表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/66

第三話 彼方の友情

 その日、師匠についてしばらく経ったルーチェは、一人の少女と顔合わせをした。

 静かに歩いてくるその少女を眺めて、ルーチェは思ったままの言葉を口に出す。


「ふん? 師匠……細っこいが、大丈夫なのか? ――アレ」


 そんな彼女に対し、師匠であるプリメラ・ベールは笑って答える。


「は……、そんな事言ってると、すぐに追い抜かれるぞ。あいつは、我が氏族――、源流七十二姫族・序列1番、ベール族に生まれた()()()()覚醒者だからな……」

「は? あのひょろい女が?! アタシと同じ()()()()覚醒者?!」


 驚くルーチェのもとに、マネキンの如き無表情の少女が近づいてくる。が――、

 その少女はルーチェを一瞥すると、元から存在しない相手のように無視して師匠の方に向き直った。

 その態度に、沸点が低いルーチェが怒りを表す。


「おい! てめえ……、姉弟子様に一言も挨拶なしか?!」

「……どうも」


 無表情でそう云う、まるっきりそっけない態度に、ルーチェは青筋を立てて――、そしてその手の刀を振り抜いた。それを分かっていたような動きで躱す少女。


「なんですか? いきなり……」

「てめえに姉弟子様としての教育をしてやる……」


 そう言って睨み合う二人を、そばにいる師匠――、プリメラ・ベールは楽しそうに見つめる。

 すぐさま、まるで殺し合いのような剣の打ち合いが始まるが、それはそれ以降、数十年――、数百年に渡って彼女の前で行われることになる。

 ――そう、二人がそれぞれ――、イブリース姓、そしてヴェルゼビュート姓という、派生式尊姓を頂いて以降も――。



◆◇◆



 その時、魔王城は騒然としていた。

 荒野を進む完全武装の天魔族――、それもあの日、魔王軍へ反乱を起こした者たちの一部、ルーチェ・イブリースとその配下が近づいてきていたからである。

 その剣呑な雰囲気を感じ取って、魔王城主代理であるオラージュ・ヴェルゼビュートは、プリメラ・ベールを司令官とする天魔七十二姫を派遣する決意を固めていた。


「……相手はあのルーチェです、仲間の天魔族も警戒が必要である以上、とりあえず動くことが出来る全姫で出撃をしてください」

「大丈夫なのか? お前一人で……」


 心配そうに言うプリメラに、オラージュは笑って答える。


「魔王様のお側はわたくしと、メイド兵部隊でお守りします。相手の兵士は――、師匠ならば大丈夫でしょう?」

「む……、ああ」


 小さくため息をついたプリメラは、オラージュの言葉に従い現状動ける天魔七十二姫・六姫を連れて出陣していった。

 オラージュはその背後を見送りながら、心のなかでひとりごちた。


(……ルーチェ――、貴方は今更何をしに帰ってきたのですか?)


 そんないつもの冷静な様子を欠いた姿に、総司は一人心配そうに視線を向けていた。



◆◇◆



 ケロナはその監視能力を広げて目標集団を捉える。そして、その構成を頭の中で咀嚼していった。


「――最前列、重装槍士チェルナ、そして魔剣士ムート。少し後にルーチェ。――その隣は……、起術従機(メイジドローン)使い、術技師のカミーラか? そしてその後方に戦列弓兵6人を引き連れた弓兵長ジュビア……か」


 その構成に少々違和感を感じたケロナは、更に情報収集術式を重ね掛けて広範囲を索敵してゆく。すると……、


「遥か後方に更に二姫? 有翼兵レパードに、これは盗賊キコーニア……、盗賊も8人居る――」


 その状況を理解したケロナはその各種情報を、通信術式によってプリメラと共有した。

 それを得たプリメラは、小さく鼻を鳴らして頷く。


「ふ……、戦力としてはこの程度か――、レパードと盗賊達は遊撃兵……か。翼があって機動力に優れたレパードを除けば、十分殲滅可能ではある」


 故に、プリメラは第一に警戒すべきはレパードであると考えた。現状、彼女に対応できるのは戦列弓兵の狙撃しかないが、それを許すほどレパードという有翼兵の航空機動力は低くはないのだ。


