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第十八話 不壊の誓い――、竜断の黒剣

 前線での戦いが静かに続く。

 その間にもかの幻魔竜王は、少年魔王・総司が待つ砦へと緩慢な動きで進んでいた。

 そして――、その緩慢さは彼らが自身から見て右側面から迫った時にも変わることなく、静かにその首と視線を向けて、薄く口を開くことしかその幻魔竜王はしなかった。


 ――時間になった瞬間、カミーラがその起術従機用に準備した【術式核芯(プログラムコア)】を切り替える。

 彼女が、彼女の仲間である術師達と、その技術の粋を集めて作成、準備したソレの機能は全部で三種類。その一つは、現在のその時まで自分たちを隠蔽し続けた「複合型術式迷彩プログラム」である。

 役目を終えたその一つが従機側面スロットから排出されて、その杭打ち機の(パイル)のような、若干手には収まらないソレを腰に準備してある二つ目に差し替えた。

 一つ目の【術式核芯(プログラムコア)】の残留エネルギーはほぼ尽きかけていた。しかし、捨てることなく腰の使用済み(パイル)をセットする場所に大事に収める。

 そして、新たに従機側面スロットにセットされた(パイル)を一気に押し込んで、起術従機の起動状態を【術式準備】モードへとカミーラは切り替えたのである。


「いつでも行けるよ! 幻魔竜王の両翼を断つその前に指示して! ……斬撃極大化バフを機能させるからね!」


 そのカミーラの言葉に頷きながら、ルーチェはその肩に刀を担いで全力で幻魔竜王へと奔り始める。無論、師匠であるプリメラもそれに並走し――、天魔族魔剣士と拳法士からなる部隊は、目標への突撃を敢行した。

 その時、幻魔竜王を呼び水に周囲に生まれた大幻魔群は、動きの鈍い召喚主を後方付近に残して前方天魔族軍の方に扇状に広がって展開していた。それを【中央一帯最前線第一戦列部隊】と左右翼の【騎兵部隊】が抑え込み、後方から飛んでくる攻撃術式や矢雨によってその戦力を削られ続けていた。

 幻魔竜王の周囲には、他の幻魔竜王や上級幻魔がそうであるように、中級以下の幻魔群の再召喚がゆっくりとしたペースで行われ、それを前線へと投入する事で戦線を維持していた。しかしながら、天魔族の幻魔群制圧スピードはその再召喚速度を越えている。いくら幻魔竜王とはいえ、相手が【魔人族】の軍団ならまだしも、天魔族の兵団相手では再召喚が追いつかないのである。そうして兵力は削られて――、天魔族の最前線第一戦列と幻魔竜王の距離は縮まり続けている。もちろん、そういった前方の層より、幻魔竜王側面に湧き出している幻魔群の層のほうがかなり薄い。その薄い幻魔群の群れを突破して、そのまま幻魔竜王へと近接するのが今作戦の肝であった。


 ――ギャ!


 側面から迫る天魔族集団を目撃して幻魔の群れが動き出す。そちら方面にも群れの移動が起こって、それに対して拳法士の一団が前衛として突撃していった。

 拳に業炎を纏いつつ先頭を走る【アリファ・マルコシアス】が、左背後を走る幼い外見の拳法少女【トロ・バラム】に向かって叫ぶ。


「トロ! 無理はするなよ!!」

「……は、はい! 大丈夫、です!!」


 そうして、前衛拳法士集団が迫りくる下級幻魔を蹴散らして、後方を走る魔剣士集団が進むための道を開いていった。

 ――と、その拳法士の中央を突っ切って、一人の剣士が超高速で突撃してゆく。

 その速度は拳法士が走る速度を軽く越えて、一直線に細い道を形成しつつ、直近の幻魔どもを吹き飛ばしながら、幻魔竜王と天魔族集団の中間地点あたりへと到達した。


「このあたりか……」


 そう小さく呟くその天魔族――、当然のようにプリメラ・ベールなのだが、そんな彼女は周囲の数えるのも億劫になる幻魔群をいなしつつ、静かな口調でその言葉を紡いだ。


仮想魔源核(ロウアマナコア)――開放(リリース)……」


【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】

【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫(てんまななじゅうにき)、序列1番、プリメラ・ベール】


