第十八話 剣神閃光
そして――、【生誕のサーガラ】との三度目の戦いは始まった。
プリメラは新型の機剣を手に戦場を駆けて。総司とカミーラがそれぞれにプリメラへ強化を与えた。
ただ、今回のカミーラの強化は【斬撃強化】ではなく、【防護点付与】であり一定量のダメージを肩代わりする防護フィールドを生み出すものであった。
【サーガラ】もその事に関しては、しばらくすると気付き始めていた。そもそも、前回とは明らかな編成が違ったのもあり、さらにはあのプリメラが前回のような積極的な攻撃をしかけてこない事もあり、それに気付くのは比較的容易だった。
(……黒猫さん……、何かを探っている? タイミングを図っている?)
【サーガラ】は心のなかでそう考えた。
そして総司は――。
(……今回、僕達はマーレ医師団から緊急時のリカバリー要員として万能治療を行える医者【レオネ・バルバス】さんを、叡智の塔からは戦場に居る術師たちの護衛として戦闘時のみ直近未来視を行える魔剣士【ドロッセル・カイム】さんと連れてきている。そして僕自身の護衛役にいつものレパードさん……)
【レオネ・バルバス】は、ショートボブ金髪に碧眼をして、黒縁メガネをかけたライオン獣人の女医さんである。治療術式による支援だけでなく、壊れた機器すら修理可能な技術を持ち、その固有権能もそれら生命機械関係なく完治させるものであった。
【ドロッセル・カイム】は、有翼人の血を引いて短時間飛行が可能な魔剣士であり、ツインテール髪の幼い外見の少女である。常に無口で話す時は腰に下げた黒板を使用するのだが、言語翻訳に長けており翻訳できない言語は存在しない。先程も述べた通り戦闘中のみ直近未来視が可能であり、緊急時にも即座に対抗できる護衛として連れてきていた。
――そして、状況によって呼び出す要員に関しては、前回有用であった術式や結界類の破壊要員としての【ムート・キマリス】。そして、最終的な決定打として――。
(叡智の塔所属の拳法士……【イエプレ・アイポロル】さん。彼女は最後の最後に呼び出して全てを終わらせる人……)
総司はそう心のなかで思考した。そう……、その彼女にはそれが出来る固有権能があったのだ。
もちろんそれを実行するには、そのまえに障害を取り除く必要があった。
(……プリメラさん)
静かにその時を待つ総司。
その様子に何かを感じながらも攻めあぐねる【サーガラ】。
プリメラを無視して先行して後方に控える者たちを攻撃しようにも、それを察知したドロッセルが反応して退避を始める。
そして、そもそもそうしてプリメラを無視すると、何かをされそうな悪い予想があって、完全には無視できずに中途半端な戦いしか出来ない。
幾度かそのようなやり取りがあった後に、【サーガラ】は決意してプリメラとの戦いに集中することに決めた。
(ようは黒猫さんを倒せば全てはひっくり返るのよ!)
そう心のなかで叫んで【機竜】を繰る【サーガラ】。その補助術式を駆使した攻撃を全て回避してゆくプリメラ。
どちらも攻めあぐねて戦闘が長期化しそうな雰囲気が漂い始めた時、不意にその大きな隙は生まれたのである。
「あ……!」
【サーガラ】が乗る【機竜】がプリメラに向かってその腕を薙ぎ払おうとしたその時、そのプリメラの背後にあの【懐かしい気持ちが宿る家】が見えた。そのまま攻撃すればその腕に展開している雷撃の範囲攻撃でその家屋を壊しかねなかった。そんな事いつもの【サーガラ】ならば戦闘に集中してあえて壊れるに任せることもしただろうが、今回は何故か躊躇いが起こって心の中で【機竜】に対して攻撃停止を命令してしまった。
――それが致命的だった。
「――今!」
その瞬間【機竜】に戸惑いが生まれて動きが完全に止まってしまう。それこそがプリメラが望む隙であった。
そして――、
「仮想魔源核――開放……」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列1番、プリメラ・ベール】
「固有権能行使……」
【system LOGOS:――固有権能・■■■■(???)】
その瞬間、プリメラの動きが一旦完全に停止する。そのまま抜刀術の如く腰だめに機剣を構えて魔力を収束させた。
【サーガラ】はやっとそれに対処すべく【機竜】を動かそうと思考するが――、
――全ては遅かったのである。
◆◇◆
かつての魔王城にて……。
「……ああキルケか……。決戦に間に合ったか……」
「ああ、最高の仕上がりだぜ……」
プリメラの言葉にキルケが笑って答えた。
キルケは早速、その手に持った布に包まれた一振りの長剣を渡しながら、その機能の説明をはじめた。
