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幕間 師と弟子と最強種

 魔王城の場内にある大訓練場。

 そこは、かの天魔七十二姫、序列43番、魔王城施設管理主任【メナラノ・サブナック】がその技術の粋をもって生み出した最高傑作である。

 その施設としての使いやすさは無論、最高傑作と言えるのには明確な理由があったのだ。


 さて――、そんな訓練場に金属が打ち合う音が響く。

 それは、新たな魔王として立った天魔総司が、黒い猫耳少女にしか見えないプリメラ・ベールと剣を交える剣戟の音であった。


「剣の振りが遅い! この私相手に何をためらっているのです!!」

「く! う……」

「まさか……、貴方の剣線が、間違いでもこの私に到達すると思ってらっしゃるのか?!」


 そんな厳しい激が飛び、それをオラージュが休憩の為の水分などを用意しながら眺めている。

 そして……、幾度目かの勝負が決する。


 キン!


 総司の手から、母の形見である魔王剣が弾かれて空を舞った。


「く……」

「ふむ……、とりあえず休憩に致しましょう」


 そう言って、地面に座り込んだ総司に、プリメラ・ベールが手を差し出した。

 総司は疲れ切りながらも微笑んで、その手を握り返した。

 オラージュが魔王剣を回収して総司に手渡す。総司は微笑んでオラージュに言った。


「ありがとうございます。オラージュさん」

「いえ、魔王様……。お疲れでしょう、色々用意いたしましたので、どうぞ……」

「はい……」


 そうして総司が休憩をする時間、プリメラはその訓練場の周囲で訓練を続ける、他の剣士たちを見て言葉を放った。


「そこの【ムート・キマリス】! そして【コル・フェニックス】! あとそこの魔剣士二人!! ……こっちへ来い!!」


 その言葉を聞いて、それらの者たちが表情を引きつらせて師匠たるプリメラの方を振り返った。


「……え? な、なんでしょうか? 師匠……」

「聞こえなかったのか? ムートよ……。おい……、コル――、なにを逃げようとしてる」


 剣の素振りを辞めて、タオルを手に汗を拭う【コル・フェニックス】は聞こえていなかったフリをしつつ、訓練場を出ていこうとしていた。


「……さて――、今日の訓練はこのくらいに――」

「……コル・フェニックス」

「こ、この……く、らい……」


 そう云うコル・フェニックスが、全身から膨大な汗を吹き出しながらその場に止まる。

 ――いつの間にか、その背後にプリメラ師匠が居た。


「――聞こえていなかったようだが……、この距離なら聞こえるな?」

「……はい」


 コル・フェニックスは膨大な涙を流しつつ頷いた。


 そうして、涙目の犠牲者――、もとい魔剣士四名が集められて、総司の前で実戦形式の模擬戦闘が行われることとなった。

 まあ――、実戦形式とはいえ、【固有権能】までは使用不可であったが。


 師匠たるプリメラを中心に、四人の魔剣士がその手に所持した各自の正式な獲物を構えて陣形を作った。

 そう――、先程の総司もそうだが、相手がプリメラ師匠である場合、実戦との格差をある程度消すために、訓練刀ではなく実剣で模擬戦闘を行うことになっていた。

 なお――、プリメラ師匠側も彼女正式装備である実剣なのだが、師匠の訓練を受ける弟子たちには【密かに不評】であった。――誰も師匠には言わないが、……怖いからね。


 一呼吸後に、四方向の魔剣士たちが神速で奔る。その中で最も早かったのは【ムート・キマリス】である。

 二本角を持った褐色肌少女――【ムート・キマリス】。

 魔剣士としては広すぎる術知識と、それを術師のように扱うことが出来ない程度の才能と、しかしながらそれを防御技術に組み上げて対術師戦闘を最も得意とする魔剣士。

 いつも比較的穏やかな彼女は、戦闘になると、相手が何者であろうが本気でその剣を振り抜く勇気を持つ。

 たとえ内心怯えていても、その体は間断なくその黒い魔剣を振るって相手の制圧を目指すのだ。

 そんな彼女が唯一、心が折れかける相手がプリメラ師匠であり――、その理由こそが模擬戦でここ百年、仮にでも勝利がない事であった。


 そんな彼女がプリメラの脇の位置から、明確に殺害可能な速度でその魔剣を横薙ぎにする。


 ガキン!


