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第七話 忘れ得ぬ笑顔

 その日、魔王城にある魔王様の療養のためのお部屋に()()が置かれた。

 魔王様とわたくしは、色々困惑して色々悩みながらも設置して、それを何とか起動いたしました。

 ――そして、魔王様は――。


 ――魔王様、やはり()()()に直接設置を頼んだほうが良かったのでは?


 ――ダメよ、()()()今とても忙しいのよ? 邪魔をしてしまうわ。


 ――しかし、この事を黙っているのも変なのでは?


 ――ふふふ……、大丈夫よ、何か欠陥があったらすぐに連絡取ってあげるわ。クレームよクレーム――。


 ――魔王様、クレーマーのマネは……――。


 ――冗談よ、大丈夫……、()()()の状況が落ち着いたら後で私が連絡を取るわ。


 そうして、その小さな騒動は幕を下ろした。

 ――結局、その事を()()()が知らないと知ったのは、もはや魔王様が余命僅かな時期だった。

 それを……、魔王様は忘れていたのか、状況を待っていたのか、それとも色々な思いがあって言葉にできなかったのか、――それはわからない。

 しかし、特定の時期から()()()との直接的な会話は()()()行われていなかった。


 ――そうですね。よく考えればそれもまた――。



◆◇◆



 先の魔王城と叡智の塔との争いからすでに二ヶ月が経っている、あれからお互いの組織間の交流も頻繁になり同盟軍事組織の編成も正しく行われ始め、組織間の志願者の一部移動も行われた。そうして再編されていった天魔族の同盟は、比較的平和な世界ではある意味無駄とも言えたが――、幻魔の脅威を警戒する彼女らにとっては、やっておいて損のないことであった。

