第九話 アスクラピア強襲
その日、ある人物がマーレ医師団の拠点である移動要塞【アスクラピア】を訪ねていた。
それをマーレは要塞内の自室に招いて、楽しげにお茶とお茶菓子を楽しんでいた。
「ふう……。いや君の入れてくれたお茶を飲むのは久しぶりだね」
「ふふふ……、そうですね……。前回は……、確かあの設備の……」
「……マーレ」
不意にその人が真面目な表情でマーレに語りかける。
「気にはしていない様子だね……、あの事……」
「……」
その人の言葉に一瞬表情を消して、そして小さく笑っていった。
「まあ……、この間の魔王様のお話は……、正直驚きましたしとてもきつい話でした」
「ふむ……」
「……ええ、私が先代魔王様を診た際に、何も症状を理解できず、治療できなかったのは……、結局は私の配慮が足りなかったという事ですし」
そのマーレの言葉にその人は黙って俯く。
「でも……、魔王様は正直に話してくださいました。それは……、私という医者を信頼してくれているからです」
「そうか……」
「ええ……、私は一度……、もう負けないと誓いました。そして今もその想いにかわりはありません。……一度、決意した想いを覆すことなど……私はしません」
静かに頷きながらその人はマーレを笑顔で見つめた。
「ふふふ……、少々心配したが……、君のその心を見くびっていたようだ……」
「いいえ? 一応ショックでしたよ? ただ……、それは私は克服すべき壁だと考えたのです」
「ほう……」
「貴方はたまに言うでしょ? 何もわからなくても……、だからこそ、そこから見えてくるものは確実にある……と。ならば見えないなりに、こちらも対処すればいいだけです」
その強い決意の言葉に、その人は深く頷いた。
「ああ……そのとおりだとも。君は未知の病を克服して命を救う医者だからね……」
その言葉にマーレは満足そうに頷いた。
ピピピ……。
不意に近くに設置された、要塞内通信用の端末が呼び出し音を発した。
マーレは少し驚いてからそれを手にとって耳に当てた。
「どうしました? 管制室?」
『……マーレ様! 移動要塞内、第六区画にて第二種バイオハザード警報です!』
「はあ?! ……その区画は確か物資搬入区画ですよね? なにか妙なものを倉庫に保管していたのですか?」
『それはありません! あそこはこの間物資を出してから、空だったはずです!』
その言葉にマーレは一瞬黙り込む。
「状況は?」
『警告がこちらに来た際に区画検索をかけた所……。その汚染エリアが病院区画へと広がり始めているようで……』
「……それは、誰かが病原体を振りまきながら移動するように?」
その言葉に黙り込む管制官にマーレは答える。
「警備員を対汚染装備で派遣してください。もしかしたら緊急事態かも知れません」
『了解しました! ……あと……』
「まだなにか?」
その次の管制官の言葉にマーレは絶句する。
『あと……、おかしな現象が起きてまして。移動要塞のエネラスリアクターの出力が次第に落ち始めています。微妙だったので、それまでは気のせいかと思ってましたが……』
「……!」
マーレの表情を見てその人は彼女に聞く。
「どうした? マーレ……」
「移動要塞のエネラスリアクターの出力が落ち始めている?」
「……それは……、マーレ……、そこら一帯の警備員に連絡が通じるか聞くんだ……」
「……は、はい……」
その旨を管制官へと伝えたマーレは――、その直後に驚くべき言葉を聞いた。
――マーレは眉を歪めて呟く。
「……警備員との連絡がつかない?!」
まさに移動要塞【アスクラピア】に異変が起き始めていた。
◆◇◆
自室に訪問者をそのまま置いてマーレは警備本部へと走る。
それを迎えるように前方から【プリシア・アンドロマリウス】が走ってきた。
「マーレ様!! 警備員との連絡が取れなくなっているであります!」
「……ええ、聴いてます! それはエネラスリアクターのある動力区画ですね?」
その言葉に頷く【プリシア】その彼女にマーレは言う。
「実は他にも……、【アスクラピア】内で異変が起きています。それは第六区画……、そこには対汚染装備の警備員を送るように要請しています」
「……ああ、それに関しては【トロ】に向かってもらった……。もしかして……」
「はい……」
その予想をマーレとプリシアは眉を歪めて考える。
――このアスクラピアが何者かに強襲されているのではないか? ――と。
「トロは大丈夫でしょうか?」
「ああ、あの子は最近、とみに成長しているでありますから……大丈夫だと思うであります」
「そうですか……」
プリシアは少し考えてからマーレに言った。
「残りの警備員を連れて動力区画に向かうであります。このままエネラスリアクターになにかあれば……、収容中の患者にも影響があるであります」
「そうですね……」
「マーレ様はこのまま管制室へ向かって、詳しい状況を確認してこちらに連絡してほしいであります。最悪……、要塞防御システムと医療設備維持のためのエネルギ維持以外、シャットダウンさせなけばならないでありますし……」
そのプリシアの言葉にマーレは頷いて、そしてプリシアの目を見て言った。
「プリシア……、病院区画の皆を……」
「任せるであります……。このアスクラピア最強戦力として……、その役目を果たすであります」
そしてプリシアは決意の表情で頷いて、そのまま警備員たちへ指示すべく詰め所へと走った。
マーレは心配そうにその背中を見送った。
◆◇◆
遥か前方の要塞道を走行する移動要塞【アスクラピア】を望める高台。
