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第二話 脅威の影

 幻魔とは【滅びの概念】そのものであり、その出現は崩壊現象を伴う幻そのものである。

 故にそれはヒトが悪夢で見る狂気の生命の姿をとり、仮想として生命の仕組みを得て活動する。

 しかしながらそれは結局のところ幻でしかなく、上級幻魔、幻魔竜王に至っても、現界時間に制限がなくなっただけの仮想の生命としての幻そのもの。

 すなわち、その本質はまるで意思があるかのように蠢くカタチがある崩壊現象そのもの――、だという事である。


 ――故に、その本質は【滅び】であるがために、何かが明確に【誕生】する事はなかった。

 

 しかしある時、生命原理による【死】の概念を基盤にして、【死という現象の始まり】として【誕生】をある幻魔竜王が獲得した。

 そうして明確に何かを【誕生】させる機能を獲得したその変異型幻魔竜王は、自身の使命を正しく実行するための尖兵を産んだのである。

 幻魔の核である【滅びの概念】を、竜核という仮想生命核へと組み上げ、その外側として仮の身体と機能と思考回路を付加したのである。

 そうして生まれた尖兵達は、各自に幻魔竜王の性質――、竜性を与えられて、かの天魔族の機能を模倣した【侵食定理】を獲得するに至った。

 だが、【滅びの概念】そのものでしかない竜性の中に、明らかな特異点が発生する。それこそ、自身が尖兵を生むために、ある意味強引な解釈で得た【誕生】を示す竜性であった。

 それこそが【生誕(せいたん)】――。【死という現象の始まり】として【誕生】は確かにそのとおりだが、他の竜性が【滅びの概念】の性質、その方向性を表し、中枢となる【極天】が【滅びの概念】の根源を司っているのに対し、【生誕(せいたん)】は【死という滅び】だけでなく、そこまでに至る【生まれてから育ち、そして大人になって老いていく】という命そのものの道行きをも司ることとなったのである。

 その根本が【滅びの概念】ゆえに、全ての思考は【滅び】へと帰結する。その【生誕】の保持者も同じではあったが、それがある意味の矛盾を孕む原因になった。


 ――その矛盾とは?



◆◇◆



 まあ……、どの世界にも理不尽な状況というものはある。天魔族が半ば管理者として立つ、このテラ・ラレースでもそれは変わらなかった。

 ――そこは中央大陸の辺境地帯にある都市国家フォレスタの一角。

 一人の幼子がある少女に庇われ、それを少し年上の少年がナイフを手に睨んでいた。


「……おい! 早くテメエの金袋を渡せ!!」

「ううう……」


 その少年の恫喝に、恫喝された幼い少年は涙目で怯えて、――それを庇うように、長い銀髪で緑の瞳の少女が前に出た。


「……どけよテメエ!! このナイフが見えねえのか!!」

「ふう……」


 その少女は静かに哀しげな目で少年を見つめる。

 その態度に怒りを覚えた少年は、その手のナイフを腰だめに構えて少女へと奔った。


 ザク!


