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第十二話 憎悪の黒剣

 その時――、その者はすべてに押しつぶされかけていた。

 苦しくて、辛くて、――かつての友に放った自分の言葉すべてが、その者の心をズタズタに引き裂いて。

 ――その者はすべてを終わらせる決意をした。


 でもそれは止められた――、共に地獄を目指す者たちに止められた。

 だから最後まで――、その者は地獄を目指す決意をした。


 その心を理不尽な憎悪へと染めて――、そのまま進む決意をした。


 ――でもその者は気づいていなかった。

 それが、終わりを望んだ――、()()()()()()()()自分の命を――、


 ――あの日まで……、あの運命の日まで、生きながらえさせたのだと。


 ――それが、彼女らの――、()()()()()()に慈悲を……、一欠片の救いを望む()()だったという事を……。



◆◇◆



 夜闇の森の奥に十数人の人影がある。その中の一人――、長い黒髪に長めの二本角を持った女性が、死人のような目を仲間の一人に向けた。


「……それで、あのガキが既に魔王城に君臨している……と?」

「……」


 目を装飾の入った眼帯で覆ったエルフ娘――、銀の尾を持った天魔族、【アクイラ・ヴァサゴ】が静かに、少し震えながら頷いた。

 その様子を見て、その死人のような目をした女性が――、凶悪な笑顔を浮かべる。


「ふふふ……、そう怯えるな――。何もしないさ……、あれからいつも側にいてくれるお前たちには……」

「で……、また始めるのですか?」


 そう言って言葉を発したのは、黒髪を背中に向かって一本三つ編みに結った、冷たい表情の女性【コル・フェニックス】である。


「そうだな……、もうほとんど余計な発作もない――。今度こそ正しく……、あのガキを殺せる――」

「……」


 その姿を、沈んだ表情で見つめるのは、赤い外套を纏った黒髪黒い瞳のエルフ娘【アヌ・サミジナ】である。

 彼女は静かに視線を向ける【コル・フェニックス】と視線を交わして――、そして頷いた。


(……うん分かっているよ――、コル……。もうその時なんだね?)

(すべての――、我らのすべてをもって、ジード様のもとに――、皆のもとにイラ様を送り届ける……。その想いを遂げさせるんだアヌ……)


 それでたとえ自分たちが死ぬことになっても――、それは自分たちのなすべき義務なのだ。

 ――あの時、イラ・ディアボロスの下で反乱を起こした自分たちがなすべき義務なのだ。

 

 月を眺める、死人のような目をした女性――、イラ・ディアボロスは静かに笑う。


「ああ……、楽しみだとも――。お前の罪を断罪できる……、その時が――」


 その瞬間、その心に何やら生まれかけたが、それは形になることなく小さな痛みを胸に残し――、イラ・ディアボロスは静かに胸を押さえた。



◆◇◆



 魔王城には地下書庫というものが在る。そこを取り仕切るのは天魔七十二姫、序列71番【キルヤ・ダンタリオン】と二十二人の書士達である。

 その黒髪三つ編みそばかす娘――、まさに文学少女な彼女が、その日も総司が本を読む姿を静かに見つめていた。

 そう――、最近、総司はそこに在る過去の記録を――、かつての反乱のことを調べ始めていた。

 天魔族の再集結を決定した以上、かのイラ・ディアボロスともいつかは相対しなければならない。ならば、彼女のことを知る必要があるのだ。


(――あの時、ルーチェさんは陽動を担当し……、イラ・ディアボロスがその間に母さんと僕がいる部屋へと侵入した。そして……、僕を殺そうとするも失敗――、異変に気づいたオラージュさんと相対して……、そのまま逃走した。母さんの証言は――、何も無い……、何があったのか黙っていたのか。でも、オラージュさんに母や僕に刃を向けたことを告白して……)


 その後の処理も読み進める。


(そのまま当時の魔王軍の追手を巻いて……、姿を消している。そしてそれ以降一度も――、誰にも目撃されていない。……ん? イラ・ディアボロスと他の人達は別々に逃げているのか? ルーチェさんも確かイラ・ディアボロスとは別に逃げて――、その行方を知らなかった……)


 そこに書かれたことは細かくはあるが、総司にとっては意味のない内容だった。

 ――何度か皆に聞いた事の内容そのままだった。


「ふう……」


 小さなため息をついて目を閉じる。そこに温かい湯気の漂う紅茶を持った【キルヤ・ダンタリオン】がやってくる。


「ま、おう、さま――。お茶……です」


 キルヤは頬を赤らめて、もじもじしつつその紅茶を差し出した。総司は微笑んでそれを受け取った。


「ありがと……キルヤ――」

「ん……」


 小さく頷いてからキルヤはそそくさと走り去っていった。その背を眺めながら総司は考える。


(――天魔族の皆は――、昔のイラ・ディアボロスは、反乱なんか考えるような人物ではなかった……、一様にそう答えている。ならば何かあったのか? おそらく……)


 一度魔王城が崩壊したあの事件――。

 イラ・ディアボロス達反乱を主導した者たちが目撃したナニカ――。


(それこそが反乱の動機になっている……、のか? その時に母さんとの間になにかがあった……のか?)


