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幕間 一つの出逢い

 それは、ある意味運命の出会いだった。

 後にそれを――、驚愕と、後悔と、怒りと、悲しみと、――そして、笑顔で、僕は再び思い出すだろう。


 交易都市ブライラスに滞在して二日目、僕は一人で街を歩いていた。街に住む人々は、かつての地球の人類とはかけ離れた外見を持つ【魔人族】。

 でも、それでも彼らは、――彼らの生活やその幸福は、ほとんどかつての地球の人々と変わらない――、そんな気持ちを僕に抱かせた。

 そして――。


「むう……」


 地面に蹲ってなにか呻く少女がいた。

 銀色の長い髪をした一見すると人間に見える少女である。その姿に僕は思わず声をかけた。

 

「大丈夫……、ですか?」


 そういって声をかけた僕の方を、その少女は訝しげに振り返って、そしてその美しい緑の瞳で睨んできた。


「む……? なに?」

「いや……、地面に蹲ってますし――、なにかあったのですか?」


 少し怒ったような、困ったような表情で僕を見る少女は、その手で地面を指さして答えた。


「は? ……ああ、これ? 食べてたアイスが地面に落ちたから見てただけよ?」

「え? ……あ、そうですか?! それなら良かった……」


 その言葉に、少女は眉を寄せて怒りの表情を作る。


「よかないわよ……、何? アンタあたしに喧嘩売ってる?」


 その返しに流石に狼狽えて僕は慌てて言葉を返す。


「うえ? いや怪我とかじゃなくてよかったって意味で……」


 そう言って俯く僕をみて、その少女は少し意地悪そうに笑って言った。


「ふん……、そう、まあいいわ。……で? これは新手のナンパ?」


 その小悪魔のような表情をみて、さらに狼狽えて僕は首を横に振った。


「え? そんな事あるわけが!!」

「……こうしてるあたしに話しかけて来たのはアンタだけでしょ? 他は――、ほら特にあたしを見ることもなく無視してるわ」


 僕はその少女の言葉に周囲を見回す。

 たしかに彼女の言うとおりであり、都会というのは何処もこういうものなのかと、すこし苦笑いした。


「む……、たしかにそうですね。変な誤解を与えてすみません」

「……馬鹿?」


 謝罪する僕にいきなりの罵倒が飛ぶ。僕は驚いて少女の顔を見た。


「へ?」

「アンタさ……、変にいい人ぶって、あたしの明らかな言いがかりにすら謝るって――、バカそのものでしょ?」

「む……、すみません」


 ――僕は再び謝ってしまう。それをみて少女はため息を付いて、そして言った。 


「……あたしの今の話聞いてたの? はあ――、そう、こんなのが天魔族の、……今の()()()なんだ……」


 その言葉に僕は心底驚いて、すこし大きな声が出てしまう。


「え?! 僕のことを知ってるの?」

「知らないわけがないでしょ? この街ではこの間――、特番がテレビで放送されたばかりなのよ?」


 その言葉に僕は苦笑いしつつ、かの【あまりに胡散臭い商人】を思い浮かべた。


「はあ……、特番って。ヴァロナさんは一体なにを……」

「あの会長にとっては、アンタは良い商売のネタってことよ……」


 そう言って少女は楽しげに笑うと、僕に背を向けて――、そして僕に向かって言った。


「さて……と、いくわよ魔王様――」


 「いくわよ――」と、いきなりの同行の要請に困惑する僕。


「は? 行くってどこに?」

「ナンパに応じてあげたんだから、今私が失ったアイスぐらい奢りなさい……」


 その言葉に狼狽えつつ少女に答えを返す。


「え?! いや僕は――」


 そう言って困惑する僕の手を取ると、少女は強引に街を歩き始めた。


「ちょっと……君?!」

「あたしの名は()()()()……、アンタの本当の名は?」


 スクリタ……、そう名乗った少女は、静かに微笑みながら僕を見る。――僕は戸惑いながらも答えた。


「……え、あ、天魔総司――、総司です」

「総司ね? っていうか――、ホント見れば見るほど魔王様って柄じゃないわね? 魔王のペットがいいところだわ……」

「う……」


 そう言って無邪気に笑う彼女の、――その手の暖かさにすこし頬を赤くしつつ、僕は苦笑いしながら彼女に従って歩き始めた。



◆◇◆



 スクリタがアイスを購入したという屋台に向かうと、僕はそこで彼女にアイスを買ってあげた。

 僕は使命は果たしたとそういう感じで、そそくさとその場を去ろうとした。


「そ……それじゃあ、僕はこれで」

「何逃げようとしてんの? アイス奢っただけで、はいさよなら?」


 スクリタがすこし怒った表情で僕を見つめる。


「あ……いや」


 僕は心底困った表情で少女の瞳を見返した。


「今、面倒なオンナに絡まれたな――、て思ったでしょ?」

「ははは……そんな事は」


 そうして苦笑いする僕に、小さくため息を付いてスクリタは言う。


「その顔、本当にわかり安い奴ね……。まあ、自分でもそう思うし――」


 そう言って笑う彼女は、とても楽しそうに見えた。


「あの……」

「……なに?」


 すこし遠慮がちに僕は彼女に問う。


「もしかしてスクリタさんって……、この街の人じゃ――」


 その言葉にすこし驚いた様子で彼女は答えた。

 