固有権能行使(リミットブレイク)……」


【system LOGOS:――固有権能・一刃破軍(Massacre Blade)】


 その瞬間、プリメラは直近の中級幻魔狙いを定めて超高速で奔った。

 そのまま、敵を間合いに収めた彼女は、一息の間に八の斬撃を中級幻魔へと叩き込んだ。その高速斬撃を受けて悲鳴を上げる中級幻魔の周囲を、残像を残しながら舞うように飛び回りつつ、更に速度を上げて超高速連斬によって文字通り【解体】していった。

 ――そのまま、中級幻魔がその生を終えるのを見届けたプリメラは、その長剣を腰の鞘へと収めた。


 ドン!


 その瞬間、プリメラの周囲千数百騎にも及ぶ幻魔の群れが死滅した。

 そうして、幻魔竜王への道は大きく口を開いて、そこを天魔族たちは駆け抜けていった。

 もはや幻魔竜王との距離は僅かとなり、幻魔竜王もまた静かに威嚇を始める。しかし、前進する速度に変化はなく、このままなら容易に迫ることが可能と思われた。

 カミーラは、第二の【術式核芯(プログラムコア)】を使用した後に使用する、高速撤退用の集団向け飛翔術式を組み込んだ(パイル)に手を添える。いつでも第二から切り替えて、オラージュが打ち込んでくる【鏖殺神剣】の爆発範囲から離れるための(パイル)である。

 そして準備は整い。それがケロナによってオラージュへと伝えられていた。



 遥か後方にある砦の最上階――、オラージュがその支援火力固有権能を行使できるように設計された場所に、総司とオラージュは立っていた。

 そのまま、ケロナからの情報を受け取ったオラージュは、主である総司と頷きあって超長距離支援弾頭の準備に取り掛かろうとしていた。

 このままならば、正しく決着は起こるであろう。かの幻魔竜王は、側面から来た天魔族たちへ意識が向いたのか、その進行速度がさらに遅くなっているようだった。


「……いけますね?」

「はい魔王様……、このままなら大丈夫であると――」


 そして二人は、ルーチェたちが幻魔竜王の両翼を正しく断つ瞬間を待った。

 ――そして――、


 ――その瞬間は来る。



◆◇◆



 自分たちに意識が向いて威嚇を始めた幻魔竜王に、不敵な笑みを向けつつルーチェが奔ってゆく。そのまま所定の場所に近づいた彼女は他の者が所定の位置に迫る姿を確認して、そしてカミーラへ視線を送った。そのまま彼女は声を発しようとして――、ゾクリと嫌な予感を首筋に感じた。

 それはプリメラも感じたようで、二人は視線を幻魔竜王へと向ける。その頭が――、視線が二人を見た後に……、


(え?)


 ……その時、確かにルーチェは――、幻魔竜王が嘲笑をその竜頭に表現したのを見た。


「な?!」


 プリメラが叫び――、その場にいる全天魔族が絶句する。


 ゴオオオオオオオオオオ……!!


 幻魔竜王の周囲に突風が噴いて――、幻魔竜王はその身を砦に向かって飛翔させたのである。

 それは今までからすると、あり得ないほどの速度であった。


 天魔族が幻魔群と激突している戦場の、その上空を幻魔竜王が通過してゆく。それをメイア・レヴィアタンは驚愕の表情で見送った。

 そうして――、幻魔竜王は地上で見上げる天魔族を完全に無視して、総司やオラージュが城外に立つその砦へと一直線に――、凄まじい速度で空を駆け抜けてゆく。

 その光景を睨みながらレパードが叫ぶ。


「……コイツ!! この先には……、ソージくん!!」


 もはやくい止められぬと散開していた有翼兵たちが、一人で幻魔竜王の移動線上を飛ぶレパードに叫んだ。


「レパード!! ……ダメ!!」


 その叫びは届かずに、幻魔竜王の周囲に渦巻く衝撃波にレパードは跳ね飛ばされ地面へと墜落した。――そのまま悠然と、幻魔竜王は砦へと向かったのである。

 地上で奔っていた【前線支援部隊・医療支援】レーベ・マレフォルがレパードの元へと向かい、口から大量の血を吐いて昏倒するレパードの状態を確認する。


「――大丈夫! 何とか生きてる!! ナース!! 野外で緊急だけど……手術準備!!」

「……は、はい!!」


 それを見送るしか無かったルーチェやプリメラは、呆然とした表情で呟いた。


「……まさか――、こちらの作戦が読まれていた?! 私達がここに来ることを予測して――、置いてきぼりにするために?!」


 ルーチェの言葉にプリメラは苦い顔で言う。


「――幻魔竜王が……、戦術的に行動する?! それも、この行動は明らかに――」


 ――魔王の剣であるイラ・ディアボロスが不在である事を理解したうえの……、戦術的な行動だ……。

 

