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第一話 最弱の拳は絶望を穿つ

 ――村が燃えている。


 多くの友人がその身を切り裂かれ、そしてそれをなした少女はその傷から湧き出る光体を、その耳まで裂けた口に喰らっていった。

 その周囲に淡い光を放つ短剣を展開して、その刃列(じんれつ)でいつも笑顔で酒を酌み交わしていた友人を(なます)切りにしていった。


「くひひひ……」


 その光体を喰らいながら、その幼く見える少女の姿をした邪悪は恍惚とした表情で笑う。


「ああ……、やっぱ楽しいわぁ……。今日はあの()()()()のカスオンナも居ないし。邪魔はされないし……」


 ――人殺しは――、皆殺しは……、最高の快楽ねぇ。


 その村の人々は、それでもこの邪悪に立ち向かった。だが、その力には到底叶わなかった。

 その力は――、目前の邪悪は……、あまりにもかの天魔族と変わらぬ、強力無比な力を示していた。


 そしてその夜――、魔人族が暮らすある村が全滅した。



◆◇◆



 その日、マーレ医師団はある街に滞在して医療の提供を行っていた。そんな彼女らにある噂が伝えられる。


「……邪悪な天魔族ですか?!」


 その魔人族の言葉に、流石のマーレ・ベルフェゴルも驚きを隠せなかった。

 その彼女に、慌てた様子でその男性魔人族は言った。


「あ……、いや。正確には天魔族に匹敵するほど強い女が……、俺の親戚が住む村を壊滅させたとかで……。その周辺の村々も危険を感じて避難を開始してるらしく……」

「天魔族に匹敵する女……」


 マーレは眉を寄せて考え込む。


「その村の全滅は確かなようで……、俺の親戚も……」


 その男性の沈んだ様子に、マーレは意志ある瞳で頷いた。


「わかりました! 私達に任せてください!! 皆を守ることこそ我らが使命ですから!!」


 その言葉に、その男性は涙を浮かべて、眼の前の女神そのものに祈りを捧げた。

 早速マーレはマーレ医師団の最強戦力たる、正義剣士【プリシア・アンドロマリウス】にその村の調査を指示した。


「ぐおおおおおおお!! 邪悪許すまじ!! 本官(ほんかん)の剣の錆にしてくれる……であります!!」


 そういうが早いか、マーレが編成を考える暇も与えず、その村へと突撃を敢行し、それにその助手的立場の拳法士【トロ・バラム】も慌てた様子でついていったのである。

 マーレは苦笑いして、そして後で友軍を派遣することにした。何より、「天魔族に匹敵する」と言われても――、そういった種族をマーレ自身は知らなかった。


 ――だからこそ、事態は最悪な方向へと進んでしまったのである。


 その村に至ったプリシアは、その怒りが頂点に達しつつあった。その隣で幼い拳法士・トロは怯えて震えていた。

 何より、戦いの経験が少ないトロにとっては、目前の光景は余りに凄惨すぎたのである。


「……これは……、刃で細切れに――」

「うぷ……」


 天魔族であってもトロは未熟である。ゆえにその光景に吐きそうになる。


「……トロ――。お前はマーレ様のもとに帰るであります」


 そう優しく声を掛けるプリシア。だがトロは涙目で首を横に振った。


 ――私だって天魔族――、皆を守る為に生まれた存在!