「……アンタ、その間抜け面に似合わず鋭いのね? そうよ、最近この街に移ってきたの……」


 その彼女の答えに、僕は更に気になって問うた。


「それってご両親の仕事とかで?」


 しかし、その問いには意外な答えが帰ってきた。


「……両親は居ないわ――、っていうか母は生きてるけど遠くに住んでる」


 その答えにすこし狼狽えて僕は頭を下げる。


「……あ、それは――、すみません。変なことを聞いてしまって……」


 そんな僕の様子に、無邪気な笑みを浮かべてスクリタは言った。


「は……、謝る必要なんかないわ。私は特に気にしていないし」

「そうなんですか……」


 ……と、そう微笑む彼女がその手で再び僕の手を握る。


「……っというわけで、この街アンタもよく知らないんでしょ? 一緒に色々見て回りましょ」


 その楽しそうな笑顔に――、僕は小さく微笑んで……、そして頷いた。


「……え、あ――、そうですねスクリタさん」


 その答えに嬉しそうに彼女は笑顔を返す。


「ふん……、やっと()()()()()()笑ったわね」

「え……」


 僕の手を握る彼女は――、強引に僕を導いて街中を歩き出す。僕の耳に楽しげで元気な言葉が届いた。


「じゃあ……行くわよ! ――総司!!」


 ――そして……。



◆◇◆



「ふう……、色々おもしろいわねこの街……」


 街は夕焼けの赤に染まり、僕達は公園のベンチに二人で腰掛けていた。

 僕は苦笑いしながらスクリタさんに言う。


「……スクリタさんが、女性に因縁をつけていたチンピラに喧嘩をふっかけた時は――、どうなるかと思いましたが」


 そんな僕に無邪気に笑いつつ彼女は答える。


「は……、気に入らないからそうしただけよ? まあチンピラをぶっ飛ばしたのはアンタだけど(笑)」


 彼女は思い出し笑いしつつ僕を見つめる。そうしてしばらく笑った後、すこし微笑みを消しながら彼女は言った。


「……ありがとうね総司」

「え?」


 僕はすこし驚いて彼女を見る。彼女は俯いて小さく笑いながら言った。


「まあ……、一応楽しかったと言ってあげるわ。アンタ――本当は忙しい身なんでしょ?」

「……」

「本当にアンタはバカね……、めんどくさいオンナなんて放おって逃げればよかったのに……」


 そう言って小さくため息を付くスクリタさんに、僕は本心で笑いながら答えを返す。


「いえ……、僕も最近色々有りすぎて……、今日のことは良い息抜きになりました」

「それは何よりね……、じゃあ――」


 そう言って静かに立ち上がる彼女を見て、――僕はすこしだけ心が沈む。


「あ……、もう……」


 そう呟く僕に振り返って、無邪気な笑みを向けて彼女は言った。


「またね()()()……、いつかまた再会できるか――、わからないけど……」


 その言葉に、僕はすこし笑みが消える。


「スクリタさん……」


 彼女は僕に向かって小さく手を振りながら、公園を――闇に落ちようとする街へと歩き出す。


「その時は――、なにか良いプレゼントでも用意しておくわ――」


 その最後の笑顔を――、しばらく後に僕は……。

 そうして、僕とスクリタさんの()()()はひとまず終わりを告げた。



◆◇◆



 街を歩くスクリタに、路地の闇から声がかけられる。


「……、お前、あの魔王と――」


 闇に光る赤い瞳に――、スクリタは静かに微笑んで言葉を返した。


「あら……見てたの? 覗きとはいいご趣味ね?」


 そうして顔に見せる微笑みは――、嘲笑に満ちていた。

 そんな笑みを受けながら、闇の瞳は底冷えする声音を発する。


「楽しそうだったな」


 その言葉を聞いて――、スクリタは腹を抱えて笑い出した。


「くくく……、あはははは……。貴方の目には()()()()()の? それって()()ってことでいいのかしら?」


 闇の瞳は静かに問う。


「我らのことは……」

「彼本人は少しも気付いていないわよ? まあ……、私達が、()()()()()()()()()()()()()()()にやった事が、彼にとって()()()()()()()にはなっているでしょうけど――。それで私達のことにまで到達できるほどの情報にはなり得ないでしょ?」


 スクリタの答えに闇の瞳はしばらく沈黙する。


「……」

「言いたいことは別にある……と? 街を楽しんでいる様子の私が気に入らない?」


 そう言って笑う笑顔は、総司に見せた無邪気な笑顔である。

 

「奴らも……、魔界の魔人族も――」


 闇の瞳のその言葉に、スクリタは静かに――、そして凶悪で邪悪な笑顔を浮かべながら答える。


()()()()()()()――、でしょ? ……知ってるわ――」

「ならば――」


 闇の瞳のその言葉を遮ってスクリタは言う。


「魔界が滅べばもろとも死ぬ程度の――、指で押せば潰れる小虫をいじめ殺す趣味は私にはないわ――。別にあの天魔族共さえ抹殺すれば……、言ってしまえばあの()()さえ殺せば後はどうとでもなる――」


 その答えに、闇の瞳は薄く目を細める。


「……」

「……それが我らが母竜(ぼりゅう)が、私達を生んだ意味でしょ?」


 そのスクリタの、その影が大きく街に伸びてゆく。その姿は巨大な人型を表して――、その頭部に当たる部分に光が宿る。


機竜(きりゅう)……、我慢なさい――、()()()()が正しく成功したら多くの天魔族は死ぬ……。その後に十分暴れさせてあげるわ……」


 その巨大な影は再び小さくなって――、そして、元のスクリタの影に戻った。

 スクリタは――、目を瞑って総司の、あの笑顔を思い出す。


 そして――、冷酷で、残酷で、邪悪な微笑みを浮かべながら呟いた。


「楽しかったわ総司――。もしかしたら()()()()()()()なるでしょうけど……、その時は約束通りに――」


 ――良いプレゼントを用意しておくわ。


 そうしてその少女は夜の闇に消えていった。

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