第四話 明かされた残酷な真実――
オラージュとルーチェは、その時、総司の居る宿の方角から聞こえる破砕音を聞いて、急いで宿に走り戻っていた。
しかし、そこに在るのは窓が破壊された宿、石畳に広がるクレーターの如き破砕跡――、そして空中に渦巻く黒い霧を纏った黒点であった。
オラージュがその黒点に触れようとするが、その手を弾かれて激しい痛みに呻き、ルーチェはそのオラージュの肩に手を触れた。
「なあオラージュ……、これってまさか……」
「多分……、いえ間違いなく、この向こうに魔王様がたが居るのでしょう……」
「個別世界構築系固有権能か?」
そのルーチェの言葉に、オラージュは縦に首を振った。
「マジかよ……、ってことはあの目撃情報の?」
「ええ、おそらく先制攻撃をしてきたものと……」
そのオラージュの言葉に眉を歪めて、目前の黒点を睨んだ。
「……どうすれば……」
「く……」
そうして二人が考え倦ねていると、不意にルーチェの目前に妙なものが現れる。
それは――、言ってしまえば【パソコンのダイアログボックス】というやつなのだが、そういった事は二人は知らないし、それ以前にルーチェはよく知る別の現象を思い出して、そしてオラージュに声をかけた。
「おいオラージュ!!」
「はい? なにを……。……あ!!」
それをみて二人は言葉を失う。
しかし、それこそが二人の心に希望を与えたのである。
◆◇◆
闇に呑まれた総司とレパードは、闇しか見えない空間に建てられた闘技場に立っていた。
その二人の姿をニヤニヤ笑いながら見つめるのは、この状況を引き起こした【暴炎のマナス】である。
「これは一体……」
そう言って周囲を見回す総司に嘲笑を向けて【暴炎のマナス】は答えを返す。
「ここはアタシの決戦死界さ……」
「決戦死界?」
総司の言葉に嘲笑を深くして言う。
「そうだ……、アタシら幻竜八姫将が使える【侵食定理】で生み出した個別世界さ……」
その言葉を聞いて総司は驚愕で目を開く。
「……幻竜八姫将。……侵食定理」
その総司の呟きに満足そうに頷いた【暴炎のマナス】は言う。
「アタシの侵食定理……【決戦死界】は――、アタシの能力を倍々まで高める強化機能を獲得し、更に超高速再生能力で死ぬ可能性を無くしたうえで――、取り込んだテメエらかアタシ……、どちらかが死滅するまで戦うってやつさ……」
その言葉に総司は眉を歪める。
「……それは……、いくらなんでも酷いんじゃないですか? もはやハンデとかそういったレベルじゃ……」
「あ? ……だって殺しは楽しいけど、こっちが死んだら意味ないだろ?」
その答えに総司は黙り込むしか無かった。
総司とレパードが睨む視線を受けて、【暴炎のマナス】はなんとも楽しげに笑いながら、そして言った。
「じゃあ……、おめえら……、アタシが楽しめる悲鳴をあげてくれや……」
「く!」
二人はそれぞれの武器を構える。そんな二人に向かって――、以前とは比べ物にならない速度で【暴炎のマナス】が奔った。
(――これは!!)
そのあまりの速度に総司とレパードは、回避に専念してその場を飛び退く。そこに【暴炎のマナス】の上段からの斬撃が、衝撃波とともに振り下ろされた。
ドン!!
