第十話 死闘の先に――
【プリシア・アンドロマリウス】は、【征人のバツナンダ】の戦い方を見て既視感しか抱けなかった。
【バツナンダ】は、その周囲に展開するナイフの群れを蛇腹剣のように、整列した刃列――、片側にだけ斬撃力を持つ刃の列となして、【プリシア】とともにある拳法士達に傷を与えていった。【プリシア】もまた、仲間に向かう刃列や自身へのそれを捌きながら【バツナンダ】へと刃を振るった。
ガキン!
【プリシア】の刃がナイフの群体による盾で防がれる。それもまたあの時と同じであった。
(……ち、妙な気分であります)
まるであの時の再現をされているかのように感じて、少し嫌な気分を覚える【プリシア】だが――。
(このまま、ここに押し止められているわけには行かないであります……)
そう、ここに来て【プリシア】に焦りが出始めていた。その理由は……。
ドン!
再び地面が揺れる……。それは、要塞の外壁へと打ち込まれ始めた【サーガラ】の竜炎重砲の衝撃であった。
その断続的砲撃は、要塞の防御機能によってある程度は防がれてはいたが――、どうもつい二三回前、その熱量によって外壁部分が燃え始めて、外殻区画へと火災が広がり始めた様子であった。それが、まさしく【プリシア】に焦りを生み出して、【バツナンダ】との戦闘に集中出来ない要因になっていた。
――先を急がなければならない。その思いが、逆に敵の隙を探す戦闘感覚を鈍らせる結果となっていた。
(くそ……、あのナイフの群れ……、邪魔であります)
奥の動力室への通路を塞ぐように、【バツナンダ】の周囲にナイフの群れが展開している。それは、攻撃の際に刃列へと変化して先に進めそうな隙間を生むが……。
「く……」
【プリシア】たちが進もうとすると、その先を塞いでその場に押し留めた。その間にも自分や仲間が傷ついて、そして倒れていった。
(おちつけ!! このままではダメであります!!)
その焦りを首を振って振り払おうとする【プリシア】。その時、目前の【バツナンダ】が笑って声をかけてきた。
「ふふふ……、脅威になるかと思っていたが……、杞憂だったみたいね?」
「……!」
「じゃあ……、ここで皆殺しにしてあげる……。仮想魔源核――開放……」
「それは……まさか?!」
その【バツナンダ】のセリフに……、【プリシア】が絶句する。
【system ALAYA:――分割竜核機能・世界律への強制干渉――、侵食を開始致します】
【system ALAYA:――個体識別符名・幻竜八姫将、バツナンダ】
「侵食定理行使……」
【system ALAYA:――侵食定理・刃群戦鎧(Blade Beast)】
その瞬間、かつてとは大きく食い違う変化が【バツナンダ】の身に起こった。
「な?!」
【プリシア】が驚く目前で、【バツナンダ】の周囲に展開していたナイフの群れの一部が、白銀の甲殻へと変化してその身に纏われた。
その甲殻にはハリネズミのごとく無数の刃が外に向かって広がり、さらにの手の指がそのままナイフの刃となって……、その顔も銀のヘルムに覆われて、その頬まで裂けた口と合わせて、まさしく銀色の刃の魔獣そのものへと姿を変えていた。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
獣そのものの咆哮をあると、その身の刃が外へと広がる。その身もふた周り大きく変化して【プリシア】たちを威圧した。
(……どうも、コイツはやはり別個体だったようであります。侵食定理に、くい違いがあるであります)
【プリシア】はこころを鎮めて刃を銀の獣へと向ける。そんな彼女に向かってソレは駆けた。
――ヒュ!
