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第八話 死闘の序曲

 私は()()()迷っていた――、そう……、おそらくその事に気づいていた者は、()()の中には一人もいまい。

 だが私は()()()()我が根源の、その本能のままに従うことを選んだ……。しかし、……そう、しかしである……。

 全てはひっくり返されて――、全ては振り出しに戻った。

 その時の私の気持ちは、誰が理解できるであろう?


 ――怒り、憎しみ、――歓喜、そして希望――。


 ああ……、あの日から私は――、

 ――使()()ではなく()()のために全てを進め始めた。

 ただ、その望みの実現のためには重要なピースが足りない。その道筋を進みながら、私はひたすら思考する。

 ――そして、その日、天啓を得たのである。


 そう、ここが切っ掛け……。この戦いの結末が、()()()()()()()()の破滅への切っ掛けだとは誰も思うまい。



◆◇◆



 母なる巨大竜の前に集う八人の女性たち。

 母竜の御前にあってそれに祈りを捧げる修道女は【極天のワシュキ】。その隣で同じく頭を垂れて祈るは、頭から外套をかぶった魔女【破戒のウパラ】。

 それを無表情で眺める、女武者【征天のナンダ】とゴスロリ少女【征人のバツナンダ】の姉妹。

 その背後でニヤケ笑いで大剣を肩に担ぐのは、褐色肌でツンツン短髪で二本角の鬼女という容貌に生まれ直した【暴炎のマナス】。

 黙って目を瞑って身を揺らすのは、青白い亡霊の如き姿で長すぎる黒髪を適当に垂らした白い服の女【凍餒のアナバタッタ】。

 なにが可笑しいのか、ひたすら笑い続けるのは、最も年上の容貌を持つ老魔女の姿である【呪毒のトクシャカ】。

 ――そして、そこから離れた位置で――、蘇った【機竜】肩に腰掛けた【生誕のサーガラ】は、黙って【極天のワシュキ】が祈りを終えるのを待っていた。


「ふう……、さて君たち……。よく集まってくれました……」

「ひひひ……、大陸中に分かれて端末群の増殖を行っていた我らを、何故に集合させたのかねぇ? ……【極天のワシュキ】」

「ふふふ……、【トクシャカ】慌てないでください。今からそれをしっかりと説明致しますとも……」


 そういって老婆に向かって朗らかに笑う【ワシュキ】。彼女は隣に控える【破戒のウパラ】に視線を送った。

 その【破戒のウパラ】は静かに頷いて語り始める。


「……この度、本格的な天魔族への攻撃を行おうと思います」

「ほう……」


 その言葉に心底嬉しそうに【征天のナンダ】は笑う。


「やっとか……、やっと……」

「ええ、やっとです……。そしてコレが、天魔族の決定的な破滅の始まりになるでしょう……」


 その【破戒のウパラ】の薄ら笑いに、訝しげな表情で【生誕のサーガラ】は言う。


「ふーん? 決定的な破滅ねぇ? 以前も似たような言葉聞いた記憶があるけど?」


 その【生誕のサーガラ】の言葉に、微笑みを深くした【極天のワシュキ】が答える。


「ふふふ確かにそうですね……、よく覚えていらっしゃる……。でも今回は我らが直接動く……、ということです」

「はあ? まさか魔王城に殴り込みかけるとか?」

「いやいや……、それより攻略すべき場所があるでしょう?」


 【極天のワシュキ】のその言葉に【生誕のサーガラ】は首を傾げて考え込む。

 その様子をしばらく眺めた後、【破戒のウパラ】が口を開いた。


「……敵の生命線ですよ。そう()()()()()で……」

「生命、……線?」


 それでも【生誕のサーガラ】は思いつかないようで黙って考え込む。そんな彼女の代わりに【凍餒のアナバタッタ】が静かに掠れるような声で言った。


「……補給線……、または……」


 その言葉に【呪毒のトクシャカ】が言葉を続けた。


「……あるいは医療従事者ですかな?」

「……!」


 その言葉を聞いて【生誕のサーガラ】は驚きの目を【破戒のウパラ】に向ける。――その彼女は静かに語る。


「補給路……、物資補給の要を潰そうとすると、魔人族からの経路もあるので、かなりの手間がかかります。しかし……、医療従事者に関しては、天魔族の元の数が少ないこともあり、何より魔人族では正しい治療を行えない領域もあるので、天魔族のそれを潰すという方向で真っ先に潰しやすい領域です」

