第十七話 対幻魔竜王前哨戦――、第一戦列。
魔王城北西部約20km地点で、幻魔竜王を呼び水に出現した大幻魔群が、天魔族の軍団と激突する。
その数――、幻魔群数万騎に対し、天魔族は数百姫でしかない。現実の戦争であれば、即座に押しつぶされる程の格差であったが――、そもそも天魔族は常識で図り知れる程度の存在ではなかった。
――もはや音速にも匹敵する速度で、その大剣を持つ天魔族は戦場を駆ける。その剣のひと凪が下級幻魔十数体をまとめて蹴散らし、砕き、死滅させてゆく。その身に攻撃を掠らせられる下級幻魔はおらず、そのままふた凪目でさらに下級幻魔十数体を消し飛ばしていった。
その彼女は、天魔七十二姫に名を連ねているものでもなく、【中央一帯最前線第一戦列部隊】の隊長格である、魔剣士プリシア・アンドロマリウスの指揮下の、大剣を所持した普通のメイド兵である。その彼女は、その身に襲い来るさらなる下級幻魔の群れを見て、小さく術式を唱えてその大剣に斬撃強化の加護を呼んで、その手の大剣を横薙ぎに振り抜いた。
斬撃が光をまとって広範囲に大破壊をもたらす。――その大破壊で、数十体もの下級幻魔がまとめて消し飛んだ。
――その彼女の近くで魔剣を振るう魔剣士は――、そんな大剣装備メイド兵を軽く超える速度で、下級幻魔の群れを瞬く間に、百、二百……、と消し飛ばしていった。
そんな彼女らの元へ、現実世界の十トンダンプカーに匹敵する巨体の【陸戦巨獣型中級幻魔】が現れる。それらは明確に彼女ら兵士天魔族よりふた回りほど強力な存在であったが、彼女らは一瞬も怯むことなく、超高速で戦場を走り抜けて包囲陣形を作って対応を始めた。大剣装備メイド兵二人と魔剣士二人、そして重装槍士一人が、その巨体にその武器を連続で連携して叩き込んでゆく。しかし、流石に強固な中級幻魔はその瘴気を帯びた鈎爪の斬撃を放ち、それが重装槍士の大盾や、一人のメイド兵が放つ防御術式に激突した。両者間に軽い衝撃波が生まれて、何人かの天魔族兵士が後方に吹き飛ぶ。が――、彼女らはそのまま着地して、体勢を立て直して中級幻魔へと挑んでいった。
更に近くで出現した【陸戦巨獣型中級幻魔】三体を見て、まるで現実世界の女性警官のような制服を身に着けた剣士、プリシア・アンドロマリウスがその手の、魔力を帯びた両刃長剣を構える。
「ふむ、……中級幻魔更に三ですか!! 本官にとって――、相手にとって不足なし――、であります!!」
もはや絶叫にも近い、普段の声音でそう言い放つ【正義剣士】。
その肩に輝くマーレ医師団の紋章と、その下に刻まれた【天啓正義:Divine Justice】の文字がまさしく彼女の生き方を示していた。
その大声に反応して三体の中級幻魔がそのまま集まってくる。その姿に向かって不敵に笑ったプリシアは、その剣の切っ先を中級幻魔にむけて言い放った。
「仮想魔源核――開放!!」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列72番、プリシア・アンドロマリウス】
「固有権能行使……であります!!」
【system LOGOS:――固有権能・正義執行(Justice Enforcement)】
「目標定義――!! 前方……、世界の破壊者――、中級幻魔三体撃破!! ――正義執行開始!!」
その瞬間、凄まじい魔力の奔流がプリシアの身に宿る。その余りに強い威圧感に、中級幻魔たちがそのまま後退りした。
「……逃すか悪党!! 全員この場で、確実に叩き潰します!!」
その身が一瞬掻き消えて、三体の中級幻魔のうちの一体の背後に現れる。その斬撃速度がもはや、かのプリメラ師匠とも並べる速度で振り抜かれて、その一太刀でその幻魔の胴左側面を消し飛ばした。その、あまりの事態にその幻魔は悲鳴の咆哮を放った。
「このまま……、三十秒で片付けるであります!!」
――その【正義剣士】の宣言は――、その後正しく達成された。
その光景を遠くで眺めながら、その巨大戦鎌を振るうどこかしらサキュバスの雰囲気を醸し出す悪魔っ娘ファルチェ・フォーカスは、小さくため息を付いた。
「コッチ担当の中級も相手してくれるのはいいけど……、相変わらず声がうるさいわね」
そう言って苦笑いしながら、中級幻魔の死体の上で勝鬨をあげるプリシアを見つめる。
あの娘の【正義執行(Justice Enforcement)】はかなり制限のきつい自己強化固有権能である。
宣言した目標を、三十秒から三分までの指定時間の間に達成せねばならず、その目標自体彼女が【正義】だと考えるものでなくてはならない。
さらに途中で達成目標の【正義】に疑問を少しでも得たら【自爆的反動】が自身の身に返ってきて、間違いなく戦場で意識を失うのだ。
その代わり、目標達成までの指定時間を短くすれば、――それは後で短く出来る――、その身の強化がさらに倍加されて、かのプリメラ師匠すら圧倒できる常識外れの最強戦闘力を獲得できる。なお、指定時間を達成出来なくとも【自爆的反動】である。――まあ、話の流れ的に予想できることであろうが、一度短くした指定時間は長い状態に戻すのは不可である。
「……あの正義馬鹿、あれで一度も【自分の正義に疑問を持ったことがない】ってのが……」
――恐ろしい。
すこし背筋が寒くなったファルチェは、一旦一休みすべくその言葉を放った。
「仮想魔源核――開放」
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七十二姫、序列50番、ファルチェ・フォーカス】
「固有権能行使」
【system LOGOS:――固有権能・隷属霊刃(Will-hunting Scythe)】
その瞬間、その手の巨大戦鎌の刃の部分が薄く輝く透明な霊刃に変化する。その霊刃は物理ダメージは与えられないが、他者の自我を切り裂いて彼女に隷属する生きた屍へと変える力を持つ。その効果はある程度長く持続し、刈り取った存在を自身の護衛に変化させながら戦うことが出来る。それはとても戦闘が楽になる固有権能なのだが――、まあ一度隷属させた相手は、特別な治療でないともとに戻せないために、同族などに不用意に使えない、使いどころの限られた固有権能でもある。
この隷属効果は幻魔にも有効である。それゆえに遠慮なく切り裂くその霊刃によって自分の使い捨て護衛が増えてゆき、――そうしてファルチェは戦場で一人、他が真剣に戦う中で楽を始めたのであった。
――そうして、第一戦列……、最前線の天魔族たちは、正しく敵幻魔群をその場に押し留めた。左右翼の活躍や、第二戦列の火力支援のかいもあって、安定してその場に押し留めることに成功した。あとは、ルーチェたち幻魔竜王の両翼を立つために目標へと向かった者たちの働きを待つだけであった。




