第三話 襲い来る暴炎
溶岩流の奥に巨竜が眠る――、その先に竜骨の刀を帯びた女武者と、それに薄く笑いかける修道服の女性がいた。
「……どうも早速【サーガラ】の端末群が発見されてしまったようだよ」
そう言って薄く笑う修道女【ワシュキ】に、女武者【ナンダ】は少し困惑気味に答えた。
「いいのですか? それは下手をすれば……、折角の端末群の群生地の一つを失うことになるのでは?」
その答えに【ワシュキ】は笑いを大きくして言った。
「まあ……、そうなっても仕方がないさ……。そもそも端末群の生成は――、我々が行うべき使命のうちの【静的な侵食】……、結局は天魔族をどうにかしないと、以前のようにいつか発見されて生成が無意味になるのだから……」
「これを機会に我が……、奴らを……」
その【ナンダ】の言葉に、【ワシュキ】は小さく微笑んで答える。
「いや……、今回は彼女らに任せよう……。あの【サーガラ】と天魔族の王の、……感動の再会を邪魔してはいけないよ?」
「……」
その【ワシュキ】の言葉に【ナンダ】は眉をひそめる。
(……【サーガラ】はあの天魔族の王に近づきすぎていた……。まあ今のところは、我が竜性を否定する行動は取らぬだろうが……)
その【ナンダ】が思考する姿を静かに見つめながら――、【ワシュキ】は目を細めて薄く笑った。
◆◇◆
総司が、ルーチェやレパードと宿に戻ってしばらく後、そこにオラージュも戻ってきてルーチェとなにか会話を始めた。
総司も一時会話に加わろうとするも、オラージュに「出撃までゆっくりお休みください……」と丁寧に言われて、仕方なく宿に借りた自分用の部屋へと帰っていった。
流石に自分の部屋は一人用であり、護衛とはいえレパードとは一緒ではない。ただ、レパードはお休みする際は自分の部屋へ戻ります、と言って総司の部屋に居て、部屋の隅に椅子をおいて総司の事をずっと微笑んで見つめていた。
「……ん?」
不意に窓の外を見た時……、町中に立つ女性と目が合う。
その女性は赤い髪に赤い瞳……、頭部には後方へと向かって生える四本角、身体の各所に鱗が見え、その腰辺りからトカゲに似た尾が生えていた――。
その背に大剣を背負い、その交錯した視線を受けて、――嘲笑に似た笑いを浮かべた。
「……」
最近、有名になったのか、総司はよく魔人族に声をかけられる事が多かった。多分、その女性もそうなのだろうと総司はその時考える。
だからその視線を外して部屋の奥へと戻った。――ただ、その表情が何故か気になって、そのまま思考の隅に残り続けた。
しばらくすると部屋の戸を叩かれる、総司が扉を開けるとオラージュとルーチェが居た。
二人は、街の外に叡智の塔からの友軍を迎えにいくと告げると、総司に対しては宿で待っていてくださいと言って二人で宿を後にした。
そしてレパードと二人で宿に残った総司は、また部屋で二人きりになった。
相変わらずニコニコ顔のレパードに少し戸惑いながら二人を待っていると、――再び戸が叩かれた。
「……少し早いですが、もう帰ってきたのかな?」
そう言って戸を開けると――、そこに先程見た赤い髪の女性が立っていた。総司は少し戸惑いながら声を出す。
「……貴方は?」
「ああ……、アンタ――魔王だな?」
――と、不意に総司の脇――、その後方から槍が女性に向かって突き出される。――それはレパードの使う槍であり。その女性はそれに視線を送って――、そして……。
ドン!!
宿の窓が内側から弾け飛んで、何かが宿の外の石畳の道へと転がり出てくる。それは魔王剣を手にした総司であり――、そこへ宿の粉砕された場所から、レパードが翼を広げて現れて総司の隣へと降り立った。
総司は隣りに立つレパードに呼びかけた。
「すみません……、油断していました」
「……いいえ、このように町中で戦いになるなど、今まではめったに無かった事……。だからこその私という護衛ですから……」
レパードはいつもの砕けた口調ではなく、仕事向けの丁寧な口調でそう総司に言った。そこに……、宿の破砕した部分から人らしき影が現れて、高速で総司達に向かってかっ飛んできたのである。
「レパードさん!!」
「は!」
凄まじい速度で飛んでくるその存在を確認し、その場から後方へと飛び退く二人。
大きな破砕音が響いて、そして先程二人が立っていたその道の石畳が弾け飛んで、そこに人一人が収まるクレーターのような地形が生まれた。
「……あれは」
その地形の中心に、先程の赤髪の女性がその手に大剣を持って跪いていた。
「けははははは……、なかなか避けるねぇ……。すこし楽しくなってきたぜ……」
その嘲笑を受けて、総司は一瞬思考した後に言った。
「……魔人族?……いや、やはり……、以前仲間が遭遇したという僕達以外の天魔族?」
「……おい……、アタシらをあんたらみたいなゴミカスと一緒にするなよ……」
――アタシら……。
総司はその言葉を思考する。
(……なるほど……、以前に現れた者、眼の前にいる者、そしておそらくはそれ以外にも誰かがいる……と)
総司はそう冷静に分析しつつ周囲にも視線を送る。
周囲には驚く魔人族が集まり始めている。このままでは彼らを戦いに巻き込みかねない。
――本来ならば、何処か別に戦場を設定すべきだろう……、しかしそこへの誘導にこの敵が従うとは思えない。
総司は、それでも何とかこの場から移動させる方法はないかと考える。しかし、そんな彼をまさしく嘲笑するかのように笑いながら、その手にした大剣を構えてその女は地を奔った。
総司は背後に魔人族の気配を感じる、そのためにその場に留まり……、そしてその魔王剣の切っ先を下に向けて――、その体勢のまま敵を迎撃した。
ガキン!