 なお、あの戦いで各【固有権能】の直撃を食らった者たちは、しばらく一様に医療ベッド生活を送って、なんとか全員回復しているとだけ付け加える。

 そして、ここ叡智の塔本部――、魔術都市ダドリオットの中央塔にて――。


「はあ……」

「どしたん? シオン……」


 中央塔の娯楽室にて、冷たい紅茶を飲む熊娘【シオン・プルソン】は、今日幾度目かのため息を付いた。

 それを見て、銀髪ねこ娘【マオ・プロケル】は、自分の尻尾の毛づくろいをしつつ首を傾げて言った。


「……こないだの学力検査、ダメダメだった?」

「く……、マオ……、私の心の傷に塩を塗り込むのやめて……」

「ははは……、道連れだぞ~~」


 そのマオの言葉に、シオンはジト目で睨む。


「戦士兵科のあたしはともかく、バリバリ術師のあんたがそれじゃダメでしょ……」

「え? 勉強できなくても攻撃術は扱えるよ……」

「……ある意味馬鹿だねあんた……」


 そのシオンの言葉に、ケラケラ笑いながら尻尾を弄くっているマオ。

 そんなマオを見てシオンは再びため息をついて言った。


「またあの悪夢を見たのよ……」

「へえ……」


 シオンは、マオの気のない返事に、少し頬をヒクつかせつつ話を続ける。


「あんたはいろいろ呑気だから気にしてないんだろうけど、あの師匠の襲い来る姿が……、あああああああ……」

「ははははは……、アレ怖かったね(笑)」

「……ほんと呑気だなマオ……」


 ジト目でマオを睨むシオン。

 シオンは何が楽しいのか、ひたすら自分の尻尾で遊んでいる。


「信じられないよ……、うちに所属してた戦士兵科の何人かが、魔王城へ転属したって話もあるし――。師匠が怖くないのかあいつら――」

「……色々サボるから、いつも怒られてたんじゃん?」

「うぐ……」


 シオンはマオの会心の一撃に胸を押さえてテーブルに突っ伏した。

 マオはその頭を撫でつつ、朗らかな笑顔で言う。


「でも……、もう直接やり合うことなんて無いっしょ? メディア様も最近……、あの()()()()()()()()()()を楽しみにしているみたいだし……」

「……情報が古いですな……」

「はあ?」


 いきなり絶望に満ちた表情を見せるシオンにマオは首を傾げる。


「え? それって……、またメディア様と少年魔王様の間になにかあったと?!」

「……再戦も近いかも知れない……」


 その言葉に流石にマオも暗い顔をする。


「え? なんで? どうして?」

「……ここ二回ほどのお茶会の後、メディア様が――、怒りに満ちたような、眉を歪めた表情で中央塔に帰ってきて――、お部屋で暴れてるのよ」

「え~~?! なんでそんな事に? ってそういえば前回のお茶会って昨日?!」


 ――そうしてシオンとマオは顔を見合わせる。そして……、静かに娯楽室を後にしてメディアの執務室へと向かった。


 二人は、なるべく音を立てないように廊下を忍び足で歩いてゆく。

 そんなあまりに怪しすぎる二人のすぐ横を、爆炎鉄拳悪魔っ娘【アリファ・マルコシアス】が一瞬ぎょっとしてから……、大きなため息をついて、そのまま何事もなかったかのように歩いていった。

 そうして二人はメディアの執務室の前に至った。

 その扉の前には、骨の龍蛇を体に巻き付けた、銀髪悪魔っ娘【ドラコー・ブーネ】が立っていた。怪しい歩みで近づく二人に首を傾げつつ言う。


「なにやっとんじゃ……、おのれ等……」

「し――!」

「はあ? またアンタら馬鹿なことを……」


 怪しむドラコーを放おって二人は執務室の扉に耳をつける。ドラコーはため息混じりで言う。


「はあ……、メディア様はお取り込み中よ。私も一旦収まるまで待ってるところ……、って聞いてんのかオマエら」


 青筋立てるドラコーを完全無視して二人は聞き耳を立てた。内部から何かが壊れる音が響いた。



◆◇◆



 ガシャン!!


 メディアは激情のまま、テーブルの上の機材を腕で薙ぎ払う。そしてその想いのままに叫んだ。


「あああああああああああああああああああああ!!」


 しかし……、薙ぎ払った物品は床に落ちることなく、空中にしばらく浮いてから元の場所へと戻ってゆく。

 そうなる間にもメディアは部屋の中で、悶え苦しむようにその身をくねらせる。それはもはや、悪しき亡霊に取り憑かれた犠牲者のようだった。


「ひああああああああ!!」


 その叫びを外部で聞きつつシオンとマオは顔を見合わせて暗い顔をする。

 ただドラコーだけは、小さくため息をついて頭を指で掻いていた。


「わたくしわああああああああああ!! おおおおおお!!」


 もはや怪しいナニカと化しそうなメディアが部屋の中を転げ回る。その髪が乱れて、まさしく井戸から出てくる呪われし()()に見えた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」


 ――と、不意にメディアが床に突っ伏したまま動かなくなる。しばらくの沈黙の後に――。


「……総司様にお話できる内容が尽きた……」


 その時、扉の向こうで何かが転がる音が聞こえたが、メディアは全く気づいていなかった。


「……帰ろっか」「はあ……、なんだよバカバカしい」


 扉の向こうで床に突っ伏していたシオンとマオは、もはや興味も失せて娯楽室へと引き返してゆく。それをドラコーは苦笑いで見送った。

 執務室内ではメディアが床に転がったまま、よよよ……、と泣き始める。


「考えてみれば……当然のお話でしたわ――。(わたくし)は昔から術一筋のれっきとした【陰キャ】。術関連のお話しか出来なかったのです……」


 不意に扉がノックされる。メディアは「入ってますわ」とだけ返した。


「はあ……、かといっていきなり術の本格的講義など始めようものなら……」


 メディアの脳内に浮かんだ総司――、なんか妙に美化されたそれ、がメディアを暗い表情で見つめる。


「……つまらない女と思われる――。総司様に嫌われる?!」


 再び床でうねり始める怪しい生物メディアに、不意に声がかけられた。


「……メディア――、また怪しい儀式でも始めたのか?」

「うえ?!」


 その声の主は、片手に無線電話機を持った【キルケ・アスモダイオス】であった。


「キルケお姉様?! こ……これは!!」

「……はあ、やめとけよ? 新しい儀式術はしっかり下準備しないとエライことになるからな?」

「……く!! お姉様!! いきなりノックもなしに(わたくし)の執務室に入るなどと!!」

「……いや、したよノック。それに”入ってます”とかアタマオカシイ返ししたのメディアじゃん」


 その言葉に声をつまらせるメディアは、怒り顔でキルケに言葉を返した。


「そ……、そんな事!! く……(わたくし)は今取り込み中です!! 出ていって……」

「はあ……そうかい? しかたないなぁ……」


 そう言ってキルケは無線電話機に耳をつける。その行動に少し困惑するメディアを気にすることなくキルケは通話相手に言った。


「ってことらしいんで()()――、悪いが後でかけ直して……」

「――!!」


 その瞬間、メディアの動きが光に変わった。超高速で空を奔ってその無線電話機をひったくった。


「うお?!」

「キルケお姉様!!」(……なんで総司様からの電話であると言ってくださらなかったのです?!)