闘技場の床が砕けて破片が飛び散る。それはあまりにも驚愕すべき斬撃力であった。
その光景を見た総司は、一瞬、自身の手のひらを見る。それを握りしめてからレパードの方へと奔った。
「ソージくん?」
その総司の強い意志の籠もった表情をみて少し困惑した声を上げるレパード。――その彼女に総司は言った。
「……レパードさんはアイツがきても回避に専念を……、アイツの相手は僕一人でします」
「でも!!」
そのレパードの苦しげな表情と言葉に……、総司は小さく微笑んで言った。
「……今は下がっていてください……」
「――!」
その言葉に何かを理解してレパードは静かに頷いた。
その姿を優しげな瞳で見つめた後、総司は改めて【暴炎のマナス】を睨んだ。
「さて……、どちらから死にたい?」
「……そうですね。僕からにしましょうか?」
そう言い返す総司の言葉に、一瞬驚いた表情を浮かべてから笑い始めた。
「くくく……はははははははははははは……!! そうか!! お前から死にたいと?! まさかそんな言葉を吐く奴が居るとはなぁ!!」
そして――。
「分かったよ!!」
【暴炎のマナス】が神速で奔り、それを総司は苦しげな表情で迎撃する。
ザン!!
総司の身体から血しぶきが飛んで、総司は顔歪めながら何とか【暴炎のマナス】から間合いを離した。
「う……ぐ……」
その苦しげな表情に【暴炎のマナス】は興奮した様子で楽しそうに笑う。
「けははははははは!! いいねえその顔!! もっと歪んだ顔を見せてくれよ!!」
そんな彼女に痛みを堪えつつ小さく笑って総司は言った。
「……貴方は超高速再生能力で死なないんでしょ? 一回ぐらい当てさせてくれてもいいんじゃないですか?」
「……はあ?」
その言葉に笑顔を消して言い放つ。
「ヤダよ!! 他人が苦しんで死んで行くのが楽しいんだろ? 戦いなんて……、敵を圧倒して痛めつけて……、泣き叫ばせて……ぶち殺すのが何よりの快感だろうが!!」
その言葉に総司は――。
「なるほど……、まあそうでしょうね」
小さくため息を付いて目を瞑った。
その態度が気に入らないのか【暴炎のマナス】はしばらく考え込んだ後に――、先程よりも深い嘲笑を浮かべて言った。
「……きひひ。なんかお前、妙に余裕ありそうだし……、良いことを教えてやるよ……」
総司は心のなかで【暴炎のマナス】が話そうとする内容が、自分にとって「良いこと」ではないと直感で感じ取った。
何かを言ってこちらの精神を揺さぶるつもりなのだ。
しかし、総司はあえてそれを聞くことにした。
「はあ……、それは一体……」
「先代魔王……」
「……?!」
総司のその敏感な反応に【暴炎のマナス】は満足そうに笑う。
「……あれ、死ぬ切っ掛けになった魔王城崩壊……」
――あれやったのウチラなんよね。
「――!!」
その【暴炎のマナス】の言葉に総司も流石に絶句する。
「ああ……、正しくはアタシらのリーダー格である【ワシュキ】と、同士である【トクシャカ】と【ウパラ】って奴らの共同作業ってやつ?」
「……」
「あの時の色々おかしかった状況も……、アンタんとこの魔王の剣とか言う根暗カスを、自害に追い込むように仕組んだのも……、全部アタシらさ……」
まさしく満足気に、総司を見下ろすように語る【暴炎のマナス】に総司は完全に思考が停止する。
「ぶちゃけ……、あの時点で普通に殺しとけよってアタシは思ったが……。まあいいさ……、そして……」
【暴炎のマナス】は、興奮を抑えられないような笑顔で総司を見下ろす。
おそらく、その口から放たれようとしてる言葉は――、総司の心をズタズタにするであろうと確信があるのだろう。
相手が苦しみ……、そして自分側は負けのない歪みきった決戦場で、心身ともに嬲り殺すのが待ち遠しいのだ。
「……お前の母親を診た主治医……、天魔族だろ?」
「え?」
その言葉に総司は嫌な予感を感じる。
「……何も出来なかったろ? まあ当然なんだが……」
「……」
「アンタの母親が患ってたのは……、アタシら幻魔――、竜核構造を利用した神核侵食を応用した呪いみたいなもんで……、アタシらは反属性であるがゆえに、その構造を見ることは可能でも、意識が自動的に理解を拒絶するんだ……」
――それはまさか。
総司は心の中で最悪の想像をする。
「……だから、あの病気は天魔族では理解は出来ないし、治療も不可能だったんだよ……。その主治医がせめて【魔人族】の助手でもつけてたら……、アンタの母親も助かった可能性は多少はあったのになぁ……。 ――お前の母親を診てた主治医――、マーレとか言ったか?」
――心底、間抜けのバカ野郎だなぁ!! ぎゃはははははははははははははははははははははははははは!!