それはそれまでと大きく違う速度だった。【プリシア】はその速度に何とか対処できたが、仲間たちがその突撃に巻き込まれて刃を受けて地に倒れた。
「……く! このままではいけない!!」
【プリシア】は決意して意識を集中する。
「仮想魔源核――開放!!」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列72番、プリシア・アンドロマリウス】
「固有権能行使……であります!!」
そして、彼女はそう口に出す。
――しかし、その時点で重大な見落としに彼女は気づいていなかった。
そう、【凍餒のアナバタッタ】がその場の近くに潜んでいるということに。
【system LOGOS:System Error――。固有権能起動のためのリソースが足りません。起動は自動的にキャンセルされました】
「え?!」
【プリシア】は驚いて手を見つめる。仮想魔源核を砕いて開放した魔力が全て消え失せていた。
「あ……」
その時になって、やっと見落としに気づいたが……、その大きな隙を見逃さなかった【バツナンダ】が彼女を襲った。
ザク!
「ああああああ!!」
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
【プリシア】の悲鳴と、【バツナンダ】の嘲笑を含んだ咆哮が重なった。
それを聞きながら、通路の奥……、動力室内部で自身の侵食定理【停死世界(Starvation Area)】を維持する【凍餒のアナバタッタ】は笑った。
(結晶化している仮想魔源核を消すことは出来ないけど……、開放された魔力は奪って飢えさせることはできるのよ……)
……貴方がそうする瞬間を待っていたわ。
全ては彼女らの思惑通り……。【プリシア】は最悪の状況でその場に倒れた。
「ト、ロ……」
痛みを堪えてそう口に出す事しか【プリシア】には出来なかった。
◆◇◆
遥か前方――、燃える移動要塞【アスクラピア】の姿がある。
それを無表情で見つめながら【サーガラ】は再びそれを口に出した。
「……【機竜】……、さらに竜炎重砲再準備……」
【――Yes, ma'am.】
その竜頭の口の、その牙と牙の隙間から紅蓮の炎が見えて……。
「……先程よりもう少し後方に撃ち込んで……」
【――Yes, ma'am.――Energy boost……70%……80%……90%……100%…….――Fire!!】
その瞬間、巨大な火球が放物線を描いて要塞へと向かった。
ドン!
その火災に更に火が加わる。それを眺めながら【サーガラ】笑うこともせずにただ黙っていた。
「……ふふ、順調ですね……」
「そうね……、怖いくらい……」
静かに【ウパラ】と言葉をかわす【サーガラ】。
もはや【サーガラ】は、自身が生まれた意味である使命に殉ずるべく、その心の奥に宿るナニカを抑え込んでいた。
そして――、更に火を加えるべくその口を開いた。
◆◇◆
病院区画ではナース兵や、医療スタッフである上位天魔族が忙しそうに走り回っていた。
その中にあって【レーベ・マレフォル】は、【プリシア】たちの安否を思ってその動きが緩慢になっていた。
そんな彼女に対しその師匠である【カプラ・ブエル】の激が飛ぶ。
「レーベ!! 意識を集中せんか!! お前の今の戦場はここだろうが!!」
「あ……、はい!!」
その師の叱咤に、【レーベ】は頭を横に振ってその不安を振り払った。
(プリシア……、トロ……。信じてるからね……)
そして【レーベ】は、続く衝撃とそれによる恐怖で、患者の多くの病状が悪化を始めたその戦場へと意識を集中した。
◆◇◆
そして……、【トロ・バラム】は。
「あああああああ!!」
気迫の声とともにその拳を【暴炎のマナス】へと振り抜く。それを辛くも躱してその小さな拳士を睨んだ。
「ち……、てめえそこらの雑魚どもよりかはやるな……」
「皆を……、雑魚って言うな!!」
苦しみ伏せる仲間たちの視線の先、【トロ】は必死の抵抗を行っていた。
正直、他の仲間と【トロ】の間にはそれほどの戦力差は存在しない。ただ、【トロ】の人一倍強い不屈の精神が、その場に彼女を立たせていた。