 泣いて吐き気に襲われつつもトロは引くことなかった。

 実は、拳法士【トロ・バラム】は――、かの少年魔王・総司とかなり近い年齢の、最年少天魔族であった。

 一応、末梢神核――、天魔七十二姫、序列51番、バラム姫族の神核に目覚めているが、それは本覚醒ではなく、いまだ戦場で【固有権能】を使ったこともない。

 それに、その固有権能も、本覚醒未満ゆえの限定機能と思われ――、いまだ正しく起動させたこともなかった。


 先の幻魔竜王との戦いの際、彼女は仲間に無理を言って、ルーチェ率いる部隊に参加している。

 それもまた、未熟な自分を変えたいがための意志の表れであった。


「……ふう」


 プリシアはトロの意志を尊重して、共に探索を続けた。

 ――しかし、そこにあるのは死体だけだった。何処にも希望は存在しなかった。

 トロは泣きながら、あまりの理不尽にただ俯くことしか出来なかった。


 ――そして、次第に日が落ちはじめた時、その村の東の果てに煙らしきものが登るのを見た。

 プリシアは嫌な予感を感じて――、そしてトロと共に森を一直線に煙へと奔った。


「あ!!」


 視界に見える煙が大きくなってゆく。

 その煙は日が落ちて夜になると見えなくなったが、そのかわりに向かう方向全体に赤い光が見えるようになった。


 ――前方の村が燃えていた。


 急いでプリシアとトロは奔る。そして――、

 最後の状況に間に合ったのである。


「……!!」


 プリシアの目前、村の中央付近に立つ、幼い外見で――、いわゆるゴシックロリータファッションの少女が、その手に幼い少年を捕まえていた。

 少年は必死に助けを請い――、もはやその顔は涙でグチャグチャだった。

 それを捕まえる少女は――、その口が頬にまで裂けていた。そして、なんとも楽しそうに嘆く少年を弄んでいた。


「……貴様あああああああああああああ!!」


 プリシアが怒りのままに、その剣を手に奔る。やっとその姿を認めた少女は――、小さく舌打ちをして、その少年を放り投げてきた。

 ――あわててトロが確保に動く。


「……あら――、天魔族か――。まあ、本当は見つかったらダメらしいけど……。もういいよね? コソコソ殺すのにも飽きたしぃ……」

「この外道が!!」


 ガキン!!


「――!」


 その少女とプリシアを隔てるように短剣の群れが展開する。そのまま少女を切り捨てようとしたプリシアの剣を、その集合体で受け止めたのである。


(……こいつ!!)


 歴戦の剣士であるプリシアはその行動だけで、相手が只者でない事実を理解する。即座に間合いを取って――、その身に向かって飛来する短剣の群れを迎撃した。


 ギャリリ……ギャキン!


 ――規則正しく整列した短剣の群れが、いわゆる蛇腹剣のようにプリシアを襲った。

 それを何とか捌き切ったプリシアは、更に間合いを開けてその剣を中段に構えた。


 その光景を楽しそうな笑顔で見るその少女。


「流石……、天魔族ねぇ? 私の刃列(じんれつ)は魔人族向けだからぁ……、すこし斬撃力不足かしら?」


 そう言って、媚びるように首を傾げるその少女に、プリシアは言った。


「貴様は一体……、何者ですか?! 天魔族以外にここまでの戦闘能力を持つものはいないはずであります!!」

「……ふふふ、そうね……、どうしよっかなぁ……」


 更に媚びるように首を傾げるその姿に、怒りの目を向けるプリシア。

 しかし――、しばらくそうしていたその少女は、今までとは打って変わった邪悪極まりない、嘲笑を浮かべてプリシアの背後に居る幼い天魔族と、それの腕に掴まって泣く魔人族の少年を見た。


「……その前にぃ。そいつ殺すかぁ」

「――!!」


 自分に向けられた視線に怯えながらも、少年を守ろうと動くトロ。それをみてその邪悪な少女は――、見下ろすような目線で言った。


「あらあら……、そこにいる天魔族……、泣いてるじゃないぃ。かわいい……、縊り殺したくなるわぁ」

「……トロ!! その少年を連れて……」


 その言葉は最後まで続かなかった。

 いきなり目前の少女が、自身を迂回するように高速で奔って、トロへと向かったのである。


「ひあ!!」


 トロは思わず目を瞑って少年を腕に掻き抱く。そして――。


 ガキン!!


