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第十四話 其は九つの天威を示す究極の一也 -The Nine-Headed Dragon God-

 ――ある世界――、ある土地の古伝曰く。

【――往古(おうこ)深山幽谷(しんざんゆうこく)の奥に巨巌洞(きょがんどう)あり。

 そこに一の行者(ぎょうじゃ)籠りて、朝な夕なに経文を(しょう)し、衆生済度(しゅじょうさいど)を願いける。

 あるとき南天の方より穢風(えふう)吹き来たりて、山川の草木みな()え、

 その穢風の中より九頭一尾の鬼神、現身を(あらわ)して曰く――、

 『むかし我を祈りし者ども、もとより我に害心なかりしかども、みな我が毒気に触れて命を落とせり。

  これ(ひとえ)に、先の別当(べっとう)、貪欲にして施物(せもつ)(みだり)り用い、修法を怠りしゆえに、我かくのごとき異形の身となれり』

 行者これを聞きて曰く――、

 『鬼神は形をかくすものなり、汝もし真実を望むならば、法の内に帰依(きえ)せよ』と。

 ここに鬼神、言のごとく石屋の奥に入り、口々に霊言を唱え身を埋めぬ。

 されば行者、その戸を閉じて封じ、石室を以て封鎖せり。

 ――その鬼神こそ、

 主神女神(たいようしん)の岩戸に籠り()せし折、その戸を神威(しんい)のまにまに打ち開き、岩戸を力に任せて(なげう)ちし剛力神(かみ)の霊威より分かれ出でしものなり。

 九つの首を(いただ)く龍神の(そう)(そな)へ、天と地の(さかい)(みだ)すほどの()を放ちしとぞ伝ふ――】



◆◇◆



「う~ん?」


 その時、ルーチェは困惑の表情で目前の修道女――【極天のワシュキ】を見つめていた。そして、隣に立ったオラージュに小さく声を掛ける。


「なあ……オラージュ……アイツ」

「……ええ、そうですね……」


 二人は眉を歪めながら修道女のその長剣や、その立ち振舞を見つめる。そして、その二人ともが感じた思いをお互いに口に出した。


「隙だらけだ……」

「……ええ、明らかな素人……、まあ、普通の術師程度の構え……ですか?」


 そう、二人の感想通りの出で立ちで、修道女はその手の長剣をぎこちなく構えている。

 武を自身の限界まで鍛えた二人には、目前の修道女が儀式剣を……、格好を気にして構えるだけのド素人にしか見えなかった。

 ルーチェとオラージュが素直な感想を呟く。


「……どっから打ち込んでも、普通に切り捨てることが出来る……、そんな気しかしないんだが」

「……いや? わざと隙を見せている? にしては、余りに立ち方が素人過ぎて……」


 多少、白兵戦闘――、武術を覚えた者ならば、微かでもその雰囲気を捉えることは可能である。

 そういった動きは自然と身についてしまうものであり、だからこそ二人ならばそれを見抜くことが出来る――はずであった。

 ルーチェはしばらく考えた後に、オラージュに向かって言った。


「とりあえず……、私が行ってくる。あの妙な侵食定理に私が閉じ込められそうだったら、……その時に手助けをしてくれ」

「わかりました……、警戒に越したことはありません」


 ルーチェが前に出て、【ワシュキ】の目前――少し距離をおいた位置にて相対する。そして、その刀の柄に手を触れて、そして目前の修道女に言った。


「まあ、なんだ……。私らと戦うつもりなんだよな?」

「ふふふ……、もちろんですよ? お手柔らかにお願いしますね?」


 まるで修練の時のような口ぶりで話す【ワシュキ】に困惑が隠せないルーチェであったが、目の前の女が移動要塞【アスクラピア】の襲撃者である事を思い出して、そしてその困惑を振り払った。それを見守るオラージュにしても、ルーチェとは別の困惑を覚えていた。


(今回、わたくしがその目で確認できた襲撃者は、今確認したこの者でとりあえず六人目……。敵は幻竜八姫将を名乗っていたがゆえに、残りの敵は――二人を以前倒しサーガラ一人を除いた五人である……と勝手に考えていましたが……、どうもその幻竜八姫将以外にも敵将は居たということでしょうか?)


 そう考える間にもルーチェは油断することなく腰を低くして構えをとって、ジリジリと相手との間合いを詰め始める。それに対する【ワシュキ】は朗らかな笑みを浮かべたまま、全く素人の出で立ちでそのまま剣を適当に構えていた。


 ――ふ。


 その瞬間、ルーチェのその身が神速で地を奔る。全く動きを見せない【ワシュキ】の横をあえてすり抜けて、そのまま背後に回った動きで背後から刃を打ち込んだ。

 それは、確かに相手に命中する……、ルーチェはそう考えていた。


「……!」


 【ワシュキ】がゆっくりと横に動く。――その数ミリ脇を刀がすり抜けた。

 それに驚いたルーチェが、更に返す刀で下段から斜め上に向けて刃を振るう。


 ガキン!