その言葉に、総司は――。
【私は!! 私は魔王城に戻りたくなかった!!】
【ええ……、定期的に戻ってました。治療をしていました。でも――、私はそれが死ぬほど嫌だった……】
――……。
【――何もわからなかった……】
【――何もわからない……、そう、何もわからない。先代魔王様の神核の損傷の原因――、神核の治療法――、その老い死へ向かう先代魔王様を救う方法】
――……。
【今まで見てきた病気や怪我には、そういったモノはほとんどなかった。もちろん、救いきれない命はあったけど――。それは、行うべき施術が間に合わなかったからこそだったり、もっとより良い治療法をその先に示したり――、理解できる部分があった――、でも……】
【何もなかった……、何も見えなかったのです。私の長い――、長い医者としてのすべてが――、先代魔王様の病気には……、全く通用しなかった……】
――……。
【怖かった……、逃げたかった……、でも医者として逃げるわけにはいかなかった――。対処療法で一時損傷が回復した時があった――、でもそれはすぐに原因不明の損傷拡大で意味をなさなくなった。その損傷の原因を探ろうとした――、でもなんの手がかりも見つけられなかった。その損傷を――、人工的な神核構造で補強しようとした。でもそれはすぐに砕かれて――、損傷は残り続けた……。思いつく限りの治療法を試して――、そのすべてが無駄だったのです】
【――先代魔王様は亡くなり……、私は何も――、何もしてあげられなかった】
――……。
【申し訳ないです……、私は医者でありながら、貴方のお母さんを救うことが出来なかった。そして――、もし同じ病気が誰かの身に――、あなたの、魔王様の身に発症したら……、私では治療できない……、無力な役立たずなのです】
――そうか。
その総司の静かな様子に、少しあてが外れて眉を歪める【暴炎のマナス】。しかし――、
――ゾ……。
それ突然背筋に走った冷たい感覚。
それがなにか理解できずに……、しかし、そんなふうに困惑する【暴炎のマナス】に総司は静かに言った。
「そうですか……。じゃあもう、貴方から手に入りそうな情報はないですね……」
「はあ?」
「……ありがとうございます」
不意に礼を言われて【暴炎のマナス】は困惑する。その彼女に向かって静かに呟いた。
(――貴方なら躊躇いなく殺せそうです)
【暴炎のマナス】にはその呟きは届かなかった。そして――
ギャキン!!
不意に【暴炎のマナス】の側面に総司が現れてその魔王剣を振るう。【暴炎のマナス】は何とかそれを受け止めた。
(……な?! え?)