(……は? いや怪しい儀式してて話聞かなかったのおまえじゃん?)

「……く」


 メディアは気を取り直して、ひったくった無線電話機を耳につける。そして――、


「……はい、お電話代わりましたわ総司様ぁ(特大ハート)」


 その声音の異常な変化に――、マッドサイエンティスト【キルケ・アスモダイオス】が全力で引いた。


(うわ……)


 そして、少しため息を付いてから小さく笑って「あとで電話機返しに来てね……」とだけ言って執務室を後にしたのである。

 そんな彼女に軽く手を降ったメディアは、電話の向こうにいる総司と会話を始めた。


『あ……、メディアさん昨日の今日ですみません』

「いえいえ……、ご連絡ならば(わたくし)に直接でも良かったのですが……」

『ああ……、それは一旦お姉さんに相談……』

「はい? キルケお姉様に相談?」


 電話機の向こうの総司がわかりやすく慌てて言う。


『ごめんなさい! こちらのことなんで、その話はいつか……』

「はあ……」


 少し疑問に思わなくはなかったが、追求するのも失礼であろうとメディアは思った。


『……で、なんですが……、実は、あの……』

「どうかしましたか? 総司様?」


 いつもの総司らしからぬ言動に少し疑問を得るメディア。

 相手の総司はしばらくの沈黙にあとに言葉を放った。


『あの……、一緒に、ある場所に遊びに出かけないか……と』

「へ……、それは、(わたくし)と?!」


 メディアの声が妙に裏返る。総司は少しためらいがちに話し始める。


『じ……実は、ある場所に出かける用事が出来まして。メディアさんを誘えないか……と』

「……」


 メディアは一瞬思考が真っ白になっていた。すぐに復活して元気に返事をする。


「そ、それは!! わ……わかりましたわ!! 今すぐ行きます!!」

『あ……いえ!! 出かけるのは三日後で!!』

「え?! はい……、承知いたしましたわ!! ……そ、それで出かけるのは何処……」

『え、……あ、あの……』

「どうしました?」


 躊躇うように沈黙する総司に少し首を傾げるメディア。そんなメディアに、強い口調の総司の言葉が届いた。


『ブライラス……です』

「……え」


 それまで熱くなっていた頭が一気に冷える。その都市の名は――。


『……ヴァロナ商会本社に……、【ヴァロナ・アマイモン】さんに招待されまして……、メディアさんも――』

「そ……それは」


 総司の躊躇いがちな言動の意味をメディアは理解する。

 先に姉であるキルケに電話していたのも――、()()()()()()なのだろう。


 先の魔王城での戦い以降――、優しさが身体の一部に溢れている(おい)【マーレ・ベルフェゴル】と違い、【ヴァロナ・アマイモン】やヴァロナ商会との直接的取引が停止していた。

 魔王城を仲立ちにすれば一応取引可能ではあるが、まさに関係断絶と言っていい状態だったのだ。


『ごめんなさい!! こんな事、メディアさんは困ってしまうかも知れませんが……、どうしてもこのままじゃいけない気がして……』


 電話の向こうで頭を下げているであろう総司に様子に、メディアは少し微笑んで言った。


「……いいえ、総司様――。全ては(わたくし)の聞き分けのない感情が引き起こした状況……。総司様は仲直りの手助けをしてくださるのですね?」

『……あの、余計なことだとは思ったんですが――』

「ふふふ……、大丈夫ですわ――。総司様が作ってくださったこの機会に、この【メディア・アスモダイオス】……しっかりと頭を下げて謝罪して――、許していただきますとも」


 メディアは決意の表情でそう答える。電話機の向こうの総司は――、

 ――確かに笑ったようにメディアは感じた。



◆◇◆



 ――が、気が重いことは重いのである。


(……はあ)