「もっとも、レパードに魔王城へ抜けられても、魔王様はオラージュが守っている。特に心配すべきことはない……か」


 プリメラ率いる、重装槍士一人、騎馬騎兵一人、戦列弓兵一人と短弓を所持した盗賊二人は、静かに目標集団へと迫ってゆく。そして、それは視線の先に見えてきたのである。


「よう……、ルーチェよ。久しぶりだな」


 昔なじみのような様子でプリメラは集団に向かって声をかける。それに対して、二姫の背後のルーチェは黙ってプリメラを睨みつけた。


「……どうした? 師匠である私に挨拶無しなのか?」


 そう言って、その手の両刃長剣を腰だめに構えたプリメラが、たった一人で集団に向かって歩いてゆく。それを警戒するように、重装槍士チェルナと魔剣士ムートは、それぞれに真紅の槍と黒い魔剣を構えて……、


「無防備じゃないですか? 師匠……」


 そう言って、二本角を持った褐色肌少女、魔剣士ムート・キマリスが呟いたのである。


「……ああ? 天魔族が魔王城に帰ってきたんだろ? 歓迎しよう……」


 そう言って不敵に笑うプリメラに、ムートがその身を低くして間合いを詰めるように奔った。


 ガキン!


 そのムートの剣があっさりとプリメラに受け止められる。プリメラは小さくため息を付いた。


「受け止めてみたが……、斬撃が軽いな――。鍛錬をサボって酒盛り三昧か?」

「うぐ……」


 ムートは顔を青くして、そして飛ぶように間合いをとった。――が


「あ……」


 いつの間にか、その首に長剣の刃が当てられていた。流石に血の気が引いて涙目で背後に視線を送るムート。


「……」


 絶対零度の視線をたたえたプリメラがムートの背後に居て、その剣をムートの首に押し当てていた。


(――は……、間合いを取ろうとしたのに……、背後を取られた)


 そのあまりに恐ろしい視線を受けて、心が折れかけるムートだが――、


「……すみません師匠、罠にはめました――」

「む?!」


 そのムートの言葉に驚くプリメラ――、その耳にひとつむぎの言葉が聞こえてきた。


仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)……」


 不意にルーチェ――、であった者の姿が変化して、その手に鈴を所持した前髪で目を隠した長い耳の少女が現れる。

 それを見たプリメラ――、そしてその動きを見守っていたその場の全員が絶句した。


【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】

【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫(てんまななじゅうにき)、序列44番、キコーニア・シャックス】


固有権能行使(リミットブレイク)……です」


【system LOGOS:――固有権能・無音鈴音(A Soundless Chime)】


 その瞬間、その場に居る天魔族、キコーニア・シャックス一人を除く全員の、――その五感すべてが消失した。

 すべての感覚を絶たれたプリメラは、その場に跪いて頭を抱える。


「クソ……、ヤられた――! 起術従機(メイジドローン)でキコーニアのガワと、ルーチェのガワを入れ替えていたのか!!」


 その慌てた様子を、五感を失ったがゆえに見ることが出来ないムートは、膝を折り小さく苦笑いしながら呟いた。


「師匠……、まんまとルーチェさんの作戦に引っかかってくれてありがとうございます。師匠も、今度からもうちょっと慎重に動いてくださいね」


 その言葉は誰に聞かれることもなく、風とともに消えていった。



◆◇◆



 慌てたのはケロナである。前線に居るすべての天魔族が、敵味方関係なく戦闘不能になっていた。

 そして――、


「有翼兵レパード――と、キコーニア、じゃない……! ルーチェ・イブリース!!」


 翼を広げたレパードに支えられながら、ルーチェが魔王城へと空を駆けてゆく。ケロナは攻撃術で撃ち落とそうかと思案するが――、無理であると理解して悪態をついて、そして魔王城に居るであろうオラージュへと取得した情報を送った。