 総司は決意の表情で、その時の記録を求めて書庫を歩いた。しかし――、


「あれ? 何処にもない?」


 いくら探してもその記録は見つからない。――その前後はあるのに……。

 総司は不審に思って、地下書庫の管理者である【キルヤ・ダンタリオン】に聞いてみることにした。


「あのキルヤ……」

「な、ん、です、か……」

「え、と……」


 少し遠慮がちにキルヤに記録について聞いてみた。キルヤは……。


「……」


 黙って俯いた。それを見て何かを察する総司。


「かつての災厄のときの記録――、もしかして誰かが持ち出したの?」

「そ、れは……」


 その総司の言葉に俯いて涙目になるキルヤ。流石にそれ以上追求できなくて、小さくため息をついた。


「……いや、ごめん――。君を責めるつもりはなかったんだ……」

「ご、めん、なさい……」

「大丈夫……、謝らないで――。本当にごめん」


 ――ならば、その内容に関しては誰かに聞くしかあるまい。そう決意して地下書庫を後にしょうとする。

 その総司をキルヤの小さな声が止めた。


「あ、の……」

「キルヤ?」


 一瞬、総司とキルヤの視線がつながる。


「……また、来てください、ね。お茶――用意、します」

「うん……、ありがとキルヤ……」


 そう言ってキルヤに笑顔を向けて、そして総司はその場を後にした。

 その背中を、キルヤは心配そうにいつまでも眺めていた。



◆◇◆



 自室の机でオラージュ・ヴェルゼビュートは静かに本を読む。それは地下書庫から持ち出したかつての魔王城崩壊時の記録。

 その本は昔から何度も……、そう何度も繰り返し読んだ内容である。本来ならば、見る必要などなく覚えている内容だ。

 ――そして、そのページを捲ってくたびにその確信が大きく、そして重く心にのしかかって来る。


 ――オラージュは、かの事件の際、魔王城から離れていた。だから詳細は知らない。

 それは確かではあるが――、オラージュほどの聡明さがあれば、あの時起こったことは想像できた。

 もしあのイラ・ディアボロスが――、

 ――もし、()()()()()()()()()

 それは否定したい予想。こうして何度も読むのも、その予想を覆す内容を求めてだが――、その内容を隅々まで覚えたオラージュには、一欠片の救いにもならない事だった。


 嫌な予感だけが募ってくる。その予想が確かならば……、なるべく魔王様の目に止まらないようにせねばならない。

 この内容を見れば――、魔王様ならばもしかしたら、()()()()()()()に至る可能性があるのだから。


 だとしたら――、イラが自分へ投げた怒りは。


(――イラ・ディアボロス……、もしかして貴方もう……、命を――)


 ただ静かに窓から見える空をオラージュは見つめ続けた。



◆◇◆



 荒野をかつてのルーチェのように歩む者があった。

 それは長い黒髪――、頭部には大きな二本角を持った、死人のような目をした女性【イラ・ディアボロス】である。

 そのまるで幽鬼の如き、ふらついた歩みは――、その姿をまさに死人そのものに見せていた。


 その背には、自身の身長にも匹敵する大剣を背負っている。

 その刀身も柄もすべて黒塗りであり――、しかし、その刀身は普通の剣とは明らかに違う分厚い構造を持っていた。

 対幻魔決戦用重装機剣【黒剣(こっけん)】――。天魔族の過去の技術者が、その粋を集めて生み出した対幻魔用の決戦武装。

 その力は、主に、かの幻魔竜王を滅ぼすために振るわれ――、天魔族最強の【特務】にのみ継承される機械大剣である。


 それを背負ったイラ・ディアボロスの周りには誰もいなかった。

 ――そう、誰一人としていなかった。


 その視線は遥か魔王城へと向けられ。

 ただ静かに――、小さく言葉を発した。


「ジード様ぁ……、大丈夫――、貴方の罪をこの私が、貴方のお命で贖って差し上げます」


 そうしてイラ・ディアボロスは、その軋む胸をまた押さえたのである。

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