「……ああ知ってるぜ。天魔族の医療関連の連中は、【マーレ医師団】とか名乗って集まって行動してんだろ? 移動要塞【アスクラピア】だっけか?」


 【暴炎のマナス】が楽しげに笑いながら言う。それに対し【破戒のウパラ】は頷く。


「ええ、今回……、我ら七人でその移動要塞を襲撃……、天魔族の医療方面の戦力を削ぎます」

「……我ら七人って……、要するに【極天のワシュキ】は行かないってこと?」


 【破戒のウパラ】の言葉に【生誕のサーガラ】がその眉を歪めて【極天のワシュキ】を睨む。

 その睨みを軽く受け流して朗らかに笑いながら【極天のワシュキ】は言った。


「ふふふ……、現場には行くとも……。場合によっては手助けもやぶさかではない……が、なるべく君たちだけでこなせるといいね」

「はん……」


 その言葉に【生誕のサーガラ】はさらに眉を歪めた。


「そして、今回【サーガラ】は、まさに本来の君の働きをしてもらう……」

「……本来の働き……、ってやはり移動要塞【アスクラピア】への砲撃ってこと?」


 その【サーガラ】の答えに【ワシュキ】は満足げに頷いた。

 ――その姿を見て、一瞬【サーガラ】は俯いて考え込む。


(移動要塞【アスクラピア】……、あれって確か今は移動病院としても使用されてたはず……。要するに魔人族の入院患者も多数いるって事で……)


 眉を歪めて俯く【サーガラ】に、【ワシュキ】は静かに、そして強い口調で問う。


「なにか不満な点でも?」

「……ん、いや……。なんでもないわ……」


 【サーガラ】は自身の心に宿る想いを振り払う。

 ――自分は、世界を終末に導く使命がある。だから、個人的感情を差し挟むような事はあってはならない。

 その答えに満足そうに頷いた【ワシュキ】は、その場の全員を見回して――、そして宣言した。


「では……、これより各自戦闘の準備をしたまえ……。終わり次第……移動要塞【アスクラピア】へ向かうよ」


 その言葉に、その場にいる全員が頷いた。



◆◇◆



 いつもの幹部会議室に、オラージュ、ルーチェ、イラ、……そしてプリメラが集まって、総司の言葉を聴いている。

 そして、オラージュがその総司の言葉に答えを返した。


「……対サーガラ編成ですか?」

「うん、その通りです……」


 総司は頷きつつ話を続ける。


「この間の戦いで……、彼女は自分を決戦兵器と呼んでいました。それはおそらく、他の幻竜八姫将……、名前からして【サーガラ】を抜けば七人……、いや二人いなくなっているはずなので五人と思われますが、それらは……」

「……ソイツらは私ら……、天魔七姫将みたいな存在で……、それらとは別枠こそがあの【サーガラ】ってことか?」


 ルーチェの補足に総司は頷く。そして、オラージュが頷きながら話し始める。


「それら五人ならば個人戦でもある程度は対処可能……。今どうにかすべきはあの【サーガラ】である……と?」

「……はい、アレは放置すれば危険です……。少なくともあの竜炎重砲(ドラゴンブレス)を天魔族一般兵辺りが受けたら、ひとたまりもない可能性がある……」

「……そこまでですか……」


 そう呟くオラージュにプリメラが言う。


「そこまでだ……、目撃した私が保証する……」

「いや……、そんな嫌な保証はいらないな……」


 ルーチェが苦笑いして頭をかく。総司は皆を見回して言う。


「まず、緊急時に防御支援を行えるように、その編成には僕がリーダーとして入ります。そして、精鋭六名あたりを集めて【サーガラ】への対策とします」

「……まあ、魔王様の魔王権能は、緊急時に必要ではありますね……。しかし、六名というのは? 少々すくないのでは?」

「いいえ……、それ以上であると僕の支援から外れる可能性があります。それに……」


 総司の言葉にプリメラが補足する。


「魔王様以外に、各自への防御支援で私も参加する予定だ……。あの【機竜】の動きに正しく対応できるのは私くらいだしな……」


 その言葉にイラ・ディアボロスが手を上げて発言する。


「ならば私は……」

「……いや、お前は、待機組に入ってもらう」

「待機組?」


 そのイラの疑問に総司が答える。


「本格的に【帰召】を戦術に組み込むんです……」

「あ……」


 イラは合点がいったというふうで頷く。


「そう……、かの【サーガラ】に見つからない距離を保って待機してもらう、補助要員としての別編成を用意して、状況に合わせて【帰召】で呼び出すんです」

「そして役目を終えたら即座に離脱……と?」

「ええ、僕やプリメラさんが支援対応できるのは六名あたりが限界でしょうし……」


 その総司の説明にその場の皆が頷いた。――総司は話を続ける。


「そうした編成を用いて……、今後の遭遇戦、少なくとも二三回以内に……【サーガラ】を倒します」

「……」


 その総司の暗い表情の意味を想ってプリメラは俯いた。


「アレを……放置したら……。天魔族にいつか犠牲者が出ます……。それは絶対避けなければならない……」


 そう云う総司にオラージュは頷いて答えた。


「承知いたしました……。そのための編成をルーチェと共に始めようと思います……」

「お願いします……、オラージュさん」


 そう言って視線を交わし合う総司とオラージュであったが、その会議室に急いだ様子で入ってくる者がいた。


「……? コル・フェニックスさん? どうしました……そんなに慌てて」

「……魔王様!! アクィラが……」


 その言葉にその場の皆が驚きの目を向ける。コルはその皆に向かって強い口調で訴えた。


「移動要塞【アスクラピア】が、炎に巻かれて燃える様子を……、そうなる未来を見たって……」

「――!」


 その内容に、その場の皆が絶句した。

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