第十一話 反撃開始
ガキン!
「ぐあ……!」
その刃が並んだ爪の斬撃を、プリシアは血を吐きながら受け止める。
一度は押され始めた戦況をプリシアは不屈の闘志で抑え込んでいた。
その様子を、動力室内部から術式で確認しつつ【凍餒のアナバタッタ】は眉を歪める。
(……あの女、なんて奴……。今、ここ一帯は私の【停死世界(Starvation Area)】で、あらゆる生命体としてのリソースが削られているのよ? それでも……)
それはもはや敵である【アナバタッタ】すら驚嘆するほどである。もちろん、一度仮想魔源核を浪費した彼女にはもはや逆転する術などない。
だが、それでもあの全ての運動能力を強化して鋼の刃獣と化した【バツナンダ】の猛攻をしのぎ続けていた。
「まだ……であります! まだ本官は倒れてなどいない!!」
このままでは【バツナンダ】の侵食定理が時間切れになり、さらに【アナバタッタ】の侵食定理すらも終了しかねない。そうなれば――、
(く……、動きたくないけど……)
仕方なく一旦エネラスリアクターへの術式行使を中断して、その【停死世界(Starvation Area)】の全効果を【プリシア】へと収束すべく動力室の扉へと向かって、それを微かに開けた。
(……はやく……、死になさい……)
そして、【プリシア】にかかる負荷が数倍に膨れ上がった。
さすがのプリシアも、凄まじい飢餓と喉の渇きと疲労感にめまいを起こして、その場に膝をついた。
「ま……だ……。まだで……あり……」
それでも立ち上がろうとする彼女に、【アナバタッタ】は小さく叫んだ。
「早く死になさい!」
だがその時のその行為が、後の自分の運命を決定した事に【アナバタッタ】は気づかなかった。
「ギャアアアアアアアア!!」
鋼の刃獣と化した【バツナンダ】のその腕が振り上げられる。そして、プリシアはそれが自身に向かって振り下ろされる事を予想して、その手の剣を持ち上げようとした。
ドス!
「ゲア……?」
不意に【バツナンダ】の動きが止まる。【バツナンダ】は、不意に熱い感覚を得た腹を見た。――そこから真紅の槍が突き出ていた。
【バツナンダ】は小さく血を吐いてから、自身の背後を見る。そこに……、
カタカタカタカタ……。
歯を鳴らして自分を見つめる真紅の骸骨がいた。その骸骨は手にした槍をグリグリと動かす。さらに【バツナンダ】は血を吐いた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……。
その周辺から乾いた音が響き始める。そして、その通路の至る所から無数の真紅の骸骨が槍を手に走り出てきた。
そして……。
ドス、ドス……ドス、ドス……、グチャ……!!
【バツナンダ】のその体に群がって骸骨がその手の槍を突き立てていった。
「げ……が?」
ドス!
そして、もう一体の骸骨がその槍を【バツナンダ】の喉に突き入れる。
そのまま【バツナンダ】の目が白目をむいた。
ドサ……。
静かに崩れ落ちて、そのまま黒い霧へと変化して消えてゆく【バツナンダ】。その光景を【アナバタッタ】は恐怖に満ちた目で見た。
「え?! あ……」
カタカタカタカタ……。
何故か、動力室内部のそこかしこから乾いた音が響き始めた。【アナバタッタ】はその音に目を見開き、その背を壁に接触させた。
「……ふむ、そこに隠れてるやつも始末していいよ……。私の【骸兵】ちゃん……」
離れた場所でそう一人で呟くのは、黒髪黒い瞳に目の下のクマ、エルフ耳をした赤い衣の骸兵使い【アヌ・サミジナ】である。
「ひひひ……、生命体へのリソース削減か……。うちの【骸兵】ちゃんには効かなかったね……。くひひ……」
そして、動力室の入口付近で悲鳴が上がった。
動力室から躍り出た【アナバタッタ】が、その顔に恐怖を貼り付け泣きながら悲鳴を上げて通路を逃げていった。
それを無数の骸骨が追いかけてゆく。
「……これ、は?」
呻きながら膝をつくプリシアのもとに、骸骨の群れが集まってくる。
「は……、本官にもとうとう死神が……、お迎えに……」
そうしてその場に倒れ込むプリシア。それを見て骸骨達は、首を傾げて疑問符を大量に浮かべた。
……? ? ?
そんなプリシアに近づいてくる者がいた。赤い衣の【アヌ・サミジナ】である。
「馬鹿なこと言ってないで……、一旦休んでなさい……」
「ふふふ……、アヌ……、大の人嫌いの君から、そんな優しい言葉を聞くとは……」
「はん……、別に……。魔王様の命令だから来てあげただけよ……」
その言葉を聞いてプリシアは静かに笑って言った。
「……ふふ、見事なツンデレですな……、アヌ……」
「……ふむ、強制的に休ませるために、意識を失わせる手伝いが必要かな……?」
そう言って額に青筋を立てる【アヌ】の顔を確認して、【プリシア】は安堵して意識を喪失した。
◆◇◆
巨大な魔力を纏う【コル・フェニックス】が、【暴炎のマナス】を追い詰めてゆく。
【マナス】の攻撃は一切届かず、そのかわりに【コル】の刃が【マナス】の身体に傷をつけてゆく。
その光景を、離れた場所で侵食定理【疫病死界(Grim Reaper's Hunting Grounds)】を維持しつつ見守る【呪毒のトクシャカ】は驚愕の表情で見ていた。
(……馬鹿な?! アレは……、あの天魔族……。疫病に侵食されて弱体化した細胞が……、すべての生命組織が……、即座に新たな生体組織で置き換えられて元に戻っている?!)