 少女は避けることもせずにそのナイフを腰に受けた。

 少年は半ば震えて、そして少し笑いながら、その犠牲者の顔を見上げる。しかし、その少女の哀しげな瞳は変わらずそこにあった。


「え?」


 ――その手のナイフは、少しだけ少女に傷を与えて血を流させてはいたが、全く突き刺さってはいなかった。

 その光景に――、ある事実を理解して、そのナイフを取り落として呟いた。


「て……、天魔族?!」

「……」


 その少年の呟きに、少しだけ眉を歪めてから、少女は地面に落ちたナイフを拾い上げた。

 それを見て少年は怯えた目を向けた。


「……ねえ、貴方……。こんな事楽しい?」

「……そ、そんな事……」

「……だよね? 楽しくないよね……」


 そう言って、その少女は少年に近づいて、その首にかけたペンダントに触れた。

 それに反応して少年が、身を翻してペンダントを掻き抱く。


「大事なのね……それ。まあ、こんな事をしながらも、それだけは売れないって事だもんね?」

「母ちゃんの形見だ!! ……これは渡せねえ!!」

「……そう」


 少女は静かに微笑んで……、そして静かに――、容赦なく言った。


「……貴方はそうやって、亡くなったお母さんに心配かけてるのね?」

「……!!」

「これからも……、もしかしたらこれまでも?」


 その瞳に……、苦しげに呻きながら少年は叫ぶ。


「……そんな事!! そんな、こと……」


 呻きながら俯く少年に……、少女は近づき、そして頭に手を置く。


「……世間が許してくれない? 皆助けてくれない? こうするしかない?」

「……」


 黙って俯いて泣き始める少年。


「……まあそういう事もあるだろうけど――。でも、それでもその道を進み続けるなら……、貴方には安らかな死はなく……、絶望に死ぬしかないわ」


 その少女の言葉に少年は頭を上げる。


「だから……、無様に這いずってでも、反吐を吐いても、何とかして……、ささやかな暮らしに幸せを見出す生き方を目指しなさい。……今は何処にも貴方を救う者が見えなくとも……、いつか何処かに貴方を想う人は現れる――」


 ――貴方を何処かで心配するお母さんのように。


「……」


 少年は少女の……、その優しい笑顔を見つめる。そして……


「とりあえず……、このナイフは貴方には必要ないわね? これからは私が使うわ……」


 ――そして……。


「……はい。ナイフ代……」


 そして手にした金貨を少年に渡した。それを不思議そうに見つめる少年。


「世の中は容赦ない。だから――これ以上“そっち側”に進まないことを、祈ってる……」


 そして、少女は幼子と去ってゆく。

 その少年の手に残った一枚の金貨は……、何故か暖かく感じた。


 そうしてその場を去りながら、その少女は――、幻竜八姫将である【スクリタ】は思う。


(――必ず貴方には死が訪れる……。それは逃れられぬ原理……、ならばせめて幸福に――、せめて安らかに――)


「……生きるうちは、せめて静かに……」


 ――世界は無へと戻り――、すべからく終末へと向かうのだから。



◆◇◆



 都市国家フォレスタの隣国――、都市国家ザガンに少年魔王・総司とその使用人オラージュは居た。

 それ以外にも、少年魔王の護衛レパード、そして同じく緊急時の護衛としてルーチェも同行している。


 ――あの幻魔竜王との決戦、そして全天魔族の集結からはや一年が経過している。

 その間の様々な調査……、そして動くことのない状況に、天魔族は一時再集結を解いてそれぞれの勢力の活動に戻っていた。

 あれから総司も成長し、あの時に比べて信じられないくらいの力を得て、今では正しく魔王職を務めるようになっていた。

 それでも魔王は重要な存在。それが失われることは天魔族の存亡に関わる。だから現在もレパードという護衛を常に傍において、その職務を行っている。


 ザガン王宮の、その玉座に在ったザガン王は、――その少年魔王の姿を認めると、すぐに玉座を降りてその少年魔王の目前で跪いた。


「これは……、魔王陛下――。このような辺境に、ご足労、有り難きことでございます」

「いいえ……、大丈夫ですよ。僕の事は、普通の来客に対する形式で構いません」

「……それは有り難いことでございます」


 そう言ってザガン王は、静かに玉座へと戻る。――そして話し始めた。


「では……、改めて――。魔王陛下……、貴方様にご足労を願ったのは他でもありません。この近辺に例の存在らしき者が現れたのです」

「……」


 総司はその言葉を聴いて思考を始める。

 今から二週間前……、要塞道の付近にあったある都市で医療行為を実施していたマーレ医師団――、その私兵の隊長である【プリシア・アンドロマリウス】が致命傷に近い重傷を負うという事件があった。その事件は、とりあえず同行していた助手【トロ・バラム】の活躍によって解決し、その元凶も正しく処理されたという話だった。