 その言葉に周囲の皆が息を呑んだ。



◆◇◆



 オラージュ・ヴェルゼビュートは、あり得ない事態が起こった事を理解した。呆然とする総司の前に立ち、恐ろしい速度で迫る幻魔竜王を睨んだ。


 ドン!!


 不壊の加護を受けているがゆえに、崩れることもなく保った砦の、その屋上に幻魔竜王の巨体が取り付いた。そのすぐ直下、目前に驚いてなにも言えなくなった総司と、静かに幻魔竜王を睨むオラージュがいた。その幻魔竜王の口が――、嘲笑を浮かべたかのように開いた。

 皆が驚き動けなくなっていた状況で、オラージュだけは何とか行動を開始する。

 ――その両手を胸にあてて呟いた。


仮想魔源核(ロウアマナコア)――」


 ……だが、オラージュはその先を言えなかった。


 ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!


 いきなり幻魔竜王が咆哮を放ったのである。

 それは、一瞬でオラージュや、総司を含めた周囲の全員の意識を白く塗り替えて、その意識を刹那だけ喪失させた。


(……拘束(バインド)……咆哮(ボイス)……?!)


 それは明らかにオラージュの仮想魔源核開放に被せるように放った【拘束咆哮(バインドボイス)】だった。幻魔竜王が、固有権能を察知して、その起動を阻止したのである。


「く……あ」


 オラージュは霞む意識を繋ぎ止めて、なんとか幻魔竜王へと視線を向ける。

 その鈎爪が――、ひと凪で自分たちを肉塊に出来るであろうそれが、持ち上がってオラージュと総司のその頭上に振り上げられた。

 そのまま落下してくれば――、


 ――二人は確実に死亡する事はオラージュは正しく理解していた。


(……ま、おう、さま――。わた、し……は、また?)


 ……主を失うのか? そして今度は私自身までも?


 オラージュが絶望に打ちひしがれ、総司の意識が未だ回復していない状況で――、


 ――その黒い光弾が空を奔った。



◆◇◆



 ()()()は闇の底で膝を抱えていた。――そこに一人の女性が現れる。


 「キルケ? ……なぜ君がここに?」


 その膝を抱えた人物は、静かにその女性を振り返って言った。


「……は、ギリギリでやっと見つけたよ……。ここまで深く引きこもりやがって……」

「まさか……、私を起こすために?」


 そう言ってキルケを見るその者――、イラ・ディアボロスは静かに目を瞑って首を横に振った。


「……私は心の中核――。生命機能の維持のためだけに残った部分にすぎない。だから私を探し出して呼びかけたところで、私は目覚めることもないし、そもそも万が一精神が正常に傾いても……、あの記憶が精神を何度も闇に飲み込んでしまう」

「……まあ、そうだな……」


 イラの言葉に、キルケは沈んだ様子で答えた。


「ああ、……なんだ――。色々手を尽くしたが……、おそらくはこれがワタシの最後の一手だ……」

「ん?」

「……悪い……、お前の記憶を覗かせてもらった――」


 そのキルケの言葉を静かに聞くイラ。


「でだ……、お前に伝えるべき事があるわけさ……」

「伝えるべきこと?」


 イラは困惑の表情でキルケを見る。キルケは小さく笑って言った。


「……お前には色々な事があった……、だからその事はそれらの嫌な記憶に埋もれて、薄れてしまった……。それを思い出せイラ――。大事な約束を――」


 ――約束?


 その言葉を来てイラは何かを思い出しそうになる。――それは、嫌な記憶の先にあって見えなくなっていた大事な約束。


 ――約束。


 それは小さく命だけを繋ぎ止めていた灯火に、ささやかな温かさを与える。


 ――約束!