 それは師匠に軽く受け止められ――、


「この!!」


 その反対方向から【コル・フェニックス】がそのタイミングで、その手にする炎の紋様が描かれた愛刀で師匠に切りかかった。

 黒髪を背中に向かって一本三つ編みに結った、冷たい表情の女性【コル・フェニックス】――、だが何かと熱い心を持つのが彼女である。

 剣士としての実力は中堅あたり、特に特徴的な剣技を扱うわけでもない。口は悪く皮肉屋だが――、仲間想いな彼女はそれでも魔剣士たちの中枢を担う人物の一人である。

 特徴のない彼女の剣術は、言い換えれば最も古式の――、伝統的天魔族剣術の多彩な技を広く継承したものであり、それ故に【固有権能・不死不敗】を発動した際の、リミッターを外した彼女の対応能力は特筆すべきものがある。

 

「ふむ……」


 だが師匠は、ムートの剣を自身の剣を軽く動かして弾き飛ばしつつ、そのコルの刃を小規模の動きで避ける。――当然、掠りもしていない。


 ――いい判断ではあるが、もっと追い詰めるような方向に切りつけないと当たらんな。


 そう思考しつつ、自由になったその手の剣が超高速で振り抜かれた。


 ガキン!


 剣閃がコルが持つ剣へと到達し――、その彼女の身を剣ごと軽くふっとばした。そうしてふっとばされながら……、【コル・フェニックス】は笑った。


「――!」


 プリメラがその身を避けた地点に、魔剣士兵が繰り出す二つの剣閃が向かう。


 ――なるほど、あえて回避できる打ち込みをして、後の二人の布石にしたのか。


「……やってくれるコル――」


 歯を剥いて笑うプリメラ。

 その二つの打ち込みは、明確にプリメラの回避を妨害する方向から打ち込まれ――、その場の誰しもが回避不可能な速度で奔った。


 ドン!


 その光景を見ていた総司が呆然として言葉を失う。

 一瞬だがプリメラの腕が見えなくなっていた。無論、その体捌きも、自分では出来そうもない速度と動きで周囲に向かって、破壊的な衝撃を放っていた。

 ただしく、周囲の魔剣士四人が吹き飛んだ。


「ぶは!!」「うげ!!」「あ!」「ぐう!」

 

 四人が四人ともそれぞれ別の転がり方で地面に身を預けた。


「……ふふ、いいぞ! 今のようなものを魔王様に披露するのだ! ……次!!」

「「「「……あ、はい……」」」」


 そのたった一瞬、一回の相対で既に疲れ切った表情の四人が、涙目で師匠に力のない答えを返した。


 ――そうして、四人が吹き飛ぶこと十数回――。


 まさしく疲れ切った様子で四人は地面に突っ伏していた。


「……むう、これ以上は意味がないな――。各自疲れを癒やすといい」

「……あ、い」


 各自顔に縦線のならんだ青い顔で、よろよろとその場を後にした。

 プリメラは総司に向かって顔を向けて言った。


「もう少し模擬戦を見せたかったのですが……、流石にあれでは体を壊しかねませんので」


 そう言う彼女の姿に――、総司とオラージュは心のなかで思った。


(結構容赦なく吹っ飛ばしてたような……)


 そんな内心に気づかないプリメラであったが、そんな彼女に不意に声がかけられる。


「そいじゃ……、私らとやるか? 師匠……」


 そうして現れたのは――、


「……む、お前ら……」


 天魔族魔剣士最上位の二人――、ルーチェ・イブリースとイラ・ディアボロスであった。


「ほう……お前らか……」

「どうだ? 良い対戦カードだろ師匠……」

「プリメラ師匠……。訓練にお付き合い願いたいのですが……」


 ルーチェはニヤニヤ笑いつつ軽すぎる口調で言い、――一方のイラは堅物生真面目を絵に書いたような言葉遣いで頭を下げた。

 ただ――、二人は流石に訓練刀であったが……。


「――まあ、お前らなら……、それでもいいか――」


 そう言ってプリメラは頷く。二人は頷いて――、そして訓練場の中央に一様に歩いていった。


「……さて……」


 その光景を見て総司は息を呑む。そこにいるのは天魔族最強格の三人である。


「どうなりますかね?」

「ふむ……、プリメラ師匠が勝つのは確定として……」

(……そこは確定なんですね?(苦笑))