 ゆっくりとした動きで【ワシュキ】の長剣が動いて、その凶刃を打ち払った。


「あら! よかった! 防げましたよ!」


 そう言って朗らかに笑う【ワシュキ】。それを見てルーチェは素早く後方に飛び退いてその刀を構えた。


(偶然? いや本気を隠していた?)


 先程の【ワシュキ】の動きを何度も思い出してその意図を読み解こうとするルーチェ。しかし……、


(動きは素人同然……、それが偶然にも私の斬撃を打ち払えた……、そうとしか思えない……)


 そう、先程の動きには隠していた本気を出した様子は全く感じられなかった。

 幸運すぎる素人が、偶然にも大正解を引いて打ち払えた……、そうとしか思えなかった。


「……」


 離れた場所で二人の相対を見るオラージュは、ルーチェとは少し違う見解を覚えていた。


(……あの動き、確かに素人ではありますが……。ルーチェの動きがわかったうえで動いている……)


 目の前の【ワシュキ】は、その緩慢な動きのままルーチェの刃の軌道をあらかじめ知ってたような動きで、その軌道を避けるように動いていた。

 もちろん、刃を打ち払った【ワシュキ】の長剣も、緩慢な動きをそのままに、ルーチェの刃の軌道と交差できる軌道をまっすぐと進んでいた。


 ――そう、交差する一点を()()()()()()()()うえで、そこへと長剣を動かしたようにオラージュには見えた。


(……まさか)


 オラージュは嫌な予感を覚える。

 それに対しルーチェは一瞬考えた後に、その身を【ワシュキ】に向かって奔らせた。

 その刀が閃光となって閃く。


(……これなら!)


 ルーチェの刃が【ワシュキ】に向かって一直線に進む。その場所へと【ワシュキ】の長剣がゆっくりと動き始める。

 それを卓越した戦闘感覚で察知したルーチェは、その刃の直線軌道を鋭角に強引に曲げて、長剣の向かう方向とは別の場所へと斬撃点を変更した。

 それに気づいていないのか【ワシュキ】は微笑んだままである。そして――


 ガキン!


「「――!」」


 あまりの事にルーチェもオラージュも言葉を失った。

 緩慢だった【ワシュキ】の長剣が掻き消えて、ルーチェの刃を打ち払っていたのである。


「……ふふふ、命中すると思いましたか? なかなかスリリングでしたね?」


 そう言って【ワシュキ】は笑った。


「……おま、え」


 言葉少なげにルーチェは【ワシュキ】に向かって呟く。それを受けて【ワシュキ】は微笑みを深くして言った。


「そうですね……、誤魔化してても無意味ですし、失礼でしょうから言いましょうか?」

「なに?!」

「……私は、剣術など欠片もかじったことのないド素人ですとも」


 その言葉にルーチェは絶句する。そして【ワシュキ】は言葉を続ける。


「しかしながら……、私は【幻竜八姫将】の中でも最強の能力をもっております。……先程のように、貴方がたとの技術格差を埋められる程度には……」


 その言葉の続きを遮るようにオラージュが言葉を放つ。


「……そして、先程の動きは【直近の未来視】ですね?」

「ふふふ……、そのとおりです。私はそこの剣士の刃の動きを、あらかじめ知ることが出来ます」


 その答えにオラージュは眉を歪める。【ワシュキ】は満足そうに二人の表情を見て笑った。


「……というわけで、お二人でかかってきても構いませんよ?」


 そう朗らかに笑う【ワシュキ】を、ルーチェとオラージュは静かに睨んだ。


(……ち、確かにそのほうがいいのかもな……。だが……、しかし、だ……)


 要するに先読みでも対応できない攻撃で切り捨てればいい話だ。なにせ自分には固有権能【無音一閃】がある。

 そして、それを察知して相手があの妙な侵食定理で自分の動きを止めようとしても、その時はオラージュがこの修道女を切り捨てるはずだ。

 ――ならば……。


 ルーチェは静かに一息吐いた後に言葉を紡ぐ。


「「仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)」」


 ルーチェの言葉と、【ワシュキ】の言葉が重なる。それをルーチェは驚きつつも、そのまま続ける決意をした。

 ルーチェと【ワシュキ】双方の身から膨大な魔力の奔流が吹き上がった。


【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】

【system ALAYA:――分割竜核機能・世界律への強制干渉――、侵食を開始致します】


 オラージュがルーチェの支援のために走り始める。


【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七姫将(てんまななきしよう)、ルーチェ・イブリース】

【system ALAYA:――個体識別符名・幻竜八姫将げんりゅうはちきしょう、ワシュキ】


 ――そして、再び言葉が重なる。


固有権能行使(リミットブレイク)」「侵食定理行使(リミットブレイク)


