序 世界
遥か宇宙の果て――、かつてアンドロメダ銀河と呼ばれた領域にある生命環境惑星・Nova Terra-An22-L0087-#4【ケイロン7】にその人物は生まれた。
成長し、最新の世界構造学を学んだ彼は、いつしかその道の権威となり、その人生において最大の偉業を成そうとした。
――新世界創造。
母なる地球から旅立ち、天の川銀河を征服し、その果てのアンドロメダ銀河すら手に入れた【人類】は、とうとうその領域へと足を踏み入れようとしていた。――その一人の研究者の意志がその世界を産んだのである。
しかし、生まれた世界はその時間軸より凄まじいまでに過去に存在していた。その当時の技術では生まれた時点の時間はまさしくランダムであったのだ。
その研究の継続を望んだ研究者は、躊躇いながらもその時代へと向かう決意をした。その決意がどれほどのものであったのか?
その時代には時間を逆行する技術は存在していた。しかしながらそれは一方通行でしかなく、一度時間を逆行すれば――、元の時代へは戻ることは出来ないのだ。
そうして研究者は、遥か時間の果て――、無名のその世界に降り立った。
研究者が生成時に設定した通り、かつての地球環境を模倣した構造が生まれていた。
無論、惑星や宇宙などの全てを生み出すのは果てがない。故に、その世界は一部の地形構造を切り取った世界として誕生していた。――すなわち、生まれた生命が誤って外枠に至らぬよう、理論値上無限距離を与えた海の中心に、生命あふれる大陸を浮かべた構造である。
その世界に生まれた生命は、かつての地球の生命構造を参考に構築され、当然のように知的生命も成立していた。そうして正しく誕生していた世界を見て研究者は一時喜んだが――、すぐに疑問を得た。
――この世界の生物は想定よりかなり少ない。
そして、その疑問はすぐに解ける。生まれた世界の各状態係数が異常な値を示していたのである。
生み出された生命の基礎能力に対し、環境があまりにも過酷すぎたのである。そのため、その多くが生まれた傍から死滅していた。
研究者は自らが生み出した世界を正しく機能させるべく、さらなる機能を追加することにした。
かつて研究者が居た時代の世界構造学において、世界律管理体と呼ばれる【複合情報エネルギー構造体】の存在が研究され始めていた。
それは、生命構造の深層にある生命核の、その深淵の繋がりによって成立する集合意識としての生命環境管理機能とされ、各惑星の生命誕生の過程において流れで成立する存在であった。
しかし、その世界は研究者が一度に環境や生命も一発生成したがゆえに、その構造が決定的に欠けていたのである。それ故に、その世界の生命は生き続ける根本機能を喪失していたのだ。
研究者はそして世界律管理体を生み出すための研究を進め、そして【世界律管理機能試作型】を誕生させた。
しかし――、その機能をシュミレートすると、一定時間を経過後に自然消滅するエラーを見つけた。どうやら、自然に生まれてくる世界律管理体と違い、人類種の精神構造を元データにした思考回路では、超長期間の存在維持が出来なかったようだった。
仕方がなくその試作型は【時間凍結封印】がなされて、かなり古い時代の人工知能に近い思考回路に、余計な進化が起こらないようにリミッターを設定し、最低限の【限定的学習機能】のみを与えた【初號世界律管理体】が生み出された。
機械的行動判断機能しか持たず余計な自己進化をしない、その【世界管理機械】はかなり完成度が高く、生命種の保存という考えにおいては最高とも言える存在だった。基本的環境維持機能を持ち、ただ強引かつ強権的な管理機能は持たず、各生命に付与した【加護】をもとに間接的に干渉するカタチで生命活動に関わるその存在は、そこに生まれた人類たちから【星神】と呼ばれる信仰対象となっていった。
そこに来て、研究者による干渉は終りを迎えた――、その人物が何処に行ったのかは誰もわからなかった。
時代は流れ――、【星神】を唯一神として信仰する大規模文明が生まれていたその世界は【テラ・ラレース】と名付けられていた。
【星神】はその時代も正しく機能を果たし、それが与える【加護】も学習機能によってさらなる発展を見せていた。――だがここに来て【星神】と人類種の、その考え方の違いが浮き彫りになり始めていた。
それが致命的となった現象が【加護機能のバグ】すなわち【加護によって付与された精神性によってヒトの行動が狂人化してしまう】ということであり、それによって大量虐殺が幾度も発生したのである。その対処として【星神】は――、【バグ】排除のための救済システム【勇者】、環境維持機能貸出システム【聖女】を成立させて対処とした。それで、ある程度の人類種継続が図られたためにそれ以降【星神】は根本的解決を行わずに問題を放置したのである。
そう、【星神】には【バグ】そのものを無くす学習は可能であった。しかし、それにかかるコストや機能変更によって発生しうる諸問題――、それを考慮した上で【ある程度の人類種継続が成立している】ならばそういった改変はしなくてよい――、そう判断したのである。当然、人類種にとって身近な者が失われることは、来るかもわからない人類滅亡よりも悲しい現実である。そういったある意味不条理な考え方を【星神】は理解することはなかった。
そのためにその時代の人類種の代表者たちが、【星神】を機能丸ごと作り変えるという考えに至った。
――ある【狂気の魔王】を討伐した【最後の勇者】。
彼はその【狂気の魔王】の真実を知り、その悲劇を繰り返さないように【星神】という存在そのものに戦いを挑んだ。そして、その旅路の果てに【最果ての研究室】へと至った。
主を失ったそこには時間凍結封印がされた、あの【世界律管理機能試作型】が残っていた。
当時、更に別世界の神性と協力関係にあった【最後の勇者】は、その【女神】の力を借りて【星神】に成り代わる管理機能として【世界律管理機能試作型】を正しく完成させる道を選んだ。そうして、生み出された【第二世代型世界律管理体】は【女神】の理力を付与され、その力を正しく行使できるように中枢神核一つに複数の末梢神核を従属させる方向で調整された。その調整の参考にしたのは、研究者が自室に持ち込んでいた【レメゲトン(Lemegeton Clavicula Salomonis)】と言う書籍だった。
こうして中枢神核一つ、末梢神核七十二、という形式は成立し、末梢神核には書籍内の【ソロモン王の七十二の悪魔】の名が与えられた。そして中枢神核には――、一時【ソロモン】と名付ける案が在ったが、それは【ゲーティア】に変更されてその構造自体を【ソロモンシステム】と名付けた。
結局、永続して精神性を維持する技術は確保できず、その【第二世代型世界律管理体】は、半永続、ようは生命として精神性が維持可能な限界ギリギリの長寿と不老を付与した人類種の亜種として生み出されるに至った。
そうしてその新種族は【天なる魔源を司る一族】すなわち【天魔族】と名付けられ、【最後の勇者】が【狂気の魔王】の半身より魔王討伐のために託され、それ以降愛剣として使用していた【魔王剣】をその種族の王に捧げた。そして、それを受け取った彼女はかつての【狂気の魔王】の嘆きを忘れぬように、自らを【魔王】と呼称したのである。
しかしながら、その世界の問題は完全にはなくならなかった。
かつての研究者が【世界律管理機能】が無いからだと解釈し、そして【最後の勇者】が【星神】のバグによるものだと考えていた【幻魔】という存在。
――世界が誕生した時から続く、ある理由からこの世界限定で生まれた【滅びの概念】の現界現象――。
――その真実には【天魔族】ですらその果てに至っては居ない。




