第七話 一旦の終結
【プリメラ・ベール】絶体絶命の状況を、突如脳天気な空間へと書き換えやがった二人を見て、その思考停止から真っ先に復活したのはもちろん【プリメラ・ベール】本人であった。その額に大きな青筋を立てて二人……、特に熊娘【シオン・プルソン】にむかって怒りを表す。
「この状況の中、見学だとコノヤロウ……! テメ……! 何脳天気な……! ……! ……!! ――……!!」
「あ……、師匠キレた……」
その光景を見て【マオ・プロケル】が冷や汗をかきつつ呟く。しかしながら【シオン・プルソン】の方は、心底楽しそうに笑いながら【プリメラ・ベール】を指さして言った。
「あーははははははは……! そんな潰された格好で怒っても怖くないぞ師匠!!」
その姿に【プリメラ・ベール】の額の青筋が三つほど増えた。そして、自分を抑え込んでいるスクリタに向かって言ったのである。
「サーガラ殿!! この手をどけていただきたい!! あのアホを折檻してきます!!」
「いや……! 出来ないから!! 無理だからね?!」
そのプリメラの言葉に、スクリタはつい真面目に答えてしまった。
そういうやり取りを見たマオは、苦笑いしながらシオンに呟く。
「うわ……、師匠怒ってるよ……、後で怖いよシオン?」
「あーははははははは……! 大丈夫である!!」
マオの言葉にシオンは満面の笑顔で答える。――そして、不意に真面目な表情で語り始める。
「……一年前、プリメラ師匠の暴虐に打ちのめされて、夢にまで師匠が出てくるようになった日々……。辛く苦しい日々の中で、私はそれでも成長を遂げた……」
「ふーん? それは?」
「……私は一つの至高の思考……、もとい思想に至ったのだよ……」
「……うん、それで?」
「ふ……、それは……」
――その日が良ければ全て良し!!
そう言い放って、爽やかな笑顔で【シオン・プルソン】はサムズアップをしたのである。
その光景を見たスクリタは、【プリメラ・ベール】に視線を送って呟いた。
「黒猫さん……。……とても苦労してるんだね……」
「うう……、敵の同情の言葉がすこし嬉しい……」
スクリタの【機竜】の手の下に潰されつつプリメラは涙した。
――と、不意に【シオン・プルソン】が不敵に笑って言葉を紡ぐ。
「さてと……、そいじゃ師匠を、ちゃっちゃと助けようかな……」
「……そっか、そうだね……」
そのシオンの言葉に笑顔で答える【マオ・プロケル】――、その二人を見てやっと真面目な雰囲気を取り戻してスクリタは言った。
「あなた達が……、黒猫さんを助ける? 師匠である彼女がこの状態なのに?」
そう無表情で言い返すスクリタに向かって、不敵な笑顔を強くしたシオンが言ったのである。
「うん……助ける。だって……。個人戦はともかく……」
――アンタみたいなのの相手は私のほうが得意なんだ。
「――!」
そのシオンの言葉に警戒を強めるスクリタ。
シオンは、強固な鎧に身を包んだ自身の乗騎――、巨大重装戦熊【アサルトくまちゃん】の頭を撫でて呟いた。
「仮想魔源核――開放」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列20番、シオン・プルソン】
「固有権能行使」
【system LOGOS:――固有権能・機神光臨(Birth of the Machine God)】
「いくよ……、くまちゃん」
その瞬間、シオンが乗る【アサルトくまちゃん】が眩しい光に包まれて……、その光が周囲に拡大し始める。
「――!」
その光景を驚きで見つめるスクリタだが……、その光球が自身の【機竜】を超えるほど巨大になった時に嫌な予感を感じた。
そして――、光球は弾ける。その光球の中から現れたのは……。
ブシュ――!!
その背中のランドセル状の機械から生えた六本の煙突が、漆黒の魔力粒子を外へと吹き出す。
全身を白銀の鋼鉄で装甲化し、その両前足にはもはや大剣を並べたかのような巨大な爪を持っている。
――それは、全長十八メートルの巨大熊型戦闘機械。
その頭の上にちょこんと乗った状態で【シオン・プルソン】は、スクリタの【機竜】を見下ろして言った。
「対巨大幻魔戦用重装戦機・GくまちゃんEX! ……参上!!」
「……な!!」
その姿に絶句するスクリタ。シオンはその姿を歯を見せて笑いながら人差し指を立てて言った。
「くふふふ……、まあ確かに巨大人型ロボはロマンだけどさ……、やっぱ時代は巨大クマ型ロボだよね?」
「は?! ……何フザケたこと……」
「隙あり……。――薙ぎ払え……」
【モ゛……】
そのシオンの言葉に驚きで目を見開くスクリタ。
(……! しまっ……!!)
反応する暇もなくその巨大クマ型ロボがそのサーベルの並んだ腕を高速で振り抜いた。
ズドン!!