【system LOGOS:――固有権能・無音一閃(Silent Slash)】

【system ALAYA:――■■■侵食定理・霊層転身(Abolishing Death)】


 その瞬間、駆け出したオラージュが一抹の違和感を感じた。

 ――何かがおかしい。


 その光線と化した刃が【ワシュキ】の胴を上下に正確に断ち切った。

 ルーチェはその手応えを確かに感じて、――そして安堵する。

 結局相手は何も出来ずに自分に倒された――、そうルーチェは勘違いしてしまった。

 もちろんそれは優秀な剣士ゆえに仕方がないことだった。相手を切り捨てたその手応えは、間違いのない()()であったからである。


「ルーチェ!!」


 オラージュが叫びながらルーチェの元へと駆ける。ルーチェは何ごとが起きたのかもわからずただオラージュを見た。

 その視線が、自分をすり抜けて自分の背後に向いていた。


 ――だからこそ、紙一重で命を拾うことに成功した。


 ザク!!


 ルーチェの背中が一振りの斬撃によって深く切り裂かれる。その時、ルーチェは卓越した戦闘感覚で、背後から迫る凶刃を感じ取ってそして回避運動を初めていた。

 そのまま、痛みを堪えつつその身を地面に転がして、そして背後を襲った者の姿を見た。

 ――それは驚くべきことに、胴を上下に断たれたはずの【ワシュキ】だった。

 しかし、その輪郭がぼやけている事実をルーチェは理解する。そして、傍に胴を断たれて黒い霧へと変化する【ワシュキ】も確認した。


「……ふふふ、流石ですね……。いまので殺せればと思ったのですが……」

「回避術式?!」


 血を口から吐きながらそう呟くルーチェ。しかし、オラージュはそれとは違う驚くべき言葉を発した。


「……回避系? 侵食定理?!」

「ふふふ……」

 

 その言葉に【ワシュキ】は微笑みで答えた。

 オラージュは転がるルーチェの手を取ると、そのまま【ワシュキ】との間合いを離した。そして静かに【ワシュキ】を睨む。

 困惑顔のルーチェはオラージュに問うた。


「な、んだよ? ……アイツの侵食定理……、あの黒い箱みたいなのじゃ……」

「ルーチェ……、いや、コレはまさかという話なのですが……」


 困惑の顔でオラージュを見つめるルーチェに、静かにその答えを話し始めた。


「あれは……、あの者の二つ目の侵食定理ではないかと……」

「は?」


 その言葉を呆然と聞くルーチェ。その言葉が耳に届いて【ワシュキ】は嬉しそうに笑いながら首を横に振る。


「……はあ、それは間違っていますね……」

「……間違っている? それならアレは……」


 オラージュが聞き返すと、【ワシュキ】は微笑みを深くして答えた。


「あれは私の……第肆號(だいよんごう)侵食定理ですよ?」

「「……え?」」


 さすがの二人も、呆けた様子で聞き返す。


「番号を間違えないでくださいね? 二番目ではないです……、私の九つある――」


 ――第弌號(だいいちごう)から第玖號(だいきゅうごう)まである【侵食定理】の四番目です。


 その言葉を聞いて、ルーチェは言葉を失う。

 オラージュは少し引きつった表情で聞き返す。


「九つある侵食定理ですか?」

「そうです……、でもまあ、それらは全て私が保有する一種類の仮想魔源核(ロウアマナコア)で使い分けなければならないので……、浪費が激しいですがね」


 その言葉に……、オラージュは少し笑いながら問を言った。


「あの……、その仮想魔源核(ロウアマナコア)の数を聴いてもよろしいですか?」

「ふむ? 数ですか? ……上限? それとも現状数? ……まあ、どちらにしろ変わりませんか……」


 そして【ワシュキ】は静かに、そして笑いながら二人に告げた。


「……現在……、残り九十七個ですね……」

「「……」」


 ルーチェもオラージュも完全に言葉を失った。

 それでも、何とかオラージュは心のなかで対策を考えようとする。


(……直近未来視。最強クラスの能力。九つの侵食定理。……そしてそれらを使いこなすための仮想魔源核(ロウアマナコア)の残り九十七個……)


 ――これは果たして立ち向かえるものなのか?

 さすがのオラージュもその思考に至ってしまう。相手の力があまりにも常識ハズレすぎる。

 もしかしたら、この襲撃事態彼女にとっては児戯に等しいのかも知れない、そうオラージュは考えた。


 相手は、直近未来視でこちらの行動の先攻を取り、さらには普通に戦うだけでも強い上に、九つの侵食定理をおそらくは未来視を最大限に利用して使いこなすであろうことは容易に想像できた。これはもはや戦闘の成立する相手なのかも怪しいと考える他なかった。


 ――そう、もはや【極天のワシュキ】相手に、ルーチェとオラージュ二人だけでは、――完全に詰んでいたのである。


 そう――()()()()()()では。


「さて……、今後生き残られては厄介ですし、では――終いにいたしましょう、ね? 貴方がた……」


 その【極天のワシュキ】の言葉が、まるで死神の宣告のようだとルーチェとオラージュは考えた。

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