そして、その精神は仲間が倒れれば倍々に高まっていった。まさに、救うべき仲間が増えるたびに【トロ】のエンジンは強く動き始めていた。
(……ち、厄介なガキだ……)
次第に【暴炎のマナス】の遊びへの意欲が薄れ始めていた。――【トロ】の拳が届き始めていたのである。
(次第に……、動きが早くなっていやがる……。このガキ……)
目の前の【トロ・バラム】が、自分が最も嫌う類の存在だと彼女は理解した。
(……だが、侵食定理で一気にかたをつけるってのも味気ないぜ……)
現在の【暴炎のマナス】の侵食定理は、広範囲に及ぶ超大攻撃技であった。それを使えばその場の全員を抹殺できた。
しかし、彼女はそれをあえてしなかった。――そう、敗北者たちをいたぶる事を優先したのである。
――と、その時、その地面が揺れた。
「……く、急がないと……」
そう【トロ】は苦しげに呟き……、そしてその状況を打開するための決断を下した。
「仮想魔源核――開放!!」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――警告:分割神核機能・本起動前のため限定的機能の仮起動を開始】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列51番、トロ・バラム】
「固有権能行使!!」
【system LOGOS:――機能限定型固有権能・通力廻天(Force Difference Reversal)】
その瞬間、【トロ・バラム】と【暴炎のマナス】のパワーバランスが逆転した。
「……く?! これは……」
【トロ】の速度が乗った拳が連続で叩き込まれる。【マナス】は反吐を吐いて吹き飛んだ。
「くそ!! 何だこいつ!!」
「このまま押し切る!!」
【マナス】の疑問と、【トロ】の気合の声が重なる。
その【トロ】の全力の拳が空を奔った。
ズドン!
「げあ!!」
その拳が腹に命中し、再び【マナス】は反吐を吐いて今度こそ大地に倒れ込む。その手にあった大剣が転がった。
「げ、あ……」
【マナス】は苦しげに腹を押さえつつ地面に膝立ちになった。――そこに【トロ】が近づく。
「これで……」
その拳を握って【マナス】にトドメの一撃を放とうとした。……と、
「ま……まて……」
「……?!」
「この通り……、謝るから……! 許してくれぇ!!」
不意に【マナス】がその場に土下座を始めた。その光景を絶句して【トロ】は見つめる。
「え……?」
「たのむよぉ……、アタシも奴らの言いなりに成らないと殺されちまうんだ……。許してくれよ……」
その言葉に、一瞬狼狽えた【トロ】だが……、強い意志で【マナス】を睨んで言った。
「今更謝ってすむわけないだろうが!!」
その叫びに【マナス】は……。
「だよね~~(笑)」
そう戯けた声を上げた。その変化に驚く【トロ】の、その視界が反転した。
「うあ!!」
気づくと【トロ】は地面に倒れ込んでいた。【マナス】は、土下座をするふりをして、地面に転がる大剣に手を触れて、それを利用して【トロ】の足を引っ掛けたのである。
その場に【マナス】の楽しげな嘲笑が響く。
「きはははははははははは……!! ばーか!! 引っかかりやがった!!」
「お、お前……」
怒りのままに立ち上がろうとする【トロ】だが……、いきなりめまいを感じて膝をついた。
「え? ……な?」
「きひひひ……、おいガキ……。これな~~んだ?」
「……!」
【マナス】の手に、【トロ】が隠し持っていた【対汚染護符】があった。
「え? まさか……」
「……きひひ……、なかなかだろ? アタシのスリの技術も……」
その声を聞いて……、【トロ】の視界が混濁を始めた。その体が急速に、その一帯を汚染する病原体に侵され始めていた。
そうして青い顔をする【トロ】に【マナス】が言う。
「よう……、てめえ……。さっきはよくもアタシに土下座みたいな真似させたな……クソガキ」
「く……う、それは……、貴方が勝手に……」
「うるせえよ……。テメエらみたいな弱っちい敗北者どもに……、なんでアタシが頭下げないといけないんだ? ……あ?」
ドス!