いきなり上がった総司のスピードに驚愕を押さえられない【暴炎のマナス】。
「……な――、てめえ……。この動き……」
【暴炎のマナス】は理解する。その総司の動きは、天魔族の最上位層――、少なくともルーチェやオラージュなど――、の戦士に匹敵する動きであると。
「テメエ……今まで……」
その呻きに総司は静かに答える。
「……貴方は何故。天魔族の最奥に控えて、彼女らの上に君臨すべき天魔族の王が――、魔王たるものが弱いと考えていたんですか?」
「ぐ……あ……」
総司はその魔王剣で【暴炎のマナス】の大剣を上に向かって弾く、そしてがら空きになった腹に、神速の蹴りを叩き込んだ。
「げ……は……」
反吐を吐きながら後方へと吹き飛ぶ【暴炎のマナス】。それを見送った総司は――、その言葉を紡ぐ。
「魔源核――開放」
【system LOGOS:――中枢神核機能・世界律管理者権限をもって従神核への拡張機能を実行致します】
【system LOGOS:指示をどうぞ:▶】
「魔王真名――、ジードの名において権能を行使する。 ――我は王、我は中枢、その魂をもって皆を支え、礎となるもの。 たとえ遥か彼方にあろうと、断絶の時空の先にあろうと、我が魂と想いは彼女らと共にある……。 【魂緒】」
【system LOGOS:対象指定=ルーチェ・イブリース。――固有能力・超強筋肉の共有化完了】
その瞬間、総司の全身の筋肉が、それまでを倍する力を生み始めた。――そのまま総司は消え失せる。
「く……」
腹を押さえて立ち上がろうとする【暴炎のマナス】。その目前に総司は現れてその手の魔王剣を一直線に振り下ろした。
ガキン!!
【暴炎のマナス】はそれを何とか大剣で受け止める。しかし……
グチャ……。
そのまま魔王剣が【暴炎のマナス】の肩へと食い込み始めた。
「……くそ……」
「……」
全くの無表情でその手の魔王剣を押し込み続ける総司。
【暴炎のマナス】は苦しげな表情で総司を見上げる。
「……」
「……こりゃ……、まいった……。下手なことをアタシは口走ったようだな……」
さらに魔王剣は肩へと食い込んでゆく。【暴炎のマナス】はその光景を静かに、全てを諦めた様子で俯いて……。
「……」
――くくくく……。
不意に【暴炎のマナス】が笑い始める。――総司は構わず魔王剣を押し込み続ける。
「ひひひひ……、ぎゃははははははははははは……!!」
「……」
「……楽しい夢は見れたか?」
【暴炎のマナス】の肩に食い込んでいた魔王剣が持ち上がり始める。
「……アタシは一番はじめに言ったな? 【決戦死界】はアタシの能力を倍々まで高める……って」
「……」
「アタシは今までその機能を完全には使っていない……。たとえお前が天魔族最高の怪力をもっていても……」
――アタシを超えることはありえないんだよ。
「理解したか? 馬鹿め!! ぎゃはははははははははははは!!」
そう笑う【暴炎のマナス】に、それまで黙りこんでいた総司が一言呟いた。
「……ええ分かってました……」
「……え?」
グチャ……。
【暴炎のマナス】は、いきなり生まれた腹のあたりの熱さに思わず下を向く。
――自分の腹から槍の穂先が突き出ていた。
「あ……」
そして【暴炎のマナス】は振り返る――、
――そこに冷たい目で彼女を見つめる有翼人の女がいた。
「仮想魔源核――開放……」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列12番、レパード・シトリー】
「固有権能行使……」
【system LOGOS:――固有権能・死毒神槍(Poisonous Spear)】
そして、【暴炎のマナス】の体内に致死性の猛毒が送り込まれる。
無論、その毒の生命力への損害は、その超高速再生能力を超えられるほどのものではなかったが。
しかし、その毒が彼女の神経系や筋肉の動きを司る部分へと侵食して――、その機能を正常とは程遠い状態へと変えた。
「……え? あ……」
再び魔王剣が食い込み始める。その時【暴炎のマナス】は――。
(……げ、あ……、なんで……。力が……はい……ら)
そのまま【暴炎のマナス】が大量の鮮血を口から吐き出した。
「げえええええ……、きもち……、わ……」
そうして涙を流し始める【暴炎のマナス】に、総司は静かに言った。
「……貴方は、無駄に戦いを先延ばしにしすぎた……。調子に乗って、僕という魔王に――。彼女という護衛がいることを忘れてしまった」
――それが貴方の【死因】ですよ。
そのまま魔王剣は――、地面へと到達した。
そうして展開されていた侵食定理【決戦死界】は機能を停止したのである。