 それは――、それは確かにあった……。

 でもある意味彼女自身はその場の雰囲気で交わしただけの約束で――。


「ああ……」


 でも――、でも――。


 心に――、先代魔王の声が響く。


 ――イラ、……まあ、そんな事はまだまだありえない話だけど。


 ――なんですか? 魔王様?


 ――この先、生まれたこの子……、ジードが魔王として立つ事になったら、その時はその剣で――。


 ――……。


 ――その剣で、この子が目指す先を……、その進もうとする意志を支えてあげて……。


 ――ふふふ……、魔王様、もちろんお任せください!! 私はこの命に代えても約束を果たします!!


 ――もう、イラったら。それは大げさすぎよ……。


 あの時の、何気なく言葉に出した約束は――、後に正しい誓いとなった。


「……イラ……、魔王様……、ジード様に命の危機が迫ってる……」

「――!」


 そのキルケの言葉に――、イラは静かに立ち上がった。


 ――心が壊れていた。

 ――身体もやつれて正常に働かなかった。

 ――全てが最悪で……、もはや立ち上がる気力はなかった。


 ――でも、命を支える灯火は……大きく燃え上がろうとしていた。


「苦しみも、嘆きも、後悔も、そのあらゆるものも……」


 ――全ては後だ!!

 ――ジード様の命が消えようとしているのなら……。


 ――私にとって――、そのすべてが切り捨てるべき敵だ!!


 そのイラの背中に、十二枚の漆黒の光翼が生まれた。


「キルケ……、ジード様の危機を教えてくれてありがとう……。私の記憶を覗き見した償いは……当然、後でしてもらうが……」


 その言葉に、額を大量の汗で濡らしたキルケは、不敵に笑って答えた。


「……はあ、そりゃお手やわらかに頼むぜ?」


 その返しにイラは――、小さく微笑んだ。



◆◇◆



 静かにイラがベッドから起き上がる。その背には漆黒に輝く十二枚の光翼があって、それが周囲の空気に流れを産んでいた。

 そんな光景を、ベッドの傍に倒れて動かないキルケを抱えたオイレが見つめる。


「おはようございます。イラさん……」

「……ああ、おはようオイレ」


 イラは静かにキルケを見つめる。笑ってオイレは言う。


「大丈夫……、思考の過負荷で気絶しているだけです」

「……そうか、ならばオイレ、キルケの事は任せた……」

「はい。それと……」


 オイレはそう言ってベッドの傍にある黒い大剣を示す。

 イラは、その大剣――、対幻魔決戦用重装機剣【黒剣(こっけん)】をその手に掴んだ。


「――行ってくる」

「……お早いお帰りを願っています」


 そのオイレの笑顔を背に、イラはその十二枚の光翼を広げて、その力を顕現させる。


 ――そうして、魔王城の窓の一つから、漆黒の弾丸が超音速で空を切り裂いて、遥か総司の居る砦へと飛んだのである。



◆◇◆



 オラージュは涙を流す。

 すべてがゆっくりと動き、その幻魔竜王の巨大な爪が振り下ろされようとしている。

 それは自分も、そして新たな魔王・総司も死に至らしめるだろう。

 皆がただ絶望に打ちひしがれている。その救いはないと諦めかけている。


 ――しかし――、突如それは現れる。


 空を切り裂いて現れた漆黒の弾丸が、振り下ろされる幻魔竜王のその腕の下方から、それを打ち上げたのである。

 明確に幻魔竜王がその身をよろけさせる。


「え?」


 やっと意識を戻した総司がその姿を見る。

 オラージュもその姿を見て――、泣き笑いをする。


 そこに――、その者は居た。

 ――漆黒の十二の光翼を背負うもの。魔王権能の証、――魔王の剣。


 天魔族最強――、天魔七姫将最後の一人、特務、イラ・ディアボロス。


「イラさん!」「イラ!」


 二人は溢れる想いのまま叫ぶ。

 イラ・ディアボロスはその声に静かに頷きながら――、目前に在る幻魔竜王を睨んて言った。


「幻魔竜王――、いや駄竜ごときが……、ジード様に爪を向けるな!」


 ――叩き斬る!!


 その視線を受けて――、幻魔竜王が微かに怯えを向けた。

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