第九話 天魔族再集結命令
――魔王城円卓会議室に、少年魔王・総司、メイド総長・オラージュ、戦姫将軍・ルーチェ、叡智の塔代表・メディア、ヴァロナ商会代表・ヴァロナ、マーレ医師団代表・マーレ、――それら六名が着席して、円卓内中央に立つキルケ・アスモダイオスを見つめている。それを一周見回したキルケは、そのまま静かに語り始めた。
「ブライラス西部ガフォート山における上級幻魔出現の、その調査結果が出たのでここで報告するよ……」
「はあ……」
そのキルケの言葉にヴァロナ一人が大きくため息を付いた。
「少年――、いや魔王様、上級幻魔とは先史文明から伝わる文献において【滅びの獣】という名で記録されている大邪神――、文明を滅ぼす大獣神とされる存在だ。その存在自体が世界の終末を示したとされて、かつての大陸中の人類が【勇者】を旗印に力を結集してなんとか討ち滅ぼした神――、であったとされる」
「……ん」
「なぜ……、ワタシがかつての先史文明の伝説を話しに出したのか? それは当然――、かつてのように現在においても、その出現自体が特別な伝承になり得るほどに希少な大幻魔だ、と言うことを理解してほしかったからだ……」
その事を聞いて皆は一様に渋い顔をする。
「魔王様も直接見ただろうが――、我ら天魔族はそれに対する戦力を保有している。オラージュがその【昇格型弐式固有権能】で奴を討ち滅ぼした事で証明されているだろうが……、しかし、それ自体は特に意味をなさない。今回ワタシが言うべきことではない……」
静かに総司を見つめるキルケ。
「そもそもあのブライラス周辺に、あの規模の幻魔――、上級幻魔が居ること自体、常識的にありえない話だってことだ。そのような話――、先史文明の文献をあさり尽くしても発見されないと断言できる……」
「じゃあ……なんで?」
総司が呻くように呟く、キルケは眉を歪めて答える。
「はっきり言う……。ワタシにもわからない」
「――!」
その断言をメディアは目を見開いて聞いた。
「キルケお姉様が……、わからない?! そんな事……」
「仕方がないよ……、それが事実だ……」
キルケはメディアの呻くような言葉に、静かに目を瞑って答えた。
「……でも、まあある意味――、だからこそ分かって来ることもある」
「それは一体なんだ……?」
ルーチェが腕を組んでキルケを睨む。キルケは頷いて答えた。
「今回の上級幻魔の出現は、テラ・ラレースの歴史上存在しない現象である――。ならば、その出現した理由は二つ考える事が出来る……」
――すなわち。
「何らかが原因で、新しいタイプの幻魔出現現象が起こった。又は、何らかの意志が介在して上級幻魔が出現した……だ」
その言葉に一同全員が息を呑む。それを見回しながらキルケは言う。
「新しいタイプの幻魔出現現象が起こった可能性は低い。――現状から予想できるその出現現象が、現実からあまりに隔離しすぎているからだ。それは、もはや先史文明と現在を隔てる、世界律規模の改変に匹敵する話だ……。それが起こったとするならば、わかりやすい痕跡が見えてくるはずだ……。だが、ワタシの調査の上ではそれらしきものは発見されなかった」
そのキルケの言葉を聞いて、ヴァロナが静かに問う。
「じゃあ……、何らかの意志が介在して……、って? それはまさか……」
「ふむ……、そうして考えると納得できる部分も出てくるだろう? そもそも先史文明と現在を隔てた改変も……、当時の人類が行ったことなのだから」
その言葉にマーレが慌てた様子で言葉を発する。
「ま、まさか!! それは……、魔人族――、あるいは天魔族――、そういった人々の誰かが、上級幻魔を召喚した……と?」
「……ふむ、そのとおりだが……。正直、ワタシは納得できない部分がある……」
そのキルケの言葉に総司は首を傾げて言った。
「……納得できない? それは一体……」
「ワタシがその原理の片鱗も理解できていないからだ……」
その言葉に皆は絶句する。ルーチェが苦笑いして言った。
「おいおい……、お前が原理を理解できないからって、何処かの誰かがそれを生み出した可能性はあるだろうに……」