「……あの二人はプリメラ師匠の弱点を熟知してますからね……」


 総司はオラージュの言葉を聞きながら目前の対戦を見つめる。――手に汗を握った。


「ははは……、色々サボってたろうから――。ナマッているであろう身体に火を付けてやる」


 そう言って不敵に笑うプリメラを見て――、二人の上位魔剣士は互いの視線を交わした後に、神速で訓練場内を駆けた。


「え?」


 総司が疑問を得て少し腰を浮かせる。

 目前の魔剣士二人が互いに大きく離れて、プリメラを挟むように動いたのだ。それも――、間合いがかなり空いた状態で。


「この距離……、空きすぎではないですか?」

「……なるほど」


 総司の疑問に、オラージュはすべてを悟って頷く。

 その時ルーチェは……。


(なあイラ……、お前は昔、師匠に一本とった事があったよな……。それこそが……)


 ルーチェの視線を受けつつイラは表情を消して思う。


(かつて……私は、プリメラ師匠を負かしている。何より……、プリメラ師匠の強みは、その間合い内における超速連続斬撃だ……)


 プリメラの間合い内におけるその斬撃は、もはや常識外れの速度で飛んでくる。さらに言えば――、イラ本人はかつての戦いにおいて、プリメラが少なくとも一秒にも満たない一息で三十近い斬撃を放った姿を見ている。……まあ、斬撃そのものが見えたわけではなく、一息で細切れに解体された犠牲者を見ただけだが。

 おそらく――、間合い内における彼女の斬撃は……、誰にも到達できない領域にあるのだろう。

 ようは――、間合いに入ったら敗北確定なのだ。だからこそかつての自分は……。


「……ふむ? 貴様ら……、その距離――」


 そうプリメラ師匠が言った瞬間。


 ズバ!


 ルーチェが気迫とともにその模擬刀を横に振り抜いて――、常識外れにも闘気と衝撃波の混在した、広範囲斬撃を放ったのである。そしてそれは【プリメラの間合いの外】からプリメラを襲った。

 それを見て流石に表情を苦しげに変えたプリメラが、その身を空へと飛翔させて回避する。――しかし……。


 ズバ!


 そんな彼女に向かって今度はイラの方から広範囲斬撃が飛ぶ。


「……ぐ!!」


 その斬撃は――、明確にプリメラが空へと回避する事を予測した、――いわゆる【置き斬撃】であった。


「こなくそ!!」


 プリメラがここに来てありえない言葉でその剣を振り抜く。空中でその身が高速回転し――、微かにその身を斬撃を回避する方向へと動かす。そして――


「ふ!」


 その身に襲いかかる広範囲斬撃へと、その剣をその全力で振り抜いた。


 ドン!!


 衝撃波と破裂音が響いて、その広範囲斬撃が割断された。


「……く!!」


 その光景に眉を歪めたイラが……、それでもその目に気合を宿して、その訓練刀を二度振り抜く。そして、広範囲斬撃が二つ生まれた。


「ち……」


 大地に足をつけたプリメラが、舌打ちしてその斬撃を睨む。しかし、その身を低く保った姿勢で、その斬撃とは異なる方位に向かって、二度その剣を振り抜いた。


 ドン!! ドン!!


 衝撃波と破砕音。ルーチェが死角から放っていた二つの斬撃を、プリメラは正確無比に割断しつつ神速で地を奔った。

 超速で迂回するように二つの斬撃を回避してイラへと奔り迫った。


「……」


 イラは冷静に、後方へと飛び去って更に間合いを開ける。


(……そう簡単に間合いには入れさせてくれんか……)


 苦しい表情でイラを追うプリメラだが――、最強の俊足を誇るイラには追いつけない。

 埒が明かないので、当然、動きの遅いルーチェに狙いを変更した。


(ルーチェも足が速いには速いが……、少なくともイラより追い詰めやすかろう……)


 そう判断が行われた瞬間、黒い獣が地を超高速で奔って新たな獲物へと向かった。


「はは!! 師匠!! こっち来るか!!」


 その黒い獣を迎撃するように広範囲斬撃を横向きに走らせるルーチェ。

 しかし――。


「うお!?」


 黒い獣はその姿勢を更に低くして、大斬撃の真下を黒毛を微かに舞わせながら、もはや捉えるのも難しい速度で駆け抜けたのである。

 その間合いがルーチェに迫る。


(――マジか?! ヤバ……)


 ルーチェは慌ててその身を後方へと飛ばすが。プリメラの動きが鋭角にいくつも曲がって、それを追い詰めるように動く。

 もはやその間合いに入ろうとしていた。


「ぐ!!」


 顔を歪ませてルーチェは覚悟の表情をつくる。その身をあえてプリメラへ向けて走らせた。

 その訓練刀が振り抜かれて広範囲斬撃が飛ぶ。それは今度は下を潜れない高さであり、もはや上空へ逃げる他はない。

 さらに、そこにイラがプリメラを明確に包囲する形で迫ってきた。そしてその訓練刀で回避方向を潰すように、二つの斬撃をはなったのである。

 もはやプリメラの回避出来る状況は失われた。このままそのいずれかの斬撃は確実に命中する。

 ルーチェとイラはそれを理解して――、自分たちの勝利を確信した。


 ――だが二人はその直後に背筋の凍る光景を見た。


 プリメラが――、あまりにも凶悪な表情で、その牙を剥いて笑っていた。


 ドン!!


