第十七話 それぞれの想い
闇の奥深く、溶岩流に満ちたそこに巨竜が眠る。その目前で一人【極天のワシュキ】は佇む。
そんな彼女の元に、断たれた腕を元に戻したばかりの【征天のナンダ】が現れた。
「……どういうことだ? 何故、移動要塞【アスクラピア】の再襲撃計画をたてない?!」
「おや……、ナンダですか……」
「く……」
【ナンダ】はその【ワシュキ】の気のない返事に憎々しげに睨んだ。
【ワシュキ】はその表情を見て笑ってから答える。
「そういきり立たないでください……。ここから更に移動要塞【アスクラピア】の再襲撃を行っても、返り討ちに会うだけですよ?」
「そうならぬように計画を立てれば……」
「ははは……、仰ることはご尤もですが、そうするのは遥か後です。一度、相手の警戒を緩める必要があるのですから」
その言葉に【ナンダ】は黙り込んで……、そして周囲を見回してから言った。
「サーガラは……、またあそこに行っているのか?」
「え? ああ……、そうみたいですね」
そのワシュキの答えにナンダは眉を歪めて言った。
「少々、懐古が過ぎるのではないのか? あの魔人族どもへの態度も、【生誕の竜性】保持者故のものでもなく、あの過去があるからこそのものであろう?」
「ふむ……、そう思いますか?」
「明らかに……、サーガラの性格は我らの計画に弊害をもたらす可能性が高い。今までは何とかこなして来たが、最近の奴の態度にはおかしな点がある……」
そう言葉に出しながら【ナンダ】は、【サーガラ】と天魔族の王である総司の交流を思い出す。
あの時【サーガラ】は、あの時の自分が楽しそうに見えたのならその目は節穴――、そう言ったが、多分その時の自分の目に間違いはなかったのだろう。それは、ここまでの総司に相対する態度に現れていた。
「サーガラは……、全力を出して相手を追い詰めているように見えて、本当はやり返されて追われるのを望んでいるフシがある」
「ふむ、貴方の目にはそう映ったと?」
「最初の相対で……、奇襲で魔王やその周辺を焼き殺そうと思えば出来たはずだ……。でも、それをあえてせずに、正面からの相対を望んであえて相手に礼節を尽くすような真似をしている」
その言葉にワシュキは笑って答えた。
「それは性格的なものでは? 彼女は貴方と違って【勝てばいい】という単純な性格ではないですから」
「……」
その言葉を聞いてナンダは睨みを深くする。
「ふふふ……、そう怒らないでください。ではこうしましょう……。今からサーガラの居る場所へと共にゆくのはどうですか?」
「どういう意味だ?」
そのナンダの困惑の表情に、ワシュキは薄く笑って答える。
「ええ……、もうそろそろ生み直しも視野に入れるということです。ただ、それをするならば色々確認すべきことや、手間などもありますし、まずは彼女の動向を観察すべきだと……」
「……ふむ、まあいいだろう……。いずれにせよ、あの者は生み直しによる記憶の初期化が必要になる。そうなれば、もはやこれまでのおかしな行動はしなくなるだろうからな」
静かにそう語るナンダに、ワシュキは一人満面の笑みを作る。――そして心の中に邪悪な思考を宿す。
(……ふふふ、ここでこの【ナンダ】の役割が来る。先の襲撃で生かした意味がここで生きてくる。全ては……我が天啓と望みのままに進んでゆく……。この我が■■■■■■■と成る道筋を正しく進んでいる……)
その余りに邪悪な渇望は、その同士である【ナンダ】たちをも越えた領域にあり、その正しい使命すら犯しつつあったのである。
◆◇◆
その時、決戦場に向かう総司は、【ヴァロナ・アマイモン】から借りたエネラス動力車に揺られて、静かに深い思考の中にあった。
その心にかつての情景が流れては消えてゆく。
(……なんでこんな事になったんでしょう。スクリタさん……)
あの日、ブライラスで出会った総司とスクリタは、お互いに異郷であるその街を一日を楽しく過ごした。
その笑顔と楽しげな様子は、どうしても自分を騙すための態度には思えなかった。
そもそも、あそこまで自分に関わるのが彼女の戦略によるものならば、何かしらのリアクションはあるはずだが……、彼女はかつてを忘れたように、相対する時は正々堂々正面から立ち向かってきた。
そして、その態度こそがかの【幻竜八姫将】との性格の違いを明らかにしており……、もしかしたら説得できるのではないか、という淡い期待も総司に与えていた。
でも、だからといってこれまでの彼女が、自分たちの命を正しく奪うために戦っているのは事実。だからこそ、そんな自分の淡い期待に、仲間を引きずり込むことは出来ない。