そこに【生誕のサーガラ】は【破戒のウパラ】とともに立っている。その少し曇った表情に気づかないふりをしつつ【ウパラ】は小さく笑って言った。
「【呪毒のトクシャカ】と【暴炎のマナス】……、【凍餒のアナバタッタ】と【征人のバツナンダ】……、とりあえずは、それぞれ上手く潜入できた様子です……」
「……ふーん」
「お互いに二箇所で騒ぎを起こし……、陽動としてそこに相手戦力の主力をおびき寄せ……。単独で【征天のナンダ】が目標を始末していくのです……」
その言葉に小さなため息を付いて【生誕のサーガラ】が問う。
「私は……、あの移動要塞が停機次第竜炎重砲を撃ち込む……だっけ? それってあの要塞の防御機能が残っている時点でしょ? それだと竜炎重砲の効果が薄くならない?」
「……ふふ、それはもちろんその通りです……」
その【破戒のウパラ】の答えに【生誕のサーガラ】は首を傾げる。それを見て笑みを深くして【破戒のウパラ】は答えた。
「いやいや……、【サーガラ】も結構【マナス】や【バツナンダ】に似て攻撃一辺倒ですね……」
「それは……私を罵倒してる?」
【サーガラ】の怒りの籠もった視線に【ウパラ】は笑いながら言った。
「……【サーガラ】……、戦争は何も攻撃し破壊することだけが全てでは有りません。あの移動要塞内には多数の患者がいますよね?」
「……」
「【凍餒のアナバタッタ】には、それらの医療設備の維持を担う要塞の動力装置に対し、燃料であるエネラスそのものの質を低下させて、出力を落とす術式を行うように指示しています」
「動力装置を壊す……のではなく?」
その【サーガラ】の答えに【ウパラ】は深く頷く。
「そうです……、壊すのはもう少し後です。そうすることで、かの要塞の戦力を二つに分断する……。そうなれば低下し始めた出力を、要塞側は防御設備、及び医療設備維持へと回すべくそれ以外を停止させる方向へと進むでしょう。……そして、そのまま低下し続ければ……、防御設備か医療設備維持、どちらかの設備優先を余儀なくされる」
「……まあ、そうね……」
「当然……、それは天魔族たち自身が理解していること……。あえて動力装置を壊すことなく、じわじわと首を絞めていく事で……、彼女らは最悪の選択を回避すべく【焦る】事になる……。そうなれば大抵の者がミスを犯してしまう……」
その【ウパラ】の言葉に【サーガラ】は眉を歪ませて思った。
(えげつない作戦……、反吐が出るわ……)
それを知ってか知らずか【ウパラ】は嬉しそうに言う。
「その上に……、貴方の竜炎重砲の衝撃が加われば……、ええ……、ただ防御のない要塞に竜炎重砲を撃ち込む以上の効果を見込めるのですよ……」
「了解……、分かったわ……。撃つべき時は指示して」
そうして【サーガラ】は、黙って目を瞑ってため息をついた。
移動要塞【アスクラピア】が動きを止めて停機したのは、そのすぐ後であった。
◆◇◆
――【トロ・バラム】が向かった第六区画において。
ドン!
拳法士の一人が吹き飛んでそして地に這いつくばる。それを【暴炎のマナス】は楽しそうに見下ろした。
「さて……、お前……。お前は敗北者だから……それはいらねえよな?」
【暴炎のマナス】はその拳法士が身につけていた【対汚染護符】を奪いとってその手の中で砕いた。
「ぐ……う」
その拳法士は青い顔で呻きはじめた。
その光景を仲間の拳法士たちは苦しげに、【暴炎のマナス】は心底愉快そうに見た。
「けはははは……、いいねえ……、敗北者が苦しむさまは最高だぜ……。弱いやつはこうでなきゃな……。そう思わねえか? 【トロ】……だっけ?」
その【暴炎のマナス】の嘲笑を正面から受け止めて【トロ・バラム】は拳を握って睨む。
(……状況は最悪だ……。この充満しているナニカ……、明らかにあの敵剣士を避けている? それを広げているヒトが何処かにいる?)
「……ひひひ、やっぱ戦争は一方的な殲滅でなきゃな? 互角だとか、相手が強いとか、御免被るぜ……」
――戦争ってのは、弱いやつを叩き潰し、蹂躙することこそが最高なんだ。
「……貴方は……」
その言葉に対し【トロ・バラム】は強い意志のある瞳で答えた。
――【トロ・バラム】vs【暴炎のマナス】&【呪毒のトクシャカ】。
そして、動力区画においては。
「お前は……、あの時の?」
「……はあ? 何を言っているのですか?」
そこに居た【征人のバツナンダ】を見て、驚きの目で目を見開く【プリシア・アンドロマリウス】。だが、とうの【バツナンダ】は小さく首を傾げている。
(……あれは、確かにあの時の幻竜八姫将に似ている……。あの魔人族の村を襲っていたやつ……。しかし……)
その者は、その周囲に展開する短剣の群れや、その身につけている衣装がゴシックロリータである共通点はあるものの、その顔や雰囲気、口調に明らかな食い違いがあった。
(……アレに似た別人……、みたいでありますな……。こちらに見覚えもない様子ですし……)「……とりあえず、その先の動力室に入らせていただくであります」
その【プリシア】の言葉に、【バツナンダ】はやっと彼女が見たことのある表情をつくった。
「ふふふ……、そう……、私と遊んでくれるんだね?」
その瞬間、その口が頬まで裂けて、あの時そのままの嘲笑が現れた。
「……どうも……、貴様が何者かは理解が及ばんでありますが……、どうであろうとそこを押し通らせていただくであります」
そして、【プリシア・アンドロマリウス】も強い意志のある瞳で相手を睨んだ。
――【プリシア・アンドロマリウス】vs【征人のバツナンダ】&【凍餒のアナバタッタ】。
そうして……、戦いの火蓋は切って落とされた。