「この機剣――【猫爪】によって固有権能を使用した際、お前の運動機能は大幅に抑制される事になる。その間はお前の卓越した回避能力もなくなり、さらに言えば信じられないくらいの数と速さのお前の斬撃も、一息に一回しか斬撃を放てないまでに抑制されるんだ」
「……むう」
「その代わりに……、それらの全ての斬撃を概念的に一本に収束して、その瞬間のみ限界を超えた大斬撃を放てる。お前の技量ならばその斬撃力はルーチェの固有権能を軽く超えるはずだ……」
キルケはにやりと笑って話を続ける。
「そして……、ここからが重要だが……いいか?」
「まだ何かあるのか?」
その問いにキルケは不敵に笑って言ったのである。
◆◇◆
その瞬間、【機竜】に向かってプリメラの斬撃が奔る。
それはプリメラへ向けて放った【機竜】の腕を容易く断ち切って見せたのである。
【サーガラ】はそれに驚きの目を向けて……、そして同時に起こった【機竜】の異変に気付いてそしてすべてを悟った。
「まさか?! 斬撃が四つ?! それも……」
その瞬間生まれたプリメラの大斬撃は――。
――一つ、【機竜】の腕による薙ぎ払いへの迎撃。
――二つ、【機竜】の右脚を断ち切るための斬撃。
――三つ、【機竜】の竜炎心臓を守る装甲及び防御領域の断絶のための斬撃。
――四つ、【機竜】の竜炎心臓への一撃。
の――四斬撃が同時発生していたのである。
プリメラはかつてのキルケの言葉を思い出す。
『その固有権能による斬撃は、自分自身が正しく放ったモノ以外に、その起動した瞬間の姿勢から放つことが出来る斬撃を追加で三つ再現できるんだよ。もちろんそれをどう打ち込むのかはお前の自由だ……』
そうこれこそプリメラの新固有権能――、【黒爪斬撃(Four Rays)】であった。
そして、決着を見届けた総司は【帰召】によって【イエプレ・アイポロル】を呼び出す。
【機竜】にとって竜炎心臓は動力源ではあるが、あくまでも【サーガラ】の召喚物であり、それを損傷させるだけでは機能が完全停止しない可能性があったからだ。
そのとおり、いまだ【機竜】は動こうと藻掻き、そして防御領域も完全には消えていなかった。
だから――、
「仮想魔源核――開放……」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列22番、イエプレ・アイポロル】
「固有権能行使……」
【system LOGOS:――固有権能・絶対打撃(Absolute Piercing Fist)】
ツンツン短髪頭のボクサー少女【イエプレ・アイポロル】が、その【機竜】の機体を駆け上って【サーガラ】の元へと到達する。
そして、その魔力の籠もった打撃を【サーガラ】へと向けて放ったのである。
その打撃は、普通の打撃に過ぎないがあらゆる防御機能を無視する効果を持つ。それゆえに、そのまま打撃は【サーガラ】へと直撃してそのまま彼女を【機竜】の肩から落下させたのである。
そのまま【サーガラ】は地面に転がって、そしてあの家の玄関先に倒れ込んだ。その身を動かすことはもはや出来なかった。
「……おわったか」
プリメラがそう呟きその剣を手に【サーガラ】の元へと歩み寄ろうとする。それを背後からの声が止めた。
「プリメラさん……、待ってください。しばらく僕に彼女と話す時間をください……」
「む……」
プリメラは一瞬躊躇うが、【機竜】がその時点で動きを止めていた事実を確認してから静かに頷いた。
総司は、もはや身動きが取れない【サーガラ】……いやスクリタの下へと歩み寄って。そして膝をついて話しかけた。
「スクリタさん……」
「総司……、馬鹿ね……、まだその名前で私を呼ぶなんて」
「……僕にとっては貴方はスクリタさんですし……」
その言葉にスクリタは大きなため息をついた。
「ああ……思っていた以上にお人好しね……。貴方、仲間たちのために、その気持を抑え込んでいったって話?」
「……スクリタさんは、僕があの世界に来た直後に出会って、その一日はあの世界に来て忙しいこと続きだった僕の、ひとときの安らぎでした……」
「……そう」
静かに目を瞑るスクリタに総司は更に話しかける。
「スクリタさん……、僕は貴方を完全な敵とは思えません。ほかの幻竜八姫将は……、明らかな異質に感じる言動でしたが、貴方は少なくとも僕達天魔族にすら敬意を払って戦いを挑んできた……」
「それは……、ただあなた達を侮ることが得策ではなかったからよ……。ただの……戦術的な行動に過ぎないわ」
その答えに総司は首を横に振って答えた。
「いいえそれは違います……。貴方はそんな人ではない」