 それを受け取ったオラージュは、王座に総司を座らせるとその前に仁王立ちして、そして周囲に控えるメイド兵へと号令を発した。


「――反乱者が魔王城に向かっています。全姫迎撃準備――」


 しかし――、とオラージュは考える。

 かのルーチェ・イブリースは自分の姉弟子。その剣の腕は天魔族でも上澄みであり……、ここに居るメイド兵では抑えることは叶わないであろう――と。


「――ならば、この私自らルーチェ……、貴方を切り捨てます!」


 そんな思い詰めた様子のオラージュを、背後の総司は心配そうに見つめる。そして、静かに決意の想いを心に宿した。



◆◇◆



 なんとも懐かしい城内をルーチェは一人歩いてゆく。自分を運んだレパードは、すでに友軍が待つ後方へと帰している。

 そう――、まさしく敵中に自分しか居ない状況である。――が、しかしその思い出が心に現れては消えて、静かに悲しげな微笑みを浮かべた。


「――さて」

 

 そんな彼女の歩む先に、扉とその前に陣形を組むメイド兵たちが見える。その手に有る百年来の愛刀を……、峰打ちへと返してそして神速で奔った。


 ドン!


 オラージュが見つめる先、扉の向こうから破砕音が響いて、そして静かに扉が開き始める。――そこに、姉弟子――、冷徹な瞳で自分を睨むルーチェが居た。

 左右に控えていたメイド兵たちが襲いかかってゆく、――が、


「やはり……」

「あのひと……、日本刀?!」


 その手に見慣れた曲刀を構えた、大柄の女性が信じられない動きでその周囲に剣閃を走らせる。

 それに弾かれるように、メイド兵たちが吹き飛び――、そしてその場に糸の切れた操り人形のごとく倒れていった。


「……おい、オラージュ。固有権能を持たない下っ端に、いつまで私の相手をさせるつもりだ? ……私を舐めているのか?」

「ルーチェ……」


 オラージュは、怒りを抑えきれない様子で目前のルーチェを睨みつける。そして……、吐き捨てるように言葉を吐いた。


「……今更、何をしに来たのですか? まさかこのような事をして……、亡くなった先代魔王様へ謝罪しに来たわけではないでしょう?」

「は……、謝罪ねぇ……。そんな事する必要があるのか?」


 その言葉にオラージュは、表情の怒りを更に強くする。そして……


「……え?!」


 総司は驚いてオラージュの両手を見つめる。いつの間にかその両手に、長い刀身の両刃長剣を一組装備していたからである。

 その光景に、ルーチェは嘲りのこもった笑顔を向ける。


「ははは……、久しぶりに切り合うか? 今度は……、本気で殺し合うために――。すべてをこの場で壊してやるよ……、なあオラージュ」

「ルーチェ!!」


 そのメイド総長は、両刃の剣を翼のように広げて空を斬って奔る。それをルーチェの刀が迎撃した。


 ガシャン!!


 それは一瞬――、オラージュの手の刃が砕けて金属片が舞い散り……、形のない霞のような奔流へと変わっていった。

 オラージュは一振り残った刃を振るう……が、


 ガシャン!!


 それも砕けて消えていった。


「は!!」

「オラージュさん!!」


 ルーチェが不敵に笑い、総司が慌てて叫ぶ。オラージュは怒りの表情をそのままに、その両手に再び一組の刃を生み出した。


(――剣を、生み出してる?!)