地面に半ば突き刺さった魔王剣のその刃に火花が散って、その敵の大剣を受け止める。その衝撃に総司は後方へと後退り、その魔王剣の刃は地面に裂け目を形成した。
総司に剣を受け止められて、少し笑いを消した敵は、脇から襲い来るレパードの槍を後方へと退いて回避した。
「ち……」
舌打ちして総司を睨むその敵を油断なく眺めながら、総司はレパードに言った。
「少し乱暴なやり方ですが、……レパードさん!!」
「はい!!」
その瞬間、レパードの翼が羽ばたき、それに合わせるようにレパードの行使する風の術式が完成した。
周囲の魔人族たちのその身が強風に煽られて、そのまま後ろ向きに吹き飛んでいった。そうして、総司たちの周囲から魔人族は消える。
「……なるべく怪我の無いように致しました」
「……ありがとうございます」
微笑むレパードに笑顔を返して、そして次に目前の敵を睨んだ。
その女は再び嘲笑を顔に浮かべて総司にいう。
「はは……、お前……、アタシが想像した感じの素人とは違うな……。弱いうちに始末出来たらと来てみたが……。メンドクセぇ……」
「……はあ、期待に添えず申し訳ないです……」
そう言葉を返す総司に、一瞬目を見開いてそして再び嘲笑を浮かべた。
「けははははは……、言うねぇ……おもしれえな……」
そう云う彼女に総司は更に言う。
「申し訳ついでに……、貴方の目的はなんですか? 何故、僕達を襲ったのですか?」
「あん?」
「……そもそも、何故このような真似を? 以前、別の場所で現れ、僕の仲間と交戦したのも貴方たちの仲間ですよね?」
その矢継ぎ早の質問に、その表情の笑みが消える。そして……
「メンドクセぇ……、知らねぇ……」
「え?」
「アタシらは……」
――殺すために殺しを行うだけだ。
そう呟いた瞬間、その身が高速で地を奔る。総司は今度は立ち上がって、レパードとともにそれを迎撃した。
ガキン!
魔王剣と大剣が鍔迫り合い……、火花が散る。そして、その女が笑いながら叫んだ。
「ケハハハハハハハハハハハハ……!! テメエ……、アタシらになにか大切な理由があってこんな事してると思ってんのか?!」
「……く?!」
「……ねえよボケナス……、アタシらは殺したいから殺す、滅ぼしたいから滅ぼす……。そして、それが生まれた意味であり、行動原理なんだよ……」
その言葉に総司は眉を歪める。その瞬間、女に向かってレパードの槍が突き入れられる。
女はそれを避けながら、嘲笑を深くして総司に向かって言葉を続けた。
「ケハハハハ……、まさかどこかしらハナシ通じるとか勘違いしたか? ねえよカス……」
「あなた達は……」
「……これ以上、テメエらの仲間が増えるとメンドクセぇし……、まあお前ら二人相手なら殺せるな……」
その言葉の意味に、総司は警戒を強める。
(まさか! ――あの【固有権能】?!)
もしそれが広範囲の破壊を生むなら街は大惨事になる。覚悟を決めて総司はその身を女に向かって奔らせる。
だが、それを嘲笑うかのように女は言葉を紡ぐ。
「……戦場を変えようか? 仮想魔源核――開放」
「……え?」
総司はその意味が何か――、経験則で理解した。
【system ALAYA:――分割竜核機能・世界律への強制干渉――、侵食を開始致します】
【system ALAYA:――個体識別符名・幻竜八姫将、マナス】
「侵食定理行使」
【system ALAYA:――侵食定理・決戦死界(Decisive Battlefield)】
その瞬間、その女――、幻竜八姫将【暴炎のマナス】と、総司、レパードの二人は、突如襲い来た闇に飲まれたのである。
(――個別世界構築系……固有権能?!)
そうして総司達は、その敵が生み出す異界へと飲み込まれたのである。