 その事件はそれで終わったのだが、その事件の元凶である【邪悪な天魔族?】という存在が、天魔族たちに今までにない警戒心を与えていた。


 ――かつてキルケ・アスモダイオスはこう言った。


『――だから、今回の調査におけるワタシとしての結論は――、新たな脅威……、幻魔に直接命令可能なナニカの出現を考えて、対策を講じるべきだ……、となる』


 まさか――、それこそがそうではないのか? そう皆が考えたのである。

 何よりその存在は、あり得ない事に【固有権能?】を使用した。それは、天魔族に対する明確な脅威である。

 ――そして、ここ都市国家ザガン周辺にその目撃例が出たのである。


 ある山師が、その周辺を毎日行き来しているにも関わらず真新しい洞窟を発見した。

 気になってその先に進むと、その先に三人の女性が居て、それが無数の下級幻魔を召喚していたのである。

 幻魔が生まれるたびに、その周辺の岩盤が消滅してゆき――、見る間に大空洞へと変わっていったという。

 恐ろしくなった山師は、その場を逃げようとしたが、どうも逃走する際に石を蹴ってしまい、誰何(すいか)の声を聴いたのだという。

 ――そして、その山師は逃げることには成功したものの、その内容を話した後に今まで見たことのない病にかかって死亡したのだ。

 その山師は説明の中で「あの場所は、妙に空気が悪かった……」と言っていた……、おそらくはそれこそが……。


 ザガン王の説明は続く。


「発見した空洞の周辺は……、現在立ち入り禁止にしており、とりあえず幻魔があふれる気配はありません」

「……それは――。急いだほうがいいかも知れませんね……」


 幻魔の群れが発見された以上、それはどうにかしなければならない。

 例の【邪悪な天魔族?】の話である以上、自分自身が話を聞こうとここまで来たが、それは正解であったらしい。

 総司はすぐに、ここ近辺を活動範囲に収める叡智の塔に、防衛活動を指示すべきと考えた。

 叡智の塔は、拠点学府間を行き来するための転移門(ゲート)を学府内に持つ。それで勢力域全土を防衛しているのだ。


 ザガン王の話を聞き終わって。それに対する対応を正しく実行する旨を伝えた総司は、そのまま王宮を出てからオラージュに命令した。


「オラージュさん……、メディアさんに連絡を……」

「承知致しました魔王様――、全ては魔王様の御心のままに」


 オラージュは、そう恭しく(こうべ)を垂れて一旦総司のそばを離れていった。

 今から連絡しても、その増援が来るまでには、編成やら様々な準備があるだろうし半日以上はかかるだろう。

 総司は、それを待つ為にあらかじめ取ってあった宿へと向かった。


 ――戦いの気配が確実に迫ってきていた。



◆◇◆



 そこは地の底――、例の大空洞内に、下級、中級幻魔の群れが蠢いている。

 その一角に幻魔とは明らかに違う存在が居て――、


「……どうもここらに天魔族……、そして魔王が現れたらしいですねぇ……」


 そう言ってニヤニヤ笑いをするのは、妙に老けた――、まさしく絵本などに登場する鼻の長い魔女のような老婆である。

 その言葉を静かに――、でも眉を歪めて聞くのは【スクリタ】である。


「はあ……、やっぱりね……。あの魔人族に見られたのがまずかったね……」

「……何だったら、あの魔人族を起点に――、ここら一体全員流行り病にすれば……」

「……。それ問題を先送りにするだけで無意味でしょ? すぐに何かしら気づかれるわよ……」


 その【スクリタ】の言葉に……、少し黙り込んでから老婆は言った。


「そうでしょうねぇ……、もちろん、この仕事は貴方様が主として受けた仕事……、その手伝いである我らは貴方様の指示に従いますよ……」


 そう言って頭を下げる老婆を一瞬見つめてから、周囲を見回した。


「……で? あの戦闘狂……、じゃない【マナス】はどこ行ったの?」

「さあ? わたくしもあの乱暴者のおもりではありませんし……」


 そう言って老婆――、【トクシャカ】はくすくす笑う。

 【スクリタ】は眉を歪めて――、そして大きなため息をついて言った。


「……面倒くさい事にならないといいけど……」

 

 心底疲れた顔で――、【スクリタ】は首を横に振った。

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