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第二十話 母に贈る言葉

 その日、魔王城に遥か大陸の全土から魔人族たちが集まってきていた。

 それもそのはず、数百年の長きに渡って人類圏を守護していた偉大なる魔王に感謝と別れを告げるためであった。

 それは、たった一度ヴァロナ商会の本社があるブライラスで【告別のための会】が行われると宣伝されただけで、視幻器(テレビ)があればなんとか知ることが出来る――、という話であったが、なぜか世界中の魔人族がそれを知ってわざわざ旅をしてまでやってきていたのだ。

 ヴァロナ・アマイモンはそうなることを予測していたらしく、困惑する天魔族の仲間たちをよそに魔人族向けの告別会場を設置しており、総司やオラージュ、天魔七姫将の皆に半ば呆れられていた。しかし、総司にとっては、それは自分の母がどれほどの人であったか知る機会にもなった。多くの魔人族が状況を覗き見ていた総司を見つけて話しかけて、そして自分たちやその親、その祖父母の代で彼女にどう助けられたか話して、そして総司の手を握って感謝を述べていった。

 そして――。


「……」


 魔王城のバルコニーから魔人族向け告別会場を眺めて、総司はただ一人佇んでいた。そこに、ルーチェがやって来てその隣に立った。


「あの野郎……、攻めたらゲロりやがったぞ……」

「ははは……、それはヴァロナさんですか?」

「……あの金の亡者。最近売り出し始めた、霊性燃料(エネラス)動力車両の宣伝に、この告別の会を半ば利用してやがったぞ……」


 総司は小さくため息を付いて頭を掻いた。


「やっぱりですか……。まあ、明確な法律違反とかでもないし、色々聞きたいことも聞けたので……。なるべく優しい罰にしてあげてくださいね……」

「……まあな。尊敬する先代魔王様の告別すら利用するとは、さすが商人――、ガメつさが極まってるな」

「そうですね……」


 小さく笑って、そしてルーチェの方を総司は眺めた。


「……そういえばメイアさんと……」

「ん? あ……」


 最近、ルーチェはあのメイアとよくつるむ姿を見かけるようになった。まあ大抵はルーチェが誂うように笑っていて、それに対し頬を膨らませて怒るメイアを見るのだが、――以前のように殺伐とした雰囲気は完全に消え去っていた。

 ――ルーチェは自嘲気味に笑う。


「……メイアは、私が先代魔王様を裏切ったことは忘れてねえさ……。でも心に折り合いをつけて、そして私を許してくれたんだ。……そして、それは他の皆も同じで――」


 ルーチェはいつもの豪快な笑顔に戻って総司に言った。


「はははは……、まあこうなるすべての切っ掛けは、小僧に敗北したときからだな……」

「……え? 僕は別に……」

「おいおい忘れたのか? お前は――、小僧は武器を使わず私を打ち倒したろうが……」


 そして総司は、ルーチェとオラージュが相対した後、総司の言葉でその手の刀を放って座り込んだ姿を思い出した。

 ルーチェは歯を見せて笑い。そして肩を強めに叩いて、総司を咳き込ませた。


「……は! これからもよろしくな!! 魔王様!! ……いや、やっぱしっくりこねえから……小僧!! ……でいいな!!」

「……ははは、そうですね……」


 そうして総司はルーチェと笑いあった。



◆◇◆



 総司は魔王城内を歩いて――、そして母の療養のために使われた部屋へと至った。そこにメディアとマーレの二人がいた。

 二人は静かに笑いながら、母が寝ていたベッドの傍で話をしていた。――メディアが総司の姿を認めて笑いかけてくる。


「あら……、総司様……、告別会場の視察はもうよろしいのですか?」

「……ええ、色々十分聞いてきたので……」

「そうですか……」


 そう言ってメディアはベッドを眺めた。


「……結局、ここ十年――、(わたくし)はこの場に来ることはありませんでしたわ……」

「メディアさん……」

「話すべきことは沢山あったはずなのに……、困った話です……」


 総司はメディアの悲しげな表情を見つめた。

 メディアは目を瞑って話し始める。


「……(わたくし)には――、魔王軍解散後の天魔族をまとめるという義務と――、それに対する自負がありました。でも……、結局それも先代魔王様の姿をなるべく見たくない――、そんな子供じみた心があって……、この場から足を遠のかせていたのでしょう……。そこからすると、常に傍に居たオラージュや、マーレの凄さや本当の覚悟が今ならば理解できますわ」


 その言葉にマーレが首を横に振って言った。


「いいえ……、私もメディアさんと似たようなものですよ? ある意味最後の意地で、――嫌々通い続けたようなものですから……」


 総司はマーレを見つめて思う。


(結局、母の病の原因は分かっては居ない……。おそらく相当の理由があるのだろう……。そしてそれは……、最近感じている胸騒ぎにも関係しているかも知れない)