 その身が回転される。そして――、その周囲に闘気と衝撃波の奔流が生まれた。その奔流にルーチェとイラの斬撃が呑まれて消える。

 そして――、


(……あれ?)


 気づいたときにはルーチェは宙を舞っていた。その上空に恐ろしい獣を見た。


 ――シャアアアアア!


 目を輝かせた凶暴な獣が、その牙が生えた口を開き笑っている。

 そのまま、その獣が神速の蹴りをルーチェに叩き込んだ。


「……ヘブン!!」


 そのままルーチェは床に叩きつけられ、何度かバウンドして転がった。

 薄れゆく意識の中――、友であるイラを想いその姿を探す。

 そしてそれは見つかり――。


「……!!」


 イラもまた床に叩きつけられ、バウンドして白目をむいていた。

 どうも、プリメラが超速で投擲した剣が頭部付近を掠ったらしく、その纏う闘気と衝撃波で下方向にふっ飛ばされたらしかった。


 ルーチェは心の中で思う。


 ――んな馬鹿なあああああああああ!!


 そして二人の上位天魔族戦士は動かなくなった。


「……」


 その光景を総司は、冷や汗をかきながら見つめる。


「……惜しかったですね」

「惜しかったとか……、そういう話じゃなくないですか?!」


 オラージュのその呟きに総司がツッコミを入れた。

 その二人の視線の先には――、訓練場の壁に根本まで食い込んだプリメラの愛剣が見えていた。



◆◇◆



 それから一時間ほど後――、その訓練場の一角で大工事が行われていた。

 そして、シートで囲われたその箇所の前に仁王立ちする、筋骨隆々の厳つい姐さん【メナラノ・サブナック】が居た。

 ――メナラノ姐さんは背後を振り返って、そしてその先に土下座する数人の天魔族を見回した。


「……ふう」


 そしてその最前列で土下座するプリメラに言ったのである。


「……一応、訓練場ってのは壊される前提で組んでるし、まあそうなるのも仕方ないとは思ってんだ」

「……はい、すみません」


 メナラノ姐さんの言葉にプリメラが答える。


「……ここの壁は特注で――、ある程度の衝撃には耐えるんだが……な。まさか……」

「……はい、すみません」


 プリメラはそう言って頭を下げた。


「……プリメラもさあ……、いい歳なんだから、少しは落ち着けや……。なあ?」

「……はい、本当に、すみませんでした」


 プリメラは少し涙目でメナラノ姐さんに頭を下げた。


「……はあ……、本当に……。剣が抜けなくなった……、じゃねえだろ……」

「うぐ……、すみませんでした」


 そう――、久しぶりに血が沸き立つ戦いに興奮したプリメラが、全力で投擲した剣が壁に食い込んで抜けなくなっていた。

 なまじっか強固な壁と、鋭すぎるプリメラの投擲が、最悪の相乗効果をうんでいた。


 その後ろで土下座するルーチェとイラが小声て会話する。


(いや……、まさか、私らが力合わせても抜けねえとか……、師匠ってばどんな投げ方したんだろうな?)

(……そうだな……)

(……っていうか、あれ掠ってよく頭残ってるな……イラ)

(……。そう、……だな……)


 二人は背後で涙目になっているムートやコル、天魔族魔剣士たち――、そして、全くの無表情なオラージュと、心底困った表情で一緒に土下座する総司を見た。


(……なあイラ……)

(……なんだルーチェ……)


 ルーチェはため息混じりに、プリメラ師匠の背に視線を向けて言った。


(しばらく離れてたし、忘れてたけど……。師匠より強い人居たんだったな……)

(……ああ、そうだな……)


 ルーチェとイラの目前で、その師匠たるプリメラは涙目で頭を下げている。

 そうして――、プリメラへのメナラノ姐さんからの有り難い説教は続いた。――それもかなり長い時間……。


 結論――、天魔族最強=メナラノ姐さん。

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