 総司はその光景を驚きの表情で見つめる。ルーチェの方は嘲るように笑いながら叫んだ。


「ケ……、こっちは昔からコイツ一本だってのに……、ホントお前使い捨てが好きだな――」

「く……」


 お互いを睨む二人が、総司の目に止まらぬ速度で切り結んで――、そして、二人の間に血しぶきが飛び始めた。

 その身に赤い線が生まれ始め――、そして……。


「オラージュさん!!」


 総司のその悲痛な呼びかけに応えるように、明らかに傷の多いオラージュが、痛みにうめきながらルーチェとの間合いを取った。

 オラージュは静かに総司に対して話しかけてきた。


「魔王様……、お逃げください。ここを抑えることは、わたくしではかないません」

「オラージュさん……」


 悲痛な表情の総司は、オラージュに向かって首を横に振ってみせた。


「いいえ……逃げるわけにはいきません」

「魔王様?」


 決意のこもった瞳で総司は立ち上がる。そして目前に立つルーチェを見つめた。


「ふ……、逃げない、か? 小僧――、逃げても無駄だと考えたのか? それとも――」


 ルーチェは嘲笑をその顔に浮かべて、見下ろすような視線で総司に言う。


「――土下座して命乞いをするか? ()()――」

「――!!」


 その言葉にオラージュの目が見開かれて、総司は悲しみのこもった表情を向けた。

 総司は静かに――、しかしはっきりと語りかける。


「――異物。それは――、僕のことですね?」

「それ以外になにかあるのか?」


 ルーチェの言葉にオラージュが怒りのこもった瞳を向ける。しかし総司はそれを遮るように、オラージュの前に立って、そしてまっすぐにルーチェを見据えた。


「そんなに――、僕のことが気に入りませんか?」

「……」

「僕のせいで……、あなた達はこんな事になっている、……そうですか?」


 総司の言葉にオラージュが叫ぼうとする。しかしそれを待たずにルーチェが言葉を発する。


「だったらどうする? 自害でもしてくれるか? 小僧――」

「魔王様!! その者の言葉を聞いてはなりません!! わたくしがその反逆者を――」


 総司は静かに微笑んでオラージュの眼を見返す。そしてもう一度ルーチェへと視線を返して言葉を発した。


「自害は出来ません」

「ああ?」

「僕には生きてやるべきことがあります」


 その突然の、そして強い宣言にルーチェは言葉を失う。


「僕は――、天魔族にとってたった一人の魔王種なんですよね?」

「む……」

「そしてそれはかつての母が務め……、僕にその役割が継承された」


 その強い言葉を静かに聞くルーチェ。


「僕は母を知らない――、天魔族たちも最近あったばかりの人たちです。でも……」


 その総司の瞳に強い決意の光が宿る。


「たとえその姿を見たことのない母でも――、その母が大事にしていた貴方がた家族の絆を、僕は護りたい!」


 なぜなら――。


「僕は母が辛く苦しんでいた時に――、傍にいてあげられなかった」

「――!」


 その言葉にルーチェは驚きの目を向ける。

 そして、総司はその場に跪いて下からまっすぐにルーチェの瞳を見つめた。


「見て分かる通り、僕にはこれ以上抵抗できる力はない。――結局未熟な新米魔王ですから」

「――小僧」

「切り捨てられたらそれでお終いなんです。でも――、そうなる前に一つだけ聞かせてください」


 その言葉にルーチェは困惑の表情を作る。


「――貴方の本心は何処にありますか?」


 その言葉にルーチェだけでなくオラージュすら驚きで目を見開いた。


「は? 何を――」

「お二人は本気で殺し合ってはいません」

「――!」


 その発言の意味を理解してルーチェとオラージュは驚きの目を総司に向ける。


「僕はしばらく前に――、プリメラさんに教えてもらいました。天魔族の上位種には【固有権能】と呼ばれる力があって、それはいわゆる必殺技なのだと――。特にお二人のものはまさに相手を殺すためのモノだと……」