その蹴りが【トロ】に飛んで、彼女は苦しげにその場に突っ伏す。そのまま、その頭に【マナス】の足の裏が落ちてきた。
ドカ!
「うが!!」
「おい……敗北者……、なんか言えやコラ」
「ぐ……う」
そして、【マナス】は容赦なく蹴りを【トロ】に叩き込み始めた。
「げ! あ!! く!」
「おい……、土下座して謝れや敗北者……。それか苦しみぬいて死ねや……カス」
その光景を、他の倒れ伏す仲間も見続ける事しか出来ない。
そして――、不意に【トロ】の固有権能が停止した。
「おお……、やっと戻ったぜアタシの力……。これで……」
【マナス】は嘲笑を浮かべて【トロ】を見下ろす。
「さ~~て(笑)。コイツラ……、どんなふうにいじめ殺そうかな~~(笑)」
その言葉を、【トロ・バラム】は動かない身体で聞くことしか出来ない。
――その瞳から一筋の涙がこぼれる。
「ぷ、りし、あ……。私、やっぱり……」
――弱い。
呻き泣く【トロ】に【マナス】の嘲笑が届く。
「きははははははは……!! 敗北者は死ぬんだよ!! 敗北者は無意味に消えるのが運命なんだよ!! 分かったか? バ、カ、ガ、キ……(笑)」
(ああ……、プリシア……、ごめん、私は……)
「とりあえず……、テメエの大事なその両腕から切り落とすか……」
そう言って【マナス】は、大剣を振り上げて……、そして【トロ】に向けて振り下ろした。
――が、
ガキン!
不意にその場に現れた何者かの剣で、その刃が止められた。
【トロ】は霞む視界で、自分をかばうように立つ何者かの背を見た。
(プリシア……?)
その疑問には答えることなく。ただ【マナス】が驚きの声をあげた。
「て、テメエ!! ……何だ?!」
その言葉に彼女は答えず。しかし、【トロ】の耳にその誰かの声が聞こえた。
「トロ……、やっぱりではない、それでも……、だ」
(あな……、たは)
疑問を得る【トロ】に対し、【マナス】は怒りのまま叫ぶ。
「おい! テメエアタシを無視して……」
「トロよ……、誰にでも敗北はある、それでもヒトはもう一度立ち上がって進むのだ……」
(プリシアじゃない?)
「……俺にも敗北や失敗はあった。それでももう一度歩む機会が与えられ、そしてここに俺はいる。だから、トロよ……」
そして、やっとその背中がはっきり見えた。
それは、長い黒髪を背中に向かって一本三つ編みに結った姿。
(……コル・フェニックスさん?)
――そして、コル・フェニックスは、赤い瞳で【マナス】を睨みながら言葉を紡ぐ。
「敗北で歩みを止めるな、それは弱さではなく、その先にあるお前の強さの源になるものだ……」
――ならば!
そのまま、その剣によって【マナス】の大剣を振り払う。
【マナス】はその気迫の籠もった刃に押されて、大きく後退るしかなかった。
「……ならば、俺は……、お前の命を救うことで、その先の道行きを支えよう!!」
「コル、さん……、ここには病原体の……」
「ふ、大丈夫だ……、俺は……」
――不死鳥だからな。
その身に侵食する病原体は、確かに彼女をも犯そうとした。しかし、そうして弱った生体組織は即座に新たな正しい生体組織へと入れ替えられてゆく。
その睨みを受けて【マナス】が呻くように言う。
「て、テメエ……」
それに対し、もはや絶対零度を超えた目で【マナス】を見つめる【コル・フェニックス】。
静かに――、そしてはっきりとした言葉で彼女は宣言をした。
「魔王城天魔族同盟本部、戦士隊隊長、……コル・フェニックス。戦友の命をここで貴様にとらせるわけにはいかん……」
そして――、その身にまとう膨大な魔力は、炎の鳳の姿を表す。
――最悪の状況に【友】が間に合ったのである。