 マーレは言う。


「私の医師団が大陸各地で普通に受け入れられているのは……、かつての先代魔王様の活躍が在ってのことです。……だから、改めて先代魔王様は……、凄かったのですね……」


 そうして総司に笑いかけるマーレの笑顔に、総司は笑顔を返した。



◆◇◆



 再び魔王城内を歩いてゆくと――、目前にメイアとイラを見つけた。

 メイアは怒ったような拗ねたような頬を膨らませた表情で、困惑しきった苦笑いを浮かべるイラに詰め寄っていた。


「……なんじゃ! その薬を見せてくれてもよいではないか!!」

「い、いや……済まない……。マーレからメイアには見せたり渡したりするなと……」

「……ぐぬぬ……、マーレめぇ……」

「……あ、口が滑った……」


 困りきって頭を抱えるイラに、怒り顔で何やら考えているメイア。その姿に少し楽しくなって総司はその場へと歩いていった。

 近づく総司に気づいてイラが直立不動の体勢を取る。その相変わらずの生真面目さに、総司は苦笑いを浮かべた。


「あ……、これはジード様……」

「お……、ソージ?」


 両方の形式の名前を呼ばれて、総司は小さく笑って頷いた。

 総司はイラに向かって言った。


「薬とか言ってましたが……、それって……」

「ああ……、いわゆる抗うつ薬とかそういったものです。情けないことに、完全な克服とはいっておらず……」

「……いいえ、あれから回復したのを考えれば……。十分だと思いますよ?」


 その総司の言葉に、イラは自嘲気味に笑った。


「イラさん……、何事も背負い込まないでください……。持てない荷物は僕達も手伝いますから」

「……ジード様……」


 笑顔を消して呟くイラに、隣のメイアが笑って言う。


「……は! そのとおりじゃぞ!! 貴様のその心の弱さの分――、この妾直々に背負うのを手伝ってやろう!! ……喜ぶがよい!!」


 そのなんとも得意げな笑顔を見て。イラは素直に笑って「それは有り難い……」そう言って頷き、総司は首を傾げて苦笑いをした。


「……む?! なんじゃ!! ソージ!! 貴様妾の言葉になんぞ言うことがあるのか!!」

「ははは……、べ、別に……」


 総司は、かつてのメイアの号泣を思い出していたが、なにも語らずに口をつぐんだ。

 怒りを表すメイアを脇において、総司はイラに以前から聞きたかった事を聴いた。


「……あの、オラージュさんが何故か教えてくれないので。イラさんならと思ったのですが……」

「はあ……、それは、なんでしょうか?」

「僕のジードという名前――、この世界にも、地球にも、過去に偉人がいたとかはなくて……、明らかな造語らしいのですが……」


 それを聴いたイラは、笑顔を浮かべて答えた。


「ああ! それならば……、先代魔王様がある人からこう言われたと――。ジードとは正しくは地球の言語で表記し……、その半分は遺伝子という名詞から頂き、更に半分は運命をひっくり……」

「ちょっとストップ!! 待ってください……」

「どうしました? ジード様? 冷や汗が……」


 総司は無表情で頷いて、とりあえずその内容は()()()()()()()()()よういい含めてから「犯人」の確保に向かった。

 その総司の怒気をはらんだ様子に、メイアとイラは静かに怯えた。


 そして――。


「さて……、ヴァロナさん……。貴方が犯人ですね?!」

「……なんで、殺人事件の犯人を見る目で言ってるのかな?! ――魔王君?!」


 とりあえず――、何かしらの元凶であるヴァロナは総司にしこたましかられる羽目になった。



◆◇◆



 ヴァロナをしかり終えた総司は、疲れた表情で魔王城のバルコニーへと戻ってきた。

 すでに夜になっていたが、直下の告別会場にはいまだ魔人族が並んでおり、それをオラージュが静かに眺めていた。


「……改めてみると――、色々成してきたのですね、先代魔王様は……」

「はい……、僕もびっくりしました」


 そしてオラージュと総司は笑い合う。


「こんな偉大な魔王に僕はなれるでしょうか?」

「……ふふふ、わたくしはもちろん期待しておりますよ……」


 そのオラージュの言葉に頷いて。そして地球で初めて出会った時を思い出す。


(……世界の異物――。この世界でも何度か思ったことだけど……)


 ――でもやっぱり。


(そう感じてしまっても……、ここは僕の故郷であり、帰るべき場所。――そこへ導いてくれたオラージュさんや、今もともにある仲間たち……。そんな彼女らの為にも……)


 再び総司は決意する。


「……僕は母さんよりもっと偉大な魔王になってみせるよ――」


 そうして少年は一つの節目を迎えた。


 そして――、その魔王城の一角に先代魔王の墓標とも呼べる石碑が置かれ、――こう刻まれた。


【――世界を長きに渡り守護せし偉大なる母――。第七代天魔族魔王バスシーバ・ゲーティア。――ここに愛娘たちに見守られて眠る――】



<<第一章 魔王様は帰還する! 了>>

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