「いや――、ない……」
「へ?!」
「理由は……、説明しても無駄だろうから言わないが。……これだけは断言できる――、ワタシの思考に触れるような、片鱗のひらめきがない以上――、それを他の誰かが生み出した可能性は有りえない――」
その言葉に今まで黙っていたオラージュが言葉を発する。
「新たな現象でもなく、何者かの新技術でもない――、ならば何だと?」
「……おそらくはその双方――、それが世界の記録にも、ワタシの思考にも察知できないレベルで混在している……と、そう考える」
ルーチェが頭から湯気を出しつつ言う。
「……く! 私は馬鹿だから分かんねぇ!! っていうか訳わかんねえ言葉で言ってないで、馬鹿でもわかる言葉で言えよ! それこそ馬鹿みてえじゃねえか!!」
「……ククク――、そう馬鹿馬鹿言うな――、馬鹿……」
キルケは笑いながらルーチェに言った。ルーチェは「後で殴る……」と言ってキルケを睨んだ。
「簡単な話だよ……、調査範囲内ではなくその外で、更には違う時間軸で――、あるいははっきり見えないレベルの改変が起こり……、それを切っ掛けに意思ある何かが生まれて……。それが上級幻魔を呼び出した、あるいは生み出した――、ということだ」
キルケの言葉にオラージュが困惑の表情で答える。
「……新生命の誕生? その彼らの手によって上級幻魔が生まれた……? ということですか? でもそれは流石に飛躍しすぎた考えでは?」
「いいやそうでもないぞ? かつて特異神核が生まれ始めたように、一部の生命に小さな、しかし歴史的な改変が起こって――、その生命の何らかの能力が上級幻魔を呼び出せる仲立ちを行ない、その者たちだけが理解できる幻魔召喚技術を生み出した……。とすれば、目に見える痕跡が見つからないのも、ワタシが理解できないのも辻褄が合う」
その言葉に皆が息を呑む。
「……そして、この事は――、オラージュ、君が今も思っている違和感が、正解である証明になっている……」
「……」
オラージュは黙って俯く。総司はオラージュに聞いた。
「違和感? それは?」
「……あの上級幻魔は――」
――あんなにブライラスの近くにいながら、ブライラスを襲わずにあの大空洞に隠れていた。
「……ええ、幻魔は幻魔竜王に至るまで、破壊衝動――、殺戮衝動の塊です。歴史上、あんな近くにいながら、街を襲わない幻魔はいませんでした。だから、あれはまるで……」
――その言葉に総司は言葉を続ける。
「……誰かに待機を命じられていたかのように?」
「はい……」
総司の言葉にオラージュは沈んだ様子で頷いた。――キルケは話を続ける。
「そう……、破壊衝動そのもの上級幻魔が、こともあろうにあんな街の近くに息を潜めていたんだ。そしてオラージュの話の中の上級幻魔は、戦いの中で普通の上級幻魔としての行動しかしていない。それならば……、あの場にいなかった何者かが、待機命令を上級幻魔に指示していた――、と推測できる」
――そして、今までの長い歴史の中で幻魔に命令できる者は、――ただ一人もいなかった。
キルケ・アスモダイオスは、その場の誰にも見えないものが、眼の前に見えているかのように話を続ける。
その瞳が薄っすらと輝いている事に、その場にあって総司だけが気づいていた。
(――キルケさん?)
「――だから、今回の調査におけるワタシとしての結論は――、新たな脅威……、幻魔に直接命令可能なナニカの出現を考えて、対策を講じるべきだ……、となる」
そのキルケの言葉に、静かにその場の全員が息を呑んだ。
しばらく後にオラージュが言う。
「ならば……、残りの天魔族への、一旦の魔王城への帰還を指示する必要がありますね」
そう言って総司に目を向けた。
その視線を受けた総司は、一瞬ためらった後に頷いていった。
「わかりました……。とりあえず、現状集まる事の可能な天魔族を一旦魔王城へ帰還させて――。連絡の取れない天魔族への連絡も行うようにしてください。正確な状況がわかるまで、一旦、天魔族の魔王城再集結を実施します」
その総司の言葉に、その場の全員が静かに頷いた。