 ――メディアは歩を進めながら心のなかでため息を付いた。

 約束の日、交易都市ブライラスの大街門を、総司、メディア、オラージュ、ルーチェの四人がくぐってゆく。

 なるべく平静を装ってメディアは総司の隣を歩き、その少し背後にオラージュとルーチェがいて、困惑の表情で二人の様子を眺めていた。

 そのオラージュとルーチェがヒソヒソ話を始める。


(……別に普通に謝ればいいじゃねえかよ……。なあオラージュ……)

(物事はそう簡単にはいかないものですよ。ルーチェ……)

(え? でも私――、この前メディアが持ってきたダドリオットの銘酒で普通に許したぞ?)

(……なるほど、承知いたしました。――貴方の単細胞具合を再確認です)


 総司とメディアの背後で、ルーチェが一人地面に座り込んで「の」の字を書き始めた。オラージュはとりあえず首根っこを掴んで引きずった。

 そうするうちに眼の前から見たことのある四輪駆動車が走ってくるのが見える。メディアは身体をビクリとさせて――、それが近づくのを待った。


「やっはー!! 魔王君!! お久しぶりだね~~!!」


 窓から片手を振りつつそう楽しげに叫ぶ【ヴァロナ・アマイモン】は、その四輪駆動車を目前でわざわざドリフトさせつつ横向きに停車した。


「ヴァロナ様……、そういう運転は危険ではないですか?」


 オラージュが、いつもの胡散臭い笑顔で車から出てくるヴァロナに抗議する。先程のドリフトによる土煙が少し総司の方にかかって咳き込んでいたからである。


「おっとすまないねぇ……。こういった車両は今のところ俺しか使ってないし、いわゆる道交法とかもないから、結構適当に運転するのが日常になっちまって……」

「はあ……、人を跳ねたらどうするんですか……」

「ああ、そりゃ大丈夫だ……」


 そのオラージュへのヴァロナの言葉に、総司が首を傾げて言う。


「そうなんですか? 自動事故回避機能とかが付いてるとか?」

「いいや……、コイツの素材は一部を除いて地球の素材を使ってるんで……。魔人族あたりと衝突するとコッチが壊れる」

「……え」


 その答えに唖然とする。ヴァロナはヘラヘラ笑いながら言う。


「魔王君……、しばらくコッチに住んでて忘れてるみたいだけど……。アッチの世界の素材とコッチの世界の素材は強度が別モンなんだよ」

「あ……」

「コッチは魔力があるよね? だからそれが生命体だけでなく各種素材も変質させてて、まあこの車も内燃機関をコッチ側のものにするならば当然、こちらの素材を使わないと素材が耐えきれずに簡単に壊れる。当然、地球人類と各能力値や耐久力がダンチに違う魔人族にぶつかれば、車の素材のほうが耐えられない」


 ヴァロナは力を込めないように車のボディを叩く。


「コイツは自動車の原理を理解するために、特別にアッチの素材でアッチの技術を利用して再現したテスト車両で、内燃機関もアッチの燃料であるガソリン? ――とか言うので動かしてる。最終的にはこちらの仕組みに全とっかえする予定で、それを売り出すならば法整備が必要だろう……、って考えてる」


 その時、総司はやっと、こちらに慣れてしまって忘れていたことを思い出す。

 普通に生活できているが故に考えていなかったが、地球では色々セーブして生活していたんだ、……と。


「まあでも……、子どもあたりとぶつかると怪我させるかもしれんからねぇ……、まあ今後は気をつけて運転するよ……」


 そう云うヴァロナをしばらく眺めた総司は、隣りにいるであろうメディアの方を見た。

 メディアはなにか思い詰めた様子で俯いて黙り込んでいる。総司は少し心配になって、メディアに小さな声で話しかけた。


(メディアさん……)

「う……」


 総司の言葉にビクリと反応するが、それでも暗い表情で俯いたままである。

 幾度目かのお茶会でメディアという女性が、これで結構思い詰めやすく、精神的に追い込まれやすい事を知った総司は、静かにメディアの手に触れて――、


(……大丈夫、なにかあったら僕がフォローしますから……)