「は……、なんで断言するの? そんな事……」
「貴方は……昔を想って涙を流せる人ですから」
その総司の言葉にスクリタは目を見開いた。そして、その言葉の意味を解してそして哀しげな目を総司に向けた。
「見られてたか……。でも、これは私の記憶にない感傷によるもの……、今の私は幻竜八姫将、生誕のサーガラ……。すなわち貴方の敵そのものである幻魔なのよ?」
「……!」
その言葉に総司は驚きの目を向ける。
「薄々はわかってたでしょうが、私たちの生命核は【幻魔】そのもの。あなた達天魔族の宿敵であり反属性……。それ故に、いかに対話ができても最後の最後で私たちは世界の滅びを望む……」
「そんな事!」
「……今見えている私は……、いわば幻魔が纏っている外殻部分。その思考回路も仮初のもの……。私の中核が幻魔である以上、私はどんなにヒトとともにあっても最後にはそれを滅ぼすのよ……」
そのスクリタの言葉に総司は黙り込む。
スクリタは小さく微笑んで総司に言った。
「大丈夫……、私をこの場で終わりにすれば、もはや貴方を悩ませるものはなくなる……。だから、貴方にならば……」
そう言って目を瞑って終わりを待った。
「……僕は……」
総司は静かに苦しげにその手の剣を握る。それを見たプリメラが言う。
「魔王様……、それは私が……」
「いいえ……、プリメラさんは下がっていてください」
その総司の、苦しげだが決意に籠もった言葉に、プリメラは黙ってタの仲間の元へと歩いていった。
――だからそれに反応できなかった。
「え?」
不意に何かを感じてスクリタが目を開ける。その視線の先に黒い点があって、それの正体に即座に気付いたスクリタが思わず総司に向かって叫んだ。
「総司!! ダメ!! 逃げて!!」
「え?!」
咄嗟について出た言葉に困惑しながらもスクリタはその思考で【機竜】に再起動命令を下す。
ただ驚く総司と、そのスクリタの言葉に何かを察して奔ろうとするプリメラ。
【――Yes, ma'am.】
さらに【機竜】が残った腕と足だけでその身を起こしてスクリタたちの元へと這ってゆく。
そして、奔るプリメラが総司たちの元に近づいた瞬間――。
ドン!!
瞬間的にその黒点を中心に衝撃波が放たれる。プリメラはそれに弾き飛ばされて、他の仲間のいる場所まで後退させられた。
呻きながらも総司の居る方を見て、そしてその場の仲間たちと共に絶句した。
「うああああああああ!!」「くあああああああ!!」
総司とスクリタがその黒点から広がる暗黒空間に押しつぶされかかっている。そのままでは……。
「魔王様!!」
何とか立ち上がって総司たちを救おうとするも、暗黒空間が放つエネルギーの奔流に近づくこともままならなかった。
そしてスクリタ達は……。
「クソ……、ワシュキ……。この状況を見てて……、私共々総司を……」
「……」
暗黒空間からスクリタを庇って気絶した総司を、スクリタは苦しげに見つめて呟く。
「総司……本当に馬鹿……」
と……、不意に近くで何かが崩れる音がした。その音の方角に目を向けると、あの【懐かしい気持ちが宿る家】が崩れ落ちつつあった。
そして――、その瞬間、あの時のことを思い出す。
――スクリタ。
(……おばあちゃん。そっか……、私、あの時、私は……)
あの時、スクリタには苦しみ続けるおばあちゃんを救うすべがなかった。
おばあちゃんに生きていてほしかったが、そのままでは苦しみ続けるしかなかった。
だから、そのおばあちゃんの苦しみを止めるために、心のなかで呟く【サーガラ】をあえて受け入れた。
(そうだね……。安らかな死、それは大事で大切だけど……、……それでも置いていかれるものは苦しみ、そして悲しむ……。そこに完全な終末はありえず、必ず残る想いはある……)
――だから私は心の底で【サーガラ】を――、安らかな終末を否定したかった。
たとえ生きることが苦しいのだとしても、何かが間違っているのだとしても、やっぱり死ぬのも……、死を看取るのも苦しいのだと。
そして、スクリタは気絶する総司に手を伸ばす。そして、近くに有る【機竜】に【サーガラ】として最後の命令を下した。
【アギャ!】
それに答えたのは――、あの時のりゅうちゃんだった。
ドン!!
その暗黒空間が総司とスクリタを飲み込もうとする。しかし、その前に【機竜】がその身を黄金粒子に変化させて、その輝きでその暗黒球体を飲み込んでいった。
「魔王様?!」
その光景を呆然として見つめる他の天魔族たち。
その目前には壊れて倒壊した家屋と、すこし抉れた地面しか存在しなかった。
――そうして、総司はスクリタと共に光の果てに消えた。