――総司は昔からの性格でそう考えていた。
(……たとえその可能性は在っても、それを理由に皆を危険に晒せない……。僕は魔王、皆のために力を尽くすのが役目なんだ……)
ある意味それは極端であり、自身の思いを殺す事であるのだが、その若い魔王はそこまで理解してはいない。
まあ、事実、それが危険であることは正しい話でもあるのだが。
多分、スクリタはなにかの事情があって【幻竜八姫将】として立っているのだろう。そして、彼女が自分に対して何かしらの感情を持っているのは、自分の勝手な思い込でもないのだろう。だから……、この戦いの果てに、殺すことなく無力化出来たなら……。
(説得する……、事は不可能かも知れない。でも彼女のその本心を僕は……聞きたい)
静かな決意を秘めて総司はエネラス動力車に揺れる。
――決戦場は間近に見えていた。
◆◇◆
その廃村の中を静かにスクリタは歩く。そして、その道の脇に自分が作った【魔人族たちの墓】を見ながら、そしていつもの場所へと向かった。
墓とは――後の人々がかつて生きた人々の足跡を想うための存在。それを残すことは、失った人々の想いや生きた証が、そのまま残っていると想う事でもある。スクリタは生誕から生きて――そして死ぬまでを司り、その死という滅びこそ正しいとみなす筈である。だから、【正しい滅び】以降の何かを残す行為は――、
――正しく【竜性】からくる行いではあり得なかった。
そこにスクリタの矛盾が在った。
あのおばあちゃんとの短くも深い交流が……、その想いが彼女のその精神性を育てていた。
――ただ、幻魔――【滅びの概念】を生命核として生まれてしまった――、それだけが彼女を【幻竜八姫将】として立たせている理由であった。
――そのような運命なんて抗えばいい?
そう簡単に言う人もいるだろう――。でも、幻魔として生まれた生命が、幻魔として生まれた事を――、ヒトとして生まれた生命が、ヒトとして生まれた事を否定する事は、余りに難しい話である。それは――、その自身の存在理由そのものを否定する行為であるからだ。
だからこそ、彼女はその精神性に時に蓋をして非情に徹してきた。まあ、非情に徹するという行為そのものが、彼女の本来の性格を示す事でも在ったが。
――だからこそ、それは本当は彼女自身望んでいたのかも知れない。
「……ここ」
そして廃村を歩むスクリタの前にある家が見えてくる。
それは懐かしさを彼女に与えて……、でもかつての記憶を彼女に与えなかった。
でも、……でも、その心の奥に宿る温かさがスクリタの心を癒やす。……そして、小さな胸の痛みも与える。
ただ、記憶にない懐かしさを想いながら、静かにその家を見つめた。
――スクリタ。
その時、また知らない誰かの声が聞こえる。それを聞くだけでスクリタは一筋の涙を流した。
「……スクリタ、さん」
そんな彼女に声がかけられる。その声音からスクリタは正体を察して――そして涙を拭って振り返った。
そこに総司たち、魔王と配下の天魔族たちがいた。
「ふむ……、なるほど……。私を始末すべくここに来たってことね? まあ、私があなた達の脅威である以上そうなるわね……」
そうして不敵に笑うスクリタに総司は沈んだ表情で答える。
「……あの、さっきの……」
そうして心配そうに呟く総司に、スクリタは嘲笑を浮かべて言い放つ。
「……さあ! 殺し合いを始めようじゃない!! この場所に、この私自ら……、文字通りにあなた達の墓を建ててあげるわ!!」
そして――、戦いは【サーガラ】の終末へと続くのである。
◆◇◆
廃村を囲む森林地帯に、一人【極天のワシュキ】は佇む。そして、静かに笑った後にその言葉を口に出した。
「仮想魔源核――開放」
【system ALAYA:――分割竜核機能・世界律への強制干渉――、侵食を開始致します】
【system ALAYA:――個体識別符名・幻竜八姫将、ワシュキ】
「侵食定理行使」
【system ALAYA:――第弐號侵食定理・位相崩壊(Doomsday Sphere)】
そうして、【極天のワシュキ】の手のひらに魔力が収束を始める。それはそこそこ長い時間をかけて【終末を呼ぶ黒点】となる。
そうして生まれたものを目標に転移させて本起動すれば、かつての十六年前に魔王城を崩壊させたあの【魔力域異常】となる。
それに巻き込まれれば――、
おそらく全ては自分の望むとおりに進む確信がある。
――【極天のワシュキ】は静かに闇のなかで嘲笑した。