 ――そう優しく呟いた。

 その声を聞いて目に力が宿るメディア。その顔を上げてヴァロナの方を見つめた。


「あ……」

「……」


 ヴァロナは、その時点になってやっと気づいたかのようにメディアを見る。その表情にはいつもの胡散臭い笑顔はなかった。


「……」

「あの……、ヴァロナ……。その……」


 まるで射抜くかのようなヴァロナの視線がメディアの心を貫こうとする。総司は心の中で必死にメディアを応援し――、オラージュとルーチェは息を呑みながら成り行きを見守った。


「おい……」


 不意にヴァロナが怖い顔でネクタイを緩めて、そしてメディアに向かって手を伸ばす。

 それをメディアはビクリと身体を震わせて……、そして涙目でヴァロナを見つめた。

 総司、オラージュ、ルーチェの三人は呼吸が止まるような気持ちで、冷や汗をかきながら見守る。


 ――次の瞬間。


 ザザザザザザザ……!


 不意にヴァロナがメディアの肩を掴んで、近くの建物の間の路地へと走ってゆく。

 それを見た他の三人は呆然として見送った。



「あ……、あの……」

「……ふう」


 暗い路地裏に連れてこられたメディアが、涙目でヴァロナを見る。

 ヴァロナはまさに獲物を見つけた野獣の如き視線でメディアを見た。


「ご……ごめ」

「メディアぁ……」


 闇の底から響くような声がヴァロナの口から発せられた。メディアは完全に怯えきって首を横に振った。

 そして――、


「……ビジネスの話をしようか?」

「え……」


 いきなりヴァロナが指で、お金を示す輪を作って、まさに肉を食らう肉食獣の如き凶悪な笑顔を作った。


「ビジネス? ……え?」

「知ってるぞメディア……、お前今困ってるんだろ?」

「……え? は?」

「魔王君との……、楽しいお茶会のための、話す内容が無いって……」


 メディアは、そのヴァロナの言葉に目を見開き驚いた。


「な……、なぜそんな事知って……」

「……企業秘密だ……」



 遥か遠く――、叡智の塔本部隣のキルケ研究室にて、()()()()マッドサイエンティスト【キルケ・アスモダイオス】が、不意に周囲を見回す。


「ふむ? 気のせいかな(←犯人)」



 ヴァロナは口から蛇のような舌を出して、メディアに笑顔で呟く。


「話す内容が欲しいよなぁ……、メディアぁ」

「うぐ……それは」

「いくら出す……」


 ヴァロナはまさしく、詐欺師が獲物を絡め取るような邪悪極まりない笑顔でメディアを見つめる。

 メディアは少し涙目で首を横に振った。


「く……そのようなこと……」

「はあ……そっかぁ……。魔王君にツマンナイ女だと嫌われてもいいのかぁ……」

「ぐが……、総司様は、そのような事……」


 メディアの視線とヴァロナの視線が交錯する。そして――。


「あの……、お願いします」

「毎度ありぃ……」


 そうしてメディアはある意味ヴァロナの餌食になった。


 合唱――。



 そういったやり取りがあったとはつゆ知らず。

 なんとも朗らかに笑い合うメディアとヴァロナが、路地裏から出てくるのを見て、総司は心底喜んだ。

 しかし、そんな二人を見て――、オラージュだけは、何やら二人の間にもはや逆転できぬ上下関係が生まれているかのように感じた。


(ふむ……、実害も無さそうですし、まあいいですか?)