その間にも【コル】の刃が【マナス】を壁際へと追い込んでゆく。
「て、テメエ……、クソ……」
狼狽えて大剣を振る【マナス】に住めたい視線を送りつつ【コル】は言った。
「……は、この状況を生み出した何処かの誰か……。俺の固有権能【不死不敗(Immortal and Undefeated)】をただの超回復と一緒にするな? 俺の【不死不敗】は自身の限界突破による肉体損傷すらも即座に回復して最高の状態を維持する。……お前らでは【不死鳥】を地に落とすことなどできん……」
その言葉に【トクシャカ】は顔を青くして口を押さえた。
(……まずい!! コイツアタシの存在に気づいて……)
そのまま追い込まれてゆく【マナス】は心のなかで毒づいた。
(こ……、こうなったら、ここらの連中諸共……。アタシの侵食定理で……)
そして、【マナス】は焦った口調でその言葉を言い始めた。
「ろ、仮想魔源核……」
――ヒュ。
その瞬間【マナス】の言葉が止まる。なぜなら……、
「へ? あ……」
その【マナス】の肩から先が……、両腕が無くなっていたからである。
トサ……、カラン……。
乾いた音をたてて両腕が地面に落ち、大剣の音だけが広く通路に響いた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった【マナス】が絶叫を始める。
「アタシの……、アタシのうでえええええええええええええええええええ!!」
「……うるさい……」
刃が一閃されて――、【マナス】の首が地面に落ちた。――そのまま黒い霧と化して消滅する。
その光景にもはや恐怖を感じて、その懐をあさり始める【トクシャカ】。
(たしか! ここに撤収用の護符を……!!)
慌てながらしばらく探した【トクシャカ】は、やっと目的のものを探し出して安堵する。
「ああ……、これで……」
「……これで?」
近くで聞こえたその声にビクリと体を震わせてそちらを見る【トクシャカ】。そこに既に【コル・フェニックス】がいた。
「あ……」
そのまま風景が大きく動き始める。
すでに――、その首を落とされていた。
静かに――、業火の如き怒りを内に秘めて――、【コル・フェニックス】は呟く。
「……俺の……、大事な仲間たちを散々いたぶってくれた貴様らを……、そのまま逃がすと思ったのか?」
そして彼女は、その刃についた鮮血を振り落として――、その剣を鞘に納めた。
◆◇◆
遥か移動要塞を望む高台にて【破戒のウパラ】は考える。
(さて……、このまま上手く進むといいのですが……)
「ウパラ……」
不意に【サーガラ】が【ウパラ】に声を掛ける。疑問を得て【ウパラ】が【サーガラ】を見た。
その【サーガラ】といえば、【ウパラ】を見ずに――、さらには攻撃目標である移動要塞【アスクラピア】を見ずに――、目前下方を見つめていた。
――【ウパラ】は自然とその視線を追った。
そこに彼らがいた。
「な?! 魔王?」
天魔族の王である総司が、プリメラや複数の天魔族を連れて歩いてくるのがみえた。
(馬鹿な!! 反応が早すぎる!! まだ援軍が来る時間では……)
「……ああ、そう……」
驚くだけの【ウパラ】と、全てを納得した表情で総司を見つめる【サーガラ】。
そして、【サーガラ】――、スクリタは静かに微笑んだ。
「……第二回戦ってとこかな?」
「スクリ……、いや……サーガラ……」
その視線が一瞬交錯して……、そして戦いの火蓋は切られた。
◆◇◆
悲鳴を上げて【アナバタッタ】は逃げる。その背後にはもはや骸骨はおらず、ただ恐怖にかられて侵入経路であった第四区画の倉庫へとやってきていた。
「……はやく……、逃げて……」
そう呟く彼女が倉庫内を走り抜けようとすると、その入口に背中を預けて立っていた何者かに声をかけられた。
「……えっと、お前で襲撃者……、四人目だっけか?」
「え?」
――ヒュ。
ドス!
刀が閃いて――、その胴体が上下に断ち切られる。そのまま声も出せずに【アナバタッタ】は終わった。
それを成した【ルーチェ・イブリース】は静かにその刀を鞘に納めて呟く。
「……ああ、と……。たしかこれで目撃された襲撃者、四人とも……か? ……で……」
不意に倉庫内の一角を見つめながら【ルーチェ】が呟く。
「……そこにいるお前で、五人目……、でいいんだよな?」
「知らんな……」
【ルーチェ】の問に【征天のナンダ】はにべもなく答える。
「……急いで戻ってきたんだろ? 助けなくてよかったのか?」
「弱いから死んだ……、それだけだろう? そもそも我の使命――、その竜性は【征天】……。【天魔族殺し】が全てなれば……」
――真っ先に殺すべき者の気配を感じて戻ってきたまで。
そう答えて笑う【征天のナンダ】に、【ルーチェ】は静かにため息を付いてから答えた。
「……了解……、そういう事ね……」
そして――、ここでも戦いは起こり、移動要塞【アスクラピア】を巡る争いは最終局面を迎えようとしていた。
◆◇◆
――ふふふ、全ては天啓通り。
――あの四人は一旦生み戻しへと進み……、そして――。
――さあ、私も表舞台へとゆこうか?




