見つめていた。

 ――総司は吐き出すように言う。


「僕は……、あらかじめスクリタさんに聴いていた。……聴いていたんだ。自分は幻魔であり反属性である、と」

「魔王様……」

「でも……、僕はそれを根本で理解していなかった。助けるつもりで……、彼女を……、あんなふうにしてしまった」


 総司はここに来て、しばらく見せていなかった涙を流していた。

 その心にはただ後悔しか存在せず……、自分のあまりに重大な失敗を悔やみ続けていた。


「スクリタさんはまだ死んではいない……。でも、今も衰弱を続けてて……、僕がもっと考えて動いていたら。あんな事をしなければ……」


 オラージュはそうして悔やみ続ける総司の苦しみを癒す言葉を知らなかった。

 総司はスクリタを助けると言って、そしてその過程で彼女に致命傷を負わせてしまったのだ。

 それを「仕方がなかった」とも、それ以外のどんな言葉をかけることも出来なかった。


 オラージュは静かに目を瞑って考える。


(サーガラ……、いえスクリタさんは敵でしたが、その生命を賭して魔王様を救った。そんな彼女を我々は助けることが出来ない……。なんとも苦しく悲しい話です)


 ただ泣き腫らす総司の肩に触れようとした時、その自室の扉が開いて何者かが部屋に飛び込んできた。

 オラージュが驚いてそちらを見ると、それは真剣な表情のマーレであった。


「魔王様!! 急いで!! ……こちらに!!」

「?」

 

 その表情に嫌な予感を感じた総司だったが、決意の表情で涙を拭って立ち上がった。



◆◇◆



 闇の奥――、溶岩流に囲まれたその場に、【極天のワシュキ】が傷が癒えたばかりの【征天のナンダ】を呆れた様子で見つめていた。


「はあ……、ナンダさん。困ったことをしてくれたものですね?」

「……く」


 ワシュキに見下ろすような視線を向けられながら、ナンダは苦しげに呻いた。


「まあ……、その魔王がサーガラに魔力を注入して、生命核が破損した時点で()()()()()()と母竜の繋がりは消えています。それ故に、()()()()()()が死ぬ事がなくとも、新たな【生誕のサーガラ】は生まれて来る予定です」


 そう語るワシュキの話に、傍らに控える【破戒のウパラ】が補足する。


「まあ……、ああなった以上、今後生み直される【生誕のサーガラ】は――、意志のない不完全な生命【歪んだ生誕】になってしまいますがね……。まあ、操り人形や、我々の強化パーツ程度にはなりますか?」

「そうですね……。だから、殺さなかった事自体はどうでも良いのですよ? ……ただ、その生きた屍をあの天魔族どもに預けてきたなどと……」


 そのワシュキの言葉にナンダは苦しげに俯いた。

 ワシュキはその様子を見下ろしながら、背後に在って静かにうめき声をあげる母竜を見つめる。


「みてください……。母竜が怯えているんです」

「それは……」


 そのワシュキの言葉にナンダがその顔を上げて母竜を見つめた。


「……新たな敵が生まれようとしている……と」

「……!! まさか?! サーガラ?!」


 そのナンダの言葉に頷くワシュキ。――そして彼女は冷たい表情でナンダに言った。


「今から、産み直された者たちを集めて魔王城へと向かいます。そして、魔王城の周辺で戦いを起こして陽動します」

「……」

「そうして天魔族どもの視線を我々が集めている間に……、サーガラを確実に始末してきなさい」


 そう言って睨むワシュキを見返して、ナンダは確かに頷いた。



◆◇◆



 スクリタが眠りつづける部屋、生命核調査機器のあるその場所にマーレは総司を連れてきた。

 そのただ静かに眠るスクリタを一瞬見つめて目をそらす総司。そんな彼に構わず、その場で待っていたキルケが声をかけてきた。


「少年! よく来た! とりあえずこれを覗いてくれ!」

「それは……」


 その顕微鏡のような機器、スクリタの生命核を観測している機器を見るように促される総司。少し躊躇いがちにそれを覗き込んだ。


「……ぼやけて、なにがあるのか」

「ふむ、そのとおりだ……。この観測機器は正しく情報を取得できているが、我々の意志側がそれを拒絶しているのだ……」


 そのキルケの言葉にマーレが補足する。


「ここまでの最新機器でも完全な観測には至らず、その破損状態、補完すべき構造がわからないから彼女を……、スクリタさんを救うことは出来ない」


 そのマーレの言葉に沈んだ様子で俯く総司。そんな様子の総司の肩に手をおいたキルケは、生命核調査機器の操作盤を動かし始めた。


「……しかし! しかしだ!! これを見てくれ!」

「え?」


 困惑の表情で再び機器を覗く総司。その表情が一瞬で驚きに変わる。


「え? あれ? これ……」

「見えるだろう? はっきりと……」

「え……、でも、あれ?」


 今見ているのはスクリタの生命核。それが幻魔故に天魔族では観測できない……はず。


「見えざる中で唯一見えるそれが……、()()がなにかわかるかね?」

「……それは」


 キルケは不敵な笑顔を浮かべて言葉を放った。


「少年が魔力を送り込んだ時、幻魔であるスクリタはそれを取り込むことは不可能なはずだった。それは幻魔ゆえに当然のことなのだが……、何故か彼女は少年の魔力を受け入れることが出来た……。その正体こそがコレだ」

「え?」

「幻魔がはじめからこのような構造を持っているはずはない。おそらく【生誕のサーガラ】……そう名乗っていた事に関連があるのだろう」


 キルケは総司の肩に手をおいてそして強く頷きながら言った。


「これは……、幻魔である自身の生命核へと天魔族の神核からの力を受け入れる受容門(レセプター)。これを仲介することで、幻魔としての生命核の破損状況、補完すべき構造という各種情報を取得できる」

「それじゃあ!!」


 そのキルケの言葉に総司が明るい表情に変わる。

 そんな彼にマーレが話を続けた。


「もちろん、我々には幻魔の生命核を再生させる技術はありません。だから、我々がするのは天魔族の生命核構造による補完です」

「それは……、可能なのですか?」

「本来ならば不可能です。確実に幻魔の生命核に食われて消滅してしまう。でも……」


 マーレは真剣な表情で総司を見つめる。


「コレはいわば賭けです……。もし彼女の生命核に……、魔王様の魔力を受け入れたときのような新たな構造を生み出す力があるのならば……」


 ――彼女は()()()()()――、()()()()()()()()()()()()()()()かも知れない。


「……これは、まさしく分が悪い賭けですが……」


 そう言って見つめるマーレに総司は真剣な表情で答えた。


「スクリタさんを助けてあげてください」


 その言葉にマーレは優しく微笑んで頷いた。


「承知いたしました……、医者として必ず彼女を救ってみせます。なにより……」


 ――私が望んでやまなかった【突破口】を示してくれた彼女を――。

 そして――、救うべき存在である彼女を――。


 ――この手で必ず救ってみせます!


 そうして、魔王城の施術室にて、スクリタを救うための医者たちの未知への挑戦が始まったのである。

 そして、それはこれから魔王城を襲う決戦の中で、一つの奇跡を生み出すのである。

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