 そう考えるオラージュの前で、メディアとヴァロナは肩を組み合って、――いつまでも笑っていた。



◆◇◆



 夜の帳が下り、ヴァロナ商会本社ビルの鏡張りの展望台に、総司は一人佇んでいた。

 この世界、テラ・ラレースに来てからここ数ヶ月大変な事ばかりで、こうしてゆっくりすることも稀であった。

 静かに階下の夜景を眺める総司に、誰かから声がかけられた。


「魔王君……、眠れないのかね?」

「あ……、ヴァロナさん。いや……、この景色が少し懐かしい感じがして……」

「……そうか、ここは一番地球の夜景ににてるからねぇ」


 そう言ってヴァロナは総司の隣に立った。


「恋しいかい?」

「……いいえ、と言ったら嘘になります。ばあちゃんやじいちゃんと暮らした世界ですし」

「いい人たちだったんだろうね……。今の魔王君を見てると、どれだけの人たちだったかが伺い知れるよ……」


 そのヴァロナの言葉に、少し表情を暗くして総司は言う。


「はい……、結局恩返しできませんでしたが……」

「……恩返し……か」


 そのいつもと違う沈んだ声音を聞いて、総司は少し気になってヴァロナの方を見た。

 ヴァロナは今までにない悲しそうな表情で夜景を眺めていた。


「……ヴァロナさん。あの……」

「……恩返し……胸のイタイ話だ……」

「それは……」


 心配そうな表情で眺める総司をみて、ヴァロナは作り笑いをして言う。


「……いいや、なんでもないさ……」

「……」


 静かに見つめ続ける総司に、ヴァロナは小さくため息をついて。――そして静かに語り始めた。


「ある馬鹿の話さ……。その馬鹿は昔から戦いは苦手で、新しいものや珍しいものが好きだった。そして、そういったものを取引すれば、ひと財産出来るんじゃないかと考える何かとガメつい奴で……。ある日自由になって喜んで商売を始めたんだ」

「……」

「まあ……、そん時はまさに自由に商売が出来るようになって、単純に喜んでたんだが……。久しぶりに……、古巣へ戻ったら……」


 そのヴァロナの表情が暗く陰る。絞り出すような声音で言葉を続ける。


「……分かってなかったんだな、()()()()()()()()からって、()()()ってことがどういう事か……。その日から、怖くて、辛くて……、古巣へ戻れずに……ただ商売に打ち込んだ」

「ヴァロナさん……」

「商会はデカくなったが……。もはや……、そいつは古巣へ帰る事ができなくなってた」


 ヴァロナは俯いてただ絞り出すように声を出す。


「……自由に商売することしか考えずに、自分のことしか考えずに……。今まで世話になった恩返しすらせず……、商売だけに生きる……そんな馬鹿がいたんだ」

「そう……ですか」


 総司は静かに夜景に視線を戻す。黙って俯くヴァロナに、今度は総司が語り始める。


「オラージュさんに聞いた話なんですが。昔、母の部屋にあるものが置かれていたそうです」

「……?」

「それは……、母が亡くなってすぐに故障して、治すことも出来ずに……、でも大事に保管されていまして」


 総司はヴァロナの方を振り向いて言った。


「ヴァロナ商会なら直せるかも知れませんね……」

「……それは、一体……」


 総司は優しく微笑みながらヴァロナに言う。


視幻器(テレビ)ですよ……、それも最初期……、初期ロットらしいんですが」

「――!」


 ヴァロナは目を見開いて総司を見る。――総司は静かに話を続ける。


「母は販売開始されたその日に手に入れたそうで……。部屋に設置して楽しんでたそうです。そして――」


 ――ふふふ……、あの子の発想は流石ね。こんな番組をあの子が作ったなんて。


「初期の頃の放送番組は、ヴァロナさんが関わってたんですよね? ……とても喜んで、いつも楽しそうにしてたって……。そう、最後の日の直前まで……、視幻器(テレビ)を大事にしてたって」

「あ……」

「……本当に凄いです。ヴァロナさん……。貴方はみんなを楽しませて……、そして母を楽しませて……」


 その時、ヴァロナの眼に光るものが見えた。総司は静かに目を逸らして夜景を眺めた。


「……は、ああ……そうか。そうか……」


 ヴァロナはあの日、商売を始めるべく魔王城を旅立つ時のことを思い出す。


 ――ヴァロナ。


 ――え、あどうも魔王様。


 ――商売がんばってね。貴方なら大商人になれるわ。


 ――ははは、当然ですとも! 見ててください魔王様!!


 ――ええ、もちろん見てるわ、いつまでも応援してる。


 その時の、魔王様の笑顔は――、今もヴァロナの心に刻みつけられていて。


「……く、うう……ああ……」

「……」


 総司は黙って夜景を見つめ続ける。


「……あああああああ……。魔王様……、良かった本当に……。視幻器(テレビ)を作ってよかった……、放送局を作ってよかった……、あああああ……」


 ――ヴァロナ商会を作って――、本当に良かった。


 ヴァロナは隣で静かに夜景を見る総司に言う。


「すまない魔王君……、視幻器(テレビ)の修理はタダで請け負うんで。この姿は……、誰にも言わないでね……」

「……はい」


 その高層ビルの展望台から見る夜景は――、今までで見た中でも最高に美しいものだった。

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