 総司はルーチェの眼を見返しながら言葉を続ける。


「オラージュさんが貴方にそれを使えない理由は、貴方を本気で殺すことが出来ないからです。オラージュさんが辛そうにしているのは、そういうことなのだと僕は感じました」

「魔王様……」


 オラージュはそう呟いて苦しげな瞳を総司へと向ける。


「でも……、すべてを壊す為に現れたはずの貴方も……、それをオラージュさんに向けることが出来ない。使うことが出来ない……」

「小僧……」

「それでも憎まれるような言葉を選んで、貴方はオラージュさんを挑発して……」

「やめろ小僧!!」


 ルーチェは怒りの表情で総司を睨む。総司はそれを受け止めるようにしっかりと見つめ返した。

 その視線が静かに落ちる。


「……くそ!!」


 ルーチェはそう吐き捨てながら、その場に刀を放り投げて座り込んだ。それを驚きの光景で見つめるオラージュ。


「ルーチェ?」

「……ち、何なんだよこの小僧……、知ったふうな口を利きやがって。そのクセ……」


 ――全部言い当てるなんて。


 ルーチェはその場にうずくまってそして顔を歪めていった。


「ケジメはつけなければならない。私は――、()()()の口車に乗せられたとはいえ、自分から愚かな反乱に加わって、今までの天魔族の全てをぶち壊しにしちまった。ほんと――、(いくさ)にしか回らねぇ私の頭のバカさ加減は嫌になってくる」

「ルーチェさん」


 静かに見つめる総司に、ルーチェは小さくため息を付いて言った。


「自分のバカ加減を理解して――、会わす顔がなくってグダっているうちに、帰る機会も、謝る機会も、償う機会も失って、そして――」


 ――挙句の果てに、魔王様の死に目にまで会えなかった。


「私は――」

「だからわたくしに殺されようと?」


 静かにオラージュが口を開く。その眼は怒りに満ちていた。


「――貴方は本当に馬鹿ですね。馬鹿が極まっています」

「む……」

「なぜ貴方は……、わたくしが貴方を切り捨てた後に、後悔に苛まれないと考えるのです?」


 その言葉を聞いて、ルーチェは驚きの眼をオラージュへと向けた。オラージュのその瞳から涙が溢れていた。


「ああああああああ!! ほんっとうに筋肉馬鹿!! 脳筋!! 脳みその欠片もなくすべて筋肉が詰まっているのですね!!」

「オラージュ……ごめん」

「謝って済むもんですか!! ほんっとうに貴方は……」

「……ああ、そうだな……、なんで私は理解できなかったんだ? 私は……、お前にすべてを押し付けて……」


 総司の前で、二人の姉妹弟子が涙を流して、――そしてその床を濡らしてゆく。

 そして、その場にいつの間にか、プリメラを始めとした天魔七十二姫が現れる。そこには、先程まで敵として振る舞っていたはずのキコーニアらも加わっていた。


「――はあ、なんと無様な真似を晒したと帰ってきてみれば――。腐れ縁で親友の間柄のクセに、何やってんだお前ら……」


 呆れた様子で笑うプリメラの前で、二人の()()はただ泣き腫らしながらお互いの肩に手を触れ合っていた。――総司はその二人の姿を優しく見守っている。


「わたくしは、貴方ならば何があろうと、魔王様のおそばに――、わたくしの隣に居てくれると信じていました」

「――ああ、だが私はそれを裏切ったんだな」

「ルーチェ」


 そう言って静かに姉弟子を見つめるオラージュ。


「貴方のバカさ加減は魔王様も知っていました。――だから貴方は素直に謝れば良かったんです」

「――ああ」

「無論、それなりの罰はあったでしょうが――、それを終えたら、またわたくしの隣に立ってくれたでしょう?」


 その言葉にルーチェは、苦笑いを浮かべながら答えを返した。


 ――ああ、そうだな。


 それはルーチェの、嘘偽りのない言葉だった。



◆◇◆



 ルーチェ・イブリース以下、その配下として反乱に加わった者たちは、その罪を償うための罰を受けることになった。

 しかし、皆、それを満足して受け入れて、そして、最終的には魔王軍へ一人も欠ける事なく帰順を果たした。


 ただ一つ特筆すべきなのは――、ルーチェ・イブリースの罰は、彼女が最も苦手とする基礎戦術教本の666冊書写であり――、

 涙にまみれながら、師匠であるプリメラと、一番の親友であるオラージュに、許しを請うていた――、と言うことである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