 その少女は――、自身に神速で切りかかってきたプリシアの、その刃を刃列(じんれつ)で受け止めていた。


「ちょっと……邪魔よ?」

「貴様の相手は本官(ほんかん)だ!!」

「仕方ないな……」


 その身を翻して――、プリシアとの距離をおいたその少女は、その口を裂けさせて上空を仰ぎ見る。

 その後の光景をプリシアたちは絶句して見つめた。


 ――周囲から無数の光体が集まって、口へと入ってゆく――、その光景の意味を、プリシアは本能的に理解した。


「……まさか……、死者?! 貴様が殺した死者の魂?!」

「……そう、苦しんで死んだ魂が一番美味いのよ……」


 その瞬間、その少女の纏う魔力が跳ね上がった。

 その光景にトロや少年だけではなく、プリシアまでも後ずさる。


「……さて、これ……。アンタたちの前で披露するの初めてねぇ」

「――?! まさか!!」


 そして、プリシアはその少女の口から信じられない言葉を聞いた。


仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)……」

「……え?」


 その少女のセリフに……、トロが絶句する。


【system ALAYA:――分割竜核機能・世界律への強制干渉――、侵食を開始致します】

【system ALAYA:――個体識別符名・幻竜八姫将げんりゅうはちきしょう、バツナンダ】


侵食定理行使(リミットブレイク)……ってね?」


【system ALAYA:――侵食定理・滅刃剣舞(Massacre Sword Dance)】


(――固有権能?!)


 プリシアにはそうとしか見えなかった。その空中の刃列(じんれつ)の数が倍々に増えていった。


(……まずい!! あれはおそらく防ぎきれない!!)


 ――しかし、その瞬間、刃列(じんれつ)の群れが背後のトロらに向かって奔った。

 もはやプリシアはなにも考えずにその身を翻した。


「……があああああああ!!」


 その瞬間、血しぶきが宙を待った舞った。しかし――


「あら……」


 その身を――、血潮にまみれさせながらプリシアは、その腕にトロたちを抱えて少女から離れる方向へと走り抜ける。

 その瞬間にも、無限にも見えるほど増えた刃列(じんれつ)が、プリシアのその身を削り取ってゆく。


「プリシアああああああ!!」


 泣きながらトロはその光景を見つめ。プリシアはその顔に笑顔を向けて、血を吐きながら言った。


「……心配……するな……。正義は……折れない……」


 そして――、プリシアはそのまま森へと奔っていった。



◆◇◆



 しばらく奔った後――、プリシアは糸の切れた操り人形のごとく倒れ伏した。

 その息は荒く……、全身は縦横無尽に切り裂かれていた。


「プリ……、シア」


 泣きながらトロはその体に触れる。鮮血が手についてそしてトロは泣いた。


「……ごめんなさい! プリシアぁ!! 私が弱いから!!」


 その光景に少年も泣き始める。

 ――と、


「……いや、……トロ……」

「プリシア?!」

「……お前は、弱く、ないで……あります」


 そうしてプリシアは血まみれでトロに笑顔を向ける。


「……強い……、ものが……、強いもの、に、たち、……むかえるのは、当然……」


 ――でも……。


「トロは、自分が……、弱くとも……、信じる、想いのため……。いつも……、いつも……」


 ――泣きながらも、立ち向かっているではないですか。


「ならば――、それは……、弱いとは、言わないのです。いつか……、強くなる……、わが、戦友……」


 そうしてプリシアは意識を喪失する。このままではプリシアが死ぬのは確定だと言えた。

 トロは自身が所持している応急治療パックを開いて、なるだけ手早くプリシアを止血する。

 ――そして、トロは立ち上がった。

 泣きながら……、震えながら……、怯えながら……、それでもプリシアを抱えて立ち上がった。


「プリシア……」


 そして、少年の手を引いてその場から、なるべく遠くにゆこうとする。が――。


「ひひひひ……、みつけたぁ」

「あ……」

 

 目前に絶望が姿を表す。それは少女の姿をしており、先程までの【侵食定理】は解除されたらしく、普通の数に戻った短剣の群れを伴っていた。


「あ~~あ……、可哀想にぃ。泣いてるね~~。怖かったねぇ」


 ――じゃあ、泣く必要がないようにしてあげるわ。


 その瞬間、刃列(じんれつ)が空を奔る。――トロは……。


「はあああああああ!!」


 プリシアをその場において、そしてその拳を刃列(じんれつ)へと叩きつけた。


 ドン!


 血しぶきが飛んで腕の各所から血が吹き出したが、トロはその腕に纏った闘気でその刃の群れを防ぎきった。


「……はぁ?」


 その光景を少女は心底つまらなそうに見つめて言った。


「なにそれ……、そんな無様に、何生き足掻いてるの? 勝てないんだから、死ねよテメエ……」


 ――負けない……。

 トロ・バラムの顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。


「……は、泣いてるじゃない? 怖いなら縮こまって死ぬのを待ちなさいよぉ……」


 ――負けない。

 その身も、足も震えている。


「……テメエ等、弱い連中は……、。アタシの餌食でいいのよ?」


 ――負けない!!