「あああああああああああああああああああああああ……!!」
スクリタの乗る【機竜】がその一撃で吹き飛ぶ。スクリタはその機体になんとか縋り付いていたが……。
その【機竜】の装甲が、明確にひしゃげて歪んでしまっていた。
(く……、しまった!! モロに食らった!! 防御領域が……)
まさに目の前の巨大クマ型ロボの一撃は、【機竜】の防御領域を貫通してその機体そのものに重大なダメージを与えていた。
「油断して……、直撃を食らうなんて……。くそ……」
「はーははははははは!! 隙を見せたな!! 言っておくが戦場に卑怯もヘッタクレもないぞ!!」
「ぐ……」
それでも思考で【機竜】に命令を送るスクリタ。その関節部から大きな音を立てつつ立ち上がった。
その光景を見てシオンは唇を尖らせて不満を漏らす。
「うわ……、ずるい……。そいつ防御フィールドみたいなのついてる……。私のはそんなの無いから、師匠相手だと速攻で頭に登ってこられて、くまちゃんから蹴り落とされるのに……」
「く……う」
スクリタはその言葉を聞きながら【機竜】の機能を確認する。
【機竜】のその機体の各所からエラーの反応が返ってきた。先程もらってしまったモロの打撃がかなり痛かった。
目の前の巨大クマ型ロボは、そのパワーだけで【機竜】の防御領域を引き剥がしたのだ。
スクリタはそれでも【機竜】へと命令する。
「ち……! 【機竜】!! 殴れ!!」
その機体が素早く動いてその拳を巨大クマ型ロボへと叩き込む。その機体が僅かに後ずさって、その装甲がそこそこ深くひしゃげた。
それをみてシオンは驚きの声を上げる。
「おお! すげえ!! その状態でそこまでのパワーかよ!!」
「ち……」
それでも何もなかったかのように立つ巨大クマ型ロボを見て、スクリタは悔しそうに舌打ちした。
――そして。
「――薙ぎ払え……」
【モ゛……】
そう呟くシオンの声直後……、再びその巨大クマ型ロボが、そのサーベルの並んだ腕を高速で振り抜いた。
ズドン!!
「あああああああああああああああああああああああ……!!」
スクリタの乗る【機竜】がその一撃で再び吹き飛ぶ。スクリタはそれでも機体になんとか縋り付いて……。
しかしながら、その【機竜】の装甲は完全に吹き飛び、その動力源【竜炎心臓】すらもおもてに晒されてしまっていた。
「く……【機竜】……」
【機竜】の反応は極端に鈍くなったが……、それでもなんとか立ち上がる。
しかし、それまでの間にシオンの乗る巨大クマ型ロボが、その目前、そのまま押しつぶせる距離にまで近づいていた。
「さて……、トドメでいいかな?」
「いや……まだ!!」
スクリタはその強い意志を目に宿して目前の巨大クマ型ロボを睨む。
「……出力最大でなくとも構わない! 収束も必要ない!! ……あのクマの頭ごと奴を灰にしろ!!」
【――Yes, ma'am.――Energy boost……20%……30%……】
その【機竜】の、口から噴き出す炎の片鱗をみてシオンは苦笑いする。
「あら……、それはまずい……。そのままだと私死ぬね確実に……」
「……」
シオンはそのスクリタの目を見つめながら言った。
「……そこのところどう思う? マオちゃん……」
「……え?」
スクリタの目前、シオンの隣からひょっこり【マオ・プロケル】が頭をだして、そして立ち上がる。
その手のひらがスクリタの居る方へと向けられて、そして……。
「……それは大変……、私が処理するね? 仮想魔源核――開放……」
「な!!」
スクリタが驚く目前でそう言葉が紡がれる。全てを理解して、そしてスクリタは判断した。
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列49番、マオ・プロケル】
「固有権能行使……」
【system LOGOS:――固有権能・氷獄理剣(Cocytus Knife)】」
小さな氷の短剣がその手のひらに生まれて、そして【機竜】の頭部へと打ち出されて飛ぶ。そのまま直撃して……。
ガキン!
その頭部は完全凍結して、その機能を完全に停止させた。
――その時には、すべてを察したスクリタが飛翔の術式で空へと逃げていた。
「……私の【機竜】……」
そう呟くのと同時にシオンが宣言する。
「その人型ロボ潰していいよくまちゃん」
そうして――、その両腕が振り上げられて――。
スクリタは苦しげに……、その手の避難用の転移護符を起動しつつ呟いた。
「撤収する……」
その姿が消えるのと、【機竜】が粉砕されて光の粒子へと変わるのは同時であった。
そして――、その日のプリメラにとっての最悪の戦いは終わった。
「はあ……、これから大変かもな……」
逃走に成功したスクリタの、次からの脅威を思い、プリメラはため息を付いた。
そのそばに立つ総司もまた、静かに哀しげな表情で空を見上げて呟いた。
「――スクリタ……さん」
◆◇◆
母竜の待つ空洞へと逃げ帰ったスクリタは、そこへ至る洞窟内をヨロヨロと歩いていた。
「く……、はあ……、【機竜】が砕かれて、一時的に私の身体への支援も……。停止した……か」
真っ直ぐ歩けない身体を何とか前へと進めるスクリタ……、しかし。
「ん……?」
目前の闇から何者かが姿を表す。――それは、ゴスロリ少女【征人のバツナンダ】。
感情のない瞳がスクリタを見つめ……。
ガキン!
……いつの間にか【征人のバツナンダ】のナイフがスクリタの首に到達しようとしていた。それを防いだのは【征天のナンダ】の竜骨の刀である。
「なにをしている? バツナンダ……」
「……いえ……お姉様。一瞬、何かそこの女に不快を感じたので……」
「……そうか」
その状況に一人汗を流しながら黙り込んでいるスクリタ。
「その女は……、まだ兵器としての価値が消えてはいない。お前も、……生まれ直したばかりだ……。今は無駄なことはせず休んでいろ……」
「わかりましたお姉様……」
そのまま何事もなくその場を去って、【征人のバツナンダ】は闇の向こうへと消えていった。
それを見送った【征天のナンダ】は、静かにスクリタを見つめた後――、言った。
「無様だな……」
「……!」
そのまま【征天のナンダ】も闇の奥へと消えてゆく。スクリタは力なくその場に座り込んで一人呟いた。
「本当に無様だよね……」
――総司……。
その言葉は、誰が聞くこともなく闇に溶けて消えた。