 それでも目の奥に宿る意志だけは強く燃えていた。


 ――状況は最悪である。

 現実問題として、この状況を逆転出来る戦闘力を自分は持ってはいない。

 だから――、もはや状況を打開する術は一つしかない。


 ――いまだ機能しない【固有権能】……、おそらくは本覚醒前故に中置半端しか機能しないであろう、それに全てを賭けるしかない。

 恐れは無論ある――。でもトロは恐れず……、ただ守りたい者たちの為に、その言葉を紡いだ。


仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)!!」


【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】

【system LOGOS:――警告:分割神核機能・本起動前のため限定的機能の仮起動を開始】

【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫(てんまななじゅうにき)、序列51番、トロ・バラム】


固有権能行使(リミットブレイク)!!」


【system LOGOS:――機能限定型固有権能・通力廻天(Force Difference Reversal)】


 そのトロの叫びを聴いて、邪悪な少女は眉を歪めて言った。


「……ああああああああ?! 抵抗するとかウザいんですけど?!」


 ――そして……。


 ドン!


 その拳がその少女――、バツナンダの顔面にヒットした。


「が……え?!」


 そのまま、吹き飛び転がるバツナンダ。その手を顔に触れて……、鼻血を確認した。


「……てめええええええええ!! アタシのかおおおおおおおおおお!!」


 だが――、次の瞬間、トロが目前に現れてその拳の連撃をバツナンダに叩き込んだ。


「げあがああああ!!」


 吹き飛び、よろけるバツナンダの傍に、瞬間的にトロが現れる。


「……え?」(……なんで?!)


 そのトロの速度があまりに早すぎる。慌ててその周辺の刃列(じんれつ)を飛ばすが……。


(……なんで?! 掠りもしない?!)


 その瞬間にも、その連撃がバツナンダに叩き込まれてゆく。それをバツナンダは何故か避けることが出来ない。


「なによ……、何よこれぇ!! 何なのよおおおおおおお!!」


 自由に動かない……、体が重い――。そこに至って、この幼い天魔族が実行した【固有権能】に思い至った。


「はああああああ!!」


 その裂帛の気合の声に、プリシアが微かに目を開ける。そして――、その身にまとう力を見て、そして笑った。


 ――いまだ完全ではないが……、それこそが天魔族の切り札。

 ――トロの固有権能は……。


 ――強さに奢り、弱者を嘲笑するものは最弱に。

 ――弱さを知った上で、それでも守るべき者のために、強者に立ち向かうものを最強に。

 ――其は、理不尽に立ち向かう弱き者の最強の(こぶし)


「……ああ、トロの正義――、正しく見せてもらったであります……」


 笑うプリシアの目前でその決着は起こる。

 バツナンダが最後のあがきで【侵食定理】を行使しようと止まった瞬間、その全力の拳がその胴を貫通したのである。


「――あ」


 その瞬間、まるでその全身が解けるように崩れて、そして黒い霧と化してその姿が消滅した。

 トロとプリシアは、その光景を見て――、なにか重大な事が起こる予感を感じていた。



◆◇◆



 溶岩流に佇む機竜の肩でスクリタが言う。


「バツナンダが無様に死んだって? はあ――、真っ先に母竜に迷惑かけたのね、あのカス……。おまけにこっちの情報もアッチに渡ったって?」


 その言葉にワシュキは笑って言う。


「……これは、まあ……、あの者を自由にさせていた私のミスだよ……」

「は……、別にミスとか思ってないくせに」


 スクリタの言葉に、ワシュキは笑って言葉を返す。


「でも、まあ……、少なくともバツナンダの自由はいまだ保証されている。我々が……、死んでも母竜によって、新たな力と精神を与えられて、産み直される事実は渡っていないからね」

「……は、気分悪いから、このまま死んでればいいのに……」


 そう言ってそっぽを向くスクリタにワシュキは言う。


「我らは同士……、世界を無に戻す同士。ゆえにある程度の相性の悪さは許容したまえ……」


 その言葉にスクリタは――、ただ一度「フン」と鼻を鳴らした。

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